私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている

饕餮

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本編

見つかっちゃった!

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 お風呂からあがって着替え、お布団を畳んで押し入れにしまう。その間に章吾さんがテーブルを真ん中に出したり座椅子などをセットしてくれたので、お茶を淹れたり玄関(?)の扉の鍵を開けたりしていた。スマホの電池が怪しかったので充電しつつそのまままったりしていると、扉がノックされた。返事をするとすぐに扉が開けられ、朝食が運ばれて来た。

「十時がチェックアウトとなります。延泊は出来ませんので、ご了承ください。それではごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます!」

 今度は章吾さんよりも先に言えた! と内心喜び、いただきますをして食べる。朝食は思っていた以上にシンプルだった。
 白いご飯にわかめとお豆腐のお味噌汁、厚焼き玉子に鮭を焼いたもの。海苔とお新香、納豆とお惣菜が数種類、生卵まであった。厚焼き玉子は少し甘めの出汁巻き玉子。

「美味しい~~~!」
「ご飯が炊きたてだから、何杯でも入りそうだよ」
「うん。それにおかずもいいお味で、また食べすぎちゃいそう……」

 夜よりはマシだしこれから動くから、食べすぎでもいいのかも。そんな話をしながら朝食を食べ終え、旅館の人が洗濯をするであろうものは畳んで纏めておき、忘れ物がないか確かめる。
 食器を片付けに来た仲居さんに「ごちそうさまでした! 美味しかったです!」と話しかけると、とても嬉しそうな顔をして「どういたしまして。またお越しください」と言ってくれた。
 九時半まで充電したりまったりしながら過ごし、時間になったので部屋から出る。もちろん、章吾さんには部屋代の半分を渡したよ!
 フロントに行ってチェックアウトし、宿にあるお土産屋さんを覗く。これといったものがなかったので旅館を出ると車を一度移動させ、コインパーキングに停めた。

「どこに行くの?」
「観光名所である湯棚に行ってみようか。時間があれば、芸能人が書いた絵が飾られている美術館があるから、そこを見てもいいし」
「うん」

 手を繋ぐとまずは湯棚からと中心にあるその場所に向かう。旅館にいた時はそんなに感じなかったけど、近づくにつれて卵の匂いというか硫黄の匂いがして来た。

「すごーい!」

 草津温泉の源泉だというそこは温泉が湧き出たり流れたりしていて、周囲は観光客で賑わっていた。それをしばらく眺め、お土産屋さんを見ながら歩く。
 ところどころに有料のちいさな温泉があって、その温泉にもいろんな効能が書いてあるのを読んだり、お土産屋さんを覗いてこれがいい、あれがいいとお土産を物色する。今回は二人して日持ちのする温泉饅頭を買った。
 そんなことをしている間にあっという間に十二時になり、お腹が空いたからとお蕎麦屋さんに入って食べた。
 美術館にも行きたかったけど、「今回は時間切れ」と章吾さんに言われたのですっぱり諦め、車に戻って草津を出発した。夕飯は地元近くのファミレスで食べ、家まで送ってもらった。

「章吾さん、ありがとう。とても楽しかった!」
「それはよかった」

 二人して笑顔で話す。本当は「また連れていって」とか「別のところに行きたい」って言いたい。だけど、月に一度帰って来た時の章吾さんは疲れた顔をしている時があるから、そんなことは言えない。

 だって、出かけられなくても、章吾さんと一緒にいられるだけで嬉しいから。

 遠い松島からわざわざ帰って来てくれるなんて、普通はしてくれないと思う。だからこそ、『一緒に住まないか?』と聞かれたことを、真剣に考えなくてはって思う。
 三日後には帰ってしまう章吾さん。だからこそこうしてできるだけ長く一緒にいて、沢山話をして、いつでも思い出せるようにしておきたい。

「じゃあ、明日も一時でいいか?」
「うん。あ、行きたいところがあるんだけど、いい?」
「どこ?」
「所沢。ビーズのパーツを買いに行きたい。ネットでも頼んでるんだけど納品日がギリギリだし、そろそろ足りないパーツもあるから……」
「うん、いいよ。俺も所沢は久しぶりだし」

 一時に迎えに来ると言った章吾さんとキスをして、車から降りる。車が見えなくなるまで見送ると、家の中に入った。
 そして翌日、所沢で買い物をしたりご飯を食べたり、その翌日は章吾さんの身体の負担を考えて地元の喫茶店でお茶だけをして、夜には抱かれて帰って来た。
 帰る日はまた見送りをして、家に帰って来た。やっぱり寂しいって思うけど、我慢! と無理矢理自分を納得させていつもの日常をすごしていると、あっという間に月末になった。
 美沙枝と一緒に松島まで行って一泊し、今日は松島基地の航空祭。

「ひばり、早めに出て先頭を取るよ!」
「う、うん」

 気合の入ってる美沙枝はともかく、現在朝の六時。これから朝食を食べて、八時半から始まる松島基地に出発です。「荷物は宅急便で送る手配をしたほうが身軽だよ」と美沙枝に教わったので、必要なものだけを持ってホテルから荷物を送る手配をすると基地へと向かう。
 百均で売ってる椅子とお財布、スマホや念のために電池式の充電器と予備の電池、帰りの電車の切符やタオルハンカチなどなど、必要なものを鞄とエコバッグに入れて基地に行った。
 そして開門の時間となり、急いでブルーインパルスが並んでいる場所へと向かい、なんとか最前列に座ることができた。しかも四番機のまん前。
 ただ、四番機のまん前に座ることができたのはいいけど、実は今日基地に来ることを章吾さんに言ってない。というか、章吾さんに言うのをすっかり忘れていたのだ。

(うう……見つかったらどうしよう……)

 目の前にはこれ以上入れないようにとネット状のフェンスみたいなのが張られているし、座ってしまえばわからないかもと考える。そして後ろの人のことも考慮して、できるだけ椅子に座っていようと思った。
 でも、見つかってあとから拗ねられるよりはいいかと、スマホを見るかどうかわからないけど【松島基地の航空祭に来ました】とだけメールをした。四番機の前にいるとは書かなかった。
 飲み物だけは基地に来る前に見つけたコンビニで数本買っているし、お昼ご飯も買っている。お土産や展示されている他の機体はブルーインパルスの展示飛行が終わったら、時間の許す限り写真を撮ろうと美沙枝と話し合った。
 時間となってオープニングが始まり、水色の機体の飛行機や入間基地にもあったT-4、バッグチャームとして作ってるF-2が空へと飛び上がってオープニング飛行を次々と披露してくれる。
 それが終わると一回目のブルーインパルスの展示飛行。パンフレットによると、お膝元だからなのか、ブルーインパルスの展示飛行は午前と午後に行われるそうだ。

「楽しみだね、ひばり!」
「うん!」

 デジカメを買ったから今回はそれで動画を撮り、それをパソコンに撮り込むつもりでいた。最初から動画を撮り、四番機を中心に出来るだけ全体が撮れるように頑張った。途中で動画を止めてスマホで写真を撮ったりデジカメで動画や写真を撮ったりと忙しかったけど、充実した時間だった。

「おお……やっぱカッコいいなあ、章吾さん」
「でも塩対応だよね、藤田さん」
「うん」

 美沙枝とこそこそ話しながら章吾さんを見ると、やっぱり笑顔は少ない。で、たまにキーパーさんと話していて笑顔を見せるとどよめきながらもシャッター音があちこちから聞こえて来て、美沙枝と顔を見合わせると二人して苦笑してしまった。
 時間になったのでブルーインパルスが飛びたつと、その展示飛行を見て歓声と拍手が沸き起こる。様々な展示飛行が終わるとブルーインパルスが戻ってくる。大きな拍手と歓声に包まれて、パイロットが降りて来た。
 手を振って歩く章吾さんたち、ブルーインパルスのパイロット。私に気づかずに通り過ぎた章吾さんにガッカリしたりホッとしたりと忙しい。

「みさちゃん、トイレに行ってくるから、荷物を見ててもらってもいい?」
「いいよ。そのあと私もトイレに行ってくる」
「ありがとう。うん、わかった。じゃあ行ってくるね」

 トイレに行きたくなったので美沙枝に荷物をお願いし、お財布とスマホ、カメラだけ持ってその場を離れる。

「うう……すごい人!」

 ブルーインパルスの展示飛行が終わったからなのか中には帰る人もちらほらといて、ゲート方向に向かう人だかりがすごい。トイレも結構並んでいたけどなんとか済ませ、さっさと席に戻ると美沙枝と交代した。
 待っている間にスマホで撮った写真を整理したり章吾さんに【カッコよかった!】と手を振っている写真をメールで送ったり、SNSに写真を投稿したりしていた。
 美沙枝が戻って来たらちょうど次の飛行展示が始まった。

「あ、ビーチだ!」
「へ~、あの飛行機はビーチって言うんだね」
「そうだよ!」

 あとはあれは海上保安庁のやつで~、と美沙枝に教わったけど、私にはさっぱりわからなくて「そうなんだ」としか答えられなかった。
 お腹が空いたのでF-2の飛行を見たり写真に撮ったりしながらご飯を食べ、これまでの感想を美沙枝と言い合ったり最初に見たブルーインパルスの展示飛行の技の名前を聞いたりしているとあっという間に午後のブルーインパルスの展示飛行の時間になった。
 午前中と同じようにウォークダウン? ってやつを始めるんだけど、まだ少し時間があるのか、章吾さんはキーパーさんと機体を確認しながら何かを話している。しかも、いつもと違う塩対応な笑顔じゃなく照れたような感じの優しい笑顔を浮かべていたもんだから、四番機の周辺にいた人たちは午前中以上にざわめいていた。
 そしてキョロキョロと観客のほうを見回していた章吾さんが、何かを見つけてキーパーさんに話しているのが見える。それに……。

「あれ? 全員こっちを見てる?」
「うん。ひばりのほうを見てるよね?」

 美沙枝と話していたら章吾さんと目が合った。

「あ、見つかっちゃった!」

 しょうがないので小さく手を振ると章吾さんも片手を上げ、満面の笑顔で答えてくれる。それを見た私たちの近くにいたおじさんたちがシャッターを切りながら「お嬢ちゃん、すげえな……」「何モンだよ、お嬢ちゃんは」って聞かれたけど、曖昧に笑って誤魔化した。

 まさか「彼女です」とか「恋人です」なんて言えるわけないじゃない!

 どよめく周囲を放置して、ご機嫌な様子でブルーインパルスに乗り込む章吾さん。その時の展示飛行は午前中よりも凄くて、SNSでは通しで見た人が『午後の四番機は凄かった!』とか『あの塩対応の藤田さんが歯を見せた満面の笑顔……だと?! 何があった!』と騒いでいたと、帰りの電車の中で美沙枝に教わった。
 そして展示飛行も終わり、戻って来たブルーインパルスたち。最後は観客たちの近くを通り、手を振りながら目の前を歩いてくれたから、一人一人写真を撮ってたんだけど……。

「ひばり、メールを見たぞ。来てくれてありがとな」

 章吾さんが私の顔を見ながらそんなことを言って仕事の時の顔じゃない満面の笑顔を見せたもんだから、周囲にいたおじさんたちにガン見されてとても恥ずかしかった。なので、パイロットが全員通り過ぎたら美沙枝と一緒にさっさと荷物を片付け、地上展示されている飛行機やコックピットの写真を撮ったりお土産を買ったりしてから、松島基地をあとにした。


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