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4巻
4-2
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早速、明日の休みに合わせてダンジョンに潜る準備をする。といっても泊まりじゃないから用意するものはそんなにないし、せいぜい武器や従魔たちが身につけている腕輪や首輪のメンテナンスをしてもらうだけだ。
まずは午前中の仕事が先! とみんなに言い聞かせ、店を開店。
その後、お昼の休憩時間を利用して、凄腕の鍛冶職人であるゴルドさんのところに行く。
もちろん従魔たち全員を連れて行き、短剣や大鎌、従魔たちの腕輪や首輪をメンテナンスしてもらう。そのときに私が持っているふたつの大鎌を見てもらった。
実は、ヴォーパル・サイズもデス・サイズも、今やどっちも最高ランクの伝説だ。ランクは短期間でカンストしちゃったよ……
これは神様たちのやらかしのせいだったりする。
教会でお祈りをしていると、たまーにアントス様に呼ばれてしまうんだよね。
そのときにアントス様だけじゃなくて、アマテラス様やツクヨミ様、スサノオ様がいらっしゃるときがある。アントス様だけやアマテラス様、ツクヨミ様だけのときならお茶会になるけど、スサノオ様のときは「よし、戦闘訓練だ!」と長時間訓練させられる。
しかも、アントス様も私や従魔たちのレベルに合わせて影の魔物を出すものだから、従魔たちはストレス発散とばかりに嬉々として動くし、私もそれに加わっているから、大鎌だけじゃなくて自分たちのレベルも上がるしで、嬉しいやら悲しいやらなのだ。
従魔たちが喜んでくれているからいいけど、そうじゃなければ教会に行ったりしなかったと思う。だっていろいろと面倒だもん、私が。
ゴルドさんによると、大鎌ふたつに関してはランクはカンストしてるし、レベルはイビルバイパークラスの魔物を三、四体くらい倒すとカンストしそうだとか。
「本当ですか⁉ 今度行くダンジョンは、特別ダンジョンなんです」
「お、いいタイミングだな。レベルもカンストしたら合成してやるから、持ってきな。ついでに、イビルバイパーの皮とレインボーロック鳥の尾羽、トレントの枝がほしいから、依頼を出してもいいか?」
「いいですよ~」
どれだけ必要なのかを聞き、報酬の話をする。しかも、持ってきた量によっては、余剰分も買い取ってくれるそうだ。
「いいんですか?」
「ああ。今言った材料が不足していてな。冒険者に依頼を出してはいるが、いくらあっても困らないんだよ。あと、もし遭遇して倒したらでいいんだが、ゴーレムが落とすなにかしらの鉱石を持ってきてくれたら、それも買い取る」
「わかりました」
太っ腹だなあ、ゴルドさんは。まあ、私も同じことをしているから、人のことは言えないんだけどね!
メンテナンスと依頼された分の報酬の話も終わったので、店に帰る。
ダンジョンに行けるとわかってからは、従魔たちがそわそわしていて、思わず笑ってしまった。
そして休みの日。夜明け前に起きて準備をする。
「じゃあ行こうか。ロキ、よろしくね」
〈承知〉
西門まで歩き、そこからはロキに跨る。すると、すぐにラズとスミレが私の両肩に飛びのってきた。そしてロキが走り出すと、他のみんなもついてくる。
あっという間に特別ダンジョンに着いたので、ギルドの建物内へ。職員さんは従魔の数の多さから私を覚えていたみたいで、タグを見せるとすぐにダンジョンのほうに行くことができた。
そのままダンジョンに入ると、従魔たちが興奮し始める。
「はい、興奮しない! 見つけたらどんどん戦闘してもいいけど私からあまり離れないことと、他の冒険者に迷惑をかけないこと。依頼があるってことも忘れないでね」
〈〈〈〈〈〈〈〈わかった!〉〉〉〉〉〉〉〉
「じゃあ移動しようか」
第二階層のほうがビッグシープやレインボーロック鳥が出やすいからと、ロキに跨ってさっさとそっち方向に移動する。ロキは階段の場所を覚えているらしく、あっという間に近づいたので、すぐに階段を下りた。
そしてゴルドさんから依頼された素材を入手しつつ、従魔たちが食べたいと騒いでいた肉を集める。
そんなこんなで戦闘と採取をしまくっていると、あっという間に必要な依頼の品が揃った。
従魔たちにこのあとどうするか聞くと、もう少しビッグシープとレインボーロック鳥のお肉が欲しいと言うので、時間の許す限りダンジョンに篭る。
そのおかげもあったのか、私自身もふたつの大鎌もレベルが上がった。
そして従魔たちはレベルが上がったことで、とんでもないことになってしまったよ……
アントス様~、そういうのは先に言ってほしかった!
私にも心の準備ってものがあるんだよ~!
今度会ったら問い詰めよう! と決意し、ダンジョンから戻る。
そしてそのままゴルドさんのところに行って、大鎌を合成してもらったのはいいんだけど……
「「…………」」
「な、なんか凄いのができましたね……」
「はあ……。なんてこったい! 伝説の大鎌の名前をこの目で見るとは思わなかったぞ、お嬢ちゃん」
「伝説なんですか? この大鎌って」
「ああ」
うわ~、やっちまったなー! 再びだよ!
淡く光る大鎌の持ち手は漆黒で銀色の装飾が施されている。刃が紅と黒が混じっており、持ち手に繋がる根元の部分には、紅くて丸い宝石が嵌まっていた。
綺麗な見た目ではあるけど、とても禍々しいというか、物騒な雰囲気だ。
本当に、こんなものが薬師の武器だなんて……どうなってるのかな⁉
薬師じゃなくて、死神が持つような禍々しさなんだけど!
【アズラエル】 固有
高名な薬師が草刈りと戦闘に使っていたという大鎌
固有ではあるが、成長すると言われている
成長すると神話になる大鎌
薬師が装備した場合に限り、ボーナスあり
薬師が装備した場合:攻撃力+2000 防御力+2000
こんな名前の大鎌に変化というか、進化した。攻撃力も防御力も、ふたつの大鎌がカンストした数値よりも高い。これでまだ最低ランクなんだよ? 今後どれだけ上がるのかと思うと……。うわぁ、恐ろしすぎる!
「とりあえず、固定指定しとくか」
「そうですね……お願いしてもいいですか?」
「ああ」
アズラエルという大鎌は物が物だけに、誰にでも扱えてしまうといろいろとマズイ……ということで、私の名前で固定してもらった。
これをすることで、盗まれても戻ってくるんだって。おお、便利だね、それは。
だけど盗まれないように私自身も気をつけないとダメだから、しっかり管理しますとも。
ま、まあ、従魔たちがとんでもないことになっちゃってるからね……。狙われる確率が減りそうだよ……従魔たちの種族を知られたら。
逆に狙われる可能性もあるけど、知ってまで狙うって「破滅したいです!」って言ってるようなものだし。
それよりも……みんなに説明するのが面倒だよ~!
「ところで、リン。従魔たちはまた進化したのか……? 明らかに昨日と雰囲気が違うが」
「はい……進化しちゃいました……。できれば種族は聞かないでください。まだエアハルトさんやギルドにも言っていないので」
進化してくれたのはいいんだよ、前にロキたちが進化したときは、ラズだけ進化できなくて……平気なふりをしつつも落ち込んで泣いていたからね。
今回はラズも進化したものだから、みんなして喜んでいるのだ。
「そうだな。登録し直してからのほうがいいかもな。わかった。また今度教えてくれ」
「わかりました。これから行ってきます」
「おう。気をつけて行ってきな」
「はい」
ゴルドさんに見送られ、商人ギルドに行く。キャメリーさんに従魔が進化したことを説明し、種族を登録し直してもらった。
キャメリーさんはその種族を聞いて、あんぐりと口を開けていたっけ。
翌日、店が終わったあと教会に行く。お昼休みのときでもよかったんだけど、なんか精神的に疲れるような気がしたんだよね。だから終わってからにしたのだ。
祈っているとふわりと風が吹く。
呼ばれた、と思ったときには目の前にアントス様とアマテラス様、スサノオ様がいた。
「こんにちは、優衣。今日はどうしたのかしら?」
「その……従魔たちが全員神獣になってしまったのでそのご報告と、どうして神獣になってしまったのかが知りたくて……」
「あ~……」
アントス様とアマテラス様、スサノオ様がそれぞれ顔を見合わせている。そのあとなぜか苦笑していた。なんでそんなお顔をなさっているんですかね?
「アントスを殴ったり、スサノオやアントスが出した影の魔物と戦ったでしょう? 実は、あれが原因なのよ」
「えーーーっ⁉」
まさか、神様を殴ったのが原因で神獣になるとは思ってませんでした!
「あれ? そうなると、私も神様とか、神様の眷属みたいになっちゃうんですか?」
「優衣は魔神族のハーフ扱いだから、もともと眷属のようなものよ。神になったりはしないけれど、寿命がちょーっと長くなっちゃうかもしれないの」
「うわ……。どれくらいですか?」
「五百年か千年くらいかしら」
「五千年くらい生きますね」
「……マジですか」
アマテラス様とアントス様の言葉に、愕然とする。
ま、まあ、最初に言われた年数よりも千年増えただけなんだから、神様たちにとってはそこは想定内、なのかな?
でも、そんなに長いこと従魔たちと一緒にいることができるんだろうか。従魔たちが先に死んだら、私は寂しいけどまだ我慢できる。
だけど、私が先に死んだら従魔たちはどうなるの?
主人が見つからなかったときのように、または前の主人のときのように、寂しい思いをさせてしまうのかな……
そのことをアントス様に質問してみたら、契約している従魔は主人と魔力や魂が繋がっているから、場合によっては寿命に関わらず同じ時期に死ぬかもしれないと言われた。
「そんなの……可哀想です……」
「リンにしてみたらそうかもしれない。だけど、リンがいないと従魔たちは暴走してしまう。まあ、神獣になった以上そんなことにはならないんだけど、神獣はいつ死ぬか自分で決められるんだ」
「……」
「死なないで世界を旅するもよし、リンと一緒に死ぬもよし。神界にきて、僕たちと暮らすもよし。それは彼らの自由だよ」
アントス様の言葉を聞いて、どうして日常的に神獣と呼ばれる存在を見かけないのか、なんとなくわかった。だけど、一応聞いてみる。
「伝説になっている神獣たちは、どうしているんですか?」
「世界中を旅したり、神界で暮らしたりしているよ。もしリンと従魔たちが望むなら、リンが亡くなったあと、従魔たちと一緒に神界で暮らすこともできる」
「そ、れは……私が神様の仲間入りをするということですか?」
「ん~、ちょっと違うかな? でも違わないのかな」
「どっちですか?」
「たぶん、仲間入りすることになると思うわ」
アントス様と話している途中で口を挟んだのは、アマテラス様だ。
神界に行くということは、神に認められたということになるから、結果として一番低い位の神様になってしまうという。
だけど、本来の神様とは生まれた経緯が違うから、そこから上に上がることもなければ、下になることもない。
ゼーバルシュでいうならば、平民になる、ということらしい。
つまり、下っ端。めっちゃ下っ端。
「だから、これは優衣次第なの」
「もちろん、そのまま魂の輪廻にのって、またこの世界に生まれてくることもできますよ」
「魂の輝きというのは人それぞれ違っているけれど、何度生まれ変わっても変わらないの。それは従魔たちも同じよ」
「だから、同時期に亡くなったとしても、従魔に限って言えば、またリンと出会うことができるのです」
人と人の繋がりは、永遠の絆で結ばれた夫婦でない限り、ずっと続くとは限らないという。
だけど、契約した従魔は主人と魂同士が繋がっているから、何度生まれ変わっても必ず側にいるんだって。従魔だったり友人だったり、兄弟だったり、形は変わったとしても変わらず側にいる存在になるそうだ。
「なにを選ぶかは、リンと従魔たち次第だよ。まだまだ時間はあるんだから、ゆっくり考えればいいんじゃないかな」
「そうね。今すぐ決めることではないもの」
「……はい」
なんだか壮大な話というか、とんでもないことになっちゃったなあ……
その後、お茶を出してくれたアントス様と一緒に四人でお茶会をし、近況を報告した。そのときにわかったんだけど、ツクヨミ様からいただいた御守りには日本の神様たちの加護がついているから、大事にしなさいとのことだった。
もちろん大事にしますとも!
三日後、エアハルトさんたちが帰ってきた。従魔たちのことで話があると言うと、見た目や雰囲気が変わったことでなにか察したのか、その翌日におよばれされた。
そのときに従魔たちがさらに進化したことと、とんでもない種族になったと話すと、「念のためよ」と言ってユーリアさんが防音の結界を張ってくれる。
そこから、従魔たちの詳しい種族を話したら、みんなして黙り込んでしまった。
それからいち早く話を進めてくれたのは、グレイさん。さすが王族です。
「……僕たちが後ろ盾になっていたのは正解だったかも。だけど父上や兄上に言っておかないと、なにかあってリンを害された場合、従魔たちが怒るからね。しっかり釘を刺しておかないと……」
「そうだな」
エアハルトさんもグレイさんの言葉に同意して、溜息をついた。話すにしても、王族限定のほうがいいだろうとも。
そう、従魔たちは全員が神獣になってしまったのだから。
神獣はSSSランクに該当し、災害級とも呼ばれる存在だ。普段は滅多に見ることはないけど、見たら逃げろと言われているくらい、戦闘力が半端なく高いらしい。
手を出すなんて、もっての外ってこと。
過去にも神獣が従魔として人に従っていたことがあるらしいけど、主人を怪我させただけで城を半壊させたそうだ。まさに災害級だと震えあがった。
そんな物騒な話がある神獣だけど、私の従魔たちはとても優しく、いつもと変わらない。
ラズはエンペラーハウススライムからクラオトスライムになった。クラオトとはこの世界の言葉で、薬草を意味するんだって。ある意味、ラズにぴったりな種族だ。
大きさはエンペラーよりもひと回り小さくなり、体色も空色から新緑の色になった。薬草の色に近いかな。
スミレはデスタイラントからクイーン・スモール・デスタイラントになった。体の大きさはさらに小さくなり、背中やお腹の部分に紅い模様が浮かんでいる。目も赤いままだ。
毒は猛毒になり、麻痺の他にも即死系のスキルも覚えた。
レンとユキはサーバルキャットから太陽の獅子になった。体の色はそのままだけど、手足がしっかりしてよりしなやかな体型になった。目の色は綺麗な琥珀色だ。
シマとソラはサーバルキャットから月の獅子になった。体の色はそのままに、レンやユキと同じようにしなやかになった。目の色は綺麗な薄い青だ。
太陽の獅子と月の獅子は表裏一体の存在だそう。ちなみに、レン一家全員の体はふた回りほど大きくなった。
ロキは天狼から星天狼になった。体色が綺麗な白銀色になり、体もさらにひと回り大きくなっている。目の色は黒。風貌もすっごく立派になっている。
ロックはヘルハウンドからフェンリルになった。体色は青みがかった銀色になり、体もひと回り大きくなった。手足も大きい。
そして太陽の獅子や月の獅子、星天狼やフェンリルになった彼らは、神獣になったことで体のサイズを変更できるスキルを手に入れた、らしい。
サイズ変更は嬉しいけど……まさか、本当にそんなスキルがあるとは思わないじゃないか!
最初に見たときは本当に驚いたよ? すんごい大きな体が、豆柴や猫サイズになったんだから!
一緒に寝るのにも楽にはなったけど、誰かに連れていかれやしないかと心配になる。
もちろん、そんなことないように私がしっかりするけどね。
その前に、従魔たちに反撃されて終わりだろうけどさ。
「とりあえず、リン。父上と兄上にだけは報告してもいいかな。それ以上は話さないようにするし、迷惑をかけないようにと話をしておくから」
「はい。なんだかすみません、グレイさん」
「気にしないで」
内心溜息をつき、ご飯をご馳走になって帰ってきた。
あ。エアハルトさんに、私の秘密を話していいか相談するつもりでいたのに、すっかり忘れていた。従魔たちのことがあるからもう少し待つことにしようと、従魔たちとお風呂に入って、みんなして同じベッドで眠った。
『フライハイト』のメンバーに従魔たちのことを話して二週間。
未だにエアハルトさんや両親に私の秘密のことを相談できずにいた。
エアハルトさんも両親もずっとダンジョンに潜っていて、二日前に帰ってきたばかりだからだ。
冬の間はほとんど潜れなかったからなのか、最近はガンガン潜っているんだからしょうがない。
もちろん他の冒険者も同じようにたくさん潜っているらしく、お店はそれなりに忙しい。
なので、申し訳ないと思いつつララさんとルルさんにお手伝いに来てもらっていた。
二人も暇をしていたと言ってくれて、助かったけどね。
「餅が食べたいねえ……」
「は?」
店が休みになる前日の閉店間際、父が突然やって来て、唐突に呟いた。まあ、気持ちはわかる。たまに食べたくなるよね、お餅って。
「もち米は大量にありますけど、作るのが大変なんですよね」
「そうなんだが……って、もち米があるのかい?」
「はい。私はまだその階層に行ったことがないんですけど、北の上級ダンジョンにあるんですって。先日、商会に行ったらたくさんあって、売れないから買ってくれと泣きつかれたんです。そのときに買いました。エアハルトさんたちもお土産としてくれましたし」
「そうなのか……ちょっと待ってくれ」
なにをしているのかなあと若干父のことを心配しつつ閉店作業をしていたら、ラズと一緒に裏からエアハルトさんが顔を出した。
〈リン、エアハルトが来たから連れてきた〉
「ありがとう、ラズ」
〈どういたしまして〉
「エアハルトさん、どうしました?」
「みんな用事があって出かけてしまったから、夕飯を一緒にどうかと思ったんだが……。タクミがいるってことは遅かったか?」
「あ~、どうでしょう?」
父は誰に連絡してるのかな。場合によっては断って、エアハルトさんと一緒にご飯を食べてもいいかもしれない。
「やあ、エアハルト。優衣、私たちの拠点で餅つきをしよう」
「おお、餅つき! やりたい!」
「だろう?」
餅つきをするってことは、ライゾウさんが臼と杵を作ったんだろうなあ……と遠い目になる。それに反応したのがエアハルトさんだった。
「モチツキ? モチとはなんだ?」
「米とは違う種類の穀物でね。それをついて作るものなんだ。もしよかったら、一緒にどうだい?」
「モチにも興味はあるし、お邪魔でなければ伺いたいが……」
「構わない。仲間にも伝えておこう」
「ありがとう。頼む」
途端に機嫌がよくなるエアハルトさんに、つい笑ってしまう。あ、どうせなら、そのときにグレイさんたちにも私が渡り人だってことを話していいか相談しよう。
「じゃあ、さっさと閉店作業をしますね」
「手伝う。なにをすればいい?」
「私も手伝おう」
「いいんですか? なら、棚のポーションを手前に並べてもらってもいいですか? もしくはお金を数えるか」
「なら、俺が棚をやろう」
「私が金を数えよう」
「ありがとうございます。先に鍵を閉めちゃいますね」
買取表や注意書きが書かれている看板は先にしまったんだけど、鍵やカーテンはまだ開けたままだったのだ。
店内がちょっと薄暗くなっちゃうけど、そこは【生活魔法】で代用するか、店内の灯りを点ければいいだけだ。
私はエアハルトさんが並べ替えてくれたポーションを数え、紙に数を書いておく。こうすることで今日どれだけ売れたのかわかるから、お金の計算が合っているか確かめるのも楽なのだ。
いわば棚卸と同じだね。
「よし、終わった」
「ありがとうございます、エアハルトさん」
「私も終わったよ、優衣」
「ありがとうございます、パパ」
二人にお礼を言って、各ポーションの朝の在庫と追加分から現在の在庫を引く。その数と単価を計算し、合計するのだ。
このへんは簿記でもやることだから、簡単だ。難しい原価計算や粗利なんかは必要ないしね。そこは【アナライズ】様様だ。
「よし、合ってます。これで閉店作業は終わりです。手伝ってくださって、ありがとうございます」
「「いや」」
早いな、と言った父の言葉には笑って応え、二人には先に外に出てもらった。
私は、もう一度鍵やカーテンを確かめてから外に出る。
そのあとで父やエアハルトさんと一緒に、従魔たちを連れて『アーミーズ』の拠点に行く。
まずは午前中の仕事が先! とみんなに言い聞かせ、店を開店。
その後、お昼の休憩時間を利用して、凄腕の鍛冶職人であるゴルドさんのところに行く。
もちろん従魔たち全員を連れて行き、短剣や大鎌、従魔たちの腕輪や首輪をメンテナンスしてもらう。そのときに私が持っているふたつの大鎌を見てもらった。
実は、ヴォーパル・サイズもデス・サイズも、今やどっちも最高ランクの伝説だ。ランクは短期間でカンストしちゃったよ……
これは神様たちのやらかしのせいだったりする。
教会でお祈りをしていると、たまーにアントス様に呼ばれてしまうんだよね。
そのときにアントス様だけじゃなくて、アマテラス様やツクヨミ様、スサノオ様がいらっしゃるときがある。アントス様だけやアマテラス様、ツクヨミ様だけのときならお茶会になるけど、スサノオ様のときは「よし、戦闘訓練だ!」と長時間訓練させられる。
しかも、アントス様も私や従魔たちのレベルに合わせて影の魔物を出すものだから、従魔たちはストレス発散とばかりに嬉々として動くし、私もそれに加わっているから、大鎌だけじゃなくて自分たちのレベルも上がるしで、嬉しいやら悲しいやらなのだ。
従魔たちが喜んでくれているからいいけど、そうじゃなければ教会に行ったりしなかったと思う。だっていろいろと面倒だもん、私が。
ゴルドさんによると、大鎌ふたつに関してはランクはカンストしてるし、レベルはイビルバイパークラスの魔物を三、四体くらい倒すとカンストしそうだとか。
「本当ですか⁉ 今度行くダンジョンは、特別ダンジョンなんです」
「お、いいタイミングだな。レベルもカンストしたら合成してやるから、持ってきな。ついでに、イビルバイパーの皮とレインボーロック鳥の尾羽、トレントの枝がほしいから、依頼を出してもいいか?」
「いいですよ~」
どれだけ必要なのかを聞き、報酬の話をする。しかも、持ってきた量によっては、余剰分も買い取ってくれるそうだ。
「いいんですか?」
「ああ。今言った材料が不足していてな。冒険者に依頼を出してはいるが、いくらあっても困らないんだよ。あと、もし遭遇して倒したらでいいんだが、ゴーレムが落とすなにかしらの鉱石を持ってきてくれたら、それも買い取る」
「わかりました」
太っ腹だなあ、ゴルドさんは。まあ、私も同じことをしているから、人のことは言えないんだけどね!
メンテナンスと依頼された分の報酬の話も終わったので、店に帰る。
ダンジョンに行けるとわかってからは、従魔たちがそわそわしていて、思わず笑ってしまった。
そして休みの日。夜明け前に起きて準備をする。
「じゃあ行こうか。ロキ、よろしくね」
〈承知〉
西門まで歩き、そこからはロキに跨る。すると、すぐにラズとスミレが私の両肩に飛びのってきた。そしてロキが走り出すと、他のみんなもついてくる。
あっという間に特別ダンジョンに着いたので、ギルドの建物内へ。職員さんは従魔の数の多さから私を覚えていたみたいで、タグを見せるとすぐにダンジョンのほうに行くことができた。
そのままダンジョンに入ると、従魔たちが興奮し始める。
「はい、興奮しない! 見つけたらどんどん戦闘してもいいけど私からあまり離れないことと、他の冒険者に迷惑をかけないこと。依頼があるってことも忘れないでね」
〈〈〈〈〈〈〈〈わかった!〉〉〉〉〉〉〉〉
「じゃあ移動しようか」
第二階層のほうがビッグシープやレインボーロック鳥が出やすいからと、ロキに跨ってさっさとそっち方向に移動する。ロキは階段の場所を覚えているらしく、あっという間に近づいたので、すぐに階段を下りた。
そしてゴルドさんから依頼された素材を入手しつつ、従魔たちが食べたいと騒いでいた肉を集める。
そんなこんなで戦闘と採取をしまくっていると、あっという間に必要な依頼の品が揃った。
従魔たちにこのあとどうするか聞くと、もう少しビッグシープとレインボーロック鳥のお肉が欲しいと言うので、時間の許す限りダンジョンに篭る。
そのおかげもあったのか、私自身もふたつの大鎌もレベルが上がった。
そして従魔たちはレベルが上がったことで、とんでもないことになってしまったよ……
アントス様~、そういうのは先に言ってほしかった!
私にも心の準備ってものがあるんだよ~!
今度会ったら問い詰めよう! と決意し、ダンジョンから戻る。
そしてそのままゴルドさんのところに行って、大鎌を合成してもらったのはいいんだけど……
「「…………」」
「な、なんか凄いのができましたね……」
「はあ……。なんてこったい! 伝説の大鎌の名前をこの目で見るとは思わなかったぞ、お嬢ちゃん」
「伝説なんですか? この大鎌って」
「ああ」
うわ~、やっちまったなー! 再びだよ!
淡く光る大鎌の持ち手は漆黒で銀色の装飾が施されている。刃が紅と黒が混じっており、持ち手に繋がる根元の部分には、紅くて丸い宝石が嵌まっていた。
綺麗な見た目ではあるけど、とても禍々しいというか、物騒な雰囲気だ。
本当に、こんなものが薬師の武器だなんて……どうなってるのかな⁉
薬師じゃなくて、死神が持つような禍々しさなんだけど!
【アズラエル】 固有
高名な薬師が草刈りと戦闘に使っていたという大鎌
固有ではあるが、成長すると言われている
成長すると神話になる大鎌
薬師が装備した場合に限り、ボーナスあり
薬師が装備した場合:攻撃力+2000 防御力+2000
こんな名前の大鎌に変化というか、進化した。攻撃力も防御力も、ふたつの大鎌がカンストした数値よりも高い。これでまだ最低ランクなんだよ? 今後どれだけ上がるのかと思うと……。うわぁ、恐ろしすぎる!
「とりあえず、固定指定しとくか」
「そうですね……お願いしてもいいですか?」
「ああ」
アズラエルという大鎌は物が物だけに、誰にでも扱えてしまうといろいろとマズイ……ということで、私の名前で固定してもらった。
これをすることで、盗まれても戻ってくるんだって。おお、便利だね、それは。
だけど盗まれないように私自身も気をつけないとダメだから、しっかり管理しますとも。
ま、まあ、従魔たちがとんでもないことになっちゃってるからね……。狙われる確率が減りそうだよ……従魔たちの種族を知られたら。
逆に狙われる可能性もあるけど、知ってまで狙うって「破滅したいです!」って言ってるようなものだし。
それよりも……みんなに説明するのが面倒だよ~!
「ところで、リン。従魔たちはまた進化したのか……? 明らかに昨日と雰囲気が違うが」
「はい……進化しちゃいました……。できれば種族は聞かないでください。まだエアハルトさんやギルドにも言っていないので」
進化してくれたのはいいんだよ、前にロキたちが進化したときは、ラズだけ進化できなくて……平気なふりをしつつも落ち込んで泣いていたからね。
今回はラズも進化したものだから、みんなして喜んでいるのだ。
「そうだな。登録し直してからのほうがいいかもな。わかった。また今度教えてくれ」
「わかりました。これから行ってきます」
「おう。気をつけて行ってきな」
「はい」
ゴルドさんに見送られ、商人ギルドに行く。キャメリーさんに従魔が進化したことを説明し、種族を登録し直してもらった。
キャメリーさんはその種族を聞いて、あんぐりと口を開けていたっけ。
翌日、店が終わったあと教会に行く。お昼休みのときでもよかったんだけど、なんか精神的に疲れるような気がしたんだよね。だから終わってからにしたのだ。
祈っているとふわりと風が吹く。
呼ばれた、と思ったときには目の前にアントス様とアマテラス様、スサノオ様がいた。
「こんにちは、優衣。今日はどうしたのかしら?」
「その……従魔たちが全員神獣になってしまったのでそのご報告と、どうして神獣になってしまったのかが知りたくて……」
「あ~……」
アントス様とアマテラス様、スサノオ様がそれぞれ顔を見合わせている。そのあとなぜか苦笑していた。なんでそんなお顔をなさっているんですかね?
「アントスを殴ったり、スサノオやアントスが出した影の魔物と戦ったでしょう? 実は、あれが原因なのよ」
「えーーーっ⁉」
まさか、神様を殴ったのが原因で神獣になるとは思ってませんでした!
「あれ? そうなると、私も神様とか、神様の眷属みたいになっちゃうんですか?」
「優衣は魔神族のハーフ扱いだから、もともと眷属のようなものよ。神になったりはしないけれど、寿命がちょーっと長くなっちゃうかもしれないの」
「うわ……。どれくらいですか?」
「五百年か千年くらいかしら」
「五千年くらい生きますね」
「……マジですか」
アマテラス様とアントス様の言葉に、愕然とする。
ま、まあ、最初に言われた年数よりも千年増えただけなんだから、神様たちにとってはそこは想定内、なのかな?
でも、そんなに長いこと従魔たちと一緒にいることができるんだろうか。従魔たちが先に死んだら、私は寂しいけどまだ我慢できる。
だけど、私が先に死んだら従魔たちはどうなるの?
主人が見つからなかったときのように、または前の主人のときのように、寂しい思いをさせてしまうのかな……
そのことをアントス様に質問してみたら、契約している従魔は主人と魔力や魂が繋がっているから、場合によっては寿命に関わらず同じ時期に死ぬかもしれないと言われた。
「そんなの……可哀想です……」
「リンにしてみたらそうかもしれない。だけど、リンがいないと従魔たちは暴走してしまう。まあ、神獣になった以上そんなことにはならないんだけど、神獣はいつ死ぬか自分で決められるんだ」
「……」
「死なないで世界を旅するもよし、リンと一緒に死ぬもよし。神界にきて、僕たちと暮らすもよし。それは彼らの自由だよ」
アントス様の言葉を聞いて、どうして日常的に神獣と呼ばれる存在を見かけないのか、なんとなくわかった。だけど、一応聞いてみる。
「伝説になっている神獣たちは、どうしているんですか?」
「世界中を旅したり、神界で暮らしたりしているよ。もしリンと従魔たちが望むなら、リンが亡くなったあと、従魔たちと一緒に神界で暮らすこともできる」
「そ、れは……私が神様の仲間入りをするということですか?」
「ん~、ちょっと違うかな? でも違わないのかな」
「どっちですか?」
「たぶん、仲間入りすることになると思うわ」
アントス様と話している途中で口を挟んだのは、アマテラス様だ。
神界に行くということは、神に認められたということになるから、結果として一番低い位の神様になってしまうという。
だけど、本来の神様とは生まれた経緯が違うから、そこから上に上がることもなければ、下になることもない。
ゼーバルシュでいうならば、平民になる、ということらしい。
つまり、下っ端。めっちゃ下っ端。
「だから、これは優衣次第なの」
「もちろん、そのまま魂の輪廻にのって、またこの世界に生まれてくることもできますよ」
「魂の輝きというのは人それぞれ違っているけれど、何度生まれ変わっても変わらないの。それは従魔たちも同じよ」
「だから、同時期に亡くなったとしても、従魔に限って言えば、またリンと出会うことができるのです」
人と人の繋がりは、永遠の絆で結ばれた夫婦でない限り、ずっと続くとは限らないという。
だけど、契約した従魔は主人と魂同士が繋がっているから、何度生まれ変わっても必ず側にいるんだって。従魔だったり友人だったり、兄弟だったり、形は変わったとしても変わらず側にいる存在になるそうだ。
「なにを選ぶかは、リンと従魔たち次第だよ。まだまだ時間はあるんだから、ゆっくり考えればいいんじゃないかな」
「そうね。今すぐ決めることではないもの」
「……はい」
なんだか壮大な話というか、とんでもないことになっちゃったなあ……
その後、お茶を出してくれたアントス様と一緒に四人でお茶会をし、近況を報告した。そのときにわかったんだけど、ツクヨミ様からいただいた御守りには日本の神様たちの加護がついているから、大事にしなさいとのことだった。
もちろん大事にしますとも!
三日後、エアハルトさんたちが帰ってきた。従魔たちのことで話があると言うと、見た目や雰囲気が変わったことでなにか察したのか、その翌日におよばれされた。
そのときに従魔たちがさらに進化したことと、とんでもない種族になったと話すと、「念のためよ」と言ってユーリアさんが防音の結界を張ってくれる。
そこから、従魔たちの詳しい種族を話したら、みんなして黙り込んでしまった。
それからいち早く話を進めてくれたのは、グレイさん。さすが王族です。
「……僕たちが後ろ盾になっていたのは正解だったかも。だけど父上や兄上に言っておかないと、なにかあってリンを害された場合、従魔たちが怒るからね。しっかり釘を刺しておかないと……」
「そうだな」
エアハルトさんもグレイさんの言葉に同意して、溜息をついた。話すにしても、王族限定のほうがいいだろうとも。
そう、従魔たちは全員が神獣になってしまったのだから。
神獣はSSSランクに該当し、災害級とも呼ばれる存在だ。普段は滅多に見ることはないけど、見たら逃げろと言われているくらい、戦闘力が半端なく高いらしい。
手を出すなんて、もっての外ってこと。
過去にも神獣が従魔として人に従っていたことがあるらしいけど、主人を怪我させただけで城を半壊させたそうだ。まさに災害級だと震えあがった。
そんな物騒な話がある神獣だけど、私の従魔たちはとても優しく、いつもと変わらない。
ラズはエンペラーハウススライムからクラオトスライムになった。クラオトとはこの世界の言葉で、薬草を意味するんだって。ある意味、ラズにぴったりな種族だ。
大きさはエンペラーよりもひと回り小さくなり、体色も空色から新緑の色になった。薬草の色に近いかな。
スミレはデスタイラントからクイーン・スモール・デスタイラントになった。体の大きさはさらに小さくなり、背中やお腹の部分に紅い模様が浮かんでいる。目も赤いままだ。
毒は猛毒になり、麻痺の他にも即死系のスキルも覚えた。
レンとユキはサーバルキャットから太陽の獅子になった。体の色はそのままだけど、手足がしっかりしてよりしなやかな体型になった。目の色は綺麗な琥珀色だ。
シマとソラはサーバルキャットから月の獅子になった。体の色はそのままに、レンやユキと同じようにしなやかになった。目の色は綺麗な薄い青だ。
太陽の獅子と月の獅子は表裏一体の存在だそう。ちなみに、レン一家全員の体はふた回りほど大きくなった。
ロキは天狼から星天狼になった。体色が綺麗な白銀色になり、体もさらにひと回り大きくなっている。目の色は黒。風貌もすっごく立派になっている。
ロックはヘルハウンドからフェンリルになった。体色は青みがかった銀色になり、体もひと回り大きくなった。手足も大きい。
そして太陽の獅子や月の獅子、星天狼やフェンリルになった彼らは、神獣になったことで体のサイズを変更できるスキルを手に入れた、らしい。
サイズ変更は嬉しいけど……まさか、本当にそんなスキルがあるとは思わないじゃないか!
最初に見たときは本当に驚いたよ? すんごい大きな体が、豆柴や猫サイズになったんだから!
一緒に寝るのにも楽にはなったけど、誰かに連れていかれやしないかと心配になる。
もちろん、そんなことないように私がしっかりするけどね。
その前に、従魔たちに反撃されて終わりだろうけどさ。
「とりあえず、リン。父上と兄上にだけは報告してもいいかな。それ以上は話さないようにするし、迷惑をかけないようにと話をしておくから」
「はい。なんだかすみません、グレイさん」
「気にしないで」
内心溜息をつき、ご飯をご馳走になって帰ってきた。
あ。エアハルトさんに、私の秘密を話していいか相談するつもりでいたのに、すっかり忘れていた。従魔たちのことがあるからもう少し待つことにしようと、従魔たちとお風呂に入って、みんなして同じベッドで眠った。
『フライハイト』のメンバーに従魔たちのことを話して二週間。
未だにエアハルトさんや両親に私の秘密のことを相談できずにいた。
エアハルトさんも両親もずっとダンジョンに潜っていて、二日前に帰ってきたばかりだからだ。
冬の間はほとんど潜れなかったからなのか、最近はガンガン潜っているんだからしょうがない。
もちろん他の冒険者も同じようにたくさん潜っているらしく、お店はそれなりに忙しい。
なので、申し訳ないと思いつつララさんとルルさんにお手伝いに来てもらっていた。
二人も暇をしていたと言ってくれて、助かったけどね。
「餅が食べたいねえ……」
「は?」
店が休みになる前日の閉店間際、父が突然やって来て、唐突に呟いた。まあ、気持ちはわかる。たまに食べたくなるよね、お餅って。
「もち米は大量にありますけど、作るのが大変なんですよね」
「そうなんだが……って、もち米があるのかい?」
「はい。私はまだその階層に行ったことがないんですけど、北の上級ダンジョンにあるんですって。先日、商会に行ったらたくさんあって、売れないから買ってくれと泣きつかれたんです。そのときに買いました。エアハルトさんたちもお土産としてくれましたし」
「そうなのか……ちょっと待ってくれ」
なにをしているのかなあと若干父のことを心配しつつ閉店作業をしていたら、ラズと一緒に裏からエアハルトさんが顔を出した。
〈リン、エアハルトが来たから連れてきた〉
「ありがとう、ラズ」
〈どういたしまして〉
「エアハルトさん、どうしました?」
「みんな用事があって出かけてしまったから、夕飯を一緒にどうかと思ったんだが……。タクミがいるってことは遅かったか?」
「あ~、どうでしょう?」
父は誰に連絡してるのかな。場合によっては断って、エアハルトさんと一緒にご飯を食べてもいいかもしれない。
「やあ、エアハルト。優衣、私たちの拠点で餅つきをしよう」
「おお、餅つき! やりたい!」
「だろう?」
餅つきをするってことは、ライゾウさんが臼と杵を作ったんだろうなあ……と遠い目になる。それに反応したのがエアハルトさんだった。
「モチツキ? モチとはなんだ?」
「米とは違う種類の穀物でね。それをついて作るものなんだ。もしよかったら、一緒にどうだい?」
「モチにも興味はあるし、お邪魔でなければ伺いたいが……」
「構わない。仲間にも伝えておこう」
「ありがとう。頼む」
途端に機嫌がよくなるエアハルトさんに、つい笑ってしまう。あ、どうせなら、そのときにグレイさんたちにも私が渡り人だってことを話していいか相談しよう。
「じゃあ、さっさと閉店作業をしますね」
「手伝う。なにをすればいい?」
「私も手伝おう」
「いいんですか? なら、棚のポーションを手前に並べてもらってもいいですか? もしくはお金を数えるか」
「なら、俺が棚をやろう」
「私が金を数えよう」
「ありがとうございます。先に鍵を閉めちゃいますね」
買取表や注意書きが書かれている看板は先にしまったんだけど、鍵やカーテンはまだ開けたままだったのだ。
店内がちょっと薄暗くなっちゃうけど、そこは【生活魔法】で代用するか、店内の灯りを点ければいいだけだ。
私はエアハルトさんが並べ替えてくれたポーションを数え、紙に数を書いておく。こうすることで今日どれだけ売れたのかわかるから、お金の計算が合っているか確かめるのも楽なのだ。
いわば棚卸と同じだね。
「よし、終わった」
「ありがとうございます、エアハルトさん」
「私も終わったよ、優衣」
「ありがとうございます、パパ」
二人にお礼を言って、各ポーションの朝の在庫と追加分から現在の在庫を引く。その数と単価を計算し、合計するのだ。
このへんは簿記でもやることだから、簡単だ。難しい原価計算や粗利なんかは必要ないしね。そこは【アナライズ】様様だ。
「よし、合ってます。これで閉店作業は終わりです。手伝ってくださって、ありがとうございます」
「「いや」」
早いな、と言った父の言葉には笑って応え、二人には先に外に出てもらった。
私は、もう一度鍵やカーテンを確かめてから外に出る。
そのあとで父やエアハルトさんと一緒に、従魔たちを連れて『アーミーズ』の拠点に行く。
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