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8巻
8-1
しおりを挟むプロローグ
リンこと私――鈴原優衣は、かつて日本で経理の仕事をしていた。
八年くらい働いていたけれど、ある日会社が倒産してしまってハローワークへ通うことに。
そしてその帰り道、アントス様という神様のうっかりミスで、異世界――ゼーバルシュに落ちてしまったのだ。
ゼーバルシュは魔神族をはじめとして、ドラゴン族や獣人族、ドワーフやエルフ、人族など多種多様な種族がいる世界で、日本とは全く異なる文化を形成している。
そんな異世界に突然放り込まれて、元の世界にはもう戻れないということを聞いた私は、あまりに衝撃的な出来事に驚き、不安でいっぱいになった。
孤児で、元の世界にも家族がいないとはいえ、誰も知り合いがいないこの世界でやっていけるのだろうか……
そんなことを考えている私を慰め、支えてくれたのは、日本を担当している神様であるツクヨミ様だった。異世界に落ちる原因となったアントス様も一発殴らせてくれて……
神様たちのサポートの元、お詫びに授かったチートな調薬スキルを活かし、私は『薬師・リン』としてポーション屋を営み、新たな生活を始めることになったのだった。
異世界に来てからは、私が想像していなかったような出来事がたくさんあった。
まずは、従魔たちの存在だ。
クラオトスライムのラズに、クイーン・スモール・デスタイラントのスミレ。親子である星天狼のロキとフェンリルのロック。同じく太陽の獅子のレンとユキ、月の獅子のシマとソラという四匹の家族、従魔たちの眷属となった元ココッコたち。
みんなとても可愛くて頼もしい私の家族だ。
強くて優しくて、私にはもったいないような従魔たちと出会えたことは、本当に幸せな出来事だった。
他にも、忘れられない出会いはたくさんある。
私が入っている『フライハイト』のメンバーに、ドラゴン族のヨシキさんがリーダーを務める『アーミーズ』のみなさん。
『フライハイト』のみんなは、私の異世界でのはじめての仲間で、心から信頼できる人たち。
『アーミーズ』のみなさんは転生者で、日本にいたとき私の側にいた関係者や知り合いという、世間は狭かった! 的な人たちばかりだ。
なによりも、『フライハイト』のリーダーであるエアハルトさんは、異世界に来たばかりの私を助けてくれた恩人であり、大事な婚約者!
日本にいたときには全く考えられなかったことが起きて、嬉しいやら恥ずかしいやら……
そんな中、ガウティーノ侯爵家の領地に行って、ガウティーノ侯爵ご夫妻とダンジョンに潜ったりもしたし、宮廷医師のマルクさんと前世は私がお世話になった施設の院長先生であるハインツさんと森に散策に出かけたりもした。
森で柚子とレモンの中間のような味がする果物――ユーレモの有効活用法を発見して、マルクさんに丸投げしたこともあったなあ。
それから、友人たちがどんどん結婚していく中で、とうとう私もエアハルトさんと結婚――この世界の言い方だと婚姻をしました!
準備には大変なこともあったけれど、みんなが協力してくれて思い出深い一日になった。
なんと、ウェディングドレスの布や髪飾りなどは、私に内緒で従魔たちと眷属たちが集めてくれたのだ! それを聞いたときはとても嬉しかった。
私に内緒だなんて、可愛いでしょう?
それに、一応招待状を出したものの、とても忙しい方たちだから来てくれないだろなあと思っていた、私の後ろ盾でもある宰相様と王様が、お忍びで来てくださって唖然とした。
それに加えて式が終わるタイミングでアントス様の像が光り、そこから祝福の言葉をもらったりもしたよ。
予想外なことばかりだけど、とっても嬉しかった。
本当にいろんなことがあったけど、なんだかんだと異世界に来てから約三年が経ち、みんなとの素敵な出会いのおかげで楽しく充実した日々を送っている。
もちろんそれは、結婚したことも含むのだ。
日本にいたころは、施設にいた当時のあれこれがあって、結婚できるだなんて考えてもいなかったし、諦めてもいた。
このまま枯れた女か喪女となり、一生独身として過ごすんだろうなあ……と、漠然とした思いを抱えてた。
だけど、アントス様のせいでこの世界に落ちて、ツクヨミ様をはじめとした日本の八百万の神々の応援(?)もあって、幸せな生活を送ることができた。
その縁を繋いでくれたのは顔も知らない亡き両親であり、ご先祖様でもある私の守護霊のおかげだ。
いつか、守護をしてくれている人にも会いたいな。
そんなことを考えていたわけだけど、結果的に幸せになれました! といろんな人に報告できるのがとにかく嬉しい。
第一章 出発準備
エアハルトさんと結婚し、嬉し恥ずかしめくるめく初夜を明かした、二日目の朝。
「おはよう……優衣」
「お、おはようございます、エアハルトさん」
エアハルトさんの腕の中で目覚め、朝っぱらから耳元で囁かれました!
破壊力抜群な美声です!
照れて私の顔が火照っているとわかっていながら、朝から唇にキスしてくるとか……!
ニヤリと笑っているんだから、エアハルトさんは確信犯だと思う。
くそう……イケメンでイケボめ!
とはいっても、嬉しくないわけはなく。
朝から散々キスをして、ギシギシいう体に鞭を打ちながら、いそいそとベッドから起き出して着替える。
あ~、エアハルトさんにがっつかれたから足腰が痛い!
あんなに体力バカだとは思わなかった!
湯舟に使って体をほぐしたい~!
なんて思いつつ、すぐに食堂に向かった。
昨日から拠点でご飯を食べているからね~。
もちろんアレクさんとナディさんご夫婦と一緒だ。
四人でわいわい言いながらご飯を作り、みんなで食べる。全員の従魔たちと、私には眷属たちもいるから、作るのが大変だ。
だけど、誰も料理人を雇おうとは言わない。
エアハルトさんが騎士だったときは、身分上は貴族だったから料理人を雇うのは当然だったけど、今は全員が平民となり、冒険者として暮らしている。平民の……冒険者としての暮らしは、料理人だけでなく使用人を雇う必要がない。
貴族は、人を雇うことも仕事に含まれるものだからね。
これはエアハルトさんが言っていたんだけど、平民の私たちが料理人を雇うのは違うからと、ララさんとルルさん、ハンスさんが自分の店を出店して拠点を出ていったタイミングで、もう料理人を雇わないと決めていたんだって。
それに、元は貴族だったエアハルトさんたちも、徐々に料理を覚えて自分たちで様々なことができるようになったから、専門の人々の助けは必要がないのだ。
エアハルトさんたちは、料理人を雇わないと決断した理由は、自分たちで作れることが一番大きいとも言っていたなあ。
まだまだレパートリーは少ないけど、私や母、『アーミーズ』のみんなに教わったりして、作れる料理を増やしている。
失敗をすることもあるけれど、今はそれすらも楽しいんだと、エアハルトさんもアレクさんもナディさんも、そう言って笑うのだ。
楽しく料理するのはいいことだよねと、両親と一緒に微笑んだのは内緒。
ポーション屋を営んでいる私と違ってエアハルトさんたちはダンジョンに潜る機会が多いから、拠点に私と私の従魔たちと眷属たちしかいなくなる時もある。
そんな時は、私一人で今まで通り料理をすれば問題ないし、場合によっては今まで通り、店の二階に住めばいいだけの話だしね。
それはともかく。
私達四人はご飯を食べながら、新婚旅行について話しあっているのだ。
この世界では、新婚夫婦には蜜月期間というものが与えられる。
蜜月期間は約二カ月ほどで、その間は仕事を休むことも認められているのだ。
普段は、通りのスケジュールやルールに従って店を運営しているから、私のように一人で店を営んでいる人たちは、長期のお休みをもらうことが難しい。
だからこそ、多くの人たちはこの期間に新婚旅行として遠い場所に旅行に行くことが多いんだって!
貯金に余裕がない人はがっつり休まないことが多いらしいんだけど、私たちの場合はまったく問題ないので、ゆっくり休ませていただきます!
ということで私達も、新婚旅行を兼ねてどこに旅行に行くか結婚前からずっと話し合っていた。
ちなみに、話し合いにアレクさんとナディさんが加わっているのは、私たちが結婚するのを待って、二人が蜜月期間をずらしていたからだ。
アレクさんとナディさんは私たちよりも先に結婚していたから、もちろん先に蜜月期間に入って二人で旅行に行くこともできたんだけど……
できれば四人で、そして従魔たちと一緒に、『フライハイト』としても旅をしたかったんだって。
エアハルトさんに忠誠を誓っているアレクさんらしいなあ。今はあれこれ言える親友になったみたいだし。
それに、私とは滅多に行動できないこともあって、ナディさんが「リンとも一緒に行きたいですわ!」と言ってくれたそうで……
それなら二組の夫婦で蜜月期間に新婚旅行に行こうということになったわけ。
そして肝心の目的地だけど、これがなかなか決まらない。
「リンの世界の蜜月期間は、どういうことをしていましたの?」
ナディさんがキラキラした瞳を向けて尋ねてきた。
「私の世界というか、私がいた国だと、蜜月期間は長くても十日くらいです。一般的だと、三日くらいですかね?」
「「「短い!」」」
「こちらだとそう感じるかもですね~」
三人共、私の想像以上に驚いた表情をしている。
二ヶ月もあったら、そりゃあ短く感じるよね。
とはいえ、地球でも国によって期間は様々だったから、文化の違いがあるのだろうと伝える。
その上で、新婚旅行はどこに行ったかといえば。
「仕事の関係で長期間は休めない人たちが多かったので、自国内にある観光地に行く人多かったと思います」
「まあ、観光地、ですの?」
「はい。温泉だったり、山岳地帯だったり……あとは、他の県――領地に行って特産物を食べたりですね。しかも、私のいた国の観光地にはある程度の観光名所があったり、動物園や水族館などの施設があったりしたんです。他にも現地の特産品の買い物をして、家族や友達へのお土産にしたりと、いろいろと楽しめる要素がありましたし」
「「「ほう~」」」
感心しきりな三人。
エアハルトさんに動物園と水族館とはなにかと聞かれたので、きちんと説明した。
動物園と水族館の中には遊園地と一緒になっているところもあったことを伝えたら、ますます興味をもったみたい。
もちろん、遊園地の説明もしました!
遊園地についてどうやって説明したらわかってもらえるか、苦労したけどね。
移動手段についても聞かれたから、車、電車、飛行機と船の説明もした。
「リンのいた国には、さまざまな移動手段があるんだな」
エアハルトさんが感心した様子で呟く。
「そうですね。蜜月期間が長い人たちの中には、ハワイ――海が綺麗な他国に向かう人たちも多かったので、飛行機は必須の交通手段でした」
日本は島国だから、他国に行くには飛行機が必須だったからね。他にも豪華客船という世界中を回っている船の話もしたよ。
お土産は、その地の特産物やその土地らしいものを買ったりもすると話す。
「私のいた国の新婚旅行の目的地として、一番イメージに近いのは、フルドの町ですかね? 温泉地の雰囲気は、あんな感じでした」
「「「なるほど」」」
フルドの例を出すと三人共納得した。
そういった話をしていると、アレクさんがアイデクセは内陸に位置しているので、海に面していないという話をしてきた。確かに、私もこの世界に来てから海を見ていない。
それを踏まえて、ナディさんとエアハルトさんからも地上の海産物が食べたいという意見と、本物の海が見たいとの意見が出た。
せっかくなので、新婚旅行で海のある国――ドラールに行くことに。
目的地の候補となる国は何か国かあったのだけど、西か東、南に行くかによって移動日数が変わる。
いくら長い蜜月期間とはいえ、移動時間などを考えると現地でゆっくりする時間は、そう長くはとれない。
海がある他国と比べた結果、ドラールが一番近いことがわかったので、ドラールへ行くことを決めたのだ。
エアハルトさんと私は、二人でドラールに行ってみたいねと話していたことがあったので、とても嬉しかった。
もちろん、季節的にも観光がたくさんできそうな国や、結婚前に周りの人たちにどこの国がいいかとオススメを聞いて回った結果教えてもらった国などを含め、地図を眺めてあれこれ意見を出し合った。
最終的に、距離が一番近いドラールと観光地が多いもうひとつの国で迷ったのだけど……
でも結局、『アーミーズ』の本当の拠点であり、転生者が多数いるという噂のドラールに行きたいと、我儘を言わせてもらったのだ。
だって、『アーミーズ』の拠点ではダンジョン産ではなく、自家製の味噌と醤油、豆腐を作っていると聞いたから、どうしてもこの目で見てみたかったのだ。
しかも、ドラール全土に広まっているんだって。
それに、マドカさんの領地には海苔があると聞いたしね。
念願の海苔! ぜひとも大量に欲しいところ。
そんなわけで、ドラール行きが決定し、四人で旅の方法をどうするかや、いつ出発するかということについて話し合っているんだけど……
「無事目的地が決まったことだし、できる限り早く出発したいと思うんだが……ドラールまでのルートはどうする?」
エアハルトさんがみんなに意見を聞く。
「馬車ですと、時間がかかってしまいますしね」
「そうですわね。それに、長時間、馬車に乗るのは……」
「だよな。やっぱ、空の旅しかないのか……」
エアハルトさんにアレクさん、ナディさんは渋い表情をしている。
それにしても、空の旅ってどういうことだろう……?
『フライハイト』で相談していてもなかなか決まらなかったので、それならばドラールからアイデクセまで来たヨシキさんたち『アーミーズ』に意見を聞こうということになり、早速どうやって往復したのかを含め、アイデクセからドラールまでの道のりを聞いた。
ヨシキさんたちはアイデクセまでは基本的に馬車で来たそうだ。
だけど、途中で空の旅で移動距離を稼いだから、一か月かからずに到着したらしい。
まだ赤ちゃんだったリョウくんがいたのに、凄いよね。
アイデクセからドラールまで、空だと一直線に行けるから七日から十日程度、馬車で急ぎだと一ヶ月から一ヶ月半、ゆっくりで一ヶ月半から二ヶ月かかるという。
馬車だと山や森を迂回して三つの国を跨ぎ、ぐるーっと回ることになるから、どうしても時間がかかるそう。
まあ、空だと一直線とはいえ、当然のことながら国境を勝手に跨ぐわけにはいかない。
なので、空の旅といえど国境の近くになったら地面に下り、きちんと出入国の検問を受けてからまた空の旅へと戻る形になるんだって。
しっかり考えられているんだね!
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