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2巻
2-3
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そう思って聞いてみたら、名前すらつけてもらえず、フォレストタラテクトと呼ばれていたそうだ。
それはいくらなんでも酷すぎない?
まさか、他にテイムした魔物にもそんな扱いをしていたのかな……
それも聞いてみたら、その通りだと頷かれた。
しかも、魔物が怪我をしてもポーションが勿体ないからと使わず、契約を解除してその場に放置してきたらしい。
……こんなことを言ったらダメだと思うんだけど、そのテイマーが亡くなったのは自業自得だとしか思えなかった。
それから蜘蛛をじーっと眺める。
よく見ると、黒だと思ったら黒に近い紫色だった。ラズによると女の子。
「名前かあ……。うーん、紫……ヴィオレット……スミレ、はどうかな?」
〈シュシュ、シュシュシュッ♪〉
〈気に入ったって〉
「そっか、ありがとう。よろしくね、スミレ。……って、なに⁉」
スミレが喜んだ様子を見せた瞬間、足下に魔法陣が現れた。
そして光りながら私とスミレを包み込み、一際輝いて消えた。
「リン……お前さん、また従魔を増やしたな……?」
ヘルマンさんの呆れたような声に驚く。
「え……じゅ、従魔⁉」
まさか、さっきのって、従魔契約の魔法陣だった⁉
「私、テイムのスキルなんて持ってないですよ⁉」
「スキルがなくても、お互いが合意しているなら契約できるんだよ。ラズのときもそうだったんじゃないか?」
「そういえば……」
ラズと契約したときも魔法陣が浮かび上がったような……
「まあ、元は危険な魔物だが、従魔になったんなら大丈夫だろう。スミレ、ラズと一緒にリンを護ってやってくれ」
〈シュー♪〉
ヘルマンさんにひょいっと片手を上げて応えるスミレ。
歩くのが大変だろうからとリュックの上にのせようとしたら、私の肩のところに登ってきた。
せっかく従魔になってくれたのだから、なくなってしまった脚も治してあげたい。
ハイポーションじゃ無理だったけど、神酒ならできるかも。
それを伝えたら、スミレは嬉しそうに飛び跳ねた。そしてラズも。
可愛いなあ!
「落ちないようにね」
〈シュ〉
ラズのように言葉はまだ話せないようだけど、従魔になったからなのか、なんとなくなにを言っているのかわかる。
今は、わかったと頷いたみたい。
これなら意思の疎通も大丈夫だと安心した。
スミレが従魔になったことで、戦闘がかなり楽になった。というか、ラズとスミレのコンビが凶悪で最凶すぎた。
決して最強ではない。それ以上なのだ。
ラズが触手で魔物を捕まえ、スミレがガブッとひと噛みで一撃とか。
逆にスミレが糸を吐き出して捕まえ、ラズがそれを取り込んで溶かすとか。
ときにはスミレが捕まえたものを私が倒すのだけど、ラズとスミレが喜んでくれるから、私も嬉しくなる。
採取をするときも、ラズとスミレのコンビネーションは抜群。
二匹が楽しそうに話しているのを見るのは癒される~。
「デスタラテクトがこんなに懐くとはな……」
「主人と認めたら従順になると噂にはきいていたでござるが……」
戦闘を終えてドロップアイテムを拾っていると、ヘルマンさんとカズマさんがそんなことを言ってきた。
私だって驚きだよ。
そして再びセーフティーエリアに向かいながら、亡くなったテイマーのギルドタグを探すことに。それは、ヘルマンさんとカズマさんが話し合って決まった。
ダンジョンで亡くなると遺体はダンジョンに取り込まれてしまうけど、装備品やギルドタグなど、持っていたものはその場に残されるんだって。
もしそれらを見つけたら、冒険者ギルドに報告しないといけないそうだ。
報奨金とかは出ないけど、遺品は遺族に返してあげられるから。
「誰かが拾ってくれていればいいでござるが……」
「まあ、この階層はそこそこの数の冒険者がいるものね。拾われている可能性もあるけれど……」
「そうやな、強盗をする者でなければええな。Bランクになり立てやとわからんけど」
「ああ。ただ、殺されたっていうのが気になる」
「そうでござるな。そやつが持っている可能性もあるでござる」
おそらくBランクになり立ての冒険者が犯人だろうな、と『猛き狼』とカズマさんが話している。Bランクになったばかりの冒険者は荒くれ者が多いんだって。
人を殺したり、装備品を盗む冒険者もいるのか……と内心で溜息をつきながら、スミレに案内してもらって、テイマーが亡くなった場所へと移動した。
結果的にその場所には装備品などはなかったのだけど、その日の夜にセーフティーエリアで、ギルドから派遣されたというBランク冒険者がテイマーの装備品を持っているのを発見したのだ。
これで一件落着だと思っていたら、ヘルマンさんたちは訝しげな様子でその人を見ている。
すると彼は、私がスミレを引き連れていたからかしつこく絡んできた。スミレが欲しいからテイマーを殺したんじゃないかとまで言ってくる。
だけど、ヘルマンさんたちが冷静に、私は今日ダンジョンに来たところで、さっきスミレと契約したばかりだと反論してくれた。
そしてよくよくその冒険者と話したところ、彼のほうが早くダンジョンに入っていることが判明。私への疑いは綺麗に晴れた。
……にもかかわらず彼は、謝罪しない上に私を含めた女性たちをいやらしい目で見てきた。
なんだかムカつく!
「謝罪もしないなんて最低ですね」
私が言うと、他の女性たちも彼を責める。
「なんなら戦ってもいいわよ?」
「あんたが、Sランクのうちらに勝てるんかいな?」
ローザリンデさんやデボラさんにも言われ、周囲にいた冒険者からも冷たい目で見られた彼は、そそくさとセーフティーエリアから出ていった。
謝罪くらいしなよ!
「あのBランク冒険者、怪しいな……。ギルドに報告しておくか」
「そうでござるな」
「俺がしておこう」
剣呑な様子でヘルマンさんとカズマさん、フレッドさんが話している。
どうしたのか聞いてみると、上級ダンジョンで捜索をする場合、Sランク冒険者が派遣されることが多いんだって。
ヘルマンさんもカズマさんもBランク冒険者が派遣された例を知らないようで、怪しんでいるそうだ。
何者なんだろう……と思ったけど、その後は特になにもなかったので、まずはご飯。
今回は柔らかいパンと、歯ごたえのあるボアのお肉を使った照り焼きバーガーだ。
あと、ダンジョン内でとれたアボカドを使ったサラダと、乾燥野菜とキノコのスープ付き。
他の冒険者が美味しそうな匂いとみんなが食べる様子につられてこっちを羨ましそうに見てたけど、作りませんよ?
私はこのパーティーの料理担当だからね!
……まあ結局材料はあるから教えてほしいと頼まれて、一緒に作ることになった。
お礼として薬草や魔石、飴をいただいたよ。なんで飴……
そしてご飯が終わり、片付けをする。
これからスミレの脚を治すのだ。
上級ダンジョンである以上、戦闘を避けることはできない。
怪我をしたままで戦わせるなんてことは私にはできないし、せっかく神酒を持っているんだから、使わない理由はない。
「スミレ、お待たせ。これからスミレの脚を治すからね」
〈シュー……〉
スミレから本当にいいの? といった感情が伝わってくる。
「気にしなくていいんだよ~」
もちろんいいに決まってる。
「上級ダンジョンは危険でしょう? スミレを危険な目に遭わせたくないし、万全な体調でいてほしいんだ。ラズもスミレも、私の家族になったんだから」
前の主人からさんざん酷い扱いを受けてきたんだろう。
ポーションを使われることに、抵抗を感じてしまっているみたい。
私はそんな酷いことしないし、遠慮もさせたくない。従魔とはいえ、家族になったんだもん。
私は弱いかもしれないけど、それでも二匹を護りたいと思う。
神酒をスミレの体にふりかけ、念のために少し舐めてもらった。
すると、スミレの体が薄紫色に光った。そして、なくなってしまっていた脚の部分が一層輝く。
光が消えたころ、スミレの後ろ脚は怪我などなかったかのように、綺麗に治っていた。
「スミレ、どう? 痛いとか、なんか変な感じとかする?」
〈シュー……シュッ、シュシュッ!〉
スミレは脚を動かしたり、あちこち動いたりしている。変なところがないか確認をしているんだろう。
しばらくそのまま様子を見ていたら、大丈夫とありがとうという感情が伝わってきた。
「そっか。よかったぁ! どういたしまして」
スミレは自由に動けるようになったのが嬉しいみたい。ラズと一緒に楽しそうにぴょんぴょん跳ね回っている。
和むなあ……!
脚が治って嬉しそうなスミレを見ると、薬師になってよかったと思う。
治療が終わったので、もう寝ることに。
ヘルマンさんたちとラズとスミレは、三人交代で野営をしてくれる。
「さっさと寝ろよ」とヘルマンさんに言われ、テントの中に入り込んだ。
今回はラズとスミレが入ってこれるよう、入口を半分だけ閉めて寝ることにする。
本当はしっかり閉めていないと危ないんだけど、ラズとスミレがいるから大丈夫。
凶悪だからねー、二匹の連携は。
寝る前に、今日採取した薬草でポーションを三十本ずつ作った。
これだけあったら「売ってくれ!」って突然言われても大丈夫そう!
店を空けていた間にポーションが買えなかった人のことを思うと、胸が痛んでたんだよね……
これで心置きなく眠れるけど、それでもダンジョンの中なので、熟睡はできない。
なんて思ってたんだけどなあ……
しっかり熟睡してから起き、朝ご飯を作る準備をする。
今日は試しにおにぎりを振舞ってみることにした。
中身は蕗に似た野菜をきゃらぶきにしたもの。
一応ヘルマンさんたちに確認はしたよ? 食べられないようならパンにしますからって。
だけど、食べてみたいそうだ。
「おお、これはいいな」
「腹持ちがよさそうでござる」
「腹持ちはいいですよ? ただ、おかずによっては食べすぎちゃうのが難点ですね」
みんなお米が気に入ったらしく、すごい勢いでおにぎりを食べている。
それにしても……念のためお米をたくさん持ってきてよかったよ……
冒険者なら絶対に食いつくと思ったんだよね、腹持ちがいいから。
「よし。リン、昼もこのコメってやつで頼む」
「わかりました。ただ、私がお米を調理できることは、できれば内緒にしてほしいです」
この国には、私以外食べ方を知らない食べ物がたくさんある。
私がいろいろ知っていると他の人にバレたら、危険な目にあうかもしれない。
注意するに越したことはないよね。
そんなこんなで朝食を終え、テントも片づけてから大鎌を背負うと、他の冒険者がざわついた。
大鎌を持っている私に驚いたみたい。
そしてそのうちのひとつのグループが近づいてきた。
いつもポーションを買いにきてくれる、Sランク冒険者の『蒼き槍』たちだ。
男性五人のパーティーで、みんな色々な武器を持っている。
「よう。『猛き狼』にカズマじゃないか」
「よう、スヴェン。今日は浅い階層にいるんだな」
「ああ。怪我をしたやつが復帰したばかりだからな。それと武器を新調したから、その肩慣らしと訓練だ。お、リンも一緒なのか。パーティーに加入したのか?」
「違う違う。今回はリンの護衛依頼なんだ」
仲よく会話するヘルマンさんと、『蒼き槍』のリーダーであるスヴェンさん。
『猛き狼』と『蒼き槍』は、拠点が隣同士だからなのか仲がよくて、たまに一緒に組んでダンジョンに潜ったり、ご飯を食べに行ったりしてるんだって。
それにしても、『蒼き槍』のみなさんは筋肉がすごい。
ムキムキというか、ガチムチマッチョです。
素敵な筋肉をありがとうございます。眼福です!
「リンはこんなにちっこいのに、薬師になってるなんて偉いなあ……っていつも思ってたんだよ」
じーっと筋肉を見つめていたら、スヴェンさんに話しかけられた。
「ちっこいって……。これでも成人してるんですよ?」
最終的にはいいこいいこと頭を撫でられ、微笑ましそうな顔をされてしまった。
ぐぬぬ、だから私は成人してるんだってば!
そんな気持ちを込めて、じとっとスヴェンさんを見上げると、彼は私の頭から手を離して尋ねてくる。
「リン、ハイとハイパーポーションを売ってくれねえか? 肩慣らしも終わったし、せめて第五階層までは潜りたいんだが、ポーションだけだと心許なくてな……」
「いいですよ。ただ、お店で売っているときと同じルールになっちゃうんですけど、いいですか?」
「構わない。ありがとな」
上級ポーションを出し、お金と交換する。
昨晩ポーションを作っておいて良かったな~。
『蒼き槍』も第五階層まで行くということで、一緒に戦闘をしたり採取をしたりしながら進んでいく。
そのときに『蒼き槍』の魔法使いであるアベルさんが、魔法の効率的な使い方を教えてくれた。
どうやら私は魔法を使うときに魔力を無駄遣いしているらしい。勿体ないからと魔力循環と、少ない魔力で威力を上げる方法をレクチャーしてもらった。
「魔力循環とは体内を巡る魔力を意識的にコントロールすることなんです。心臓のあたりを意識して、自分の魔力の流れを感じてみてください」
「はい」
目を瞑って流れを感じようと努力するけど、なかなかわからない。
それを察してくれたみたいでアベルさんが私の手を握る。
「これから私の魔力を流します。それを元に、自分の魔力を感じてみてください」
手から温かいなにかが流れてくる。なんていうのかな……春の陽射しのように、ポカポカと温かい。
アベルさんの魔力を辿っていると、徐々に自分の魔力の流れがわかった。
これが魔力循環かとなんだか不思議な気持ちになる。
アベルさんは他人の魔力を感じることができるようで、「その調子です」と教えてくれる。
私がコツを掴んだ時点でアベルさんの手は離れた。自力で魔力の流れを辿る。
「いいですよ。そのまま魔力を掌に集めてみてください」
うーん、これは難しい。
「えっと……こう、ですか?」
「そうです。お上手ですよ、リン」
アベルさんがアドバイスしてくれたおかげで、すんなりと魔力循環ができた。
今度は魔力を一箇所に集めたり拡散する練習をする。
あ、これってなんだかポーションを作るときに流す魔力の流れに似ている。
そう思ったらあとは早かった。
魔力循環はバッチリです!
それにしてもアベルさん、さすがはSランク冒険者。説明がとてもわかりやすい。
冒険者の間では天才魔導師とも言われているんだって。すごい!
練習が終わったから一度使ってみてほしいと言われ、タイミングよく襲ってきたフォレストタラテクトと戦う。
魔力循環を駆使してウィンドカッターを放った結果、フォレストタラテクトはスパン! と呆気なく真っ二つになり、光の粒子となった。
おお~、すごい!
今まで以上の威力。
「いいですね。その調子で頑張ってくださいね」
アベルさんは私ににっこりと微笑んでくれる。
「はい! ありがとうございます!」
魔法の威力が上がり、戦闘がかなり楽になったと、ヘルマンさんたちとカズマさんに褒められ、頭を撫でられた。
ぐぬぬ。
それからレクチャーしてくれたお礼にと、『蒼き槍』のみなさんに簡単な料理を教えつつ、昼ご飯を振舞ったら、いたく感動された。
特に気に入っていたのがお米で、そのおかずやお味噌汁も気に入ってくれたみたい。
だって、全員がすっごい勢いで食べて、おかわりしてたからね~。
そんなこんなで第五階層に到着し、『蒼き槍』のメンバーは地上へと戻った。
そして私たちは第六階層へと下りる。
「ふおー……海だ!」
下りてすぐ目の前に広がっていたのは、岩場と砂浜、海だった。
本当に海かと思って水をちょっとだけ舐めてみたら、しょっぱかった。
「ここではなにが採れるんですか?」
「海藻類と魚貝類やな。ただ、一部の魚や貝は食べ方がわからんのや……それで人気がないんやで」
デボラさんはそう言って、苦笑いをしている。
「え~? なんて勿体ない。だったら浜焼きをしましょうよ!」
「ハマヤキってなあに?」
「採れたての魚や貝を、すぐに焼いて食べるんです。金網と鉄板を持ってきているので、夕飯は浜焼きにしてみますか?」
「「「「「やりたい!」」」」」
ということで、今日の晩ご飯は浜焼きに決定です!
魔物を倒せば魚の切り身が出てくるし、カニの魔物を倒せばハサミと脚、味噌が出る。
他にも、私が知ってるものよりも一回り大きいウニやイカ、タコ、エビも出た。
かつおぶしや昆布やワカメ、大きなハマグリとホタテ、サザエ、アサリなどなど、たくさんの海藻や魚貝類が出た。
持って帰りたいから、私も頑張って倒したよ!
ただ、かつおぶしの削り器ってないのかなあ? あれがないとせっかくなのに食べられない。
見つかるまではナイフで削るか、しまっておこうと決める。
夕方まで頑張って戦闘をこなしたあとセーフティーエリアに移動し、いざ、料理開始!
大きめの竃ふたつの上に金網と鉄板をのせる。
実は、バーベキューがしたいと思ったときに使えるよう、ダンジョンに潜る前に金網と鉄板をゴルドさんに作ってもらったのだ。
今度一緒にバーベキューをする約束もしてます。
金網と鉄板が温まった段階で、ホタテ、ハマグリ、サザエと、他にも食材をのせる。
少しずつ周囲にいい匂いが漂ってきて、みんなの喉とお腹が鳴った。
「リン、まだか?」
「まだです。貝は蓋が開いたら食べられます。少し口が開いてきたからもう少しです……ほら、開いた。これで食べられますよ」
「「「「「おお!」」」」」
「熱いので、火傷に気をつけてくださいね」
最初に口が開いたハマグリに醤油を二滴ほど垂らしてから、全員のお皿にのせる。
ラズとスミレには殻から外して身だけにし、小さく切ったものをあげる。
「とても熱いから、気をつけるんだよ?」
〈うん♪〉
〈シュー♪〉
ハマグリを食べている間にエビとカニをひっくり返す。
イカは切り目を入れて丸まらないようにしてから網にのせ、醤油を垂らして焼く。
醤油が焼ける匂いは強烈だから、とてもお腹がすく。
そんなことをしていると、一人の冒険者がやってきた。ヘルマンさんたちの知りあいなのかな?
「ヘルマンにカズマじゃないか。いい匂いだな」
「おう、グレイじゃないか。飯か?」
「そうなんだが、今日も一人でな……」
「そうか。リン、コイツも一緒にいいか?」
「いいですよ」
「え、いいのかい?」
それはいくらなんでも酷すぎない?
まさか、他にテイムした魔物にもそんな扱いをしていたのかな……
それも聞いてみたら、その通りだと頷かれた。
しかも、魔物が怪我をしてもポーションが勿体ないからと使わず、契約を解除してその場に放置してきたらしい。
……こんなことを言ったらダメだと思うんだけど、そのテイマーが亡くなったのは自業自得だとしか思えなかった。
それから蜘蛛をじーっと眺める。
よく見ると、黒だと思ったら黒に近い紫色だった。ラズによると女の子。
「名前かあ……。うーん、紫……ヴィオレット……スミレ、はどうかな?」
〈シュシュ、シュシュシュッ♪〉
〈気に入ったって〉
「そっか、ありがとう。よろしくね、スミレ。……って、なに⁉」
スミレが喜んだ様子を見せた瞬間、足下に魔法陣が現れた。
そして光りながら私とスミレを包み込み、一際輝いて消えた。
「リン……お前さん、また従魔を増やしたな……?」
ヘルマンさんの呆れたような声に驚く。
「え……じゅ、従魔⁉」
まさか、さっきのって、従魔契約の魔法陣だった⁉
「私、テイムのスキルなんて持ってないですよ⁉」
「スキルがなくても、お互いが合意しているなら契約できるんだよ。ラズのときもそうだったんじゃないか?」
「そういえば……」
ラズと契約したときも魔法陣が浮かび上がったような……
「まあ、元は危険な魔物だが、従魔になったんなら大丈夫だろう。スミレ、ラズと一緒にリンを護ってやってくれ」
〈シュー♪〉
ヘルマンさんにひょいっと片手を上げて応えるスミレ。
歩くのが大変だろうからとリュックの上にのせようとしたら、私の肩のところに登ってきた。
せっかく従魔になってくれたのだから、なくなってしまった脚も治してあげたい。
ハイポーションじゃ無理だったけど、神酒ならできるかも。
それを伝えたら、スミレは嬉しそうに飛び跳ねた。そしてラズも。
可愛いなあ!
「落ちないようにね」
〈シュ〉
ラズのように言葉はまだ話せないようだけど、従魔になったからなのか、なんとなくなにを言っているのかわかる。
今は、わかったと頷いたみたい。
これなら意思の疎通も大丈夫だと安心した。
スミレが従魔になったことで、戦闘がかなり楽になった。というか、ラズとスミレのコンビが凶悪で最凶すぎた。
決して最強ではない。それ以上なのだ。
ラズが触手で魔物を捕まえ、スミレがガブッとひと噛みで一撃とか。
逆にスミレが糸を吐き出して捕まえ、ラズがそれを取り込んで溶かすとか。
ときにはスミレが捕まえたものを私が倒すのだけど、ラズとスミレが喜んでくれるから、私も嬉しくなる。
採取をするときも、ラズとスミレのコンビネーションは抜群。
二匹が楽しそうに話しているのを見るのは癒される~。
「デスタラテクトがこんなに懐くとはな……」
「主人と認めたら従順になると噂にはきいていたでござるが……」
戦闘を終えてドロップアイテムを拾っていると、ヘルマンさんとカズマさんがそんなことを言ってきた。
私だって驚きだよ。
そして再びセーフティーエリアに向かいながら、亡くなったテイマーのギルドタグを探すことに。それは、ヘルマンさんとカズマさんが話し合って決まった。
ダンジョンで亡くなると遺体はダンジョンに取り込まれてしまうけど、装備品やギルドタグなど、持っていたものはその場に残されるんだって。
もしそれらを見つけたら、冒険者ギルドに報告しないといけないそうだ。
報奨金とかは出ないけど、遺品は遺族に返してあげられるから。
「誰かが拾ってくれていればいいでござるが……」
「まあ、この階層はそこそこの数の冒険者がいるものね。拾われている可能性もあるけれど……」
「そうやな、強盗をする者でなければええな。Bランクになり立てやとわからんけど」
「ああ。ただ、殺されたっていうのが気になる」
「そうでござるな。そやつが持っている可能性もあるでござる」
おそらくBランクになり立ての冒険者が犯人だろうな、と『猛き狼』とカズマさんが話している。Bランクになったばかりの冒険者は荒くれ者が多いんだって。
人を殺したり、装備品を盗む冒険者もいるのか……と内心で溜息をつきながら、スミレに案内してもらって、テイマーが亡くなった場所へと移動した。
結果的にその場所には装備品などはなかったのだけど、その日の夜にセーフティーエリアで、ギルドから派遣されたというBランク冒険者がテイマーの装備品を持っているのを発見したのだ。
これで一件落着だと思っていたら、ヘルマンさんたちは訝しげな様子でその人を見ている。
すると彼は、私がスミレを引き連れていたからかしつこく絡んできた。スミレが欲しいからテイマーを殺したんじゃないかとまで言ってくる。
だけど、ヘルマンさんたちが冷静に、私は今日ダンジョンに来たところで、さっきスミレと契約したばかりだと反論してくれた。
そしてよくよくその冒険者と話したところ、彼のほうが早くダンジョンに入っていることが判明。私への疑いは綺麗に晴れた。
……にもかかわらず彼は、謝罪しない上に私を含めた女性たちをいやらしい目で見てきた。
なんだかムカつく!
「謝罪もしないなんて最低ですね」
私が言うと、他の女性たちも彼を責める。
「なんなら戦ってもいいわよ?」
「あんたが、Sランクのうちらに勝てるんかいな?」
ローザリンデさんやデボラさんにも言われ、周囲にいた冒険者からも冷たい目で見られた彼は、そそくさとセーフティーエリアから出ていった。
謝罪くらいしなよ!
「あのBランク冒険者、怪しいな……。ギルドに報告しておくか」
「そうでござるな」
「俺がしておこう」
剣呑な様子でヘルマンさんとカズマさん、フレッドさんが話している。
どうしたのか聞いてみると、上級ダンジョンで捜索をする場合、Sランク冒険者が派遣されることが多いんだって。
ヘルマンさんもカズマさんもBランク冒険者が派遣された例を知らないようで、怪しんでいるそうだ。
何者なんだろう……と思ったけど、その後は特になにもなかったので、まずはご飯。
今回は柔らかいパンと、歯ごたえのあるボアのお肉を使った照り焼きバーガーだ。
あと、ダンジョン内でとれたアボカドを使ったサラダと、乾燥野菜とキノコのスープ付き。
他の冒険者が美味しそうな匂いとみんなが食べる様子につられてこっちを羨ましそうに見てたけど、作りませんよ?
私はこのパーティーの料理担当だからね!
……まあ結局材料はあるから教えてほしいと頼まれて、一緒に作ることになった。
お礼として薬草や魔石、飴をいただいたよ。なんで飴……
そしてご飯が終わり、片付けをする。
これからスミレの脚を治すのだ。
上級ダンジョンである以上、戦闘を避けることはできない。
怪我をしたままで戦わせるなんてことは私にはできないし、せっかく神酒を持っているんだから、使わない理由はない。
「スミレ、お待たせ。これからスミレの脚を治すからね」
〈シュー……〉
スミレから本当にいいの? といった感情が伝わってくる。
「気にしなくていいんだよ~」
もちろんいいに決まってる。
「上級ダンジョンは危険でしょう? スミレを危険な目に遭わせたくないし、万全な体調でいてほしいんだ。ラズもスミレも、私の家族になったんだから」
前の主人からさんざん酷い扱いを受けてきたんだろう。
ポーションを使われることに、抵抗を感じてしまっているみたい。
私はそんな酷いことしないし、遠慮もさせたくない。従魔とはいえ、家族になったんだもん。
私は弱いかもしれないけど、それでも二匹を護りたいと思う。
神酒をスミレの体にふりかけ、念のために少し舐めてもらった。
すると、スミレの体が薄紫色に光った。そして、なくなってしまっていた脚の部分が一層輝く。
光が消えたころ、スミレの後ろ脚は怪我などなかったかのように、綺麗に治っていた。
「スミレ、どう? 痛いとか、なんか変な感じとかする?」
〈シュー……シュッ、シュシュッ!〉
スミレは脚を動かしたり、あちこち動いたりしている。変なところがないか確認をしているんだろう。
しばらくそのまま様子を見ていたら、大丈夫とありがとうという感情が伝わってきた。
「そっか。よかったぁ! どういたしまして」
スミレは自由に動けるようになったのが嬉しいみたい。ラズと一緒に楽しそうにぴょんぴょん跳ね回っている。
和むなあ……!
脚が治って嬉しそうなスミレを見ると、薬師になってよかったと思う。
治療が終わったので、もう寝ることに。
ヘルマンさんたちとラズとスミレは、三人交代で野営をしてくれる。
「さっさと寝ろよ」とヘルマンさんに言われ、テントの中に入り込んだ。
今回はラズとスミレが入ってこれるよう、入口を半分だけ閉めて寝ることにする。
本当はしっかり閉めていないと危ないんだけど、ラズとスミレがいるから大丈夫。
凶悪だからねー、二匹の連携は。
寝る前に、今日採取した薬草でポーションを三十本ずつ作った。
これだけあったら「売ってくれ!」って突然言われても大丈夫そう!
店を空けていた間にポーションが買えなかった人のことを思うと、胸が痛んでたんだよね……
これで心置きなく眠れるけど、それでもダンジョンの中なので、熟睡はできない。
なんて思ってたんだけどなあ……
しっかり熟睡してから起き、朝ご飯を作る準備をする。
今日は試しにおにぎりを振舞ってみることにした。
中身は蕗に似た野菜をきゃらぶきにしたもの。
一応ヘルマンさんたちに確認はしたよ? 食べられないようならパンにしますからって。
だけど、食べてみたいそうだ。
「おお、これはいいな」
「腹持ちがよさそうでござる」
「腹持ちはいいですよ? ただ、おかずによっては食べすぎちゃうのが難点ですね」
みんなお米が気に入ったらしく、すごい勢いでおにぎりを食べている。
それにしても……念のためお米をたくさん持ってきてよかったよ……
冒険者なら絶対に食いつくと思ったんだよね、腹持ちがいいから。
「よし。リン、昼もこのコメってやつで頼む」
「わかりました。ただ、私がお米を調理できることは、できれば内緒にしてほしいです」
この国には、私以外食べ方を知らない食べ物がたくさんある。
私がいろいろ知っていると他の人にバレたら、危険な目にあうかもしれない。
注意するに越したことはないよね。
そんなこんなで朝食を終え、テントも片づけてから大鎌を背負うと、他の冒険者がざわついた。
大鎌を持っている私に驚いたみたい。
そしてそのうちのひとつのグループが近づいてきた。
いつもポーションを買いにきてくれる、Sランク冒険者の『蒼き槍』たちだ。
男性五人のパーティーで、みんな色々な武器を持っている。
「よう。『猛き狼』にカズマじゃないか」
「よう、スヴェン。今日は浅い階層にいるんだな」
「ああ。怪我をしたやつが復帰したばかりだからな。それと武器を新調したから、その肩慣らしと訓練だ。お、リンも一緒なのか。パーティーに加入したのか?」
「違う違う。今回はリンの護衛依頼なんだ」
仲よく会話するヘルマンさんと、『蒼き槍』のリーダーであるスヴェンさん。
『猛き狼』と『蒼き槍』は、拠点が隣同士だからなのか仲がよくて、たまに一緒に組んでダンジョンに潜ったり、ご飯を食べに行ったりしてるんだって。
それにしても、『蒼き槍』のみなさんは筋肉がすごい。
ムキムキというか、ガチムチマッチョです。
素敵な筋肉をありがとうございます。眼福です!
「リンはこんなにちっこいのに、薬師になってるなんて偉いなあ……っていつも思ってたんだよ」
じーっと筋肉を見つめていたら、スヴェンさんに話しかけられた。
「ちっこいって……。これでも成人してるんですよ?」
最終的にはいいこいいこと頭を撫でられ、微笑ましそうな顔をされてしまった。
ぐぬぬ、だから私は成人してるんだってば!
そんな気持ちを込めて、じとっとスヴェンさんを見上げると、彼は私の頭から手を離して尋ねてくる。
「リン、ハイとハイパーポーションを売ってくれねえか? 肩慣らしも終わったし、せめて第五階層までは潜りたいんだが、ポーションだけだと心許なくてな……」
「いいですよ。ただ、お店で売っているときと同じルールになっちゃうんですけど、いいですか?」
「構わない。ありがとな」
上級ポーションを出し、お金と交換する。
昨晩ポーションを作っておいて良かったな~。
『蒼き槍』も第五階層まで行くということで、一緒に戦闘をしたり採取をしたりしながら進んでいく。
そのときに『蒼き槍』の魔法使いであるアベルさんが、魔法の効率的な使い方を教えてくれた。
どうやら私は魔法を使うときに魔力を無駄遣いしているらしい。勿体ないからと魔力循環と、少ない魔力で威力を上げる方法をレクチャーしてもらった。
「魔力循環とは体内を巡る魔力を意識的にコントロールすることなんです。心臓のあたりを意識して、自分の魔力の流れを感じてみてください」
「はい」
目を瞑って流れを感じようと努力するけど、なかなかわからない。
それを察してくれたみたいでアベルさんが私の手を握る。
「これから私の魔力を流します。それを元に、自分の魔力を感じてみてください」
手から温かいなにかが流れてくる。なんていうのかな……春の陽射しのように、ポカポカと温かい。
アベルさんの魔力を辿っていると、徐々に自分の魔力の流れがわかった。
これが魔力循環かとなんだか不思議な気持ちになる。
アベルさんは他人の魔力を感じることができるようで、「その調子です」と教えてくれる。
私がコツを掴んだ時点でアベルさんの手は離れた。自力で魔力の流れを辿る。
「いいですよ。そのまま魔力を掌に集めてみてください」
うーん、これは難しい。
「えっと……こう、ですか?」
「そうです。お上手ですよ、リン」
アベルさんがアドバイスしてくれたおかげで、すんなりと魔力循環ができた。
今度は魔力を一箇所に集めたり拡散する練習をする。
あ、これってなんだかポーションを作るときに流す魔力の流れに似ている。
そう思ったらあとは早かった。
魔力循環はバッチリです!
それにしてもアベルさん、さすがはSランク冒険者。説明がとてもわかりやすい。
冒険者の間では天才魔導師とも言われているんだって。すごい!
練習が終わったから一度使ってみてほしいと言われ、タイミングよく襲ってきたフォレストタラテクトと戦う。
魔力循環を駆使してウィンドカッターを放った結果、フォレストタラテクトはスパン! と呆気なく真っ二つになり、光の粒子となった。
おお~、すごい!
今まで以上の威力。
「いいですね。その調子で頑張ってくださいね」
アベルさんは私ににっこりと微笑んでくれる。
「はい! ありがとうございます!」
魔法の威力が上がり、戦闘がかなり楽になったと、ヘルマンさんたちとカズマさんに褒められ、頭を撫でられた。
ぐぬぬ。
それからレクチャーしてくれたお礼にと、『蒼き槍』のみなさんに簡単な料理を教えつつ、昼ご飯を振舞ったら、いたく感動された。
特に気に入っていたのがお米で、そのおかずやお味噌汁も気に入ってくれたみたい。
だって、全員がすっごい勢いで食べて、おかわりしてたからね~。
そんなこんなで第五階層に到着し、『蒼き槍』のメンバーは地上へと戻った。
そして私たちは第六階層へと下りる。
「ふおー……海だ!」
下りてすぐ目の前に広がっていたのは、岩場と砂浜、海だった。
本当に海かと思って水をちょっとだけ舐めてみたら、しょっぱかった。
「ここではなにが採れるんですか?」
「海藻類と魚貝類やな。ただ、一部の魚や貝は食べ方がわからんのや……それで人気がないんやで」
デボラさんはそう言って、苦笑いをしている。
「え~? なんて勿体ない。だったら浜焼きをしましょうよ!」
「ハマヤキってなあに?」
「採れたての魚や貝を、すぐに焼いて食べるんです。金網と鉄板を持ってきているので、夕飯は浜焼きにしてみますか?」
「「「「「やりたい!」」」」」
ということで、今日の晩ご飯は浜焼きに決定です!
魔物を倒せば魚の切り身が出てくるし、カニの魔物を倒せばハサミと脚、味噌が出る。
他にも、私が知ってるものよりも一回り大きいウニやイカ、タコ、エビも出た。
かつおぶしや昆布やワカメ、大きなハマグリとホタテ、サザエ、アサリなどなど、たくさんの海藻や魚貝類が出た。
持って帰りたいから、私も頑張って倒したよ!
ただ、かつおぶしの削り器ってないのかなあ? あれがないとせっかくなのに食べられない。
見つかるまではナイフで削るか、しまっておこうと決める。
夕方まで頑張って戦闘をこなしたあとセーフティーエリアに移動し、いざ、料理開始!
大きめの竃ふたつの上に金網と鉄板をのせる。
実は、バーベキューがしたいと思ったときに使えるよう、ダンジョンに潜る前に金網と鉄板をゴルドさんに作ってもらったのだ。
今度一緒にバーベキューをする約束もしてます。
金網と鉄板が温まった段階で、ホタテ、ハマグリ、サザエと、他にも食材をのせる。
少しずつ周囲にいい匂いが漂ってきて、みんなの喉とお腹が鳴った。
「リン、まだか?」
「まだです。貝は蓋が開いたら食べられます。少し口が開いてきたからもう少しです……ほら、開いた。これで食べられますよ」
「「「「「おお!」」」」」
「熱いので、火傷に気をつけてくださいね」
最初に口が開いたハマグリに醤油を二滴ほど垂らしてから、全員のお皿にのせる。
ラズとスミレには殻から外して身だけにし、小さく切ったものをあげる。
「とても熱いから、気をつけるんだよ?」
〈うん♪〉
〈シュー♪〉
ハマグリを食べている間にエビとカニをひっくり返す。
イカは切り目を入れて丸まらないようにしてから網にのせ、醤油を垂らして焼く。
醤油が焼ける匂いは強烈だから、とてもお腹がすく。
そんなことをしていると、一人の冒険者がやってきた。ヘルマンさんたちの知りあいなのかな?
「ヘルマンにカズマじゃないか。いい匂いだな」
「おう、グレイじゃないか。飯か?」
「そうなんだが、今日も一人でな……」
「そうか。リン、コイツも一緒にいいか?」
「いいですよ」
「え、いいのかい?」
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