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婚約編
お土産を渡すことになったようです
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翌朝また早く目覚めてしまったので、厨房に行ってミゲルさんと相談し、彼にチーズケーキの作り方とエプレンジュパイの作り方を教えた。作業は朝食を作る邪魔にならないように端っこで作ろうと思っていたのだけれど。
「お嬢様、そこですと我々が見れませんし、作業の手順がわかりません」
ミゲルさんや他の料理人に言われてしまい、恐縮しながら全員で一緒に作ったものだった。朝食の用意が全て整っていたからできたことでもあるし、ミゲルさんの計らいでもある。ちなみにシナモンに似たスパイスはこの世界にもあったから教えることができたのだけれど。
作ったのは料理人の人数分と私の分だから、全部で六個ずつ。さすがは職業が【料理人】なだけあって、失敗したものは一つもなかった。私が作ったもの以外は冷えたらモーントシュタイン家の使用人の皆さんで試食して、感想を聞かせてほしいとお願いしたら喜んでいた。
エプレンジュは温かくても美味しいので、それも伝えたうえで食べる直前にオーブンで温めるといいということも伝えた。
特に侍女たちが喜んでいて、甘いものはどこの世界でも女性に喜ばれるのだなあと思ったし、料理人たち曰くこういったものはあまり見かけないそうだ。そしてクリームチーズを使ったことも衝撃を受けたようなのだ。だからこそ、またお菓子のレシピを教えてほしいと言われてしまった。
まあ、向こうの世界にしかないような材料がある場合は駄目だけれど、この世界にあるものならば教えていいと父に言われているので、そこは心配していない。尤も、父に何を作るとか、試食と称して私がお菓子を作り、父の許可が出てから料理人に教えているような状態ではあるが。
そして朝食の時に昨日聞くのを忘れていた今日の予定を聞いたら父は登城、兄は領地の仕事なので自宅だという。兄に午後は領地の執務を手伝ってほしいと言われたのでそれを了承し、午前中はミシンを使いたいから向こうの部屋にいる許可をもらった。その時に王太后様に手紙を書いたほうがいいか聞けば、お礼の手紙なら大丈夫だろうということで、手紙を書いたあと父に見てもらった。
まだこの世界の文字を書き慣れていないし覚えていないから文字は父や兄に教わりながらだったけれど、拙いながらもきちんと書けているとのことでOKをもらった。そしてその時に一緒にジークハルト様にもお礼の手紙を書いたのでそれも一緒に見てもらったところ、それも大丈夫とのことだったので父に封蝋のやり方を教わって封をすると、それを託した。
「字が汚いのですけれど……本当に大丈夫でしょうか……」
「殿下は実花が勉強中なのは知っているし、手紙を渡す時に実花の事情を話すこともお願いするつもりだ。尤も、モーントシュタイン家は他の国から来たことになっているし、実花がこちらに来た時点で陛下にもお知らせしているから、大丈夫だろう。まあ、あとは書いて覚えるしかないが」
「はい、そこは努力いたします」
手紙は食事後、執務室で書かせてもらった。羽ペンに慣れるようにというのもあったし、モーントシュタイン家の家紋がついている指輪は、父と兄が持っていると教わったからだ。いずれは私にもとのことだったけれど、すぐに私の婚約が決まってしまったために、作るのはやめたという。
なので、今後手紙を書く時や練習は執務室で、父か兄がいる時にと約束をした。
「お父様。何かお土産のようなものも渡したほうがいいのでしょうか」
「うーん……。今は必要ないと思うが、一応何か渡してみるかい? できれば珍しいものがいいだろう」
「チョコ……ショコラーダはまずいですか?」
「そうだな。まあ、この世界のショコラーダを実花自身が改良したならば問題はないが、あのまま出すのは止めたほうがいい」
「そうですか……」
やはりあのままのチョコをだすのはダメなようだ。改良するには買わないといけないのでそこは諦めるとして、他に何かないかと考え、今朝作った領地の乳製品を使ったチーズケーキやエプレンジュパイはどうだろうかと考えて、それを父に聞いてみた。
「ふむ……領地のチーズを使ったチーズケーキとエプレンジュのパイか」
「はい。エプレンジュのパイはジークハルト様も召し上がっておいでですし、味もお墨付きをいただいています」
「はは! あの時のグラナートは、食いつきが凄かったな」
「あのパイもチーズケーキも確かに美味しかったが……予備はあるのかい?」
「ありますよ。今朝、ミゲルさんたちに教えながら作ったばかりなので」
そんな話しをして、使用人たちに試食と感想を聞かせてほしいとお願いをしたと話すと、父と兄に苦笑された。
「最近の使用人たちが前以上に一生懸命働いているし、悪さをしなくなったのはそういうことか」
「まあ、悪さをするような使用人は最近はいないし、バルドやアイニも目を光らせているからね……実花効果ってことなんだろうね」
「当主の私からすれば喜ばしいことではあるがね。だが、ほどほどにしておきなさい」
「お父様、そうは仰いますけれど、私は駄目だしされたものは一切教えていませんし、食材も領地で作られているものかこの世界のもので作っているのです。それに、たまには感謝も伝えたいではないですか」
「感謝か……。そうだな」
「……忘れてたね、感謝することを。いつの間にか当たり前だと思っていたよ」
ポツリと漏らした兄の言葉に、二人は長いこと貴族をしていたということが窺えて来て苦しくなる。それほど長い間、二人を待たせたことに思い至ったからだ。かと言ってそんなことを言えば二人は余計に気にするので言わないけれど。
「まあ、それはともかく、お菓子だったな。すぐにでも持っていけそうか?」
「エプレンジュパイは温かくても食べられますけれど、チーズケーキは冷えているかどうか……。それに、私が作ったものではなく、我が家の料理人が作ったもののほうがいいのでは」
「実花が作ったもののほうがいいだろう。ただ、王太后様がお気に召した場合、レシピを要求されるかもしれんが……」
眉間に皺を寄せて考える父に、内心それは嫌だなぁとは思うものの、王族の命令に逆らえるはずもない。ただ、父も兄も簡単に拒否しそうに見えるのはどうしてだろう……。よほどのことがない限り、と注釈がつくけれど。
「どちらもこの世界の食材で作ったものですし、乳製品は領地のものですもの。需要と供給が追いつくのであれば、私は構わないと思っています。ただ、そこはお父様がきちんと判断してくだされば有り難いと思いますし、お父様の決定に従いますよ?」
「そうだな。我が家の料理人に教えるのですら、私に聞くくらいだしな」
「まだまだこちらの常識に疎いですから、そこは判断を仰ぎますよ? エプレンジュパイだって、シナモン――ダルチニがあったからこそ、教える許可をくださったのですよね?」
「ああ」
全く同じとは言い難いけれど、同じような香りと味がするスパイスはあったし、この世界のものを使って作ったからなのかダルチニで作ったエプレンジュパイのほうが、シナモンで作ったものよりも美味しかったのだ。それは父と兄がその味を認めているからこそ、許可を出したとも言える。
「で、だ。どっちを献上する?」
「私はどちらでも構いません」
「王太后様だけだとグラナートが拗ねないか?」
「……最近の様子を見る限り、確実に拗ねるな」
「だよね」
ふむ、と考えるように視線を上げた父が頷くと、指示を出した。
「とりあえず、半分ずつ持って行くか……チーズケーキが冷えていなかった場合、すぐには召し上がれないだろうからな」
「だね。実花、僕が厨房に行ってもらって来るから、ここにいて。バルド、悪いけど箱を二つ用意してケーキを贈答用に包んでくれるかな」
「畏まりました」
控えていたバルドさんは兄に頼まれると部屋を出ていった。そして私のほうを向いた兄が予定時間を聞いてくる。
「やることがなくなったけど、実花はどうする?」
「では、向こうの部屋で作業をして来ます。終わったらここに顔を出せばいいですか?」
「そうだね。どれくらい時間がかかる?」
「一時間もあれば大丈夫かと思います。それ以外はこちらの部屋にありますし」
「じゃあ、終わったころ迎えに行くから」
「はい」
兄の言葉に甘えて部屋で作業をする。まずは作り方の本を持って来て炬燵にのせ、次にクッションや枕カバーなどのセットと向こうで買ったうちの布地を見繕い、そこに広げた。父と兄の寸法と本を見ながらチャコペンで印をつけ、裁断して行く。
手縫いでもよかったけれどこれはミシンのほうが早いし、暑くなる前に作って二人に渡したかったのだ。もちろん失敗する可能性も考えて自分のも布地を選んで先に作っている。それがうまく行ってさあ二人のぶんを作ろうとしたら兄が迎えに来てしまったので諦め、明日以降、時間のある時に縫うことにした。本をしまい、クッションカバーなどをインベントリにしまうと部屋を出た。
そしてこっちの部屋まで連れて来てもらうと、お昼まではクッション本体と枕本体を作りあげたところでお昼となったので、裁縫道具をしまって食事をした。その時にお菓子の感想を纏めたものをバルドさんから聞いたのだけれど、どちらも好評だったと聞いて嬉しかった。
「時々でいいので、また皆さんに作ってあげてくださいとミゲルさんに伝えていただけますか?」
「なんと……! もちろんでございます、お嬢様」
とても嬉しそうに微笑んだバルドさんを見て、味見をしてもらってよかったと思った。
午後は兄と一緒に執務室へ行き、一緒に書類を捌く。
「実花、時間が余ったから文字の練習をしてみるかい?」
「いいのですか?」
「うん。羽ペンにも慣れないといけないだろう? それにここ最近は勉強をみてあげられなかったから、それも兼ねているんだ」
「では、テキストをくださいますか?」
「いいよ」
兄に作ってもらったこの世界の文字が書かれたあいうえおの表を見ながら、文字を書いて行く。そして領地の特産物の名前や執務室内にあるもの、固有名詞などを書いていく。ドリルではないけれど、私はたくさん書いたほうが覚えやすいのでそうしている。
そして一通り書いて兄に見せ、チェックをしてもらう。間違っていた場合は兄に正しい字を書いてもらい、それを修正して行く。
出された問題の全てにOKをもらったのと休憩がしたいというので、お茶を淹れようとしたら止められた。
「向こうの部屋や城にいるわけじゃないんだから、バルドやアイニたちの仕事を取ったらだめだよ」
「あ、そうでした。つい……」
「いいって。こればっかりは仕方ないさ。だんだんと慣れて行こうな」
「はい」
そんな会話をしたあと、兄がベルを振るとバルドさんが顔をだした。兄の指示を受けたバルドさんが紅茶とお菓子と持って来た。それらを食べて休憩したあと、父が帰ってくるまで領地の書類を整理したり兄の手伝いをした。
そして夕食も終わり、二人に見せたいものがあるからと向こうの部屋まで連れて行ってもらい、二人にシェーデルさんにも見せた本をみ見せ、どのデザインがいいかを聞いた。
二人が選んだのは、軍人が着るような迷彩服の形だった。それも、襟は首を護れるように詰襟の形にしてほしいという。
「迷彩柄の布地はありませんけれど……」
「モスグリーンか黒、もしくは紺ならこの世界にもあるから、商会に行った時にそれを買おうか」
「わかりました。ただ、迷彩服を作るとなるとどうしてもミシンに頼ってしまうことになりますが、いいですか?」
「構わないよ」
「ありがとうございます」
これもコスプレをする友人に「作って!」と言われたことがあって型紙を起こしたことがある。押入にそれがあったはずだと記憶をたどりながら、また面倒なものをと内心溜息をついた。
「お嬢様、そこですと我々が見れませんし、作業の手順がわかりません」
ミゲルさんや他の料理人に言われてしまい、恐縮しながら全員で一緒に作ったものだった。朝食の用意が全て整っていたからできたことでもあるし、ミゲルさんの計らいでもある。ちなみにシナモンに似たスパイスはこの世界にもあったから教えることができたのだけれど。
作ったのは料理人の人数分と私の分だから、全部で六個ずつ。さすがは職業が【料理人】なだけあって、失敗したものは一つもなかった。私が作ったもの以外は冷えたらモーントシュタイン家の使用人の皆さんで試食して、感想を聞かせてほしいとお願いしたら喜んでいた。
エプレンジュは温かくても美味しいので、それも伝えたうえで食べる直前にオーブンで温めるといいということも伝えた。
特に侍女たちが喜んでいて、甘いものはどこの世界でも女性に喜ばれるのだなあと思ったし、料理人たち曰くこういったものはあまり見かけないそうだ。そしてクリームチーズを使ったことも衝撃を受けたようなのだ。だからこそ、またお菓子のレシピを教えてほしいと言われてしまった。
まあ、向こうの世界にしかないような材料がある場合は駄目だけれど、この世界にあるものならば教えていいと父に言われているので、そこは心配していない。尤も、父に何を作るとか、試食と称して私がお菓子を作り、父の許可が出てから料理人に教えているような状態ではあるが。
そして朝食の時に昨日聞くのを忘れていた今日の予定を聞いたら父は登城、兄は領地の仕事なので自宅だという。兄に午後は領地の執務を手伝ってほしいと言われたのでそれを了承し、午前中はミシンを使いたいから向こうの部屋にいる許可をもらった。その時に王太后様に手紙を書いたほうがいいか聞けば、お礼の手紙なら大丈夫だろうということで、手紙を書いたあと父に見てもらった。
まだこの世界の文字を書き慣れていないし覚えていないから文字は父や兄に教わりながらだったけれど、拙いながらもきちんと書けているとのことでOKをもらった。そしてその時に一緒にジークハルト様にもお礼の手紙を書いたのでそれも一緒に見てもらったところ、それも大丈夫とのことだったので父に封蝋のやり方を教わって封をすると、それを託した。
「字が汚いのですけれど……本当に大丈夫でしょうか……」
「殿下は実花が勉強中なのは知っているし、手紙を渡す時に実花の事情を話すこともお願いするつもりだ。尤も、モーントシュタイン家は他の国から来たことになっているし、実花がこちらに来た時点で陛下にもお知らせしているから、大丈夫だろう。まあ、あとは書いて覚えるしかないが」
「はい、そこは努力いたします」
手紙は食事後、執務室で書かせてもらった。羽ペンに慣れるようにというのもあったし、モーントシュタイン家の家紋がついている指輪は、父と兄が持っていると教わったからだ。いずれは私にもとのことだったけれど、すぐに私の婚約が決まってしまったために、作るのはやめたという。
なので、今後手紙を書く時や練習は執務室で、父か兄がいる時にと約束をした。
「お父様。何かお土産のようなものも渡したほうがいいのでしょうか」
「うーん……。今は必要ないと思うが、一応何か渡してみるかい? できれば珍しいものがいいだろう」
「チョコ……ショコラーダはまずいですか?」
「そうだな。まあ、この世界のショコラーダを実花自身が改良したならば問題はないが、あのまま出すのは止めたほうがいい」
「そうですか……」
やはりあのままのチョコをだすのはダメなようだ。改良するには買わないといけないのでそこは諦めるとして、他に何かないかと考え、今朝作った領地の乳製品を使ったチーズケーキやエプレンジュパイはどうだろうかと考えて、それを父に聞いてみた。
「ふむ……領地のチーズを使ったチーズケーキとエプレンジュのパイか」
「はい。エプレンジュのパイはジークハルト様も召し上がっておいでですし、味もお墨付きをいただいています」
「はは! あの時のグラナートは、食いつきが凄かったな」
「あのパイもチーズケーキも確かに美味しかったが……予備はあるのかい?」
「ありますよ。今朝、ミゲルさんたちに教えながら作ったばかりなので」
そんな話しをして、使用人たちに試食と感想を聞かせてほしいとお願いをしたと話すと、父と兄に苦笑された。
「最近の使用人たちが前以上に一生懸命働いているし、悪さをしなくなったのはそういうことか」
「まあ、悪さをするような使用人は最近はいないし、バルドやアイニも目を光らせているからね……実花効果ってことなんだろうね」
「当主の私からすれば喜ばしいことではあるがね。だが、ほどほどにしておきなさい」
「お父様、そうは仰いますけれど、私は駄目だしされたものは一切教えていませんし、食材も領地で作られているものかこの世界のもので作っているのです。それに、たまには感謝も伝えたいではないですか」
「感謝か……。そうだな」
「……忘れてたね、感謝することを。いつの間にか当たり前だと思っていたよ」
ポツリと漏らした兄の言葉に、二人は長いこと貴族をしていたということが窺えて来て苦しくなる。それほど長い間、二人を待たせたことに思い至ったからだ。かと言ってそんなことを言えば二人は余計に気にするので言わないけれど。
「まあ、それはともかく、お菓子だったな。すぐにでも持っていけそうか?」
「エプレンジュパイは温かくても食べられますけれど、チーズケーキは冷えているかどうか……。それに、私が作ったものではなく、我が家の料理人が作ったもののほうがいいのでは」
「実花が作ったもののほうがいいだろう。ただ、王太后様がお気に召した場合、レシピを要求されるかもしれんが……」
眉間に皺を寄せて考える父に、内心それは嫌だなぁとは思うものの、王族の命令に逆らえるはずもない。ただ、父も兄も簡単に拒否しそうに見えるのはどうしてだろう……。よほどのことがない限り、と注釈がつくけれど。
「どちらもこの世界の食材で作ったものですし、乳製品は領地のものですもの。需要と供給が追いつくのであれば、私は構わないと思っています。ただ、そこはお父様がきちんと判断してくだされば有り難いと思いますし、お父様の決定に従いますよ?」
「そうだな。我が家の料理人に教えるのですら、私に聞くくらいだしな」
「まだまだこちらの常識に疎いですから、そこは判断を仰ぎますよ? エプレンジュパイだって、シナモン――ダルチニがあったからこそ、教える許可をくださったのですよね?」
「ああ」
全く同じとは言い難いけれど、同じような香りと味がするスパイスはあったし、この世界のものを使って作ったからなのかダルチニで作ったエプレンジュパイのほうが、シナモンで作ったものよりも美味しかったのだ。それは父と兄がその味を認めているからこそ、許可を出したとも言える。
「で、だ。どっちを献上する?」
「私はどちらでも構いません」
「王太后様だけだとグラナートが拗ねないか?」
「……最近の様子を見る限り、確実に拗ねるな」
「だよね」
ふむ、と考えるように視線を上げた父が頷くと、指示を出した。
「とりあえず、半分ずつ持って行くか……チーズケーキが冷えていなかった場合、すぐには召し上がれないだろうからな」
「だね。実花、僕が厨房に行ってもらって来るから、ここにいて。バルド、悪いけど箱を二つ用意してケーキを贈答用に包んでくれるかな」
「畏まりました」
控えていたバルドさんは兄に頼まれると部屋を出ていった。そして私のほうを向いた兄が予定時間を聞いてくる。
「やることがなくなったけど、実花はどうする?」
「では、向こうの部屋で作業をして来ます。終わったらここに顔を出せばいいですか?」
「そうだね。どれくらい時間がかかる?」
「一時間もあれば大丈夫かと思います。それ以外はこちらの部屋にありますし」
「じゃあ、終わったころ迎えに行くから」
「はい」
兄の言葉に甘えて部屋で作業をする。まずは作り方の本を持って来て炬燵にのせ、次にクッションや枕カバーなどのセットと向こうで買ったうちの布地を見繕い、そこに広げた。父と兄の寸法と本を見ながらチャコペンで印をつけ、裁断して行く。
手縫いでもよかったけれどこれはミシンのほうが早いし、暑くなる前に作って二人に渡したかったのだ。もちろん失敗する可能性も考えて自分のも布地を選んで先に作っている。それがうまく行ってさあ二人のぶんを作ろうとしたら兄が迎えに来てしまったので諦め、明日以降、時間のある時に縫うことにした。本をしまい、クッションカバーなどをインベントリにしまうと部屋を出た。
そしてこっちの部屋まで連れて来てもらうと、お昼まではクッション本体と枕本体を作りあげたところでお昼となったので、裁縫道具をしまって食事をした。その時にお菓子の感想を纏めたものをバルドさんから聞いたのだけれど、どちらも好評だったと聞いて嬉しかった。
「時々でいいので、また皆さんに作ってあげてくださいとミゲルさんに伝えていただけますか?」
「なんと……! もちろんでございます、お嬢様」
とても嬉しそうに微笑んだバルドさんを見て、味見をしてもらってよかったと思った。
午後は兄と一緒に執務室へ行き、一緒に書類を捌く。
「実花、時間が余ったから文字の練習をしてみるかい?」
「いいのですか?」
「うん。羽ペンにも慣れないといけないだろう? それにここ最近は勉強をみてあげられなかったから、それも兼ねているんだ」
「では、テキストをくださいますか?」
「いいよ」
兄に作ってもらったこの世界の文字が書かれたあいうえおの表を見ながら、文字を書いて行く。そして領地の特産物の名前や執務室内にあるもの、固有名詞などを書いていく。ドリルではないけれど、私はたくさん書いたほうが覚えやすいのでそうしている。
そして一通り書いて兄に見せ、チェックをしてもらう。間違っていた場合は兄に正しい字を書いてもらい、それを修正して行く。
出された問題の全てにOKをもらったのと休憩がしたいというので、お茶を淹れようとしたら止められた。
「向こうの部屋や城にいるわけじゃないんだから、バルドやアイニたちの仕事を取ったらだめだよ」
「あ、そうでした。つい……」
「いいって。こればっかりは仕方ないさ。だんだんと慣れて行こうな」
「はい」
そんな会話をしたあと、兄がベルを振るとバルドさんが顔をだした。兄の指示を受けたバルドさんが紅茶とお菓子と持って来た。それらを食べて休憩したあと、父が帰ってくるまで領地の書類を整理したり兄の手伝いをした。
そして夕食も終わり、二人に見せたいものがあるからと向こうの部屋まで連れて行ってもらい、二人にシェーデルさんにも見せた本をみ見せ、どのデザインがいいかを聞いた。
二人が選んだのは、軍人が着るような迷彩服の形だった。それも、襟は首を護れるように詰襟の形にしてほしいという。
「迷彩柄の布地はありませんけれど……」
「モスグリーンか黒、もしくは紺ならこの世界にもあるから、商会に行った時にそれを買おうか」
「わかりました。ただ、迷彩服を作るとなるとどうしてもミシンに頼ってしまうことになりますが、いいですか?」
「構わないよ」
「ありがとうございます」
これもコスプレをする友人に「作って!」と言われたことがあって型紙を起こしたことがある。押入にそれがあったはずだと記憶をたどりながら、また面倒なものをと内心溜息をついた。
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