私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている

饕餮

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本編

入間基地、最後の展示飛行

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 十月も終わり、十一月三日、入間基地の航空祭の日がやって来た。今年はうちの店でも航空祭に出店するらしく、私はそっちに行くことにしていた。なので基地には行くけど、航空際は見れない。まあ、章吾さんから『入間は最後だから、どうしても来て』と言われているから、ブルーインパルスが飛ぶ時間になったら抜けるって言ってあるけどね!
 出店で出すのはお店でも売ってる25センチのぬいぐるみを各種とミニシリーズ各種、バッグチャーム各種、マグカップ二種類とトートバッグを三種類。あとは新たに仕入れた缶バッジ三種類とストラップ三種類、シャーペンやボールペンなどの文房具。それら全て千個ずつ用意した。但し、人気のミニシリーズだけ千五百個用意。
 出店を決めてからちまちまと作り貯めていたとはいえ、ぬいぐるみとバッグチャームを作るのが大変だったよ……なので姉夫婦に来てもらったり、章吾さんのお母さんや妹さんにも手伝ってもらい、一家総出で寝不足になりながら必死に作りましたとも。
 章吾さんのお母さんと妹さんにはぬいぐるみを担当してもらったんだけど、早いし綺麗だしで兄や両親が絶賛。二人とも時間があるというので、今後は外注という形で作ってもらうことになった。もちろん報酬を出しましたとも。
 その甲斐があってぬいぐるみとバッグチャームは完売、他の商品も軒並み売れた。特にミニシリーズは人気で、完売したというのにお客様に聞かれまくったので、ネット通販をしていることとお店の場所を教え、普段はそこで売っていることを告げたんだけど……帰ってからネットの注文状況を見て、嬉しい悲鳴をあげたのだった。

 それはともかく、ブルーインパルスが飛ぶ時間になったから一度抜け出し、わざわざ美沙枝の家族が場所を取っておいてくれたのでそこに滑り込む。やっぱり四番機の前だったのには乾いた笑いしか出なかったけどね。
 ウォークダウンの途中でバッチリ章吾さんと目が合い、手を振ったら満面の笑顔で返されたものだから、周囲がまたどよめいていた。さすがにこのどよめきも慣れたよ……。
 今日は牛木さんも後ろに乗るらしく、章吾さんと同じ青いフライトスーツを着ていた。牛木さんも私に気づいたのか、笑顔だった。こういうのを見ると、章吾さんの卒業が近いんだなってちょっとしんみりしてしまう。
 そして諸々の確認が終わるとブルーインパルスが空へと飛び立つ。初めて見た時は何もわからなかったし今もわからないのもあるけど、それでもあのころに比べたらその技もアナウンスを聞かなくてもわかるようになった。
 デルタからワイドデルタへ、そこから様々な展示飛行へと繋がっていく。今日はいつも以上にどの技も素晴らしく感じて、感動してくる。

 バーティカル・キューピッドもサクラも……それ以外の展示飛行も、本当に綺麗だった。

 全ての展示飛行を終えたイルカたちが下りてくる。どうも今年は感傷にひたっているみたいで、泣きながら拍手を贈った。
 そしてライダーたちが降りて来て、私たち観客の前を通って行く。それぞれのライダーに「お疲れ様でした!」と声をかけると、みんな笑顔で答えてくれる。

「お疲れ様でした、章吾さん!」
「……ああ、ありがとう」

 珍しく私のほうから声をかけたもんだから章吾さんは一瞬目を丸くしていたけど、すぐに満面の笑顔になって私の頭を撫でていき、そのまま歩いていった。牛木さんにも「お疲れ様でした!」と声をかけると「ありがとう」と笑顔を向けてくれる。
 全員のライダーに声をかけ、サイン会が始まれば先に牛木さんの列に並んでからサインをもらうと、次に章吾さんの列に並ぶ。もちろん最後尾だよ?

「ひばり」
「お疲れ様」
「ああ」

 最後尾だったから私をぎゅっと抱きしめたあとキスしてくれたのはいいんだけど……当然のことながら周囲の観客は阿鼻叫喚でした!

 今回で最後だからって、ちょっとやり過ぎじゃないかな、章吾さん?!

 小さな声でそう言ったんだけど、章吾さんはにっこり笑うだけだし。くそう……隊長さんたちにまた叱られてしまえ! と思ったのは内緒だ。まあ、夜に【隊長たちに叱られた】ってメールが来たのは笑ったけどね!
 お店がまだあるし片付けもあるからとそこから離れ、テントに戻ってくる。最後までお店は大繁盛で、終わった時は家族全員で「疲れた……」と盛大に息をついたのだった。そして少し休憩すると片付けをし、撤収した。
 帰ってからは母ともども何も作る気力がなくて、その日は珍しく出前を頼んじゃった。儲かったこともあって、お寿司にしましたよ!

 そして翌日、お店のネット通販のメールの多さに戦々恐々としつつ、在庫を確認しながら発送準備をする。これは主に私と母がやっている仕事で、たまに弟も手伝ってくれている。一ヶ月もたつころには以前と同じような数量になったけどね。ただ、航空祭が終わって一週間ほどは大小のぬいぐるみが売れて大変だった。章吾さんのお母さんたちに外注しててよかったよ……。
 そんな日々を過ごしているとあっという間に十二月になり、いろいろと忙しくなってくる。

 まずは章吾さんの引退だけど、二月に行く航空祭が最後のフライトになるそうだ。なので私もその航空祭に招待された。
 引っ越し先も『百里基地内の家族寮に決まりそうだ』と章吾さんが言っていたので、いつ言われてもいいように今は着ない夏物などはダンボールに詰めたりと用意を始めた。バイトも急に言うのも失礼だからと結婚して茨城に行くから一月末で辞めることを言っていて、それに合わせて募集をかけるらしい。
 結婚式も章吾さんが引退してからにしようということで、二月の終わりにすることになった。ただ、その時期はまだ寮が空いていない可能性があるらしく、一緒に住むのは引っ越しと同時になるとかで、章吾さんも私もがっかりした。
 式場はもっと前に決まっていたし、招待状も出していて、返事も全て返って来ていたし、式場にその人数なども連絡してある。

 そして月末となり、冬季休暇で久しぶりに章吾さんが帰って来た。

「お帰りなさい」
「ただいま」

 駅まで迎えに来て、そのまま一緒に歩く。今日はこのまま章吾さんの家におよばれされていて、一緒にご飯を食べる約束をしていた。

「牛木さんはどう?」
「おー、順調に腕を上げてるから、予定通りバイソンのデビューは三月の航空祭になりそうだ。まあ、それまではいてくれって言われてるから、引っ越しは三月の頭か末だろうな」
「そっか」
「あと、バイソンに二人目ができたらしい」
「……はい?」
「小島さんの予言通りになって、周囲は大混乱だよ……『四番機に乗るとイイことがある』ってさ」
「うわー……」

 章吾さんの話に、二人揃って遠い目になる。
 章吾さん曰く、章吾さんの師匠の代からなぜか四番機に乗ると「エロ属性が付く」って言われていたらしく、ご多分に漏れず章吾さんもそう言われて来たらしい。そこに牛木さんが来たそうなんだけど最近の牛木さんも妙に色気が出て来たらしく、四番機に乗り始めてから二ヶ月後、奥さんが妊娠したと今月の初めに牛木さんから報告を受けたそうだ。

 ……なに、その伝説!

「そのうちひばりも妊娠するかも……」
「かも知れないけど、今までスキンなしで抱かれて来たけど、一度もその兆候はないよ?」
「そうなんだよなあ……。まあ、こればっかりは授かりものだから仕方ないんだけどさ……今回の帰省で頑張っちゃおうかな、俺」
「へっ?! や、ちょっ、手加減してほしいんだけど?!」
「するわけないだろう? いつも通り、じっくりたっぷり、今年は毎晩抱くからな?」

 耳元でそう囁かれて、顔が熱くなるのがわかる。

「おー、また真っ赤になっちゃって! 慣れないよな、ひばりは」
「章吾さんが急に言うからでしょ?!」
「それにしたってもう二年だぞ? そろそろ慣れてもよさそうだけど。まあ、慣れなくてもいいよ、俺はそんなひばりの顔を見るのが好きだから」
「もーーーーっ! 章吾さんのバカーーーー!」

 そう叫んだところで、章吾さんは「はいはい」って言って笑うばかり。しょうがないなあ、なんて思っているうちに章吾さんの実家に着いた。
 着替えてくると言った章吾さんを放置して、お義母さんや妹さんと喋る。最近は章吾さんのお母さんのことをお義母さんと呼んでいて、妹さんは名前で呼ばせてもらっていた。いくら妹さんでも私よりも年上だからね……そこは気を使いますとも。
 そして章吾さんが着替え終わり、夕食まではまだ時間があるからと私の家のお店に行った。今回は何か買うってわけじゃなく、両親に挨拶に寄っただけだ。二日後に両家揃って食事会があるから、とりあえず「帰って来ました」報告だけ。
 店を出ると、基地の近くまで散歩。その途中で美沙枝の母親に会い、そこでもご挨拶と結婚報告をすると、「おめでとう!」と言われた。そのまま辺りを一周して章吾さんのおうちに戻る途中でお義父さんに会い、一緒に帰って来る。そして夕食を食べ、雑談をしておいとました。
 翌日は章吾さんと出かけ、その翌日は食事会。夜のドライブに行ったり温泉に行って泊まったりとあちこち出かけたけれど、章吾さんは宣言した通り毎晩私を抱いた。
 初詣は地元に行き、いつも通り一月二日に章吾さんは松島基地へと帰った。

 そして二月のある日、章吾さんはブルーインパルスを卒業してその役目を牛木さんへと渡すと、寒いというのにライダーやキーパーさんたちからバケツシャワーなるものを浴びてずぶ濡れになっていた。

「ジッタさん、ありがとうございました」
「頑張れよ、バイソンなら大丈夫だから」

 師弟同士の堅い握手と抱擁を交わした章吾さんと牛木さん。こうやってずっと後継者に技を伝えて行くと思うと、胸が熱くなった。

「お疲れ様、章吾さん。今日もカッコよかったよ!」

 章吾さんに花束を渡しながらそう声をかける。心なしか目が潤んでいた章吾さんだけど、満面の笑顔を浮かべて抱きしめてくれた。

 最後に皆さんと一緒に集合写真を撮り、章吾さんのドルフィンライダー生活は終わりを告げた。


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