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書籍発売記念小話

王太子のその後(王太子妃視点)

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「はい?」

 ある日、陛下が今すぐわたくしに会いたいとおっしゃりました。滅多なことでは慌てない陛下がそう仰ったのです……きっと、夫がまた気に入った相手に悪戯をしかけたのだと思いました。
 そのときはとても軽く考えていたのです……いつもの通り、誠心誠意、謝罪をすればいいと。
 ですが、陛下からお話を聞いたわたくしは青ざめました。まさか、陛下と複数の侯爵家が後ろ盾になっている平民の薬師を守護している神獣を――それも八匹すべてを怒らせたと。
 しかも、二度も。

「その薬師はリンというんだが、ローレンスの腕を治した凄腕の薬師なのだ」
「まさか、最高レベルの神酒ソーマを作って献上したという方ですの?」
「ああ。どうやら貴族にも迷惑をかけられていたようでな……かなり嫌っていた。それなのに、儂や宰相を前にしても、緊張するだけできちんと話をしてくれる子だった。なかなか胆の据わった、気持ちいい子だったぞ」

 にこやかにそう語る陛下に、驚きを隠せない。平民はわたくしたち貴族と会うことなど滅多にないから。しかも、王族を相手にきちんと話をしてくれたというのです。
 そして、珍しい紅茶の飲み方やお菓子、料理を教えてくれた子だと聞いて、義弟であるローレンス様からも「とても優しい、身分に囚われることなく、本人を見る子ですよ」と聞いておりましたから、俄然興味が湧いたのです。
 彼女と会う機会は、ローレンス様の婚姻まで待つことになりますが。
 それはともかく、平民といえども、夫が仕出かしたのであれば、謝罪しなければなりません。なにがいいか考えたのですが、「金銭や品物よりも、薬草のほうが喜ばれる」と陛下からお聞きしまして、我が国や他国にある、珍しい薬草を取り寄せ、リンに贈ることにしました。
 そして陛下から晩餐のお誘いを受け、食堂で食事をしていたときのことです。わたくしたちが住まう王太子宮から、轟音が聞こえたのです。
 その音を聞いて、陛下は青ざめました。理由をお聞きすると、リンをからかって神獣を煽り、宮を破壊できるものならばしてみろと、夫が言い放ったというのです。
 それを実行したのではないかと。
 すると、そこに神々しいまでの姿をした、とても大きな狼が――神獣・星天狼シリウスが現れました。その背には見たことがない小さな蜘蛛と、綺麗なグリーン色のスライムがおりました。
 陛下によると、彼らもリンの従魔で神獣だと聞いて、驚いたものです。

<一度ならず二度もリンを利用したからな。その報復に来た>
<怪我人はいないから安心して>
<王太子ガ使ウ場所ダケ破壊シタカラ>
『え゛!?』

 言いたいことを言った神獣たちは、すぐにその姿を消しました。そして慌てて調べようとしたところに騎士と侍従、侍女が報告してくれたのです。
 夫が使っている執務室が瓦解したと。
 誰もいなかったことから怪我人はおりませんが、見事にその執務室だけが破壊されていると。
 それを聞いて、全員が夫を見ました。もちろん夫は青ざめておりましたが。

「クラウス、やってくれたな」
「う……」
「神獣を怒らせるなとあれほど言ったのに。しかも平民であるリンを巻き込んだ挙げ句、利用するとはどういう了見だ?」
「……」

 その場で神獣と陛下に叱責されたというのに、夫は反省しなかったそうです。しかも、蜘蛛から強烈な毒を喰らい、それをリンに治していただいたにもかかわらず、リンを利用したというのです。
 それを聞いたみなさまが顔を顰めました。そして陛下が厳しい目をしたまま、夫に向き合います。

「その性格を治さない以上、お前を王太子にしておくわけにはいかん。しばらく王太子の位を剥奪したうえで、王太子領で謹慎だ」
「……はい」
「期間は二百年。その間に治さなければ、そなたの息子が王太子になると心得よ」
「はい」

 王妃様も頷いておいでです。そしてその期間を長いと感じましたが、それは第一王子である、わたくしの息子の成長期間でもあるということです。
 もしその期間中に〝自分が気に入った人物をからかったり、悪戯をしかける癖〟を夫が治さなければ、王太子は息子になるということでもあるのです。
 夫もそれをわかっているのでしょう、神妙な顔をして頷いていました。もちろん、わたくしも、しっかりと夫と息子たちを教育しますとも。
 王太子宮の修理費と、夫が煽った結果王宮の一部を破壊された資金は、夫の個人資産から出すことになっているそうです。夫が仕出かしたことですから、税を使って直すわけにはいかないのでしょう。
 「資産が減る」と夫は嘆いておりましたが、自業自得です。神獣を怒らせていながら、夫も国も無事なのです。そこを感謝しなければなりません。
 きっと、リンという女性はこの国を気に入ってくださっているのでしょう。そうでなければ、この国に家や店を構えることなどないはずですから。
 夫の教育は、側室様たちとも協力しないとなりません。彼女たちも夫のその性格をしっかりと叱っておいででした。
 けれど、夫はそれを笑って相手にもしなかったので、側室様たちや息子たち、そして娘たちから嫌われております。そのツケが来たのだと、わたくしは思いました。
 そういうことをしなければ、王族としても夫としても、そして父親としてもいい人なのですが、如何せんそういった態度をなさる方ですから、拗れてしまった夫婦関係、そして親子関係を修復するのは大変でしょう。
 それもこれも、すべては夫の自業自得です。そこは本人の努力でなんとかしていただきましょう。

 三日後、側室様を含めた全員で、王太子領に出発いたしました。王都から馬車で三日ほどかかるところにありますの。意外と近いですが、産業としても重要な位置にございますから、適度に離れていて、尚且つ王族の逃げ場所であり、もしものときのための、仮の王都になる場所でもあります。
 そんな事情はさておき。

「クラウス様、わかっておいでですわね?」
「神獣様や陛下とのお約束ですもの」
「しっかりとその性格を治さないと、今度こそ、本当に息子たちや娘たちに嫌われ、神獣様に亡き者にされましてよ?」
「わかっている。そなたたちの信頼を裏切ってきた私だ。だから、まずは信頼を回復しつつ、この性格をなんとかしようと約束する」
「「「よろしくお願いいたしますわ」」」

 まずは妻として、わたくしたちからしっかりと釘を刺しました。それから側室様たちとお茶会をいたしましたの。
 わたくしたちはとても仲がいいのですわ。まあ、夫があの性格ですから、仲良くなったともいいますが。
 そのお茶会の席で夫が仕出かしたことと、薬師にお詫びとお礼をしたいとお二人にお話いたしましたところ、快く頷いてくださいました。薬師であることから、やはり薬草を贈ったほうがいいとの話になり、側室のお一人である方の領地は薬草を栽培しておりますから、彼女の領地から珍しいものを取り寄せてくださると、手配してくださいました。
 ありがたいことです。
 そしてリンが教えてくださった紅茶や料理、お菓子の話もしますと、とても驚いておりました。料理人が伝えてくださったと思いきや、薬師が伝えたものですからね。
 そこからどのようなお菓子が気に入っているとか、料理はどれが美味しかったとか。脱線しつつ、たくさんお話をいたしました。
 そしてそこに執務の休憩にと夫を呼び、四人でたくさん話をしたのです。
 夫が悪戯をしたりからかったりしたのは、こういった対話が少なかったことも原因のひとつだと考えたのです。
 それは当たりでした。夫は、話をするのが下手だったのです。それを三人で察してからは、急かすことなくゆっくりと話をいたしました。
 それを皮切りに、夫が変わりました。それを見て子どもたちも父親に寄り添うようになり、徐々にではありますが、父親として尊敬するようになったのです。
 しっかりと反省した夫は、執務も、家族との団欒も、そして使用人との交流もしっかりとするようになりました。
 わたくしたちだけではなく、領地の民の話も聞くようになりました。
 そこからなにが問題なのか、なにが必要なのかの情報を精査し、仕事を与えたのです。もちろん、教育も熱心に頑張りはじめました。
 一部の貴族からは、平民に教育はいらないなどと、蔑む方がおります。ですが、わたくしも夫も、陛下と同じように、平民にも教育が必要だと考えたのです。
 平民にも、きっと優秀な官僚になる者がいるからと。
 反対している貴族は、それが自身にとって代わられることを恐れての反対なのです。まあ、反対している者すべてが、不正をしたり能力が低い者たちばかりなのが笑えますが。
 時々、不正をしていた貴族が急に亡くなったり、家がお取り潰しになったりということがありました。陛下や宰相が頑張ってくださっていたのかと思いきや、リンにちょっかいをかけた挙げ句神獣を怒らせて消された結果とのちに陛下に伺い、乾いた笑いしか出ませんでした。
 だからこそ、納得いたしました。リンや神獣たちが貴族をとても嫌っているということを。

 そして、やっとリンに会う機会が訪れました。それはローレンス様の婚姻式でです。
 ローレンス様のパーティーメンバーでもあるというリンは、小さな、そしてとても素敵で可愛らしい女性でした。そして陛下が仰っていたように、物怖じしない方でした。
 わたくしたちを気遣っていただいただけではなく、こっそりと神酒ソーマや万能薬、ハイパーポーションとハイパーMPポーションをくださる方でしたの!
 そのすべてが、最高レベルである5だったのは、驚くと同時に震えました。
 陛下が、そして複数の上位貴族が後ろ盾になり、複数の神獣が守護するだけある、実力のある薬師だったのですから。
 神獣たちもリンも、お互いを大事にしておりました。わたくしは、そのことに安堵いたしました。わたくしたちが裏切らない限り、リンがこの国を出ることもなければ、神獣たちがこの国を滅することもないと。
 そして夫もしっかりと反省したとリンに話しており、神獣からも釘を刺され、しっかりと頷いております。これならば、夫は変わることができる――そう確信することができました。

 二百年という時間は夫に王族としての誇りと仕事を思い起こさせ、性格を矯正することができました。そして、わたくしたち家族と和解することもできました。
 それはすべてリンと神獣たちがいたからこそです。
 もしリンや神獣と出会っていなければ、遅かれ早かれ、夫は病気療養という名の幽閉か、秘密裏にをされていたでしょう。そして第一王子が王太子として、立太子していたことでしょう。
 家族と再生もできないまま。

 そこは時間をくださった両陛下と、きっかけとなってくださったリンと神獣に感謝です。

 そして陛下は夫が更正したと判断したのか、王太子の位を戻しました。陛下に許されたことで王太子領から王宮に戻った夫は、両陛下を支えました。
 充分にできると判断なさった陛下は、自分が元気なうちにと夫に譲位なさったのです。
 そして、陛下に代わってリンの後ろ盾も引継ぎました。

 それはリンが神となったとアントス神から知らされたあとも、夫が病を得て先に亡くなって息子が王になり、リンが亡くなるまで王家はリンの後ろ盾となりました。
 そしてその子孫だけが神酒ソーマを作れるとわかってからは、王家はずっと、彼らの後ろ盾となり、護り続けたのでした。

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