ドSな師匠と指輪と私

饕餮

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自爆したあとの、寺坂さんの事情

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 抱かれた翌朝、目を覚ますと寺坂さんはまたもや私を上から見ていた。その目と笑顔が優しくて、やっぱりドキドキする。

「雀……おはよう」
「お、おはようございます、師匠」
「お前なあ……二人っきりの時は名前で呼べって言っただろうが。何度言えばわかるんだ?」
「あっ、ちょっ、ごめっ、あんっ」

 腰にあった手が肌を滑って胸に到達すると、二つの乳房を交互に撫で始めた。そのせいで、愛撫が気持ちいいことだと覚えたらしい私の身体が反応して、子宮のあたりからゾクゾクしたものが這い上がる。

「あ……ん、はぁ……、ああ……」
「もう、俺の愛撫を覚えたのか……どんどん敏感になっていくな、雀は。……ほら、乳首が勃って来た」
「あっ、あっ、はっ、あ……んっ」

 掌で乳首を擦られて、身体が震えてしまう。背中を反らせたら彼の掌に乳房を押し付ける形になってしまい、なぜかクスリと笑われた。そのあと後ろから両手で二つの乳房を掴まれて引き寄せられ、そのままゆっくりと揉まれた。

「あん、ああ……、はぅん」
「朝から囀ずる雀も可愛いなぁ……」

 クスクス笑いながら乳房を揉みしだく寺坂さんの手の動きが激しくなる。

「あっ、良裕さんっ、やめっ、ああんっ」
「もっと啼かせたいが、出かけるしな……。雀、今はイくだけにしとけ。帰って来たら抱いてやるから」
「ああっ、ひうっ、あぁぁぁぁっ!」

 朝からそんなことを求めてないし、彼に抱かれるのは疲れるからやめてほしいよ……なんてことを考えてるうちに乳首を吸われ、片手が一番感じる場所を素早く擦られて、あっけなくイかされてしまった。

「はあっ、はあっ、この、鬼畜ドSなエロ親父がっ!」
「……ほう? そんな男をお望みか? だったら出かけないで、鬼畜ドSなエロ親父らしくこのままずーっと抱いて啼かせてやろうか?」
「すみませんごめんなさい勘弁してください夜ならいくら抱いてもいいから今は出かけたいです!」
「言ったな? 覚えとけよ?」
「……はっ! やっちまった!」

 朝からそんな話をしつつ、着替えたいからと言えば解放してくれた。今は九時ちょっと前なので、十時に西棟のエントランスで待ち合わせることになった。いつもは休みでも、もう少し早く起きるんだけど……どれだけ寝てたんだろうね、私……ははは。……そもそも、寺坂さんのせいなんだけどね!
 下着やら服やらを着て昨日洗ったものを紙袋に入れたり風呂敷に包んだりすると、鞄を持って家に帰る。スマホの電池量を確かめて充電を始めると、洗濯するものと洗剤を洗濯機に放り込んで早洗いのスイッチを押した。そのままお風呂に入ってシャワーの栓を捻り、目の前にあった鏡を見て固まる。
 マンションの一室の広さの構造上お風呂場の広さや湯船の大きさは違うものの、寺坂さんが住んでいる部屋同様に私が住んでる部屋のバスルームにも鏡がある。その鏡に映っていた私の肌には、あちこちに赤い痕がついていたのだ。

「いつの間に……?」

 肩と首、胸の谷間と乳房の上の部分をきつく吸われたのは覚えてる……太股を一度、きつく吸われたことも。でも、腕の内側とかお腹は覚えていない。もしかしてと思い乳房を持ち上げて鏡に映して見れば、その裏側にひとつずつ、乳房に隠れる場所にひとつずつあった。そして秘部に近い部分や太股には吸われた覚えがない、いくつもの赤い痕があった。

「寺坂さん……どうして……」

 覚えていないのは、快楽に溺れていたからだっていうのはわかる。けど、なんでたくさんもの赤い痕……キスマークをつけたの?

「……おバカな私には、わかんないよ……」

 そっとキスマークを撫でていたら、涙が溢れてくる。彼の家を出る時、「雀に話がある」って言われたからだ。

(夜に抱くって言ったけど、最後かも知れない……)

 そんなことを考える自分が浅ましく思えて、酔って流された自分が情けなくて。奥さんがいる男を好きになり、避妊しないで抱かれることを心のどこかで喜んで、それを指摘しない醜い女と自覚させられて……。泣く資格なんかないのに、涙が止まらない。

 悪いのは私だとわかってる。
 それでも、好きなんだからしょうがないじゃない。

 彼がどんな話をするのかわからないけど、最後なら最後でいいじゃない。どうせ玉砕することはわかってるんだから、その時にさっさと伝えて終わらせよう。一緒に仕事するのはきっと辛いかもしれないけど……何とか忘れる努力をしよう。

 今は出かける支度をしなきゃとシャワーを浴びる。着替えたら髪を乾かしながら肌のお手入れをして、洗濯物を干して、紙袋に入れていた食器を片付けた。髪はシュシュで一つに纏め、七分袖のチュニックと膝下の長さのキュロットを履いて、どうしても見えてしまう場所にあるキスマークは薄いストールで隠すことにした。
 時間がくるまで財布の中にある金額を確め、充電しながらスマホを弄る。ブラを買うつもりだったから財布にはそれなりの金額が入っているし、足りなくなりそうならおろせばいいかと思い、鞄にしまった。そろそろ時間だとスマホや充電器、ハンカチやらなにやら出かけるのに必要な物を鞄に詰めて持つ。
 窓の施錠やお風呂のスイッチなど、諸々の確認をすると家を出て、鍵を閉めて振り向いたら寺坂さんが西棟から歩いてくるのが見えた。彼はチノパンとポロシャツを着ている。

「あれ? 待ち合わせは下でしたよね?」
「そうなんだけど、雀を迎えに来たかったんだよ」
「なるほど……じゃなくて。すれ違ったらどうするつもりだったんですか」
「そこはほら、スマホという文明の利器があるから問題はないな」

 スマホを手に持っていたらしい寺坂さんはそれを振る。

「もう……。まあ、いいですけど。そう言えば、どこに行くんですか?」
「んー……昨日のことがあるから、食器や鍋、食材なんかを買いたいんだよな。だから大型のスーパーかショッピングモールに行こうと思ってた。雀は何を買うつもりだったんだ?」
「へっ?! うー……その……し、下着、です。よく買うメーカーのお店自体は大型のスーパーにもあるはずなので、そこでいいですよ。あと、食器は割っちゃうことを考えると100均で充分なので、隣の市にある大型スーパーに行きませんか? あそこなら大抵のものが揃うし、100均も入ってますから」
「ああ、なるほど。だな、あそこなら同じフロアの別の売場に鍋とかもあったな……なら、そこに行くか」

 そんな話をしながら二人で下へ行き、駐車場まで歩いて行く。車は黒い四駆だった。

「大きな車ですね」
「友人や会社の連中と、バーベキューやらキャンプやら行くからな。後ろには常時バーベキューセットが積んである」
「へえ……」
「多分だけど、来月の連休あたりに会社でバーベキューやるんじゃないかな?」
「おー! それは楽しみです!」

 鍵を開けた寺坂さんに促され、車に乗り込んでシートベルトをしようとしていたら「……なあ、雀」と話しかけられた。

「なんですか?」
「さっき言ってた話があるってやつなんだけどさ……」

 そう言われて鼓動が跳ねる。何を言われるかわからなくて、掌や背中に冷や汗が流れる。

「……はい」
「……指輪の外し方を知らないか?」

 そう聞かれて一瞬固まる。信じられない思いで寺坂さんを見ると、真剣な……でも、なぜか怒りが浮かんでいる彼の顔が目に入る。なんでそんな顔をしているのかわからず、でもそれ以上に、そんなことを聞く彼にふつふつと怒りが沸き上がる。

「……なんなんですか、それは。なんでそんなこと私に聞くんですか! 奥さんを裏切って、指輪を外してまで私を抱きたいんですかっ?!」
「雀」
「酔って流されて抱かれた私が悪いんだけどっ! 奥さんのいる人をいつの間にか好きになって、でも好きな人に初めてを奪われて嬉しいって思った私が悪いんだけどっ!」
「おい、雀」
「避妊せずに抱かれることを嬉しく思う自分に嫌悪して、奥さんを悲しませることに罪悪感を感じて苦しんで……それでもそんな師匠が好きなんだからしょうがないじゃないですかっ! だからって、指輪をはず」
「おいっ! 雀っ!」
「はいっ! …………あ。…………きゃーーーっ! ななな、なんでもないです嘘です冗談ですごめんなさい忘れてくだっ、んっ!」

 怒りに我を忘れて、こんなところで言うつもりのなかった彼への気持ちが口から飛び出した。話を遮るかのように、怒鳴り声で名前を呼ばれてちょっと冷静になり、好きだと口走ったことを思い出してパニックを起こし、それを否定している途中で彼にキスをされた。

「んっ、ふ……、あ……、ん……っ」

 角度を変えながら何度もキスをされて、ようやく離れた時にはなぜキスをされたかわからず、私はまだ混乱中だった。

「いいか? よく聞けよ? 雀、俺には妻がいたことは一度もないからな? 嘘だと思うなら奥や所長、平塚さんに聞け。堺でもいい。それに、雀から好きだと言われて嬉しいし、誰が忘れるかよ。だって俺も……お前が好きだから」
「な、んで……嘘、だって、指輪……」
「ちゃんと指輪に纏わる全てのことを話すから、怒らずに最後まで話を聞けって」

 彼が車のエンジンをかけたので、慌てて途中だったシートベルトをする。彼もシートベルトをして車を発車させると、「六年くらい前だったかな……」と話し始めたのは、こんな話だった。

 その当時、今いる事業所はできたばかりで、役職者は所長と、今は別の事業所に行った人やもう辞めてしまった人しかいなかった。その二人が移動することや辞めることがわかり、役職者が所長しかいないのは後々困るからと奥澤さんと寺坂さん、私が入る直前に新しくできた事業所に移動した堺さんの旦那さんの三人で主任研修を受けることになった。研修を受けたあとは主任になれるシステムなんだって。
 もちろん、主任になっても主任研修はあるし、さらにその上に行くための研修もあるけど、今は関係ないからと割愛された。

 研修場所は神奈川にある支社で、午後一時から七時、期間は五日間。その研修初日であり初対面である支社の女性の営業の人たちや事務の人たちに、かなりしつこく、その日のうちに何度も、頭がおかしいんじゃないかってくらい迫られたんだとか。
 いくらはっきりきっぱり怒りながら断っても『照れちゃって!』と斜め上の解釈をして迫る自意識過剰な人達や自信過剰な人たちに辟易し、その日の夜に寺坂さんのお姉さん、次の日に所長や平塚さんに相談(当時、女性のパートやバイトは平塚さんしかいなかったらしい)したところ、『指輪を填めてみたら?』って話になったそうだ。研修期間中だけなんだから誤魔化せるだろう、と。
 隣の市に住んでたお姉さんが研修に間に合うようにと、安物ではあったけどわざわざ指輪まで買って来て、会社まで届けてくれたそうだ。それを填めて研修に行ったら、寄ってくることもなくピタリと止まった、らしい。

「どんだけ男に餓えてたの、その人たち……」
「支社には同年代がいなくておっさんしかいなかったからじゃないか? あとで聞いた話なんだが、彼女たちはみんな独身で、脱独身を狙って若い男の従業員がくると毎回同じようなことがあったらしい。まあ……俺達が行った時が一番ひどくて、次の日の朝に各事業所の所長から抗議されたのも結婚している男に迫ったのも初めてだったらしいがな」

 独り言を呟いたつもりが、寺坂さんにバッチリ聞こえてしまったらしい。同じ女として恥ずかしくなるような、初対面で何やってんだよ、お前ら痴女かよ、仕事しろよ! と言いたくなる答えが帰って来て頭を抱えた。
 それはともかく……なんで指輪を填めることになったのか、なんでそれを採用したのか小一時間ほど問い詰めたい気もするけど、その時はかなり切羽つまってたんだろうし、検討している時間もなかったっぽいから聞かないことにした。

「……」
「もちろん、婚約したばかりの堺や既に結婚してた奥と一緒に迫られてたから、三人でその女たちの上司や周囲に抗議して遠ざけてもらったのもある。だが、実際問題、指輪をしてからのほうが効果はあったんだよ。……頭のおかしい女だけじゃなく、独身狙いの自信過剰・自意識過剰な女すら寄ってこなくなったんだから」

 信号待ちをしている中、当時を思い出しているのか、イライラしながらハンドルを指で叩く寺坂さんが微妙に怖い。

「そのおかげで残りの四日間は平和だったんだが、研修も終わっていざ指輪を抜こうとしたら、抜けなくてな……」
「……はあ?!」

 寺坂さん曰く、どうやらお姉さんが指輪のサイズを間違えたらしく、少し小さいサイズのものを買って来てしまったらしい。交換にしろ買い直すにしろ時間もないし、入るには入ったからいいかとそのままにしていたら、重いものを持ったりする仕事の関係でその間に少しだけ指が太くなり、完全に抜けなくなったらしい。
 そんなバカなと思ったものの、実際に抜けなくなっているんだからどうしようもない。それに、平塚さんに私の気持ちがバレた時に言いかけた話ってこの話じゃないのかな……堺さんが話せないって言ってた話も。今度聞いてみよう。

「当時、虚言癖のある女に振り回されていたせいか、余計女に幻滅してな。だからそれ以前はともかく、今まで付き合うこともなければ結婚したいとも思わなかったんだよ……雀に出会うまでは」
「え……」
「初めてだったんだぞ? 一歩も二歩も引いた態度で俺と接して話し、俺が言ったことに対していちいち突っ込みを入れて来た女は。いつもなら女ってだけで嫌悪感を抱くのに、嫌悪感すら感じさせることがなかった女は雀だけだし、抱きたいと思った女はお前だけだ。それが面白くてな……どう言えばどんな突っ込みがくるか予想したりして、でも予想外の突っ込みが来て、それを結構楽しみにしてた節はある。まあ、今後もやめるつもりはないが」
「そこはやめましょうよ!」
「いやだね。今みたいに、打てば響くほど突っ込みがくる雀と話すのは楽しいから」

 私も同じことを考えてたって言ったら、どんな顔をするのかな。そう思うものの今はそんなことじゃなくて。

「で、話を戻すけど……雀は指輪の外し方、知ってるか?」

 真剣なその声にふざけたことは言えないからちゃんと答えるし、その方法をいくつか知ってる。なんで知ってるかって? 義姉が指輪のサイズを間違えて買って来て填めてしまい、抜けなくなったからとその外し方をいろいろ調べ、義姉の指輪を二回ほど外したことがあるからです。もちろん、兄と二人でOHANASHIしましたとも、きちんと調べてもらってから買えと。それ以来、義姉は必ず調べてもらってから買っている。
 それはともかく。

「いくつか知ってますよ。お金はかかりますけど、宝石店で切ってもらうとか」
「却下」
「ですよねー。……なら、意外と知られていないらしいんですけど、消防署に行って切ってもらうとか。これは無料です」
「消防署に行くのが面倒だから却下」

 面倒だからって言わんといてくださいよ、もう。

「あとは、糸かデンタルフロスを使う方法か、油を使った方法しか知りませんよ。石鹸とか試しました?」
「姉や同期の堺たち、平塚さんに教わって石鹸も油も試したが全くダメだったんだが……糸はともかく、デンタルフロス? 歯の汚れを取るあれか?」
「そうです。歯間ブラシみたいに短いのじゃなくて、好きな長さに切れるほうのですけど」

 そんなことを話している間に大型スーパーに着き、駐車場に停めた寺坂さんは。

「雀、その方法を教えてくれ」

 と、真剣な目を私に向けた。

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