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本編 2

オーソドックスなリクエスト

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 ハインツさんのリクエストは、オーソドックスというかシンプルというか。とにかく、豚肉――じゃなくて、オーク肉を使った料理だった。
 とはいえ、一種類はどうしても食べたいと言われている。それは肉じゃがだ。
 施設にいたときの肉じゃがのお肉は豚肉を使用していた。だって安いしね、豚肉って。
 もちろん牛肉で出たこともあるけど、年に一回くらいだし、お肉自体も商店街にあったお肉屋さんのおばさんが、「余りもので悪いけれど」と、ご厚意で持って来てくれたものだったりする。絶対に余りものじゃないよねと、院長先生が苦笑していたっけ。
 そんなことを思い出したのか、ハインツさんは肉じゃがが食べたいと、尻尾を揺らして懇願してきたので、快く頷いたのだ。
 肉じゃがは確定として、あとはなにがいいかなあ。角煮だと時間がかかるし、餃子も皮を作っていたらこれまた時間がかかるし。
 簡単にできるとなると、生姜焼きか山賊焼きかな? あとは野菜炒めとか。あ! しぐれ煮もいいかも!

「じゃあ、やりますか!」
「僕も一緒によろしいですか?」
「もちろん!」

 アレクさんも一緒に作りたいというので快く頷き、一緒に作業を始める。特にしぐれ煮は初めて作るので、アレクさんも興味津々だ。
 なにを作るのか説明したあと、材料を用意。それから二人で動きだす。

 まずは一番時間がかかる角煮。角煮は持って帰ってもらえばいいかと思い、先に角煮の用意。ロングネーギをぶつ切りにしたのと生姜スライス、オーク肉のバラ肉のブロックを鍋に入れて火にかけておく。
 次はしぐれ煮用にごぼうっぽい野菜をささがきにして水にさらし、ロース部分を細切れにする。水を切ったごぼうもどきとロースを鍋に入れて炒め、しょうが汁と調味料を入れて煮る。これはアレクさんがやってくれた。
 それから肉じゃがの用意をして鍋に放り込んだら、調味料を入れるまで放置だ。灰汁取りは私かアレクさんで気づいたほうがやることに。
 あとは野菜炒めや味噌汁代わりの豚汁ならぬオーク汁用の野菜を切ったり、ご飯を炊いたり。最初は失敗していたアレクさんも、今は失敗することなく、上手に炊けるようになったのが凄い。
 元は貴族で執事だったはずなんだけどなあ。キゾクッテナンダロウネ……。
 遠い目をしてても時間だけが過ぎていくので、内心で溜息をついたあと、角煮の続きをする。
 生活魔法で鍋の温度を下げて冷ましたあと、ロングネーギと生姜を取り出す。もう一度火にかけて沸騰したら味付けし、弱火にしてことこと煮込む。ご飯が終わるまではこのまま放置だ。
 オーク汁も作ったし、おかずもできた。アレクさんが温野菜サラダも用意してくれたので、彩が茶色ばっかりなんてこともなく。

「おまたせしました~」
「いただきましょう」

 私とアレクさんで配膳すると、すぐ食事が始まる。
 子どもたちは自分で食べられる子は自分で、まだの子はそれぞれの親が手伝っている。その合間に自分も食べながら、ハインツさんの様子を眺める。
 ニコニコと微笑みを浮かべ、噛みしめるようにゆっくりと食べるハインツさん。若干目が潤んでいるから、懐かしいと思っているんだろうね。
 しぐれ煮以外はどれもここ数年でレシピが出回っているけど、それまでは食べられなかったはず。しかも、王家から回ってきたレシピだとしても、見知らぬ料理を作るのは大変だと思うんだよね。
 だって、味噌も醤油も調味料だと知らなければすごい色だし、味噌は見た目がねぇ……。それもあって、貴族の家に広まるのに時間がかかったと聞いている。
 特にハインツさんの家は獣人族だから、匂いもきつかったと思う。それもあって、未だにハインツさんの家では、味噌を使った料理は並ばないって言っていたのだ。

「そうだ。リン、今度、儂の家に来て、味噌を使った料理を教えてくれんかの」
「それは構いませんけど……。相変わらずですか?」
「ああ。醤油は問題なく使っているが、味噌は見た目が……」
「ですよねー」

 この場にいる全員が味噌の状態を知っているし、食事中だから誰もなにも言わないが。

 獣人さんにとっての味噌は、見た目がうんちに見えるらしいのよね。特に子どもがしたときの軟便状態。
 それもあって忌避感がすごい、らしい。

「一度でも食べてしまえばどうにでもなるとは思うんだがね……」
「それでも、ダメな人は味すらもダメですからね」
「そうだね。そこは仕方がないとは思っているよ、儂も」

 食べるかどうかは横に置いといて、とりあえず一回来てほしいと言われ、頷いた。そのときに餃子もあると嬉しいとさり気なくリクエストされたので、材料はハインツさんのほうで用意してほしいとお願いすると、笑みを浮かべて喜んだ。
 食事も終わり、子どもたちはおねむタイム。自分のベッドやベビーベッドに寝かせたあと、おやすみのキスをして食堂に戻ると、アレクさんが紅茶を入れてくれる。
 それを飲みつつみんなを見れば、エアハルトさんとハインツさんが雑談しているし、ナディさんとアレクさんも一緒に話を聞いている。それを邪魔しないようそっと抜け出して、角煮の様子を見に行く。

「あ、いい感じ! 蓋付きの入れ物を用意して、布で包めばこぼれないかな」

 角煮はいい色に染まり、味見をしたらとても美味しくできている。気に入ってもらえるといいな……と思いながら蓋付きの器を用意して、作った全体の三分の二を入れる。残りは明日のお昼か夜ご飯用だ。
 ハインツさんに包む分だけ持って戻ると、ちょうど話がひと段落したようで、みんなゆっくりと紅茶を飲んでいるのが目に入る。

「ハインツさん、お土産にどうぞ」
「これは?」
「オークのバラ肉を使った角煮です」
「角煮! 嬉しいですね! 食べるのが楽しみです!」
「ふふ、よかったです」

 包みごと手渡すと、大事そうに鞄の中に入れるハインツさん。
 その後、いつお邪魔するのか予定をすり合わせて日時を決めると、迎えに来た馬車に乗って帰っていった。

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