転移先は薬師が少ない世界でした

饕餮

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1巻

1-2

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 魔力が多いなら、魔神族が薬師になればいいと思う。だけど、アントス様が話したことは、なんというか……非常に残念な話だった。

「だって、魔力が高い三種族にポーションが作れてしまったら、他の種族と差ができすぎてしまうだろう?」
「はい?」

 アントス様によると、薬師がいるのは人族、エルフ族、ドワーフ族だけだという。獣人族、ドラゴン族、魔神族は魔力が高いけど、薬師はいないそうだ。
 種族間のパワーバランスが崩れてしまうから、魔力の高い三種族は薬師になれないように、神様――アントス様が不器用にしたという。
 同じ理由で、繊細な技術を必要とする鍛冶かじ師も、この三種族にはいないんだって。
 けれど鍛冶かじ師はともかく、薬師はただでさえ少ない。
 彼らがいなくなってしまったらポーションが足りなくなって、冒険者や騎士たちは魔物と対峙たいじできなくなる。すると魔物が徐々に増えていき、やがて大暴走――モンスター・スタンピードが起こってしまう。
 スタンピードとは、すべてをめちゃくちゃにする恐ろしい現象だそうだ。日本でいうところの津波や雪崩なだれ土砂崩どしゃくずれのようなもの。
 暴走した魔物たちは地上のすべてを呑み込んで、残るのは瓦礫がれきの山と、けがれた土地だけ。
 けがれた土地が自然に浄化されるまで何十年とかかるし、けがれをはらえる聖職者もたくさんいるわけではないそうだ。
 そんな災害を起こさせないためには、薬師のポーションが不可欠。
 だからこそ、魔力の高い三種族は薬師のいる他種族を尊重し、決して彼らを力で従わせることはない。
 危険な世界で生きていかなくてはならないことを改めて実感し、恐ろしくなった。
 そして、薬師が必要だと言ったアントス様の言葉の意味もわかった。

「私に薬師が務まるかどうかわかりませんけど、頑張ります」
「うん、君なら大丈夫だよ。じゃあ、魔力で作る方法をやってみようか」

 にっこりと笑ったアントス様に、私の顔が引きつるのがわかる。
 この特訓が終わらないと、ずっとここから出られないよなあ……なんて若干遠い目をしつつ、教わった通りにやってみる。すると思っていた以上に簡単にできてしまった。
 おおう……今まで地道に薬草をすり潰してきた時間はいったいなんだったんだ!? っていうくらい、すっごく簡単だったよ……

「え? なんで……?」
「魔神族には桁違けたちがいの魔力があるからね。他の種族にも同じことができる人はいるけどもっと時間がかかるし、作れる本数も少ないんだ。パワーバランスが崩れると言った意味がわかるでしょう?」
「な、なるほど……」

 こんなに簡単に、そしていきなり大量に作れるのであれば、アントス様の言葉にもうなずける。
 これでひと通りのことは教えてもらった。
 だけど、本当にこれでいいのか不安になってしまったので、アントス様にお願いし、自分の不安が取り除けるまでポーションを作った。
 何回も作って、その結果二人の神様が「大丈夫」と言ってくれる。そのおかげで、自信が持てるようになったのは嬉しかった。
 その後、休憩を挟んで中級や上級ポーションも作らされたのには驚いたけど、必要なことだからと一生懸命特訓した。
 それが終わると、神様たちからこの世界で生きていくための常識を教えてもらい、最後にいろいろなものをいただいた。
 まず、アントス様からもらったものは、この世界の身分証となる冒険者ギルドのタグと、旅に必要な食材や毛布、お金。
 タグはキャッシュカードのような形で角に穴がいていて、そこに革紐を通して首にかける仕様になっている。
 革紐にはランクの高い魔物の革が使われていて、滅多めったに切れないんだって。
 次に、この世界で生きていくために必要な知識を授けてもらった。薬師の知識と同じように、体にみ込ませてくれたそうだ。もちろん、スマホにも。
 忘れっぽい残念な頭の私にとって、とてもありがたいです。
 リュックはこの世界の旅人の基本装備――マジックバッグに変形させ、空間拡張と重量軽減をほどこしてくれる。そうしてマジックバッグに見せかけた【無限収納インベントリ】にし、その中に旅に必要になるものをすべて入れてくれたのだ。
 入れてもらったものの中で一番驚いたのは、てのひらサイズの小さい家だった。

「これは?」
「この世界のダンジョンから出てくる家でね、【ハウス】というんだ。普段はマジックバッグなどにしまっておいて、使うときは地面に置くだけでいい。初心者が入るダンジョンからも出てくることがあるから、持っていても怪しまれないと思う」
「ダンジョンがあるんですか?」
「うん。薬草は森や草原だけじゃなく、ダンジョンでも採れる。むしろ、ダンジョンのほうが採れる種類は多いんだ。特に中級や上級ポーションの材料は、中級や上級ダンジョンで採れるから、覚えておいてね」
「そうなんですね。覚えておきます」

 ポーションを売るとなると、薬草は絶対に必要になってくるしね。

「この世界にはダンジョンにもぐってその中で取れたものを売ったり、装備したりしている人がいるよ。それが冒険者や騎士だね。ダンジョンで採れるもののひとつがこの【ハウス】で、出る数は少ないけど初級から上級まで、どこのダンジョンに行っても見つかる。もちろん、ダンジョンによって【ハウス】の仕様は変わるけどね」
「へえ……。凄いんですねぇ」
「だろう? 森や草原、ダンジョンの中でも使えるよ」

 それからアントス様は、【ハウス】の使い方を説明してくれた。【ハウス】は、地面に置いて屋根にある煙突えんとつ部分を触ってから二メートルほど離れると、勝手に大きくなるという。
 戻すときはどこでもいいから触って「戻れ」と念じると、小さくなるんだとか。
 おお、それは便利だね。
 ただしこの【ハウス】、最初はキッチンやトイレ、暖炉だんろやお風呂以外は中になにも入っていないので、自分で家具をそろえ、内装を整えなければならないんだそうだ。
 だけどおびだからと、アントス様はこの【ハウス】を、私が思うような家になる特別仕様にしてくれたらしい。
 意味がわからなかったから詳しく聞いたところ、たとえば、私が暖炉だんろ付きでベッドが大きい家がいいと思いながら煙突えんとつを触ると、中がそうなるようになっているという。
 もちろん、ベッドや布団、服がしまえる箪笥たんすやクローゼット付き。
「テント」と念じると、テントだけでなく、ランタンやこの世界の寝袋がセットで出てくるそうだ。
 おお、思っていた以上に便利だ!
 誰かを招待することもできるし、その人の寝室も……と考えながら触ると部屋が増える。
 しかも、しき心を持つ者――たとえば盗賊とうぞくや人を襲うような凶暴な魔物からは見えなくなるし、侵入できない仕様になっているっていうんだから驚いた。
 これなら宿に泊まれなかったとしても、森や草原で生活できそうだ。それに、【ハウス】を店舗にしてポーションの移動販売をしてもよさそう!
 ちなみに【ハウス】はギルドに売ることもできるそうで、たまに盗まれることがあるらしい。
 けれど心配は無用。この【ハウス】はアントス様が私の固定バインド名義にしてくれたようだった。
 そんなものまでくれるなんて、なんて破格な対応なんだろう。まさに『神対応』ってやつだ。
 アントス様に感謝だよ、本当に。すっごく嬉しい!
 さらにはスマホも少々改造してもらった。
 レシピや情報を検索できるだけでなく、スマホに入ったこの世界の情報と【アナライズ】を連動させて、写真を撮るとそこに説明が出るようにしてもらった。
 写真付きの図鑑ずかんみたいなものだね。
 普通に写真も撮れるし、電池も恒久的に使えて充電不要。
 スマホは私だけが触れて、私にしか見えない仕様になっていて、もし死んでしまったらアントス様が責任を持って回収してくれるとのこと。
 これは、スマホにこの世界にはない技術が詰め込まれているからだそうだ。
 たしかに、小さな基盤だっけ? そんなものを作るのは大変だもんね。道具があるとも思えないし。
 それから、私が着ていた服をこの世界仕様にしてもらう。
 コートは風雨避けのフード付き外套がいとうになって、長さはお尻までだったものが、足首あたりまでになった。
 でも、マントのようにすそが広がっているからなのか歩きやすい。
 服装は、形は違うけど、フィンランドの民族衣装に近い。
 靴は足首よりちょっと長めの編み上げショートブーツ。
 スカートはひざたけより長めで、すそはフレアスカートみたいにふんわりとしている。
 穿いていたストッキングはスパッツみたいな下穿したばきになり、シャツはお尻が隠れるくらいの長さのチュニックに。
 その上に、すそに大きなポケットが付いたベストを着ている。丈は腰よりも少し長めだ。
 これはこの世界の庶民の女性が着る一般的な服装だそうで、旅仕様の丈夫な布が使われているとのこと。
 それと似たものをもう二組と下着やタオルなどもセットで用意してくれた。
 すべての服や靴、外套がいとうには神様たちの加護が付与されているそうだ。
 耐熱と耐寒、防御力が半端なく高く、常に快適な温度が保たれるし、ちょっとやそっとじゃ斬れないようになっているという。
 強度はこの世界で皮膚が一番硬いドラゴン族以上なんだとか。
 さすがにそこまでしなくてもいいって言ったんだけど、薬師専用の防具はないし、元がこの世界の住人ではないうえ、私の身体能力が低いことも指摘されてしまった。
 安全に旅をするためには、装備が必要だと考えてくださったらしい。
 本当に申し訳ないなあ。
 最後に日本の神様たちからだと、ツクヨミ様から御守りをいただいてしまった。
 どうやら私の両親やご先祖様は代々神主かんぬしをしていた家系らしく、それはもう日本の神様をとても大事にしていたそうだ。
 神社でまつっていない神様にも日々感謝を捧げていたらしく、そのお礼も兼ねているのだとか。
 そして、ツクヨミ様から衝撃の事実が告げられた。
 なんと、私の守護をしている人の能力がちょっとだけ高すぎて、無意識に他の人の守護者を威圧していたらしい。
 だから施設にいたときも、私の守護者が相手の守護者をおびえさせて、誰も私を引き取らなかったのだそうだ。
 ツクヨミ様は両親に関しても教えてくれた。私の両親は事故で亡くなったらしく、これまた守護者のせいでどっちの親戚にも引き取ってもらえなかったそうだ。
 今さらそんなことを言われても……とへこんだけど、守護者のおかげで風邪すらひかない健康優良児でいられたそうだから、そこは感謝しておく。
 今も私の背後で守護しているらしいが、この世界の人を守護している人は、私の守護者と同等かそれ以上の力を持っているそうだから、今までみたいなことはなくなるだろうと二人の神様に言われた。
 そんな話をしたあと、アントス様はふたたび「申し訳ありませんでした」と謝罪してから、この世界で一番大きな中央の大陸にある、魔神族が治める国の国境近くまで送ってくれた。
 神様の力で瞬間移動したので、あっという間だったよ……旅を楽しむとか情緒じょうちょなんてものはない。
 少しくらい、異世界の旅を満喫まんきつさせてくれたっていいじゃないか!
 ま、まあ、これからでもできるんだけどさ。
 だけど、やっぱり納得がいかない。

「うー……本当に大丈夫なのかな……」

 アントス様と別れた私は不安で内心ドキドキしつつ、ここまで旅をして来たていよそおって魔神族の国に近づく。
 目の前には石造りの大きな門と門番が何人かいて、その前には尻尾しっぽや翼がある人など、たくさんの見慣れない人が並んでいた。
 どうか、何事もなく通り抜けられますように……と願い、列に並ぶ。
 不審者に見られないかなあ……
 そんなことをあれこれと思っているうちに順番が来る。
 アントス様にもらったギルドタグを、若干震える手で差し出して門番に見せた。
 それを確認した門番がにっこり笑ってくれたので、ホッとする。

「はい、大丈夫です。次にこの丸い石に手を置いて」
「はい」

 門番に示されたのは、丸くて白っぽい石だった。それに手をのせると、石は青く光を放つ。


【白水晶】
  犯罪者を見分ける水晶玉
  青は犯罪歴なし、黄は犯罪歴あり(改心済み)、赤は犯罪者を示す


 石を見つめていたら、そんな言葉が頭に浮かんだ。

「はい、大丈夫。通ってよし。アイデクセ国にようこそ。よい旅を」
「ありがとうございます」

 その言葉に胸をで下ろし、返事をして門を通り抜ける。
 ひとまず魔神族が治める国のひとつ――アイデクセ国に入国することができた。
 ここはまだ国境に近いから危険だけど、王都に近くなるほど治安がよくなるとアントス様から聞いているので、そこを目指すことにする。
 そうやって旅をしてみて、途中にいいかんじの街があればそこに住んでもいいかも。
 薬師になってポーションを売ると決めたからには、少しずつ薬草採取をしながら歩こう。
 途中で薬草を採ったり休憩したりしつつ、一本道の街道をてくてく歩くこと一時間半。
 ちょっと大きめの街が見えてきた。
 スマホ情報によるとここはタンネという街で、初級と中級のダンジョンがあるらしい。
 ダンジョンにもぐることも、ポーションを作って売るためには必要になるだろう。だけどまだどこに定住するか決めていないので、そこは後回しかなあ?
 この街に住むかどうかは、街の雰囲気を見て決めるつもりでいる。
 街の入口でギルドタグを見せて例の白水晶に触り、中へと入る。
 そこには、いろんな人たちがいた。
 腰に剣をぶら下げ、胸だけをおおっている革鎧かわよろいや金属よろいみたいなのを着ている人や、ローブ姿の人。
 中には全身をよろいおおっている人もいる。確かあれは、プレートアーマーだったかな?
 もちろん、私と同じような普通の格好をした人も歩いていたよ。
 買い物でもしたのか、かごみたいなものを持っている人もいた。
 髪の色も実にカラフルで、異世界なんだなあ……としみじみしてしまう。
 逆に黒髪の人はほとんどおらず、なんとなく私は注目を浴びている気がした。
 女性は身長が百六十五センチある私よりもさらに高くてほっそりしていて、男性も長身で体格のいい人が多かった。
 たぶんだけど、男性は低くても二メートルを軽く超えていると思うし、女性も二メートル近い感じがする。
 ううん、男女とも、もっとあるかもしれない。
 それに、耳もとがっていたり、角や獣耳けものみみ尻尾しっぽえている人もいる。
 ファンタジーだなあ……なんて考えながら、まずはギルドに行く。
 アントス様からもらった情報によると、この街にあるのはいわゆる冒険者ギルドってやつで、ここで薬草や薬を買い取ってくれるそうだ。
 他にも商人ギルドというのがあって、ポーションはそこでも買ってくれるらしい。
 薬草類も、冒険者ギルドや商人ギルドで買えるんだそうだ。
 もしポーションを売って生活するようになったら、確実にお世話になるよね。
 今はそんなところに用事なんてないんだけど、アントス様と一緒に作ったポーションがいったいいくらするのか、値段を知っておきたかったのだ。
 ギルドに入って案内板を見ながら、『買取』と書かれた場所に行く。
 文字はアントス様の力で一発で覚えられたよ……書けるかどうかはわかんないけどね。
 ギルドの中には、買取カウンターに並んでいる数人以外ほとんど人がおらず、そこから買取表の値段をじっくり見ることができた。
 それによると、ポーションの売価はひとつ大銅貨三枚――つまり三百エンからで、品質がいいと値段が高くなるみたい。
 他にも、毒を消すポイズンポーションや麻痺まひを治すパラライズポーションなどの値段も書いてあった。
 ちなみに、この世界の通貨はエンというそうだ。
 物価はこの世界のほうが日本より安いみたいだけど、呼び方が同じで助かる。
 ただ、紙幣しへいはなく硬貨だけだそうだ。
 貨幣かへいを無理矢理日本円に換算するなら、銅貨が十円、大銅貨が百円、銀貨が千円、大銀貨が一万円、金貨が十万円。
 金貨の上には百万円の大金貨、一千万円の白金貨と続くけど、そういうのは大商人や貴族、国などが持つ貨幣かへいだそうだ。
 ポーションを売るようになったらわかんないけど、それでも縁はないだろうなあ……エンだけに。
 閑話休題それはともかく
 今私が持っているのは、傷を治すポーションと毒を消すポイズンポーション、麻痺まひを治すパラライズポーションだ。
 これらはアントス様に教わりながら作ったもので、どれも十本ずつある。
 もっとたくさんの数と種類を作ったけど、今のところ必要ないからと、残りはアントス様に買い取ってもらったのだ。
 だから手元にお金はあるんだよね。そこは本当に助かる。
 そんなことを考えながら、何気なく自分が作ったポーションを見てみると……


【ポーション】レベル3
  傷を治す薬
  患部にかけたり飲んだりすることで治療できる
  適正買取価格:五百エン
  適正販売価格:千エン


 これって、この値段で買い取ってもらえるってことだろうか。
 だとしたら、買取表に書いてある価格よりも高くなるってこと?
 レベルは5が一番高いはずだから、普通のものよりレベルも高めだし……
 期待がふくらみ、内心でホクホクしてたんだけど……

「いらっしゃいませ」

 順番が来たので、試しにポーションだけを三本、カウンターに出す。

「すみません、ポーションを売りたいんです」
「ありがとうございます。では、査定させていただきます」

 カウンターにいたのは四十代くらいの、茶髪の男性だった。
 ポーションを見てにっこり笑ったけど、私の黒髪を見て一瞬嫌悪けんおの表情になった。そのことで内心ムッとする。

「……状態はいいですね。五百……いえ、三百エンでどうでしょうか?」

 そう聞かれて、これはダメだと感じた。
 隣で別の人のものを査定していた職員が驚いた顔をしたあと、眉間にしわを寄せていたのだから。
 ああ、そういうことかと納得した。
 きっと【アナライズ】で見れる適正価格は正しい。この値段で商品を売買することが基本なのだ。
 それがわかったことだし、髪を見ただけで適正価格より低い値をつけられるのなら、ここで売る必要はない。
 なので、カウンターに置かれたポーションをさっさと手元に寄せ、男性職員が持っていたものも返してもらうと、全部リュックの中へとしまう。
 その途端、男性と隣にいた職員が慌てた。

「お、お客様!?」
「ここでは売りません」
「え?」
「だってそうでしょう? 私の髪を見て顔をしかめたし、しかも適正価格より低い値を提示したんですから」

 そう指摘すると男性は微妙に青ざめ、隣にいた職員は眉間にしわを寄せる。
 すべての価格を低くしているわけじゃないと思う。
 だけど、たった一度でもそういうことが露見ろけんしてしまうと、一緒に働く他の職員まで疑われるし、今まできちんと査定してきた別の職員の実績が台なしになってしまう。
 責任者ってギルドマスターだったかな?
 その人は知ってるのかな、このことを。
 もし知っていて放置しているならここはダメなギルドだし、この人がずっと誤魔化ごまかしてきたのなら、彼は相当狡猾こうかつな人だということだ。
 どちらにしても嫌だよ、そんなギルドにポーションを売るなんて。
 髪を見て値段を言い変えるとか、失礼じゃないか。
 ここでポーションを売るのは危ない感じだし、別の街に行こう。
 それでもダメなら、他の国に行ってもいいしね。

「ほ、他の商店などに売ったりは……」
「この街では売りません。ダンジョンがあると聞きましたし、ここなら需要があると思っていました。だけど、ギルド職員がそのような態度なんです。他の商店などは違うと言い切れるんですか?」
「そ、それは……」

 職員は言いよどみ、周囲の冒険者は動揺する。その態度だけで、なんとなくわかってしまった――他にも同じような態度を取る店があるということが。
 下手したらギルドマスターもグルかも知れないし、買い物すらできないかも……
 やっぱりさっさとこの街を離れよう。

「お時間を取っていただき、ありがとうございました。それでは」
「あっ、お、お待ちください! 今度こそ、適正に査定させていただきますから!」
「お断りします」
「……っ」
「この件に関して、しっかりとギルドマスターにお伝えください」
「か、かしこまりました」

 きびすを返すとまた呼び止められたけど、それをきっぱり無視して足早にギルドを出てフードを深く被る。
 ギルド職員でさえ髪色を見て態度を変えたのだ。この黒髪は隠しておいたほうが安全だろう。
 まさか、こんなあからさまに差別されるとは思ってもみなかった。
 ムカつくのと悔しいのとで涙が出そうだったけどぐっと我慢し、歩きながら他の商店のウィンドウに貼られている買取表を見て、スマホで写真に撮った。
 あとで整理してもっと勉強しよう。

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