上 下
53 / 62
結婚編

こんなものまで作っているとは思いませんでした

しおりを挟む
 デートしてから十日後、日本でいう六月になった。こちらでは六の月というそうだ。
 この世界も梅雨があるらしく、少しずつ雨が降る回数が増えてきていた。そのせいで湿気がすごいし、義足の接触部分や背中の傷が痛む。
 そんな中、以前から渡そうと思っていたものを父と兄に渡すことにした。

「お父様、お兄様。これを」

 インベントリから二人に渡したのは、浴衣だった。柄違いの濃紺で、帯は草蜘蛛グラス・スパイダーで、紐は木綿で作ったものだ。これらは書斎にもなっている私の向こうの部屋にあったもので、簡単に作れるものが紹介されていた雑誌を買ったものだった。
 もちろん、買ったのはだいぶ前だけれど、あの閉店セールをしていたお店で、だ。

「実花、これは……」
「浴衣です。手縫いをしている時間がなかったので、ミシンを使ってしまったのですけれど……」
「いや、ちゃんとできてる。それに、まさか浴衣をくれるとは思っていなくてな……」
「懐かしいよ……」

 父と兄が、懐かしそうな目をしてそれを見ている。二人とも家にいる時は、浴衣を着ている時があった。特に夏は暑いからと、夜は浴衣を着て寝ているという話を聞いていたから。

「これから夏になるのですよね? こちらの暑さはどのようなものかわからないのですが、よかったら着て寝てください。足りなければ、また作りますから」
「「ありがとう」」

 浴衣と帯と紐をインベントリにしまった二人が、私を抱きしめてくれる。そんなことをしていると、いつもドレスを作ってくれる商人が来たと、バルドさんが呼びにきた。

「新たに何か頼んだのですか?」
「ああ。実花も一緒に来るといい」

 父に促されて応接室に一緒に行くと、いつも我が家に来る商人が席を立ち、頭を下げた。

「侯爵様、ご依頼の品ができました」
「そうか。出来映えはどうだ?」
「わたくしどもはいい出来映えだと思うのですが……」

 そう言って商人が出したのは、長細く畳まれたもの。それを広げて見せてくれたのは、なんと小袖の着物、だった。

「着物……? ですか?」
「ああ。実花にと思ってな」
「え……」

 羽織ってみてくれと父に言われ、袖を通す。布地は草蜘蛛グラス・スパイダーの最高級の糸を使っているそうで、手触りは向こうの絹の着物よりもいい。しかも、刺繍ではなくきちんと織っていて、絵柄も向こうのものと遜色ないものだった。

「織るのはとても難しかったのですが、侯爵様が詳細な本を貸してくださいまして。それによりわたくしどもお抱えの者の技術もあがりました。お嬢様がお持ちの本だそうでございますね。貴重な本をお貸しいただき、ありがとうございます」
「……いつのまに……」

 まさか、ドレスだけではなく、着物まで作っているとは思わなかった。それに、絵柄もこの世界に馴染むようにという配慮からなのか、国立庭園で見た花があしらわれている。
 色も落ち着いた萌葱色で、ジークハルト様の色を意識させるものだ。この色も父が指定したのだという。
 他にも模様のない無地のものもあり、訪問着にも使えるようなものが一着あった。

「素敵なお色ですね」
「よくお似合いでございます」

 肩にかけたり袖を通したりしてその色を確かめる。というか、よく着物を作らせようと思ったわね、父よ……。

「実花、着てみてくれないか?」
「わたくしも、どのように着るのか見てみたいですね」
「お時間が大丈夫なようでしたら、着替えてまいりますが」
「はい、大丈夫です」

 是非にと商人に言われたので着物一式をアイニさんに持ってもらい、一旦部屋に戻る。そしてアイニさんたち侍女にどういったものか説明しながら、和装下着や襦袢、着物など、着用に必要な紐や伊達締めなどの小物を使って着て行く。
 帯は太鼓でいいかと結び、帯締めなどを使って着た。根付もあって、これはトンボ玉に近いものだった。

「まあ……素敵ですわ、お嬢様!」
「うなじが出るように、髪をアップにしてくれますか?」
「はい!」

 これならアップのほうがいいだろうとお願いし、最後に簪を刺してもらって準備完了。足袋や草履まで作らせているのには驚いたけれど、それらを履いて応接室に戻ると、商人やその場にいたバルドさんにも驚かれた。

「おお……そのように着るのですな……。なんとお美しい。とてもよくお似合いでございますよ」
「ありがとうございます」

 父が元いた国の民族衣装だと説明していた。着るのが大変だということも。

「とてもよいものを見せていただきました。それに、わたくしどもにも、いい刺激となりました。ありがとう存じます」
「いや。こちらこそ無理を言ってすまなかった」
「いえいえ。もしまた必要とあれば、作らせていただきますので」
「その時はぜひ、お願いしよう」

 双方ほくほく顔で頷き、父がバルドさんに請求書をもらっていた。こちらでも請求書があり、それに従ってバルドさんが支払いに行くのだとか。
 どうやら兄と父が広めたらしく、支払いの間違いなどや金銭の揉め事が減ったと商人が喜んでいたのだから、いいのだろう。

「久しぶりに着ましたけれど……おかしくはないですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「とてもよく似合っているよ」
「ええ。素敵なお召し物ですね、お嬢様」
「あ、ありがとう」

 父や兄、バルドさんに褒められて照れてしまう。すぐにでもドレスに変えたかったのだけれど、しばらく見たいという父と兄の要望に従い、着物で過ごした。
 そして兄に庭に行こうと誘われ、エスコートされながら歩いていると、上から影が差した。

「なんでしょう……?」
「あ、この気配はグラナートだな。何かあったのか?」

 よく見るとグリーンの体色のドラゴンで、翼は白い鳥のもの。以前見たジークハルト様が竜体となった姿だった。それを目で追っていると庭の広い場所に降り立ち、人型となったジークハルト様がそこにいた。

「アル、ミカはいるか? ……ミカ、か?」
「はい、ジークハルト様。こんにちは」
「ああ。それにしてもその姿は……?」
「これは私たちがいた国の民族衣装なのです。父が作ってくださいました」
「ほう……?」

 もの珍しそうに着物を眺め、私の周りをくるくると回りながらその姿を見て、しきりに頷いたり、溜息にも似た吐息をついていた。

「とても綺麗で、よく似合っている」
「……ありがとうございます」

 黒髪だともっと映えるのだけれど、それは言ってはいけないことだし、どうしようもない。なのでそこは黙っておく。

「今日はどうしたんだ?」
「そうだった。ミカに見せたいものがあるのだ」
「見せたいもの、ですか?」
「ああ」

 ジークハルト様がインベントリから出したのは、白いコートだった。

「これは……」
「ホワイトベアの毛皮で作ったコートなのだが、カチヤが『一度袖を通してもらい、きついところがないか聞いてきてください』と言ったのでな……持って来た」
「そうなのですね。ただ、この格好ですと着れませんし……」
「急ぎではないから、明日登城した時に持ってくればいいだろう」
「では、そうさせていただきますね」

 コートを預かり、インベントリにしまう。兄は「そのまま東屋に行って待っていろ」と家の中に入って行ったので、ジークハルト様と一緒に東屋へと向かう。

「ミカ、素敵なものだが、なんというのだ? ドレスとは違うようだが」
「着物というのです」
「ほう、キモノというのか。ドレスとは違った美しさがある」

 私をエスコートしながらそんなことを言うジークハルト様に、言われ慣れていないせいか照れてしまって、頬が熱くなる。そんな様子の私を見て、ジークハルト様は可愛いと仰る。

「ミカ……」

 急に立ち止まったジークハルト様に驚き、私も一緒に立ち止まる。するとそのまま抱きしめられた。

「あの……ジークハルト、様……?」
「どんどん可愛く、そして綺麗になっていくミカが眩しい……」
「え……んっ」

 そんなことを言いながらうなじを撫でるジークハルト様に、ゾクリとした何かが這い上がる。

「早く婚姻し、一緒に住みたい……」
「もう……。まだドレスなどの準備も終わっておりませんし、あと少しの辛抱ではありませんか」
「そうなのだが……」

 ふう、と溜息をついたジークハルト様に、軽く唇を合わせるだけのキスをされる。
 最近のジークハルト様は、二人きりになるとこうしてキスをしてくることが増えた。それはそれで嬉しいのだけれど、誰かに見られたらと思うと、気が気ではない。
 かと言って二人きりならというのも危険な気がする。

「まあ、準備も順調に進んでいるし、俺たちが住むための部屋の準備も整ってきているからな。一度内装について見てもらいたいのだが……いいか?」
「はい」

 もう一度キスをしたジークハルト様にエスコートされ、東屋へと向かう。途中で訓練をしていたらしい魔物たちに会ったので、一緒に東屋へと向かった。
 兄と一緒にバルドさんが来て、お茶やお菓子の用意をし、みんなで話をしているうちにお昼となり、ジークハルト様はお昼を食べると、王城へと戻って行った。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

ただ貴方の傍にいたい〜醜いイケメン騎士と異世界の稀人

花野はる
恋愛
日本で暮らす相川花純は、成人の思い出として、振袖姿を残そうと写真館へやって来た。 そこで着飾り、いざ撮影室へ足を踏み入れたら異世界へ転移した。 森の中で困っていると、仮面の騎士が助けてくれた。その騎士は騎士団の団長様で、すごく素敵なのに醜くて仮面を被っていると言う。 孤独な騎士と異世界でひとりぼっちになった花純の一途な恋愛ストーリー。 初投稿です。よろしくお願いします。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...