上 下
26 / 36
本編

同じ景色を見れた

しおりを挟む
 章吾さんが帰ったあとはいつも通り寂しかったんだけど、そんなことは言ってられない。
 まず、兄がブルーインパルスの全機とC-1、チヌークのぬいぐるみの新作を作った。いつも置いてあるのは25センチくらいの大きさのなんだけど、今回はその半分以下の10センチのぬいぐるみを作ったのだ。しかもまるっとしている、デフォルメデザインで。

「おお、お兄ちゃん、これは可愛い! 私もほしい!」
「綿入れを手伝ってくれるなら、その駄賃でいくつかやるぞ?」
「ホント?! じゃあ手伝う!」

 兄の言葉に嬉々として手伝い、見事にブルーインパルスの全機とC-1、チヌークをゲットした。そのぬいぐるみは地元にある某球団マスコットの隣に置いて飾っている。もちろん大きいほうもね! といっても、大きいほうは四番機だけなんだけどね。
 バイトから帰って来たり、バイトがない日は自分が作るバッグチャームやアクセの分と兄の手伝い、店番をしたりして過ごした。そんな中、一月の半ばに美沙枝が以前言っていた会社の人を連れて来た。

「お~?! すごい! F-2のぬいぐるみまであるじゃない! くぅ~……お金が……っ!」

 うんうん唸りながらぬいぐるみを選んでいたんだけど、どれも気に入ったようで新作のミニぬいぐるみのうちでC-1とチヌーク、ブルーインパルスの大小二つの一番機を買って帰っていった。ブルーインパルスや他の大きいぬいぐるみは少しずつ集めたいらしい。
 本当に飛行機とか好きなんだなあって、その人を見て思った。彼女は所沢に住んでいるそうで、これ以降月に一度はうちの店に来ることになるとは、この時の私は思ってもいなかった。
 そして一月の終わりに章吾さんのお母さんから連絡をもらい、週に一回料理を教わることになった。特に私は和食の味付けが苦手なので、そこを中心に教えてもらった。ついでに章吾さんの好きな食べ物も教わったけどね!
 で、いつもの如く章吾さんが月一で帰って来てデートしたり、店舗からの発注を受けて作ったりサイトの新作の更新、売れなくなったアクセの写真を入れ替えたりしながら過ごしていると、あっという間に時間が過ぎていく。

 なんだかんだと五月も終わりに近づいて来た、とある日。今日も松島基地に来た。今回は章吾さんが許可を取ってくれたとかで、章吾さんの部屋でお泊りです。
 最初はちゃんと『帰ります』って言ったんだよ? だけど……。

『基地の寮に泊まれるなんて滅多にないことだし、今年でブルーインパルスを卒業になるから、一度松島基地に泊まっていけ』

 そう言われたら、何も言えなかった。
 年度が替わってすぐに【弟子になるかもしれない人物が来た】って章吾さんからメールが来たから、余計かも知れない。
 で、今回は章吾さんと話し合い、泊まりに合わせて基地に三時ごろ着くように移動し、松島基地の最寄り駅に着いてすぐに章吾さんにメールをした。メールを見ていなくても時間を指定されているから大丈夫だと思いたい。
 まあ、今回もゲートのところに私が来ることを伝えておいてくれるというので、章吾さんがいなくても大丈夫だと思うんだよね。前回は章吾さんに連絡してくれたみたいだし。

「いらっしゃい、ひばり」

 前回と違い、今回はゲートのところで章吾さんが待っていた。一度ぎゅっと抱きしめてくれたあと、案内されて受付のところに行く。そこで身分証を提示して用紙に必要なことを書いて行くんだけど……。

「あ、あの塩対応で有名な藤田一尉が……」
「満面の笑み、だとっ?!」

 前回同様、章吾さんの対応に驚かれた。まあ、この笑顔を知らないとそうなるよねー……と若干遠い目をしつつ、書き終わった用紙を渡すと許可証を渡されたのでそれを首にかける。
 前回は何も持ってこなかったけど、今回は皆さんに近所のパン屋さんで売ってるラスクを大量に発注しておいてそれを持って来たのと、章吾さんに頼まれたぬいぐるみを持って来てたりする。ラスクはここに来る前に受け取って来たものだから、出来立てほやほやです。

「章吾さん、お土産を持って来たんだけど、どうすればいい?」
「お、サンキュ。どれがどれだ?」
「えっと、このピンクの紙袋が女性キーパーさんのぶんで、水色の紙袋がお弟子さん予定の人のぶんで、この大きい紙袋が他のライダーさんたちやキーパーさんたちのぶん。皆さんのはラスクだけだけど、キーパーさんとお弟子さんの袋の中にもラスクが入ってるよ」
「了解。じゃあ、俺がこのまま預かる。ひばりが直接渡すのは駄目だからさ」
「うん」

 ゲートのところで紙袋を章吾さんに全部渡すと、それを受け取った章吾さんが私を促して歩き始めた。私が直接渡すのは駄目らしいんだけど、『身内からのお土産』として章吾さんが渡すぶんには大丈夫らしい。……私を身内として扱ってくれたことがとても嬉しかった。
 そしてゲートのところにいた隊員さんたちは、いまだに唖然とした顔をして章吾さんを見てる。……そんなに珍しいかなあ? それに、お仕事はいいの?
 SNSやファンサイトに上げられている写真を見る限り、出会ったころよりは確実に笑顔が増えてると思うんだけどな。まあ、それもほんの少しってだけなんだけどね。しかも、口角を上げるだけのニヒルな笑みというか……。
 で、今回も案内されたのはブルーインパルスが置いてある場所だった。目が合った人にはきちんと頭を下げておく。

「ひばり、ちょっと待ってて」
「うん」

 四番機のところまで来ると、章吾さんに待つように言われた。一番機がある方向に行ったから、どうやら隊長さんに挨拶してくるみたい。で、一番大きな紙袋を渡したあと、その近くにいた強面で大柄な人に水色の紙袋を渡していた。

(あの人が章吾さんが言ってたお弟子さん予定の人かな?)

 そんなことを考えていたら、その人がにこりと笑った。頬にはえくぼができていて、笑うとガラッと雰囲気が変わった。

「おお、牛さんみたいに穏やかな笑顔だ……。タックネームはモーさんだったりして」
「それはないよ、ジッタの婚約者さん。まあ、キーパーの間では『モーさん』と呼ばれてるけどな」
「へ~」

 私の呟きに、近くにいた小島さんが反応したからびっくりした。そこで少しだけブルーインパルスの機体のことを説明してくれたんだけど……正直に言って、何を言ってるのかさっぱりわからなかった。なので「そうなんですね。お疲れ様です」と返すと、ニカッと笑った。そこに章吾さんが戻って来て、近くにいた女性キーパーさんの浜路さんに紙袋を渡す。

「お待たせ、ひばり。浜路さん、彼女からのお土産なんだ。彼女の家で作ってるぬいぐるみで悪いんだけど、よかったらどうぞ」
「いいんですか? ジッタさん、ありがとうございます」

 袋を受け取った浜路さんがにっこり笑う。中身を見て「可愛い~!」と言っていることから気に入ってくれたことがわかるし、私にも「ありがとうございます」とこっそりお礼を言ってくれた。
 いつもブルーインパルスのところでお仕事をしている、キビキビとした動きの彼女しか見たことがなかったし、今も真剣に三番機を点検していたけど、笑った浜路さんはとても素敵で可愛い女性だった。
 ちなみに、ぬいぐるみなんだけど、浜路さんにはミニブルーインパルスの全機を、新人さんには大きいサイズのクマとウサギのぬいぐるみとミニブルーインパルスの四番機が入っている。新人さんのところは娘さんだって聞いたからこのチョイス。

「ひばり、こっちに来て」
「うん」

 浜路さんに頭を下げてから章吾さんのあとをついて行くと、コックピットの近くに連れて行かれた。

「ジッタ、許可は取れたからな」
「ありがとう、小島さん。……ひばり、ブルーインパルスのコックピットに座ってみるか?」
「え……」

 まさか章吾さんからそんなことを言われるとは思わなかった。

「でも……」
「後ろに座るだけだよ。小島さんが特別に許可を取ってくれたんだ」
「……本当にいいんですか?」
「どうぞ、ジッタの婚約者さん」

 そう言って、四番機に梯子をかける小島さん。本当にいいのかと章吾さんと小島さんの顔を見るんだけど、二人は笑顔で頷いている。

「ほら、ここにこうやって足をかけて」
「う、うん」

 章吾さんに乗り方を教わりながら、恐る恐る梯子を上る。そして後ろのコックピットの中に入り込んで、座席に座った。

「ほあー……!」
「ぶふっ! ひばり、そのキラッキラな笑顔と言葉!」

 私にしてみたら座席は大きくて、目の前にある機械とか計器とか説明されてもさっぱりわかんなかった。でも、そこから見た景色が章吾さんと同じものだと思ったらなんだか嬉しくて、感動した。
 一生に一度あるかないかの、二度と経験できない、ブルーインパルスの中から見た外の景色。飛んでいるわけじゃないけど、外に広がる青空とか基地の建物とか、章吾さんと同じものが見れたと思うと胸が熱くなる。

「ひばり?!」
「え?」
「なんで泣いてる? どこかぶつけたか?」
「え……あれ?」

 章吾さんに言われて初めて、泣いてることに気づいた。慌ててハンドタオルを出して涙をぬぐう。

「そ、その、ぶつけたとかじゃなくて……。章吾さんと同じ景色を見れたと思ったら嬉しくて感動しちゃった」
「そうか……びっくりさせんな」
「ごめんなさい」
「いいって」

 安心したように笑った章吾さんが、唇にキスを落とした。そして瞼にも。

「おーい、ジッタ……一応、仕事中なんだが? 砂吐きは三番機だけにしてくれよ……」
「「あ」」

 そこで下から咳払いがして小島さんの声がし、今どこにいるのか思い出して赤面する。

「たまには俺がやってもいいだろ?」
「よかねぇよ! ジッタはただでさえ色気駄々漏れなんだから、婚約者がいる時くらいは自重しろ!」

 ああだこうだと言い合いを始めた章吾さんと小島さん。そんな二人を呆れたように四番機の他のキーパーさんや浜路さん、他のライダーさんとかキーパーさんも見てる。


 それはいいんだけど……二人とも私の存在を忘れてませんか?! 


 おたおたしながら、「章吾さん、どうやっておりるの?!」と私が声をかけるまで、見事に四番機の後部座席に放置されていたのだった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

マリンシュガーブルー

市來茉莉(茉莉恵)
恋愛
刺青がある男と恋をした。どんな人か知らなくても、もうぜんぶ許してる。 恋も仕事も脱落してしまった美鈴は、弟が経営する『ダイニングカフェ』で手伝いをしている。 そこにやってくるカフェの雰囲気に溶け込まない、厳つい男。腕には刺青が? 渋い声に落ち着いた物腰と受け答え、美味しそうになんでも食べてくれる良き常連客、そして時々見せる優しい気遣い……。美鈴は次第に惹かれていく。 しかし店で男を巻き込んだ事件が起きてしまう。 しょっぱく見えて甘い人、でも寅の絵がある彼の胸に、美鈴は飛び込める? 甘くて青い港の恋

My HERO

饕餮
恋愛
脱線事故をきっかけに恋が始まる……かも知れない。 ハイパーレスキューとの恋を改稿し、纏めたものです。 ★この物語はフィクションです。実在の人物及び団体とは一切関係ありません。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...