私の彼は、空飛ぶイルカに乗っている

饕餮

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本編

お泊り温泉旅行

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 バイトから帰ってくると、急いで泊まりの用意をする。昨日章吾さんが話してくれた内容によると、バスタオルやタオル、パジャマや歯ブラシなどのアメニティは必要ないと言っていたので、下着と着替えとハンカチだけ用意した。あとはスマホの充電器くらい。
 財布の中身を確かめ、持ち歩き用の鞄に財布とスマホ、今日使うハンカチとティッシュを入れ、念のためいつも持ち歩いているエコバックを詰めると、母に「章吾さんと泊まりで出かけてくる」と声をかけた。店はお盆休みなので商品がないと文句を言われることもないし、ちまちまと作りためているからストックもある。

「ひばり、帰りは明日よね? 何時ごろになりそう?」
「うーん……わかんない。夜だと思うからご飯はいらない」
「わかった。気をつけていってらっしゃい」
「はーい」

 そんなやり取りをして家を出て待っていると、すぐに章吾さんが来たので車に乗り込む。

「章吾さん、どこに行くの?」
「草津に行こうかと思って」
「遠くない?」
「そうでもないぞ? 圏央道から関越に乗るか、直接関越に乗ってしまえばわりと近いしね。ここからなら所沢インターが近いから、関越で行くよ」
「そうなんだ」

 所沢インターチェンジから関越自動車道に乗って渋川伊香保で下りて一時間くらいって言ってた章吾さんだけど、私にはさっぱりわからない。なので運転はお任せで他愛もない話をしていたんだけど、お昼を食べてなかったからお腹が鳴ってしまった。

「ぶふっ」
「うう……っ、恥ずかしい!」
「ごめん、俺は食べたけどひばりは帰って来てすぐだったんだよな。次のパーキングエリアで何か買おうか」
「ごめんなさい」
「いいって。気づかなかった俺が悪いんだし」

 最初に目に入ったパーキングエリアで、トイレを兼ねた休憩を取る。待ち合わせ場所を決め、トイレに行ってそこで先に待っていると章吾さんが来た。但し不機嫌顔だし、その後ろには女性が二人纏わりつくようにくっついて来ていた。

「お待たせ」
「そんなに待ってないけど……また?」
「そう、また。彼女が待ってるって言ってんのに『本当は男友達でしょ?』ってしつこくて」
「わ~、最低」

 私を見た途端に笑顔になった章吾さんに話しかけると、わざと彼女たちや周囲に聞こえるように話す章吾さん。内心苦笑しつつそれにのっかって話すと、彼女たちは顔を真っ赤にしながら足早に逃げていった。……ほんと最低。

 章吾さんはカッコいいからモテるのは仕方ないけど、私だって嫉妬しないわけじゃなんだけどな……。

 内心そんなことを思いながら手を繋いで歩き、パーキングエリア内の売店を見る。夕飯が食べられないと困るので小さめのパンを買い、自販機でペットボトルのお茶を買う。章吾さんは食べ物は買わず、缶コーヒーとペットボトルの水を買っていた。食べるのは車の中でもできるので、そのまま車に戻った。
 パンを食べながら話をする。来年は三年目だから弟子がくるかも知れないこととか、四番機の整備班の人のこととか。松島基地に行った時に写真を撮ってくれた人は小島さんといって四番機をこよなく愛している人で、常にピカピカに磨いてくれる人なんだそうだ。

「大好きなんだね、四番機が」
「ああ。ちょっとでも乱暴に扱うと怒鳴られるくらいには」

 そろそろ出るよと言った章吾さんに頷くと車が動き出す。運転してる最中も四番機の話やブルーインパルスの話をしてくれた。

「失敗はしないの?」
「しないように訓練するんだよ。そりゃあ初めて師匠を後ろに乗せて操縦桿を握った時は緊張してちょっと失敗したけど、その『ちょっと』の失敗が大事故に繋がる可能性があるから常に気を使ってるし、そのための訓練や練習でもある」
「そっか、そうだよね。何かをする時は練習するもんね」

 章吾さんの話を聞くたびに大変なお仕事なんだなって思う。だけど、その積み重ねた時間があるからこそ、それを見た人に感動を与えられるんだと思うと……そんな人が私の彼だと思うと嬉しくなる反面、私でいいのかなって不安にもなる。

「ねえ、章吾さん」
「なんだ?」
「本当に私が彼女でいいのかな……」
「ひばりはまだそんなことを思ってたのか。俺は、気に入らない子は彼女にしたりしないし、抱きたいなんて言わないよ?」
「え……」

 質問してしまってから後悔したけど、運転中の章吾さんを見たら真剣そのものの表情だった。

「そんなに不安なら、昨日みたいに激しく抱いてあげようか?」
「そ、それはちょっと……っ」

 さすがに激しく抱かれるのは翌日つらいと言うと、「じっくりならいいんだな?」と言われてしまい、黙り込んでしまった。

「沈黙は肯定とみなすからな? 今日の夜は楽しみにしてて」
「う~~~~~っ!」

 余計なことを言うんじゃなかったと思っても後の祭り。口は災いの元だと実感したのだった。
 ある意味塩対応な章吾さんにからかわれつつ、関越道を下りる前にもう一度休憩を取り、そのまま草津温泉へ。六時近かったのでそのまま旅館へと行き、駐車場に車を停めた。
 お盆の時期なのによく予約が取れたなあとと思いつつもそれはあとで聞けばいいいからと荷物を持って章吾さんのあとを付いて行く。旅館は木造で、重厚な作りの旅館だった。
 受付で名前を言った章吾さんが受付を済ませている間に、周囲を見てみる。お土産屋さんもあるようで、そこで買い物ができそうだった。

「ひばり、行くぞ」
「うん」

 名前を呼ばれたので章吾さんのあとをついていく。章吾さんの前には仲居さんがいて、案内してくれていた。

「こちらのお部屋でございます。夕食は七時からとなりますが、何時にお持ちいたしましょうか」
「では、七時半でお願いします」
「畏まりました」

 鍵を開けてくれた仲居さんに二人してお礼を言い、鍵を渡された章吾さんに促されて中へと入る。和室で十畳はあるだろうか……かなり広い部屋だった。襖を開けると布団が入っていて、下には金庫もある。部屋に鍵をかけられるけど、念のために金庫にしまったほうがいいのかも。
 部屋の角には座布団と座椅子、テーブルがあり、箪笥みたいなのもあった。章吾さんがテーブルと座椅子、座布団をセットしてくれたので、備え付けてあった急須とお茶碗を持ってお茶を入れる。箪笥を開けて見ると中には浴衣と帯、バスタオルが入っていた。
 別の扉を開けるとトイレと洗面所、脱衣所があった。そこにはタオルとアメニティがおいてあり、もうふたつ扉があった。そこはあとでいいかと部屋に戻ると、章吾さんはお茶を飲んでいた。
 窓には障子が嵌っていて、開けると庭があった。その側にはテーブルと椅子があり、外を眺められるようになっている。目の前にあったのは見事な庭と、そして湯気がたっている露天風呂。

「すごーい! 露天風呂だ~!」
「お。ホントだ。予約をした時に風呂付きって書いてあったんだけど、まさか露店風呂とは……」
「章吾さん……まさか、よからぬことを考えてたりしないよね?」
「さあ……なんのことかな?」

 窓際のところまで湯呑みを持って来て椅子に座ると、外を眺める。露天風呂の話をすると視線を逸らしている章吾さんの顔を見るに、絶対に何か考えてたはず。だけど章吾さんが考えていた露天風呂とは違ったようで、ちょっと安心した。……何をされるかわかんないしね。

「それはともかく、夕飯まで一時間半あるんだけど、どうする? 大浴場に行ってみる?」
「うん! 一度は大きなお風呂に入ってみたいし。部屋の鍵は章吾さんが持ってて。で、どこかで待ち合わせしよ?」
「わかった。じゃあ……」

 時間と待ち合わせ場所を決めると、着替えである浴衣と帯、下着を持って大浴場へと行く。途中まで章吾さんと一緒だったので途中で別れ、大浴場へと入る。

「おお……っ!」

 裸になって浴場に入ると、お風呂は三つあった。湯気の感じからお湯の温度が違うんだろう。誰もいなくて貸切状態なので、パパッと全身を洗うと低めの温度の温泉に入る。
 これからご飯だし、逆上せて章吾さんや旅館の人に迷惑をかけるわけにはいかないし。
 ゆっくり温まると外に出て、扇風機に当たりながら着替える。脱衣所にあった時計を見るとちょうどいい時間だったので、すぐに待ち合わせ場所へと向かうと章吾さんが待っていた。

「ごめんなさい、遅くなっちゃった」
「大丈夫だよ、今来たところだから」

 にっこり笑った章吾さんに笑顔を返すと、そのまま部屋に戻る。

「夕飯はなんだろう? 楽しみだね」
「そうだな」

 そんな会話をしているうちに夕食が運ばれて来て、テーブルに並べてくれた。そして一通り料理の説明をしてくれると、仲居さんは「ごゆっくり」と言って下がっていった。


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