異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮

文字の大きさ
上 下
21 / 62
異世界転移編

サーベルタイガーはいい子らしい

しおりを挟む
 黙って黒猫――サーベルタイガーを眺めていても仕方がないので、この際だからと殿下にどんな生物なのか聞いてみることにした。

「あの、殿下。まだ魔獣のことを詳しく教わっていないのです。サーベルタイガーとはどのような魔獣なのか教えていただけますか?」
「そうなのか? ああ、構わない」

 殿下曰く、サーベルタイガーとは肉食の魔獣で三、四匹の仔を産むのだという。仔は視線の先にいるサイズで、大人になると三メメトルを超えるのだとか。昔からいる魔獣の種類のうちの一種で、害獣駆除をしてくれる貴重な魔獣だそうだ。警戒心が非常に強く、ヒトに懐くことはないらしい。
 ちなみにメメトルとはこの世界の長さの単位で、地球だとだいだい1.2メートルくらいだと兄に教わった。私の膝上にいるこの子が成猫くらいの大きさだし、地球にいるネコ科の大型獣の仔と同じくらいの大きさなので、納得できる。

「……」
「だからこそ、ミカ嬢は不思議だと言ったのだ」
「そうですか……。それにしても、どうしよう、この子……」

 殿下と二人してサーベルタイガーを眺める。お腹がいっぱいになったことと陽射しが温かいせいか、喉をゴロゴロと鳴らしながら私の膝の上に丸まって寝ている。別の場所に移動したくとも、サーベルタイガーが膝に乗っていては動くことができない。まあ、「ゆっくりとできるから構わない」と殿下が仰ってくださっているからまだいいのだが。
 他にも聞いたところ、大型魔獣の他に小型の魔獣やアレイさんのような虫型の魔物、シェーデルさんのようなアンデッドの魔物もいるのだという。スケルトンやスパルトイと違ってゾンビなどの腐った外見の魔物は害のある魔物として認識されていて、討伐対象になっているのだとか。害があるかないかの区別を聞くと、昔からいるか魔力の揺らぎから生まれるかの差だそうだ。
 そんな話をしている間も、サーベルタイガーはご機嫌な様子で尻尾を揺らしている。けれど、そろそろ移動しなければならないそうなので、仕方ないとそっと持ち上げるとベンチの上に乗せる。それが嫌だったのか、また膝に戻ってこようとしたので抱き上げ、視線を合わせた。目は綺麗なブルー。

「だめよ。私たちはこれから移動しなければならないの。だから、自分のおうちか親のところに戻って?」

 顔を覗きこむようにそう告げてから地面に下ろすと頭を撫で、それから籠などを片付けた。ドレスについた毛や汚れは【生活魔法】の掃除で落としていると、グラナート殿下は感心したように「ほう」と呟いた。この魔法だけは毎日使っているからか、失敗することはなかったのが救いだろうか。

「では、そろそろ次の場所に行こうか」
「はい」

 差し出された腕に自分の手を乗せ、立ち上がる。そして歩き出したのはいいけれど、サーベルタイガーの仔が私たちのあとをついてくる。でも、そればかり気にするわけには行かないので、可哀想だけれど気にしないことにした。

「ミカ嬢、ここが夏になると咲く花や樹木が植えられている場所なんだ」
「どのような花が咲いたり、実が生ったりするのですか?」
「俺よりも背の高い黄色い花や弦植物、甘い香りのする実などが生る。その時期になったらまた連れてこよう」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

 然り気無く笑顔で誘ってくれる殿下に、心が弾んで嬉しくなる。こういう対応をする方だからきっとモテるし、王族だから婚約者もいるのではないかと思う。そう考えると、その人が羨ましくなる。

 向こうの世界では、一応私にも婚約者がいた。でも彼は一番上の姉にあっさり堕ちてできちゃった結婚し、父と兄、長月家と親戚たちを激怒させた。それ以来、長月家やそれを知った他の家はその家との繋がりを切り、長谷川家や極一部との繋がりだけで生きていると聞いた。
 そんなこともあり、父や兄は平気だけれど、男性に対してあまり信用はしていない。それに、年齢的にもこの世界で婚約者や夫ができるとも思っていない。父や兄はドラゴンとなってこの世界と同じように長く生きられるけれど、父たちの話のように私にはそういった兆候はなかった。
 きっと先に逝くことになるから、父に対して親不孝をすると思うと申し訳なく思う。だからこそ、できるだけ親孝行をして、父を喜ばせたいと思っている。

 そういった意味でも、結婚に対して夢は持っていない。……憧れはあるけれど、それだけ。

 ネガティブになりそうな思考に蓋をして軽く頭を振ると、思考を切り替える。あの花はこういう花で、この果実はどんな形と味がしてと、殿下が説明してくれる。その心地よい声に耳を傾けながら、その果物が手に入ったらまたお菓子を作ろうと思った。
 ふと後ろを振り返ると、まだサーベルタイガーの仔がついて来ていた。どうしてくっついてくるのだろう? 親がいる場所がわからないのだろうか?
 そんなことを気にしていたら、殿下が気にするなと言ってくれたけれど、やはり気になってしまう。ご飯をあげたのは失敗だったかもと落ち込んでいたら、「ミカ嬢が襲われるよりはいい」と慰めてくれた。

「まさかここまで懐くとは、俺も思わなかった」
「私もおかずを分けただけで、ここまで懐かれるとは思いませんでした。サーベルタイガーはそんなに懐かないものなのですか?」
「先ほども言ったが、サーベルタイガーに限らず、ミカ嬢のところの蜘蛛殿やスパルトイ殿も含め、魔獣の類は滅多にヒトに懐くことはないんだ。だからこそ、警戒もせずミカ嬢に全面的な好意を寄せることが不思議なんだ」

 本当に不思議に思っているのだろう……殿下はしきりに首を捻っている。もちろん私も理由がわからないので、首を捻るしかないのだけれど。
 奥には温室もあるとのことだったけれど、この時期は見るものがないというので、今回は見送ることになった。そしてあらかた見学したそうなので、馬車があるところに戻る。来る時と同じように殿下に手を貸してもらいながら馬車に乗ろうとしたのだけれど、それよりも早くサーベルタイガーが馬車に乗ってしまった。

「こら、ダメでしょう? 私たちは帰るの。だから、キミもおうちに帰りなさい」

 そう声をかけたり外に出してもすぐに馬車の中に入ってしまうし、挙げ句の果てに座席の狭いところに潜りこんでしまって、出てこない。

「もう……。殿下、どうしましょう……」
「そのまま連れて行ってやればいい」
「……え?」

 まさか殿下がそんなことを言うとは思わなくて、彼を見上げたら苦笑していた。

「恐らくだが、そのサーベルタイガーは何かの事情で親を亡くしたか、仔を装っている可能性がある。もし後者だった場合、ミカ嬢を守ってくれるだろうし護衛は少しでも多いほうがいい」
「そう、ですか。……ねえ、キミ。うちにくる?」
「にゃー!」

 サーベルタイガーにそう問えば、奥から出てくると一声鳴いた。嬉しそうに尻尾が揺れている。

「仕方のない子」

 そう呟いて溜息をつくと、殿下は苦笑したまま馬車へ乗るのに手を貸してくれたのだった。
 帰りの馬車でサーベルタイガーは何を食べるのか聞いたりしたのだけれど、結局その話だけで終わってしまった。

 モーントシュタイン家に着いて馬車から降りると、父とバルドさんが出迎えてくれた。

「実花、お帰り。殿下、ありがとうございました。楽しかったですかな?」
「構わない。ああ、楽しかった」

 父と殿下が挨拶を交わしている間に、シェーデルさんとアレイさんも別の馬車から降りてくる。

「お嬢様、お帰りな……」
「実花……。殿下、娘はまた何かしたのですか?」
「ああ。実は……」

 そして私の後ろからサーベルタイガーの仔が飛び降りてくると、バルドさんは途中で黙り込み、父は呆れたように私を見る。殿下に至っては苦笑しながら、父に説明してくれている。

 何かしたかといえばそうなのかも知れないけれど、もともとはサーベルタイガーが近寄って来たからだと言ったところで呆れた視線を返され、黙るしかなかった。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

【完結】愛猫ともふもふ異世界で愛玩される

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
状況不明のまま、見知らぬ草原へ放り出された私。幸いにして可愛い三匹の愛猫は無事だった。動物病院へ向かったはずなのに? そんな疑問を抱えながら、見つけた人影は二本足の熊で……。 食われる?! 固まった私に、熊は流暢な日本語で話しかけてきた。 「あなた……毛皮をどうしたの?」 「そういうあなたこそ、熊なのに立ってるじゃない」 思わず切り返した私は、彼女に気に入られたらしい。熊に保護され、狼と知り合い、豹に惚れられる。異世界転生は理解したけど、私以外が全部動物の世界だなんて……!? もふもふしまくりの異世界で、非力な私は愛玩動物のように愛されて幸せになります。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/09/21……完結 2023/07/17……タイトル変更 2023/07/16……小説家になろう 転生/転移 ファンタジー日間 43位 2023/07/15……アルファポリス HOT女性向け 59位 2023/07/15……エブリスタ トレンド1位 2023/07/14……連載開始

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です

花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。 けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。 そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。 醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。 多分短い話になると思われます。 サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

波間柏
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

処理中です...