転移先は薬師が少ない世界でした

饕餮

文字の大きさ
上 下
157 / 178
番外編

魔王は存在しません

しおりを挟む
 子供たちが成人し、それぞれ一人立ちしたあと、次男に店を任せてのんびりと薬草の世話をしているときだった。難しい顔をしたエアハルトさんが近寄ってきて、溜息をつく。

「どうしたんですか?」
「いや……なんか陛下から呼び出しが来た」
「王様から? エアハルトさんだけですか?」
「いや、SSランク以上全員だ。もちろん、優衣も含まれている」
「あ~……」

 そういえば、私もSSランクだったんだと、今さらながら思い出す。エアハルトさんはSSSランクに上がったけど、私はSSランクのままだ。
 まあ、冒険者じゃないからね、私は。そんなこんなで店に行き、息子に声をかける。

「ハーラルト、お父さんと一緒にお城に行ってくるね」
「なにかあったの?」
「わからないけど、SSランク以上の冒険者全員が呼び出しだって」
「おやまあ。従魔たちも連れていくんでしょ? 気をつけて行ってきて」
「わかったわ」

 苦笑しながらも、次男のハーラルトは手を振って私を見送る。そのまま家に戻ると従魔たちと眷属たちを呼び、エアハルトさんやアレクさん、ナディさんと一緒に城に向かった。
 通された場所は、以前話し合いをした会議室だ。

「忙しいところすまぬ。ちと問題が起こっての」
「問題、ですか?」
「ええ。〝魔王〟と名乗る者が出現いたしました」
『…………は?』

 宰相様の言葉に王様は溜息をつき、私たちは全員目が点になった。
 なんというか、この世界に魔王はいない。魔王イコール神族のになるからだ。単独で魔王と名乗るのは、はっきり言ってありえないのだと、アントス様の知識が教えてくれる。

「どこのバカですか?」
「わからぬ。それを調査してほしいのだ」
「どこかに新たに魔神族の国が興ったという話ではないんですか?」
「それが……」

 宰相様いわく、王様宛てに手紙が届き、さすがにそのまま渡すわけにはいかないからと手紙を検めると、溜息をつくような内容が書かれていたという。

「それを今から読み上げますので、意見を聞かせてください」

 宰相様の言葉に全員が頷く。すると、すぐに内容を読み始めた宰相様。
 簡単に言うと、魔王と名乗っている人物は北大陸から渡ってきた人族で、召喚された人の子孫だという。先祖の恨みを晴らすべく、大陸を滅ぼしに来たらしい。
 ……なんというか、頭は大丈夫かと言いたい。

「それで、その人物はどこに潜伏しているんだ?」
「初級ダンジョンの第一階層らしいのです。この手紙によると、最下層まで行きながら自分の配下を作ろうと思っていたらしいですが、目撃者によると、初級ダンジョンでテイムできなかったそうです」
「え? スライムですら?」
「ええ。しかも、そのスライムにこてんぱんにやられて、仕方なく第一階層の入り口付近に留まっているようです」

 宰相様の言葉に、あちこちから忍び笑いが漏れてくる。そのうち王様が我慢できなくなったみたいで、大声で笑い始めたものだから、私たちも釣られて笑ってしまった。

「くく!! そんなにに弱いなら、ほっといてもいいんじゃないか?」
「そうなんですが、新人冒険者よりも弱いと推定されますが、はっきり申し上げますと邪魔なのですよ。魔王だなどと触れ回り、ダンジョンに国ができたと勘違いされても困るのです」
「ああ……確かに。他国に示しがつかないだろうし」
「ええ。それもあってその場で排除していただいても構いません」
、排除されるべき存在だしな」
「はい」

 代表でSSSランクのヘルマンさんとスヴェンさんが宰相様と話をしてくれているんだけど……すっごく物騒な話をしているよね! これだったら別に私は必要なかったかもなあ……と若干遠い目をしつつ、みなさんの話を聞いていた。
 そして誰が行くのかなどの話し合いをした結果、各パーティーリーダーと、なぜか私が行くことに。なんでよ!

「俺たちに基本の薬草を教えてほしいんだよ」
「知らない奴もいるからな」
「俺たちから初心者の冒険者に教えることもできるし」
「ああ……そういう理由ですか。それなら納得です」

 たぶんそれだけじゃないんだろうけど、私は薬草の基本を教えつつ、採取をしててくれればいいと言われてしまえば、頷くしかなかった。そろそろスライムゼリーがなくなってきていたし、ちょうどいいかも!

 ということで、初級ダンジョンに潜る当日。

「ああ、あいつか」
「無茶苦茶弱そうなおっさんだなあ……」

 ダンジョンに潜ってすぐ、スライムと格闘していた貧相なおっさんがいた。しかも、スライム二匹にボコボコにやられていて、とうとう座り込んで頭を抱え、ガタガタと震えている。
 面立ちは日本人っぽいのに、なぜか黒髪じゃない。まあ、子孫と言っているし、召喚されていたのが二千年以上前の話になってきているんだから、子孫はもうこの世界の住人であり、世界のことわりの枠に入っているんだろう。

「リン、あっちに行って薬草を教えてくれ」
「あのおっさんはどうするんですか?」
「俺がなんとかする」

 とても冷たい目でおっさんを見ていたスヴェンさんが、そんなことを言う。きっと、物騒な意味での〝なんとか〟なんだろうと察した。

 私に見せたくないんだろう……人を殺すところを。

 だからおとなしくスヴェンさんとヘルマンさんの指示に従い、おっさんの姿が見えない場所まで行く。すると、しばらくしてから悲鳴らしき声が聞こえてきて、内心で溜息をついた。

「リンちゃんが気にすることはないぞ?」
「そうだな。アレはもと騎士である俺たちの仕事だ」
「それに、リンちゃんは冒険者じゃないしな」
「それよりも、薬草を教えてくれよ」
「ヘルマンやスヴェンばかりに教えてばっかでずりぃぞ!」
「わ~、すみません! 今から教えますから、今度採取依頼を出してもいいですか?」
「「「「「任せておけ!」」」」」

 私の気をそらせるためか、すぐに各パーティーのリーダーの中で、薬草がわからない人たちが話しかけてくる。私もそれにのっかって、すぐに採取の仕方と薬草を教え、一緒に採取した。

「なるほどなあ。ミントくらいしか知らなかったが、結構あるんだな」
「そうですね。ただ、このダンジョンで採れるのは初歩のポーションしか作れないものなので、新人さんが最初に覚えるには最適だと思います」
「だな。確か、医師の薬にも使われている、基本の薬草なんだろう?」
「そうです。あとは全部のダンジョンや森にも生えている、赤いキノコと青いキノコが風邪薬と解熱剤の材料になりますよ」
「あれなら教えれば、新人でもわかるようになるな」
「ああ。特に冬の時期になると大量に必要になるから、新人が稼げる率が上がるし」
「だな」

 リーダーたちいわく、薬草やキノコ採取は冒険者になったばかりの新人がやる依頼なんだそうだ。農村や村で暮らしていた子たちは詳しいからすぐに採取に向かえるけど、町や王都で暮らしていた子ではそういうのがわからないらしい。
 ギルドには図鑑があって、それを調べてから行くものの、中には似通ったものがあるから、間違って採取してきてしまうという。
 特にキノコ類に関しては間違う確率が高いので、失敗扱いになってしまうこともしばしばなんだそうだ。

「まあ、キノコに関しても、今は特に問題ないもんなあ」
「そうですね。万能薬やポイズン、パラライズを作るのに必要ですから」
「ああ。リンちゃんが王都に来てから、他の薬師も張り切りはじめたからな」
「助かるよな。前はポイズンくらいしか作れなかった薬師が、ストーンやフィアーも作れるようになったんだから」

 リーダーたちがわいわいとこれまでの薬師の話をしている。私が来る前の薬師たちは、せいぜい頑張ってもパラライズまでが限度で、それ以上になるフィアーやストーンなど、中級以上のダンジョンにある罠のために必要になってくるポーションが作れなかったそうだ。
 ところが、見た目が少女の私が来て、伝説ともいえる神酒ソーマや万能薬などの上級と最上級ポーションを売り出したものだから、奮起したんだって。もちろん、王様や懇意にしている貴族から発破をかけられたことも原因のひとつだろう。

 この世界に来て、なんだかんだと五十年。私が来た当初よりも、薬師の腕が上がっているのは間違いないけど、それでも未だにハイ系までが限度ってどういうことなのかな⁉
 息子ですらやっと万能薬とハイパーが作れるようになったのに!
 なにか原因があるのかなあ……。やっぱりあの不器用設定が原因なんだろうなあ……。

 そんなことを考えながらスヴェンさんとヘルマンさんたちが来るのを、採取しながら待ったのだった。


 後日聞いた話なんだけど、〝処理〟する前に、一応あのおっさんから話を聞いたそうだ。魔王という存在について誰から聞いたとか、どこから来たとか。
 おっさんいわく、手紙の通りに北大陸から来たことと、北大陸のとある国から来たけど、そこの男爵家から聞いた話だそうだ。
 もちろん、魔王はこの世界に存在しないこと、魔王とは魔神族の王のことを指すと話たんだって。そして魔神族でもないおっさんが王になるのかと聞かれるとおっさんはとても驚いて、「そんなつもりはなかった!」と言い訳を始めたらしい。
 どのみち王様から処理を命じられているし、ダンジョンを私物化したという迷惑行為により、結局おっさんはその場で斬られ、タグだけを持って帰ってきたという。
 タグを王様に渡し、話を聞いたという男爵家がある国に抗議。その国の王や上層部はそんな大それたことを仕出かしていたと知らなかったらしく、すぐに謝罪と共に男爵家の処罰を決定したんだって。
 まあ、男爵家は取り潰され、処刑されたらしいけどね。
 そして王族や上層部にとっては当たり前の知識でも、庶民や貴族はそういったことを知らないことが多いからと自国と周辺の国ににも周知してもらったらしい。

 まあ、元々〝魔王〟という存在がいないことは知られていたから、そのおっさんがよっぽど特殊な環境で過ごしていたか、処刑された男爵がなにかしたんだろうという結論に達し、他国でも笑い話になったという。

 それ以降もたまーーーに魔王を名乗る存在がいたらしいけど、すぐに騎士に連れて行かれて〝処理〟されたという。

 なんだろう……この世界にも、中二病があるんだなあ……と思った出来事だった。

しおりを挟む
感想 2,058

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。