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5巻
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今までもキスされたことはあるけど、出会ったばかりだったり、まだ自分の気持ちに気がついていなかったり。驚きはしたけど、なんの感情も浮かばなかった。
だけど今回、私にはエアハルトさんに対して恋する気持ちがあるわけで……
――なんでキスしたの?
そう聞ければいいけど、そんな勇気もない。
くすくすと笑うエアハルトさんは、普段は見せないとろけるような顔をしている。
そんな顔をしていると、本当に勘違いしそうだよ……
もう一度頭のてっぺんにキスをしたエアハルトさんが、手を差し出してくる。
「お手をどうぞ、お嬢様」
「あ、ありがとう、ございます」
ドキドキと鳴る心臓が煩く感じるけど、とても心地いいものだ。
エアハルトさんのごつごつとした手を握ると、ゆっくりと壁に沿って歩き始める。
エアハルトさんは時々立ち止まってその方向になにがあるとか、そこから見えた王族が住む建物や、騎士と魔導師が住む建物を指差して教えてくれる。
誰がどこにいるのかなどは教えてくれなかったから、機密事項なんだろう。
まあ、お城勤めじゃない私に教えられても困るから、助かった。
壁を一周すると、また階下へと下りる。一階まで下りきると、今度は騎士たちの訓練場に向かう。
途中までは石畳になっていて、壁沿いには低木が植えられていた。お花はない。
中級ダンジョンに一緒に潜った騎士とすれ違って挨拶を交わし、そこからまた歩く。
その途中で訓練場に行くというビルさんに会ったので、一緒に行くことになった。
ビルさんはエアハルトさんの元同僚だ。私もこの世界に来たばっかりのときにお世話になっている。
「特別ダンジョンを踏破したんだって? 凄いね、リンは」
「ありがとうございます。でも、凄いのは一緒に潜ったメンバーと従魔たちで、私はポーターをしたり依頼をこなしただけですよ?」
「それでも。初級ダンジョンに一緒に潜ったときと比べたら、強くなったよ、リンは。そこは君が頑張ったんだから、誇るといい。また一緒にダンジョンに潜りたいと思うよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。多少戦ったとはいえ、あのときは護られてばかりでしたけど、今はちゃんと戦えますから」
「そうか」
ニコニコしながら頭を撫でてくれるビルさん。
私は背が低くて小さいし、ビルさんには妹がいないからそのつもりで接している、らしい。
くそう……! 多少なりとも身長が伸びたんだから、小さい言うな! 確かに二人からしたら小さいけども!
このやり取りも久しぶりだなあ、なんて笑うエアハルトさんとビルさんにつられて、私も笑ってしまった。
そのまま一緒に歩いて訓練場に行く。訓練場はコロシアムみたいな作りになっていて、周囲にある席から訓練している様子を見下ろすことができるようになっているんだって。
私たちの他にも何組かの人がいて、反対側の席には貴族の女性がいるようで、黄色い声がここまで届いている。
きっと、婚約者や憧れている人がいるんだろうね。身内もいるだろうけど、圧倒的に黄色い声援が多い。なんか、テレビでやっていたアイドルのコンサートみたいな声援だった。
まあ、私たちには関係ないので、座って訓練を眺める。
エアハルトさんやビルさんによると、騎士たちが使う武器は冒険者と同じように様々だけど、実践訓練でもあるので全種類試すんだそうだ。
ちなみに刃を潰した訓練用の剣や槍を使っているという。
もちろん盾を使った訓練もあって、それぞれの武器同士でグループになり、次々に訓練をしていた。
「おおお……筋肉が踊ってる……!」
「リン……」
「見るのはそこなのかい?」
「そこなんです!」
実践的な筋肉は素敵でカッコイイんです! と力説したら、エアハルトさんとビルさんに生温い視線をもらってしまった。
いいじゃない、鍛えあげられた筋肉は裏切らないんだから。
そんなことを考えていると、高校生くらいの年齢の騎士の格好をした子たちが入ってきた。
「お、今日は騎士見習いも訓練する日だったな」
「騎士見習い、ですか?」
「ああ。正式な騎士になれるのは十八歳以上からだが、十五歳で試験を受け、合格すると騎士見習いとして城勤めになる。三年間は下っ端だが、その間に簡単な料理の仕方、武器や防具の手入れの仕方、剣や槍などの自分の適性武器の型を習う」
「もちろん、魔物や戦略と戦術などの座学もあるよ。ただし、見習いとはいえ試験に合格しないと騎士になれないからね。みんな必死に勉強して、試験を受けるんだよ」
「なるほど~」
試験は筆記と実技で貴賎は問わない。才能があれば合格できるんだって。
筆記は魔物の種類をどれだけ覚えているかなどで、実技は試験官と打ち合いをするんだそうだ。そこで現在の力量を見て、そして三年間での修業の成果とあわせて、どこに配属するのか決めるらしい。
もちろん魔法適性もあるので、それも考慮に入れるそうだ。
「凄いですね。あ、だからダンジョンに潜ったとき、ヒーラーがいたんですね」
「ああ」
騎士の中にも戦うことが苦手な人がいるそうで、そういう人はたいてい回復や補助魔法が得意なことが多いそうだ。
なので、そういった人は回復魔法と、バフやデバフなどの補助魔法を徹底的に覚えさせて、ヒーラーとして育てるという。
もちろんそれは魔導師にもいえることで、ヒーラーは数が少ないことから、魔導師と合同で訓練しているんだとか。ちゃんと考えられているんだね。
そんなことを話していたら、見習いの子たちが訓練を始めた。
先輩騎士が指導する横で、今は素振りをしている。
基本がきちんとできないと先には進めないし、体ができていないと怪我をする可能性もある。
なので、基礎訓練として素振りや走り込みをして、まずは体力をつけさせるんだとか。それと並行して筋肉も鍛えるらしい。
そんな見習いの訓練方法をエアハルトさんとビルさんに聞いていると……
「エアハルト副団長!?」
エアハルトさんを呼ぶ声が聞こえてきた。その方向を見ると、美少年がいる。
それとも美少女? 声は低めだから男の子かな? なんとも中性的な面立ちの子だ。
髪は金髪なので、これからどんどん能力を上げていく段階なんだろう。能力が上がると、髪の色が濃くなっていく世界だからね。
そんなことを考えていたら、美少年から「なんで平民の女なんかがエアハルト副団長と一緒にいるんだよ!」と言われ、睨まれてしまった。
エアハルトさんもビルさんも、そして指導していた騎士や周囲にいた見習い騎士の子たちも、冷え冷えとした視線を美少年に向けている。
美少年はどうしてみんなからそんな視線を向けられているのかわかっていないようで、なぜか私をさらに睨みつけてくる。
あちゃー。その発言と行動はアウトだよ、美少年。
「「「平民なんか、だと……?」」」
エアハルトさんとビルさん、指導していた騎士の声が揃う。
指導していた騎士の顔をよく見ると、なんとローマンさんだった。
ローマンさんは、私の店がある通りを担当し、巡回している騎士の一人だ。
エアハルトさんもビルさんも、そしてローマンさんも激おこ状態だ。それはそれで珍しい。
「所詮は鼻っ柱の強い、貴族のお坊ちゃんってことか」
「この国の道義にも騎士道精神にも反するな」
聞いたことがないくらいすんごい低い声で、ぼそぼそと囁き合うエアハルトさんとビルさん。ローマンさんもなにやら呟いたみたいで、見習い騎士たちの顔が引きつっていた。
いったいなにを言ったの、ローマンさんは。
だ、大丈夫なのかな、あの美少年。
どうなるんだろう……とちょっと心配しつつ、私にはなにもできないので見守ることにした。
だってさ……激おこの現役騎士二人と元騎士が一人。三人して美少年を睨みつけているんだもん。
「じゃあ、ちょっと指導してくる」
「頼む」
そんな言葉を残して見学席から飛び降りるビルさん。すぐにローマンさんがビルさんに近づく。そして二人してこそこそと話し合ったあと、美少年だけを残して他の見習い騎士たちを見学席側に移動させていた。
その雰囲気に顔を引きつらせる美少年。
「今からお前を指導する」
「え……?」
「お前は、言ってはならないことを言った。推薦してくれた侯爵殿もどこかで見ているだろう。どれだけ愚かなことをしたのか、しっかり体と頭に焼きつけろ」
「は!?」
ローマンさんの言葉に、目をまん丸くして驚く美少年。それと同時にまた私を睨みつけてきた。
「あんたが告げ口したのかよ!」
「全員その場で聞いていたのに、なんでそうなる! 彼女は関係ないうえに、暴言を吐いたのは貴様だろう! 責任転嫁するな!」
「ひ……っ」
ローマンさんとビルさん、そしてエアハルトさんから殺気を浴びせられ、小さく悲鳴をあげて怯える美少年。それを見て、内心溜息をつく私。
あーあ、自分が悪いのに私のせいにするなんて、おバカとしか言いようがない。
それに、告げ口もなにも全員が聞いていた言葉だよ? 怒るに決まってるじゃん。
これが見習いじゃなくて通常の騎士だったら、ビルさんとローマンさんに抗議していたよ。
そんな感想はともかく、ローマンさんの「構えろ」との言葉に、震えながらも剣を構える美少年。ビルさんの合図と共に、稽古が始まった。
彼らが使っているのは、刃を潰してある剣だ。
指導と言っている通り、ローマンさんは攻撃せず、まずは彼に攻撃させている。
剣同士がぶつかってキンッ! という甲高い音が響いてくるけど、美少年はダンジョンに一緒に潜った騎士たちとは微妙に動きが違う。
なんていうのかな……素人丸出しというか、自己流で戦っているというか……
〝騎士としての〟型とは言えないのだ。
「何度言えばわかる! 対人戦で正面から攻撃する場合は、真っ直ぐに下ろせと言っているだろう!」
斜め上から袈裟懸けに剣を振り下ろした彼に、ローマンさんがダメ出しをする。
彼が剣を振り下ろした角度は、魔物の首を斬り落とすような感じの、かなり斜め上からだった。
「あの角度は魔物に対して使うものだ。今はまだ見習いなんだから、対人戦の基礎を学ばないといけない。それをわかっていないんだ」
あきれたような表情でつぶやくエアハルトさん。
「私は魔物としか戦っていませんけど、ゴブリンなどの人型と戦うときって、ローマンさんと同じように剣を真っ直ぐに振り下ろして戦っていましたもんね、騎士たちは」
「ああ。対人戦のときはどんな武器だって同じだ。リンだってギルドで指導を受けたときに言われなかったか?」
「言われました。なので、徹底的に素振りをさせられました」
相手が人型と獣型では戦い方が違う。
剣の場合は、相手が人型のときは真上から下ろすように、相手が獣型のときは斜め上から下ろすようにする。つまり、袈裟懸けにする。
大鎌の場合は、柄が長いことと刃が湾曲していることで、できるだけ真横からだったり少し斜め上から振り下ろすというか振り回すというか、それが基本だと教わったのだ。
基本の振り方がきちんとできるまで、教官に何度も素振りをさせられた。
スサノオ様との訓練でも同じことをさせられたし、綺麗な軌道で振り下ろすと「きちんとできているな」と褒めてくださった。
マジで基礎は大事です。
基礎がきちんとできないと、応用すらできないし、させてもらえなかったんだから。
「だろう? 今はこれまでの自分の経験が必要なんじゃない。騎士としての基礎を学び、体力強化をはかる期間なんだ。それが終わらないと、いつまでたっても見習いのままだ。その証拠に、彼だけは髪が金色のままだろう?」
「そうですね」
エアハルトさんの指摘通り、彼以外の見習いたちの髪は、青だったり赤だったり金髪だったり緑だったりと、種族によって様々だけど、頑張って能力を上げているのか色が少し濃くなっている。
だけど美少年の彼は今の自分の能力に自信があるのか、それとも慢心しているのか、綺麗な金髪のままだった。
とてもよく似合っているけど、騎士として生きていきたいのであれば努力を怠ってはいけないと、エアハルトさんが呟く。
騎士であれ冒険者であれ、戦うのは主に魔物となのだ。
髪の色や能力に関係なく、常に慎重に行動して努力していないと、自分だけじゃなく一緒に行動している仲間も大怪我をする。
以前、大怪我をした冒険者がいたじゃないか、初級ダンジョンで。あれではダメなのだと、溜息をつくエアハルトさん。
「ローマンなら徹底的に扱くだろうな。そのあとはビルか。ビルの扱きは過激だぞ? 現隊長で、次期副団長とも言われているからな」
「おお、ビルさんって凄いんですね」
「だろう? 妹のように可愛がっているリンを貶されたんだ。あれは相当怒っていると思う」
そこまで怒らなくても、私はまったく気にしてないんだけどなあ。
だけど、「平民なんか」っていう言葉は三人の逆鱗に触れたみたいで、マジで怒っている。
長い間エアハルトさんと話していたけど、未だに彼に対する指導は終わらない。
どんなにローマンさんが「その振り方は違う」と言っても、彼はその動きを真似しないのだ。
とうとうローマンさんは首を横に振り、指導役をビルさんと交代して私たちがいるほうへと歩いてきた。
「あれはダメだな……。最長五年間は見習いとして置いてもらえるが、基礎ができないと騎士になれないし、放逐されることになる」
ローマンさんに対して、苦々しい表情で話しかけるエアハルトさん。
「それは仕方ないんじゃないですか? 推薦で来て試験を受けたものの、筆記は平均以下だったそうですし。当時は実技はかなりよかったと言っていましたがね。それに、エアハルト様に憧れて入ってきたものの、彼が入った年にエアハルト様はすぐに退団されましたから、腐っているんじゃないんですか?」
ローマンさんの「憧れて入ってきた」という言葉に、嫌そうに顔を顰めるエアハルトさん。
「知るか、そんなもん。どこの家の者だ?」
「本人は子爵家らしいですが、推薦してきたのは寄り親の侯爵家です。剣の腕は確かにいいですが、自己流ですからね。もちろん他の見習いもスタートは同じです。ですが、他の子たちはきちんと基礎を学んでいるというのに、彼だけは『俺はこれでいいって言われたから』と言って聞く耳を持たないんです」
おおう、コネで入ったのか。そりゃあ天狗にもなるよね~。
「その侯爵家には抗議したのか?」
「しました。もちろん、彼の言動を交えて。今日見学に来ると仰っていたので、どこかで彼の姿を見ていると思います。場合によってはその家も処罰の対象になりますと伝えたら、慌てていましたから」
「バカな奴だな。確かに筋はいいがそれだけだ。騎士というよりも、まるで冒険者の動きを見ているみたいだ」
「そうですよね」
エアハルトさんの指摘通り、彼の動きは騎士というよりも冒険者が魔物と戦っているように見える。誰に剣を習ったのかわからないけど、あれでは騎士としてはダメだと、エアハルトさんもローマンさんも、溜息をつきながら首を横に振っている。
「お、そろそろ終わるか」
「そうですね」
トータルで二十分くらいの訓練をしていたけど、彼は体力がないのか、既にヘロヘロな様子だ。
ビルさんも顔を顰めて溜息をついている。
次は別の子の指導が始まった。
緑色の髪の子で、犬か狼かわからないけど、尖った獣耳とふさふさの尻尾が生えている子だ。彼はなかなか筋がいいみたい。
美少年の彼と違って教えられた通りに動いているみたいで、ビルさんもローマンさんも、エアハルトさんも頷いている。
ただね……他の子は真剣にビルさんとその子の動きを見ているのに、美少年はエアハルトさんが気になるのかこちらをちらちらと見ている。
そのついでに私を睨みつけるのを忘れないのが凄い。
わかってるのかなあ……。そんな様子を、ビルさんとローマンさんも見ているんだけどな。
そのうち怒鳴られるかも……と思ったら、案の定監視をしていたローマンさんに怒鳴られた。
「どこを見ている! 今は訓練中だぞ! やる気がないなら騎士を辞めろ! 基本ができない、指導教官の話に耳を傾けない奴など、騎士に向かない!」
「え……、そんな、だって、侯爵様がそれで大丈夫だって……」
「それは合格するまでの話だろう! 騎士になったら基本を学べと言われなかったのか!」
「それはっ……」
言われたのにその態度なのか……と、つい遠い目になってしまう。
そんなことを考えていたら、彼は突然「俺はエアハルト様に憧れて入ったのに!」と言い出した。
「なのに、なんで騎士を辞めてしまったんですか! 俺、俺……エアハルト様に憧れて、こんなに好きなのに……!」
「「「…………はあ!?」」」
「うわ~……」
まさかの愛の告白でした!
え? この世界にも腐った話ってあるの!?
あったらあったで驚きなんだけど!
「関係のないことを言わないでくれるか? 俺は衆道の趣味も未成年を愛でる趣味もない!」
「え……、な、なら、隣にいる平民の女はどうなんですか! どう見ても俺と同じ未成年じゃないですか!」
「その傲慢な態度を直せと、何度言ったらわかるんだ、貴様は! 彼女は立派に成人している。そして俺たちと一緒にダンジョンにも潜れるほどの実力がある」
「は……? そ、そんなバカな!」
ビルさんの言葉に見習いの子たち全員が唖然としているけど、事実でーす!
確かに身長は小さいけども!
エアハルトさんにギルドタグを貸してと言われたので、素直に渡す。
レベルやランクだけが見えるようにタグを持ち、美少年に見せるエアハルトさん。
タグを見た途端に、青ざめていく彼。
「え、Aランク!? しかもレベルが百五十超えっ!?」
「恐らく最短で、しかも最年少でSランクに上がると思うぞ? 先日の特別ダンジョン攻略メンバーの一人でもあるからな」
「「「「「ええーーーっ!?」」」」」
エアハルトさんの言葉に、美少年だけじゃなく、他の見習いたちも一緒になって驚く。
そんな様子を冷たい目で見るエアハルトさんに、さらに彼は顔色をなくしていく。
エアハルトさんにタグを返されたので、それを首にかけて服の中にしまう。
そのときに美少年の様子を見ていたんだけど……
なんというか、素直に話は聞いている。ただし、エアハルトさんの話に限る、的な感じで。
だからビルさんとローマンさんになにか言われても、右から左に聞き流している。
でも、エアハルトさんに同じことを言われると凹む。
そんなんで大丈夫かと心配になるけど、ぶっちゃけるとウザい。
だって、いくら恋愛は自由だといっても、他人に迷惑をかけている訳だしね。
そんな彼は、本当にエアハルトさんが好きなようで、顔色を真っ白にしながらも、未だにうるうるとした目で見ている。
……うん、女の子だったら可愛いというか、あざといというか、そんな目と表情をしているよ? だけど、男の子だからねー……
私はBLがある世界出身だから生温い視線で見たけど、エアハルトさんを含めた周囲はドン引きしている。
男に好きって言われても、そういう性的指向の人じゃない限り、困るよね。
彼はその後もずっと「好きなのに」とか「愛してるのに」とか言ってて、その空気の読めなさ加減に正直気持ち悪くなってきた。
ビルさんとローマンさん、エアハルトさんも、眉間に皺を寄せている。
というか、そろそろ本筋に戻ってほしいんだけど。
今は告白をする時間ではない。訓練をする時間だと忘れているのだろうか。
そんな私の気持ちが伝わったのか、ビルさんが彼の頭を軽く叩いて、そこからお説教タイム勃発。
途中で白髪交じりで五十代後半くらいの強面なおじさまが来て、ビルさんとローマンさんに謝罪していた。
きっとあの人が彼を推薦した侯爵様なんだろう。
その後、これから基礎をしっかりやることを条件に、彼の最後の思い出のためエアハルトさんとビルさんが打ち合い稽古をすることになった。
感動したようにその姿を見ている美少年。
他の見習いや初老の男性、ローマンさんや途中で見学に加わった騎士たちに囲まれながら、ずっと打ち合いを続けている二人。
そして、十分ほど続いていた打ち合いが終わると、二人は剣を下げて礼をした。
途端に拍手が鳴り響く。
凄かったよ~! 見ごたえがありました!
剣がぶつかりあってギリギリと押し合いをしたり、振り下ろされた剣をかわしたり弾いたり。とにかく二人は動きっぱなしだった。
見習いたちもキラキラとした目で二人を見ていて、しっかりと心に焼き付けたみたい。
もちろん、私も騎士同士の打ち合いを見るのは初めてなので、しっかり目に焼き付けたとも。
二人とも、めっちゃくちゃカッコよかったです!
それにしても、散々動き回っていたのに、息切れもせずまったく疲れを見せないって凄いよね。私にもやってみるかと言われたけど私は騎士じゃないし、武器が大鎌だから、丁重にお断りした。
さすがにアズラエルで戦うわけにもいかないし。
その代わり大鎌を見てみたいと言われたのでアズラエルを見せると、その禍々しさと名前に、みんな絶句していた。
だけど今回、私にはエアハルトさんに対して恋する気持ちがあるわけで……
――なんでキスしたの?
そう聞ければいいけど、そんな勇気もない。
くすくすと笑うエアハルトさんは、普段は見せないとろけるような顔をしている。
そんな顔をしていると、本当に勘違いしそうだよ……
もう一度頭のてっぺんにキスをしたエアハルトさんが、手を差し出してくる。
「お手をどうぞ、お嬢様」
「あ、ありがとう、ございます」
ドキドキと鳴る心臓が煩く感じるけど、とても心地いいものだ。
エアハルトさんのごつごつとした手を握ると、ゆっくりと壁に沿って歩き始める。
エアハルトさんは時々立ち止まってその方向になにがあるとか、そこから見えた王族が住む建物や、騎士と魔導師が住む建物を指差して教えてくれる。
誰がどこにいるのかなどは教えてくれなかったから、機密事項なんだろう。
まあ、お城勤めじゃない私に教えられても困るから、助かった。
壁を一周すると、また階下へと下りる。一階まで下りきると、今度は騎士たちの訓練場に向かう。
途中までは石畳になっていて、壁沿いには低木が植えられていた。お花はない。
中級ダンジョンに一緒に潜った騎士とすれ違って挨拶を交わし、そこからまた歩く。
その途中で訓練場に行くというビルさんに会ったので、一緒に行くことになった。
ビルさんはエアハルトさんの元同僚だ。私もこの世界に来たばっかりのときにお世話になっている。
「特別ダンジョンを踏破したんだって? 凄いね、リンは」
「ありがとうございます。でも、凄いのは一緒に潜ったメンバーと従魔たちで、私はポーターをしたり依頼をこなしただけですよ?」
「それでも。初級ダンジョンに一緒に潜ったときと比べたら、強くなったよ、リンは。そこは君が頑張ったんだから、誇るといい。また一緒にダンジョンに潜りたいと思うよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。多少戦ったとはいえ、あのときは護られてばかりでしたけど、今はちゃんと戦えますから」
「そうか」
ニコニコしながら頭を撫でてくれるビルさん。
私は背が低くて小さいし、ビルさんには妹がいないからそのつもりで接している、らしい。
くそう……! 多少なりとも身長が伸びたんだから、小さい言うな! 確かに二人からしたら小さいけども!
このやり取りも久しぶりだなあ、なんて笑うエアハルトさんとビルさんにつられて、私も笑ってしまった。
そのまま一緒に歩いて訓練場に行く。訓練場はコロシアムみたいな作りになっていて、周囲にある席から訓練している様子を見下ろすことができるようになっているんだって。
私たちの他にも何組かの人がいて、反対側の席には貴族の女性がいるようで、黄色い声がここまで届いている。
きっと、婚約者や憧れている人がいるんだろうね。身内もいるだろうけど、圧倒的に黄色い声援が多い。なんか、テレビでやっていたアイドルのコンサートみたいな声援だった。
まあ、私たちには関係ないので、座って訓練を眺める。
エアハルトさんやビルさんによると、騎士たちが使う武器は冒険者と同じように様々だけど、実践訓練でもあるので全種類試すんだそうだ。
ちなみに刃を潰した訓練用の剣や槍を使っているという。
もちろん盾を使った訓練もあって、それぞれの武器同士でグループになり、次々に訓練をしていた。
「おおお……筋肉が踊ってる……!」
「リン……」
「見るのはそこなのかい?」
「そこなんです!」
実践的な筋肉は素敵でカッコイイんです! と力説したら、エアハルトさんとビルさんに生温い視線をもらってしまった。
いいじゃない、鍛えあげられた筋肉は裏切らないんだから。
そんなことを考えていると、高校生くらいの年齢の騎士の格好をした子たちが入ってきた。
「お、今日は騎士見習いも訓練する日だったな」
「騎士見習い、ですか?」
「ああ。正式な騎士になれるのは十八歳以上からだが、十五歳で試験を受け、合格すると騎士見習いとして城勤めになる。三年間は下っ端だが、その間に簡単な料理の仕方、武器や防具の手入れの仕方、剣や槍などの自分の適性武器の型を習う」
「もちろん、魔物や戦略と戦術などの座学もあるよ。ただし、見習いとはいえ試験に合格しないと騎士になれないからね。みんな必死に勉強して、試験を受けるんだよ」
「なるほど~」
試験は筆記と実技で貴賎は問わない。才能があれば合格できるんだって。
筆記は魔物の種類をどれだけ覚えているかなどで、実技は試験官と打ち合いをするんだそうだ。そこで現在の力量を見て、そして三年間での修業の成果とあわせて、どこに配属するのか決めるらしい。
もちろん魔法適性もあるので、それも考慮に入れるそうだ。
「凄いですね。あ、だからダンジョンに潜ったとき、ヒーラーがいたんですね」
「ああ」
騎士の中にも戦うことが苦手な人がいるそうで、そういう人はたいてい回復や補助魔法が得意なことが多いそうだ。
なので、そういった人は回復魔法と、バフやデバフなどの補助魔法を徹底的に覚えさせて、ヒーラーとして育てるという。
もちろんそれは魔導師にもいえることで、ヒーラーは数が少ないことから、魔導師と合同で訓練しているんだとか。ちゃんと考えられているんだね。
そんなことを話していたら、見習いの子たちが訓練を始めた。
先輩騎士が指導する横で、今は素振りをしている。
基本がきちんとできないと先には進めないし、体ができていないと怪我をする可能性もある。
なので、基礎訓練として素振りや走り込みをして、まずは体力をつけさせるんだとか。それと並行して筋肉も鍛えるらしい。
そんな見習いの訓練方法をエアハルトさんとビルさんに聞いていると……
「エアハルト副団長!?」
エアハルトさんを呼ぶ声が聞こえてきた。その方向を見ると、美少年がいる。
それとも美少女? 声は低めだから男の子かな? なんとも中性的な面立ちの子だ。
髪は金髪なので、これからどんどん能力を上げていく段階なんだろう。能力が上がると、髪の色が濃くなっていく世界だからね。
そんなことを考えていたら、美少年から「なんで平民の女なんかがエアハルト副団長と一緒にいるんだよ!」と言われ、睨まれてしまった。
エアハルトさんもビルさんも、そして指導していた騎士や周囲にいた見習い騎士の子たちも、冷え冷えとした視線を美少年に向けている。
美少年はどうしてみんなからそんな視線を向けられているのかわかっていないようで、なぜか私をさらに睨みつけてくる。
あちゃー。その発言と行動はアウトだよ、美少年。
「「「平民なんか、だと……?」」」
エアハルトさんとビルさん、指導していた騎士の声が揃う。
指導していた騎士の顔をよく見ると、なんとローマンさんだった。
ローマンさんは、私の店がある通りを担当し、巡回している騎士の一人だ。
エアハルトさんもビルさんも、そしてローマンさんも激おこ状態だ。それはそれで珍しい。
「所詮は鼻っ柱の強い、貴族のお坊ちゃんってことか」
「この国の道義にも騎士道精神にも反するな」
聞いたことがないくらいすんごい低い声で、ぼそぼそと囁き合うエアハルトさんとビルさん。ローマンさんもなにやら呟いたみたいで、見習い騎士たちの顔が引きつっていた。
いったいなにを言ったの、ローマンさんは。
だ、大丈夫なのかな、あの美少年。
どうなるんだろう……とちょっと心配しつつ、私にはなにもできないので見守ることにした。
だってさ……激おこの現役騎士二人と元騎士が一人。三人して美少年を睨みつけているんだもん。
「じゃあ、ちょっと指導してくる」
「頼む」
そんな言葉を残して見学席から飛び降りるビルさん。すぐにローマンさんがビルさんに近づく。そして二人してこそこそと話し合ったあと、美少年だけを残して他の見習い騎士たちを見学席側に移動させていた。
その雰囲気に顔を引きつらせる美少年。
「今からお前を指導する」
「え……?」
「お前は、言ってはならないことを言った。推薦してくれた侯爵殿もどこかで見ているだろう。どれだけ愚かなことをしたのか、しっかり体と頭に焼きつけろ」
「は!?」
ローマンさんの言葉に、目をまん丸くして驚く美少年。それと同時にまた私を睨みつけてきた。
「あんたが告げ口したのかよ!」
「全員その場で聞いていたのに、なんでそうなる! 彼女は関係ないうえに、暴言を吐いたのは貴様だろう! 責任転嫁するな!」
「ひ……っ」
ローマンさんとビルさん、そしてエアハルトさんから殺気を浴びせられ、小さく悲鳴をあげて怯える美少年。それを見て、内心溜息をつく私。
あーあ、自分が悪いのに私のせいにするなんて、おバカとしか言いようがない。
それに、告げ口もなにも全員が聞いていた言葉だよ? 怒るに決まってるじゃん。
これが見習いじゃなくて通常の騎士だったら、ビルさんとローマンさんに抗議していたよ。
そんな感想はともかく、ローマンさんの「構えろ」との言葉に、震えながらも剣を構える美少年。ビルさんの合図と共に、稽古が始まった。
彼らが使っているのは、刃を潰してある剣だ。
指導と言っている通り、ローマンさんは攻撃せず、まずは彼に攻撃させている。
剣同士がぶつかってキンッ! という甲高い音が響いてくるけど、美少年はダンジョンに一緒に潜った騎士たちとは微妙に動きが違う。
なんていうのかな……素人丸出しというか、自己流で戦っているというか……
〝騎士としての〟型とは言えないのだ。
「何度言えばわかる! 対人戦で正面から攻撃する場合は、真っ直ぐに下ろせと言っているだろう!」
斜め上から袈裟懸けに剣を振り下ろした彼に、ローマンさんがダメ出しをする。
彼が剣を振り下ろした角度は、魔物の首を斬り落とすような感じの、かなり斜め上からだった。
「あの角度は魔物に対して使うものだ。今はまだ見習いなんだから、対人戦の基礎を学ばないといけない。それをわかっていないんだ」
あきれたような表情でつぶやくエアハルトさん。
「私は魔物としか戦っていませんけど、ゴブリンなどの人型と戦うときって、ローマンさんと同じように剣を真っ直ぐに振り下ろして戦っていましたもんね、騎士たちは」
「ああ。対人戦のときはどんな武器だって同じだ。リンだってギルドで指導を受けたときに言われなかったか?」
「言われました。なので、徹底的に素振りをさせられました」
相手が人型と獣型では戦い方が違う。
剣の場合は、相手が人型のときは真上から下ろすように、相手が獣型のときは斜め上から下ろすようにする。つまり、袈裟懸けにする。
大鎌の場合は、柄が長いことと刃が湾曲していることで、できるだけ真横からだったり少し斜め上から振り下ろすというか振り回すというか、それが基本だと教わったのだ。
基本の振り方がきちんとできるまで、教官に何度も素振りをさせられた。
スサノオ様との訓練でも同じことをさせられたし、綺麗な軌道で振り下ろすと「きちんとできているな」と褒めてくださった。
マジで基礎は大事です。
基礎がきちんとできないと、応用すらできないし、させてもらえなかったんだから。
「だろう? 今はこれまでの自分の経験が必要なんじゃない。騎士としての基礎を学び、体力強化をはかる期間なんだ。それが終わらないと、いつまでたっても見習いのままだ。その証拠に、彼だけは髪が金色のままだろう?」
「そうですね」
エアハルトさんの指摘通り、彼以外の見習いたちの髪は、青だったり赤だったり金髪だったり緑だったりと、種族によって様々だけど、頑張って能力を上げているのか色が少し濃くなっている。
だけど美少年の彼は今の自分の能力に自信があるのか、それとも慢心しているのか、綺麗な金髪のままだった。
とてもよく似合っているけど、騎士として生きていきたいのであれば努力を怠ってはいけないと、エアハルトさんが呟く。
騎士であれ冒険者であれ、戦うのは主に魔物となのだ。
髪の色や能力に関係なく、常に慎重に行動して努力していないと、自分だけじゃなく一緒に行動している仲間も大怪我をする。
以前、大怪我をした冒険者がいたじゃないか、初級ダンジョンで。あれではダメなのだと、溜息をつくエアハルトさん。
「ローマンなら徹底的に扱くだろうな。そのあとはビルか。ビルの扱きは過激だぞ? 現隊長で、次期副団長とも言われているからな」
「おお、ビルさんって凄いんですね」
「だろう? 妹のように可愛がっているリンを貶されたんだ。あれは相当怒っていると思う」
そこまで怒らなくても、私はまったく気にしてないんだけどなあ。
だけど、「平民なんか」っていう言葉は三人の逆鱗に触れたみたいで、マジで怒っている。
長い間エアハルトさんと話していたけど、未だに彼に対する指導は終わらない。
どんなにローマンさんが「その振り方は違う」と言っても、彼はその動きを真似しないのだ。
とうとうローマンさんは首を横に振り、指導役をビルさんと交代して私たちがいるほうへと歩いてきた。
「あれはダメだな……。最長五年間は見習いとして置いてもらえるが、基礎ができないと騎士になれないし、放逐されることになる」
ローマンさんに対して、苦々しい表情で話しかけるエアハルトさん。
「それは仕方ないんじゃないですか? 推薦で来て試験を受けたものの、筆記は平均以下だったそうですし。当時は実技はかなりよかったと言っていましたがね。それに、エアハルト様に憧れて入ってきたものの、彼が入った年にエアハルト様はすぐに退団されましたから、腐っているんじゃないんですか?」
ローマンさんの「憧れて入ってきた」という言葉に、嫌そうに顔を顰めるエアハルトさん。
「知るか、そんなもん。どこの家の者だ?」
「本人は子爵家らしいですが、推薦してきたのは寄り親の侯爵家です。剣の腕は確かにいいですが、自己流ですからね。もちろん他の見習いもスタートは同じです。ですが、他の子たちはきちんと基礎を学んでいるというのに、彼だけは『俺はこれでいいって言われたから』と言って聞く耳を持たないんです」
おおう、コネで入ったのか。そりゃあ天狗にもなるよね~。
「その侯爵家には抗議したのか?」
「しました。もちろん、彼の言動を交えて。今日見学に来ると仰っていたので、どこかで彼の姿を見ていると思います。場合によってはその家も処罰の対象になりますと伝えたら、慌てていましたから」
「バカな奴だな。確かに筋はいいがそれだけだ。騎士というよりも、まるで冒険者の動きを見ているみたいだ」
「そうですよね」
エアハルトさんの指摘通り、彼の動きは騎士というよりも冒険者が魔物と戦っているように見える。誰に剣を習ったのかわからないけど、あれでは騎士としてはダメだと、エアハルトさんもローマンさんも、溜息をつきながら首を横に振っている。
「お、そろそろ終わるか」
「そうですね」
トータルで二十分くらいの訓練をしていたけど、彼は体力がないのか、既にヘロヘロな様子だ。
ビルさんも顔を顰めて溜息をついている。
次は別の子の指導が始まった。
緑色の髪の子で、犬か狼かわからないけど、尖った獣耳とふさふさの尻尾が生えている子だ。彼はなかなか筋がいいみたい。
美少年の彼と違って教えられた通りに動いているみたいで、ビルさんもローマンさんも、エアハルトさんも頷いている。
ただね……他の子は真剣にビルさんとその子の動きを見ているのに、美少年はエアハルトさんが気になるのかこちらをちらちらと見ている。
そのついでに私を睨みつけるのを忘れないのが凄い。
わかってるのかなあ……。そんな様子を、ビルさんとローマンさんも見ているんだけどな。
そのうち怒鳴られるかも……と思ったら、案の定監視をしていたローマンさんに怒鳴られた。
「どこを見ている! 今は訓練中だぞ! やる気がないなら騎士を辞めろ! 基本ができない、指導教官の話に耳を傾けない奴など、騎士に向かない!」
「え……、そんな、だって、侯爵様がそれで大丈夫だって……」
「それは合格するまでの話だろう! 騎士になったら基本を学べと言われなかったのか!」
「それはっ……」
言われたのにその態度なのか……と、つい遠い目になってしまう。
そんなことを考えていたら、彼は突然「俺はエアハルト様に憧れて入ったのに!」と言い出した。
「なのに、なんで騎士を辞めてしまったんですか! 俺、俺……エアハルト様に憧れて、こんなに好きなのに……!」
「「「…………はあ!?」」」
「うわ~……」
まさかの愛の告白でした!
え? この世界にも腐った話ってあるの!?
あったらあったで驚きなんだけど!
「関係のないことを言わないでくれるか? 俺は衆道の趣味も未成年を愛でる趣味もない!」
「え……、な、なら、隣にいる平民の女はどうなんですか! どう見ても俺と同じ未成年じゃないですか!」
「その傲慢な態度を直せと、何度言ったらわかるんだ、貴様は! 彼女は立派に成人している。そして俺たちと一緒にダンジョンにも潜れるほどの実力がある」
「は……? そ、そんなバカな!」
ビルさんの言葉に見習いの子たち全員が唖然としているけど、事実でーす!
確かに身長は小さいけども!
エアハルトさんにギルドタグを貸してと言われたので、素直に渡す。
レベルやランクだけが見えるようにタグを持ち、美少年に見せるエアハルトさん。
タグを見た途端に、青ざめていく彼。
「え、Aランク!? しかもレベルが百五十超えっ!?」
「恐らく最短で、しかも最年少でSランクに上がると思うぞ? 先日の特別ダンジョン攻略メンバーの一人でもあるからな」
「「「「「ええーーーっ!?」」」」」
エアハルトさんの言葉に、美少年だけじゃなく、他の見習いたちも一緒になって驚く。
そんな様子を冷たい目で見るエアハルトさんに、さらに彼は顔色をなくしていく。
エアハルトさんにタグを返されたので、それを首にかけて服の中にしまう。
そのときに美少年の様子を見ていたんだけど……
なんというか、素直に話は聞いている。ただし、エアハルトさんの話に限る、的な感じで。
だからビルさんとローマンさんになにか言われても、右から左に聞き流している。
でも、エアハルトさんに同じことを言われると凹む。
そんなんで大丈夫かと心配になるけど、ぶっちゃけるとウザい。
だって、いくら恋愛は自由だといっても、他人に迷惑をかけている訳だしね。
そんな彼は、本当にエアハルトさんが好きなようで、顔色を真っ白にしながらも、未だにうるうるとした目で見ている。
……うん、女の子だったら可愛いというか、あざといというか、そんな目と表情をしているよ? だけど、男の子だからねー……
私はBLがある世界出身だから生温い視線で見たけど、エアハルトさんを含めた周囲はドン引きしている。
男に好きって言われても、そういう性的指向の人じゃない限り、困るよね。
彼はその後もずっと「好きなのに」とか「愛してるのに」とか言ってて、その空気の読めなさ加減に正直気持ち悪くなってきた。
ビルさんとローマンさん、エアハルトさんも、眉間に皺を寄せている。
というか、そろそろ本筋に戻ってほしいんだけど。
今は告白をする時間ではない。訓練をする時間だと忘れているのだろうか。
そんな私の気持ちが伝わったのか、ビルさんが彼の頭を軽く叩いて、そこからお説教タイム勃発。
途中で白髪交じりで五十代後半くらいの強面なおじさまが来て、ビルさんとローマンさんに謝罪していた。
きっとあの人が彼を推薦した侯爵様なんだろう。
その後、これから基礎をしっかりやることを条件に、彼の最後の思い出のためエアハルトさんとビルさんが打ち合い稽古をすることになった。
感動したようにその姿を見ている美少年。
他の見習いや初老の男性、ローマンさんや途中で見学に加わった騎士たちに囲まれながら、ずっと打ち合いを続けている二人。
そして、十分ほど続いていた打ち合いが終わると、二人は剣を下げて礼をした。
途端に拍手が鳴り響く。
凄かったよ~! 見ごたえがありました!
剣がぶつかりあってギリギリと押し合いをしたり、振り下ろされた剣をかわしたり弾いたり。とにかく二人は動きっぱなしだった。
見習いたちもキラキラとした目で二人を見ていて、しっかりと心に焼き付けたみたい。
もちろん、私も騎士同士の打ち合いを見るのは初めてなので、しっかり目に焼き付けたとも。
二人とも、めっちゃくちゃカッコよかったです!
それにしても、散々動き回っていたのに、息切れもせずまったく疲れを見せないって凄いよね。私にもやってみるかと言われたけど私は騎士じゃないし、武器が大鎌だから、丁重にお断りした。
さすがにアズラエルで戦うわけにもいかないし。
その代わり大鎌を見てみたいと言われたのでアズラエルを見せると、その禍々しさと名前に、みんな絶句していた。
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