上 下
159 / 177
番外編

リンとエアハルトの○○

しおりを挟む
 エアハルトさんと結婚して二か月。蜜月を過ごしてすぐ、体調を崩してしまった。それを心配したエアハルトさんに付き添われ、一緒に父の診療所に来ている。

「パパ……」
「お義父さん……」
「うん……妊娠二か月ってところかな」
「「え……っ」」
「おめでとう!」

 父の言葉に一瞬なにを言われたのかわからなかったけど、その言葉を理解すると、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。それはエアハルトさんも同じだったんだろう。一瞬茫然としたあとで破顔した。

「優衣、よくやった!」
「エアハルトさん……」
「お義父さん、ありがとうございます! ああ、なにを用意すればいいですか?」
「とりあえず、今は栄養のあるものや軽い運動を。ダンジョンに行くのであれば、特別ダンジョンの一階で薬草採取のみだ」
「ええ~⁉ ビーン狩りをしたいし、下層や他のところにも行きたい!」
「その場合は、いつものように従魔たちと眷属たち全員を連れて、なおかつ採取だけ。戦闘はなしだ」

 ガーン! 戦闘はダメだと言われてしまった。ま、まあ、それで流れたなんてさすがに罪悪感が出るから、しっかり守るつもりでいるけど、きっと信用されていないんだろうなあ……。
 それを肯定するかのように、エアハルトさんが真剣な顔をして、父に話しかける。

「俺が一緒に行ったほうがいいですか?」
「ロキとラズに言えば大丈夫だろう。なあ、ロキ、ラズ」
<我らが動けばあっさりと倒せるしな>
<スミレと一緒に、リンをぐるぐる巻きにしてもいいよ>
<リンガ動カナイヨウニスルノ、手伝ウ>
「げっ!」
「ラズとスミレが一緒にリンを止めてくれるなら、安心だな」

 ホッとしたように笑みを浮かべるエアハルトさんと、苦笑する父。くそう……こういうときばかりは、ロキもラズも、そして従魔たちも眷属たちも、〝私を護る〟というので一致団結してしまうから私の意見が通ることはない。
 今のところは特になにもないからとそのまま店に戻り、留守番をしてくれた母にも妊娠したことを告げると喜んでくれた。そして父同様にロキとラズに「戦闘をさせるな」と言われていたので、つい凹んでしまった。
 そのまま体調をみつつ店をやり、具合が悪くなりそうなら二階の寝室で寝なさいと母に厳命され、しっかり守った。そうじゃないと、店に出させないと母だけじゃなくエアハルトさん、従魔たちや眷属たちにまで言われてしまっては、守らざるを得ない。
 そしてエアハルトさんはといえば、自宅ではとても激甘状態だった。
 すっごく嬉しいのか、ことあるごとにキスをしてくる。唇だけじゃなくて、頬や額、鼻先や挙げ句には髪にまでキスをしてくる始末。しかも、朝起きてからはもちろんのこと、店に行くときやエアハルトさんたちがダンジョンに行くときは当然だし、一緒の休みのときは私を膝の上の乗せ、抱きしめたままでいたりするのだ……!
 え……? 魔神族って、こんな状態になるの?
 アントス様に聞いておけばよかったなあ……とは思うものの、後の祭り。ずっと照れっぱなしなのは癪だから、お返しにとエアハルトさんにキスをしたんだけど、それが煽る形になってこっちが余計に恥ずかしいことになったのは言うまでもない。

 ドラゴン族以外は、前の世界と変わらない妊娠期間だそうで、まったく経験のない私は不安でしょうがなかった。だけど、近くには母がいるし、お義母さんもいる。そしてマドカさんも。
 三人からどうすればいいのかなどのアドバイスをもらいながら日々を過ごし、順調にお腹の子は育っていく。

「あ、動いた! エアハルトさん、動きましたよ!」
「どれ……。おお、活発な子だな」
「ですよね~」
<ラズも触ってみたい!>
「いいよ。おいで」
<わーい!>

 ソファーに座ってハーブティーを飲んでいたら、お腹に軽い衝撃が。ふと触ってみれば、中からポコンと蹴った感じがした。隣にいたエアハルトさんの手が伸びてきて私のお腹に触ると、感動したように破顔している。
 そして興味津々なラズが触ってみたいというので触らせると、一瞬驚いたあと、ぴょんぴょんと跳ねる。嬉しかったみたい。
 ラズを皮切りに他の従魔たちも寄ってきて、それぞれの方法で私のお腹を触っていく。神獣たちが祝福をしてくれているみたいで、とても嬉しかった。

 そして臨月が来る前になると、私は店に出ることを禁止された。神酒ソーマさえ作ってくれればあとは母が全部見てくれるというので、お願いしたのだ。そして突然きた陣痛にエアハルトさんを呼び、父を連れてきてもらうようにお願いする。
 この世界の医師は、産婦人科も兼ねているのだ。もちろんお産婆さんもいるけど、今回は前世の職業を生かした母が取り上げてくれるというので、安心して任せることができた。
 どれくらい陣痛と戦ったかわからないけれど、「おぎゃー!」という鳴き声が聞こえてきて、無事に生まれたことを知った。

「男の子よ、優衣」
「おお~、ありがとう、ママ、パパ……。あ、エアハルトさん……」
「よく頑張った、優衣……。今は疲れているだろうから、ゆっくりな」
「はい」

 しばらくはベッドから出たらダメだと両親に言われている。この世界には機械などないし、立ち仕事はさせられないからと。そこは日本と同じ、らしい。
 食事の支度はエアハルトさんと母がしてくれて、私はすることがない。ポーション作りすらさせてもらえなかったのだ。
 こればかりは仕方がないけど、神酒ソーマが足りるか心配になってしまう。まあ、結局は、私が動けるようになるまで、在庫は大丈夫だったけどね。
 お客さんである冒険者のみなさんがお祝いをしてくれて、義両親、そして義弟たちもお祝いしてくれた。みなさんがくれたものは産着や布団、布のオムツやおもちゃだ。そしてベビーベッドは【アーミーズ】がくれた。
 どれもこれから必要なものだから、本当に助かった。
 まあ、ここからが大変だったんだけどね!

 ローデリヒと名付けられた長男は、とにかく元気な子だった。よく笑い、よく泣き、よく寝る子だった。
 寝ている間はいいけど、起きるととにかく元気に動く。母が作ってくれたモビールを見て手を伸ばして触ろうするし、まだ起き上がれないというのに、起き上がろうとするし。
 だから、私かエアハルトさんと二人の従魔たちが常に見張っている状態だった。
 そして泣き始めるととにかく大きな声で泣く。防音の結界が張ってあるから外に漏れることはないけど、本当に大きな声で泣くものだから、喉が心配になってしまうくらいだ。
 ただ、それは機嫌が悪いからなのか、おっぱいなのか、おむつなのかがわからない泣き方だったから、とにかくローデリヒの特徴を掴むまでは大変だったのだ。
 どうしたらいいかわからなくて、母やマドカさん、お義母さんに聞いたこともあるし、手伝ってもらったこともある。

「あらあら。エアハルトのときと同じねぇ、ローデリヒは」
「そう、なんですか?」
「ええ。エアハルトもよく泣いて笑って、手足をばたつかせていたわね。さすが親子だわ」

 懐かしいわ、と笑ったお義母さんは、エアハルトさんのときにしていた対処を覚えていて、それを私に教えてくれたのだ。それからだよ……ローデリヒの扱いがうまくなったのは。
 エアハルトさんもそれを聞いて恥ずかしそうに耳を赤くしていたけど、庭で従魔たちと遊ばせるようになってからは、機嫌が悪くて泣く……ということが減っていった。
 そして三年後に長女のクリスティンが生まれたが、比較的楽だった。母曰く、女の子というのもあるという。
 さらに三年後ハーラルトが生まれ、もしかしら……と思ったけどそんなことはなく、ハーラルトはともおとなしい子だった。さらにその三年後に次女のアンナが生まれたが、アンナはローデリヒと同じだった。
 それぞれが一度は経験した子育てが役に立ち、子どもを産むごとにどっしりと構えていられたのが救いかな。あと、アレクさんとナディさんたちの子どもたちや、私の弟妹にあたる子もいて、母を交えて一緒に相談しながら子育てをしたから助かっていたことも大きいと思う。
 そうでなければ、きっとどこかで子どもにつらく当たったり、心が疲弊していたと思う。
 そういう意味では、近くに【フライハイト】や【アーミーズ】のメンバー、両親と義両親がいてくれたのは感謝しかない。

 彼らが大きくなって、それぞれがやりたいことを口にしたとき、性格が出たなあって思ったよ。

 それぞれの子どもたちが自分の道を決めて、成人したあとは私たちに相談しながら歩み始めた。それまではとにかく大変で、だけど賑やかな楽しい家庭だった。
 笑いが絶えないっていうのはいいことだなあって、このとき初めて思ったっけ。
 子どもたちには孤児だったことは話したけど、転移してきたことは話していない。言ったところで、いまさらな話だし、意味がないから。
 それは、エアハルトさんと話し合って決めたことだった。


 懐かしい夢を見たなあ……って、神界から地上を眺める。視線の先には、薬師になって頑張っている孫とひ孫たち。
 三人で一生懸命、薬草をすり潰し、神酒ソーマを作っているのだ。

「頑張ってね」

 聞こえないとわかっていても、つい声をかけてしまう。けど、三人には聞こえたんだろう。きょろきょろとあたりを見回したあと三人で目を合わせ、力強く頷いていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。