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本編
初めての航空祭
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十一月三日、雲一つない快晴。世間的には旗日――祝日でお休みだけど、彼氏がいないから特にこれといった予定もないし、仕事でもしようと思ってたんだけど……。
「ひばり、入間基地の航空祭行こうよ!」
そんな友人の言葉から始まった、初めて来た入間基地の航空祭。連れて来てくれたのは高校の時からの友人、狭山 美沙枝だった。午前中から基地の中に入り、あちこちさ迷いながら展示されている戦闘機や輸送機、ヘリコプターを見学した。お目当ての飛行機も並んでいて、その前は人が沢山いる。
周囲は人混みと人だかりが出来ていて、カメラやスマホを手に持っている人たちが沢山いてあちこちからシャッター音がする。そのせいなのか、冬だというのに人いきれがすごくて暑いくらいだった。十一月にしては気温が高いせいもあるかも知れない。
「すごいでしょ?!」
「そ、そうだね」
美沙枝はオタクと言えるほど飛行機や戦闘機などが好きな人で、基地が近いとはいえ自衛隊のことなど全く知らない私のためにこの航空祭に連れて来てくれたのだ。
「ほら、もうすぐブルーインパルスがくるよ!」
その言葉にドキドキする。飛び立つ前の確認みたいなのもカッコよかったし、飛び立った時もすごかった。確認している時に飛行機を見たら、翼が動いていたっけ。透明な窓から見えたパイロットさんがにこやかに手を振っていて、中には手を振っているけど笑顔じゃない人もいて、いろんなパイロットさんがいるんだなあ、って思った。
それに毎年この基地に来ているというブルーインパルスを見たこともなかったし、正直に言って興味もなかった。だから初めて見たその機体が飛び上がる瞬間を綺麗だと思ったし、カッコいいとも思った。その分、エンジンの音もすごかったけどね。
アナウンスがかかり、「くるよ」と美沙枝が指差した方向の上空を見上げていると、遠くからキーンとかゴーッという高い音や低く唸る音がしてきて、六機の機体が飛行機雲を作りながら上空を飛んで行く。
説明してくれるアナウンスのあとで時には散開したり旋回したり交差したり、あちこち飛び回りながら白い煙で形を作り、私たち観客の眼を楽しませてくれる。
横一列や縦一列、綺麗に並んでいる三角形。それからハートに矢が刺さっているものや、星の形がとても可愛かった。あと、アナウンスの人が『サクラ』と呼んでいた綺麗な円が六つある、桜の花びらに似た形も。ギリギリで交差した時や二機がくっついて一緒に飛んでた時は思わず「ぶつかる!」って叫んでしまって、美沙枝や周りにいたおじさんやお兄さんたちに「ぶつからないよー!」と笑われてしまったけど。
「……すごく綺麗……」
上空に広がる蒼穹と、機体の白と蒼が一体になって大空を自由自在に飛ぶその姿は、まるで海を泳ぐイルカのようだった。楽しそうに仲間と遊んで泳ぐ、空飛ぶイルカ。
ドキドキしながら夢中になって見ていたらあっという間にショーが終わり、飛行機が基地の滑走路に下りてくる。もっと見ていたいと思っていたから、とても残念だった。
エンジンの爆音と観客の歓声に混じって、感動した私もせいいっぱい拍手を贈った。
――そして機体が停まり、紺色の服と帽子を被った人たちが降りてくる。白と蒼の機体が太陽の光を反射して、キラリと光った。
***
「すごかった! あのハートに矢が刺さってるみたいなのとか、星とか、すっごく可愛かった!」」
「でしょー?! あのハートは『バーティカルキューピッド』って技で、星は『スタークロス』っていうの!」
「へぇー! あと、六機が扇みたいに広がるのも鳥みたいで綺麗でカッコよかった!」
「『フェニックス』かな? 不死鳥を模したものだよ。再生とか復活の願いが込められてるんだよ」
「そうなんだ! あとね……」
美沙枝と二人で今までのことを話していると、時間はあっという間に過ぎる。質問するといろいろと説明してくれるんだけど、正直何を言っているのかわからないのもあった。でもそこは美沙枝の説明がとてもわかりやすくて、理解することができたのは感謝だ。
朝はともかく「昼食を買えないと困るから、一応自分で用意してね」と美沙枝に言われておにぎりを持参してるし、「お昼も食べずにいたからお腹が空いたね」と話してたまたま空いていたベンチを確保し、この場所に詳しい彼女が何か飲み物を買って来てくれるというので、そこで待っていた。けれど混んでいるせいかなかなか戻ってこないし、スマホに連絡してもスピーカーから流れる音楽で聞こえないのか電話にも出なかった。
人いきれのせいで暑いせいかなんだか怠くなって来たし、かといってすれ違うと困るから勝手に移動するわけにはいかない。周辺を見回してみようと立ち上がって数歩歩いたらふらついて石を踏んでしまったらしく、足首を捻って転んでしまった。しかも膝から落ちたせいか、膝を擦り剥いてしまった。
それを周囲の人に見られて恥ずかしかったけど、なんとか立ち上がってベンチに座るとコートを脱いで埃を払い、もう一度コートを着た。そして鞄からウェットティッシュを出すと、膝から出ている血を拭う。
(みさちゃん、まだかなぁ……)
絆創膏なんて持ってないし痛む膝と足首を我慢するものの、膝も足首もズキズキと痛みを主張してきて、どんどん痛くなっていく。
「どうしよう……」
救護ってあったよね? みさちゃんが来たら付き添ってもうらおうかな、なんて思いながらそんなことを呟いてベンチに凭れ掛かって俯き、溜息をついて少しした時だった。
「どうした? 具合でも悪い?」
そう声をかけられたので顔を上げると、そこにはブルーのツナギを着て同色の帽子を被った男性と、モスグリーンのツナギを着て同色の帽子を被った男性の二人組がいた。二人とも髪を短く切り揃えていて、私よりも少しだけ年上に見えた。この基地の関係者だろうか?
「あ、いえ。飲み物を買いに行ったみさちゃん……友人を待っているんですけど、混んでいるのかなかなか来なくて……」
「みさちゃん? もしかして狭山 美沙枝?」
「え……、はい、そうです」
わざわざ屈んでくれて心配そうな顔で私を覗きこみ、声をかけてきたブルーのツナギを着た男性に笑ってそう誤魔化したものの彼には通じなかったようで、顔を顰めていた。そして隣にいたモスグリーンのツナギを着た男性は美沙枝の名前に反応しているし。知ってるのかな?
「それよりも、きみの具合が悪そうだから救護のところに連れて行ってあげるよ」
「あ、いえ。大丈夫ですから!」
「あれ? ジッタ、彼女、膝から血を流してる」
「え? ああ、ホントだ。それに足首も腫れてないか?」
「あ、ホントだ」
「あ……」
もう一人の人に膝を見られてしまった。それを聞いた声をかけてきた男性が、私の膝と目ざとく足首も見てしまったようで、「やっぱり救護のところに行こう」と言われてしまった。
「でも、友人が……」
「大丈夫、コイツに伝言を頼んでおくから」
「ああ。俺が伝言しといてあげるよ」
遠慮しても二人して頷いているし立ち去る様子もないし、周囲には何故か人が集まって来てしまったから、男性の言葉に甘えることにした。
「すみません、お願いしてもいいですか?」
「いいよ」
「じゃあ行こうか。立てる?」
「あ、はい」
そう言われて立ったものの足首が思った以上に痛くて、ふらついてしまった。それを見た男性が顔を顰める。
「目立つことはしたくないけど、足首捻っちゃってるもんな……仕方ない。……ごめんね」
男性がそんなことを呟いて屈むと、私を軽々と持ち上げてしまった。しかも所謂お姫様抱っこで!
「あ、あの! 私、かなり重いですし! そんなに痛くないし自分で歩けますから!」
そう言っても「嘘つけ」という言葉と視線を投げかけるだけで、一向に下ろしてくれない。確かに痛いから助かるけど、男性に抱き上げられたことなんてないからすごく恥ずかしかった。
そして歩くこと十分ほどで救護室に連れていかれてしまった。歩いている間も、腕や足取りが重そうに揺らぐことがなかったのは凄い。
その男性に抱き上げられて移動している間あちこちから視線を向けられていたし、理由はわからないけど睨まれたりもした……特に女性から。なんでだろう? 確かにカッコいい人だし声も素敵な人だ。
「失礼します。ドクター・ジョー、急患」
「おや、藤田一尉がここに女性を連れてくるなんて珍しいね」
「まあね。たまたま見つけてさ……具合悪そうだったし。ついでに俺を匿ってくださいよ」
「ははは、いいよ。さて……キミ、大丈夫? とりあえずここに座ってくれる?」
「……はい」
私を椅子に下ろしてくれた男性と白衣を着た男性が、よくわからない会話をしている。日本人なのに、なんでジョー?
そんなことを考えている間に白衣の人が私を診察してくれた。どうやら捻挫したみたいで、ベッドに移動すると足首に湿布と包帯、膝は消毒と大きな絆創膏を貼ってくれた。
「痛み止めを渡すから飲んでね。あと、念のために夜間診療か明日、病院に行ってね」
「はい。お手数をおかけしてしまって、すみません」
「いいよ、気にしないで」
にっこり笑って手渡してくれたのは今すぐ飲む薬とお水、「おまけだよ」と渡された夜飲む分の痛み止めと飴だった。空きっ腹はダメだと言われたので、お医者さんに断ってからおにぎりを二口ほど食べ、お薬を飲んだあと飴を口に放り込みながら連れて来てくれた人に視線を向けたら目があった。そう言えばお礼も謝罪もしてない。
「あの、すみませんでした」
「ん?」
「どこかに行く途中だったんですよね? それなのに私をここに連れ来てくれて……。ありがとうございました」
立つのもしんどかったので、申し訳ないと思いつつベッドに座ったまま彼に頭を下げたら、驚いた顔をしたあとで笑顔を浮かべた。笑うともっとカッコいい人だ。
「いや、構わないさ。具合悪そうにしてるのに、ほっとくわけにはいかなかったし」
「でも、その……そろそろ友人がくると思ってたし……」
「あんなに人がいたのにそんなわけないだろ? あと、キミが待ってた友達なんだけど、そろそろ俺と一緒にいたやつと一緒にくると思うから――っと。ほら、来た」
本当に伝言を頼んでくれたのかな……と思ったところでノックの音がし、彼と一緒にいた人が、伝言だけじゃなく美沙枝本人も連れて来てくれたようだった。
「失礼します。ジッタ、連れて来た」
「サンキュ、ガック」
「ひばり! 足を怪我してたってこの人から聞いて……っ、だ、大丈夫?」
「うん。心配かけてごめんね」
焦ったように駆け寄ってきた美沙枝に笑顔を向けると、ホッとしたように笑顔を返してくれた。
「いいのいいの! 連絡くれたのに出なかったから、私が心配だったんでしょ? あちこちの店で飲み物を探してた私が悪いんだから……って…………あーーー!! 四番機のドルフィンライダーの藤田さんだ!!」
「おっと、ファンに見つかっちまった! ガック、ここを……」
「ドルフィンライダー? みさちゃん、ドルフィンライダーってなあに? 水族館にいるイルカの調教師のこと? だから二人はブルーとモスグリーンのツナギを着ているのね。ここに水族館があるの? あるならイルカを見たい!」
美沙枝の叫び声で彼が慌てだして移動しようとしてたみたいなんだけど、私には何を言ってるのかわからなくて……。なにそれ? と首を傾げてそんなことを聞いた時だった。
「ぶふっ……!」
「イルカの調教師……っ!」
「くくっ……!」
「ある意味間違っちゃいないが……そ、そんなこと言われたの、初めてだ……っ! ぶ……っ、しかも、基地に水族館……っ!」
「確かにイルカはいるが……っ!」
「イルカ違い……っ!」
『あははははっ!!』
動きを止めた彼を含めた男性三人がいきなりそんなことを言い出して、思いっきり笑い出した。
「え? えぇ? なに? 私、変なこと言った?」
「ちょっ、まっ、ひ、ひばり……! そうだった……ひばりはブルーインパルスのこと、何も知らないんだった……!! それで航空祭に連れて来たのに、なんで忘れてた、私ーーー!!」
そして親友の美沙枝は、私の言葉にそんなことを言って頭を抱えたのだ。
「くくっ……、はあ、笑ったし、キミが気に入った! 名前聞いてもいいかな?」
「ちょっ、ジッタ?!」
「おや。入間にまで聞こえてくるエロ属性発揮かい?」
「は?」
私を連れて来た人がそんなことを言って一緒にいた人を焦らせているし、お医者さんに至っては意味不明なことを言っているし。
「だからさ……キミの名前教えてって言ってるの。ついでに電話やメールの連絡先の交換と、写真も一緒に撮ろうよ」
「ひゃっ!」
耳元で囁かれた声は妙に色気があって……しかもこの人、私の耳に息を吹きかけたあと、耳たぶにキスしたよ?! だから耳を押さえて後ずさろうとしたんだけど、ベッドの上だからこれ以上動けない!
「ねえ……教えてくれるかな? あ、俺は藤田ね。藤田 章吾。キミは?」
じーっと私を見つめながら、色気のある流し目をしてくる彼――藤田さんに、思わず鼓動が跳ねる。いや、だってね、色気のある声と雰囲気でじーっと私を見るんだもん。それに今にもベッドに押し倒されそうだったし……。だから私は――。
「え、えっと……江島 ひばり、です」
それを回避するつもりで、つい名前を返してしまったのだった。
「ひばり、入間基地の航空祭行こうよ!」
そんな友人の言葉から始まった、初めて来た入間基地の航空祭。連れて来てくれたのは高校の時からの友人、狭山 美沙枝だった。午前中から基地の中に入り、あちこちさ迷いながら展示されている戦闘機や輸送機、ヘリコプターを見学した。お目当ての飛行機も並んでいて、その前は人が沢山いる。
周囲は人混みと人だかりが出来ていて、カメラやスマホを手に持っている人たちが沢山いてあちこちからシャッター音がする。そのせいなのか、冬だというのに人いきれがすごくて暑いくらいだった。十一月にしては気温が高いせいもあるかも知れない。
「すごいでしょ?!」
「そ、そうだね」
美沙枝はオタクと言えるほど飛行機や戦闘機などが好きな人で、基地が近いとはいえ自衛隊のことなど全く知らない私のためにこの航空祭に連れて来てくれたのだ。
「ほら、もうすぐブルーインパルスがくるよ!」
その言葉にドキドキする。飛び立つ前の確認みたいなのもカッコよかったし、飛び立った時もすごかった。確認している時に飛行機を見たら、翼が動いていたっけ。透明な窓から見えたパイロットさんがにこやかに手を振っていて、中には手を振っているけど笑顔じゃない人もいて、いろんなパイロットさんがいるんだなあ、って思った。
それに毎年この基地に来ているというブルーインパルスを見たこともなかったし、正直に言って興味もなかった。だから初めて見たその機体が飛び上がる瞬間を綺麗だと思ったし、カッコいいとも思った。その分、エンジンの音もすごかったけどね。
アナウンスがかかり、「くるよ」と美沙枝が指差した方向の上空を見上げていると、遠くからキーンとかゴーッという高い音や低く唸る音がしてきて、六機の機体が飛行機雲を作りながら上空を飛んで行く。
説明してくれるアナウンスのあとで時には散開したり旋回したり交差したり、あちこち飛び回りながら白い煙で形を作り、私たち観客の眼を楽しませてくれる。
横一列や縦一列、綺麗に並んでいる三角形。それからハートに矢が刺さっているものや、星の形がとても可愛かった。あと、アナウンスの人が『サクラ』と呼んでいた綺麗な円が六つある、桜の花びらに似た形も。ギリギリで交差した時や二機がくっついて一緒に飛んでた時は思わず「ぶつかる!」って叫んでしまって、美沙枝や周りにいたおじさんやお兄さんたちに「ぶつからないよー!」と笑われてしまったけど。
「……すごく綺麗……」
上空に広がる蒼穹と、機体の白と蒼が一体になって大空を自由自在に飛ぶその姿は、まるで海を泳ぐイルカのようだった。楽しそうに仲間と遊んで泳ぐ、空飛ぶイルカ。
ドキドキしながら夢中になって見ていたらあっという間にショーが終わり、飛行機が基地の滑走路に下りてくる。もっと見ていたいと思っていたから、とても残念だった。
エンジンの爆音と観客の歓声に混じって、感動した私もせいいっぱい拍手を贈った。
――そして機体が停まり、紺色の服と帽子を被った人たちが降りてくる。白と蒼の機体が太陽の光を反射して、キラリと光った。
***
「すごかった! あのハートに矢が刺さってるみたいなのとか、星とか、すっごく可愛かった!」」
「でしょー?! あのハートは『バーティカルキューピッド』って技で、星は『スタークロス』っていうの!」
「へぇー! あと、六機が扇みたいに広がるのも鳥みたいで綺麗でカッコよかった!」
「『フェニックス』かな? 不死鳥を模したものだよ。再生とか復活の願いが込められてるんだよ」
「そうなんだ! あとね……」
美沙枝と二人で今までのことを話していると、時間はあっという間に過ぎる。質問するといろいろと説明してくれるんだけど、正直何を言っているのかわからないのもあった。でもそこは美沙枝の説明がとてもわかりやすくて、理解することができたのは感謝だ。
朝はともかく「昼食を買えないと困るから、一応自分で用意してね」と美沙枝に言われておにぎりを持参してるし、「お昼も食べずにいたからお腹が空いたね」と話してたまたま空いていたベンチを確保し、この場所に詳しい彼女が何か飲み物を買って来てくれるというので、そこで待っていた。けれど混んでいるせいかなかなか戻ってこないし、スマホに連絡してもスピーカーから流れる音楽で聞こえないのか電話にも出なかった。
人いきれのせいで暑いせいかなんだか怠くなって来たし、かといってすれ違うと困るから勝手に移動するわけにはいかない。周辺を見回してみようと立ち上がって数歩歩いたらふらついて石を踏んでしまったらしく、足首を捻って転んでしまった。しかも膝から落ちたせいか、膝を擦り剥いてしまった。
それを周囲の人に見られて恥ずかしかったけど、なんとか立ち上がってベンチに座るとコートを脱いで埃を払い、もう一度コートを着た。そして鞄からウェットティッシュを出すと、膝から出ている血を拭う。
(みさちゃん、まだかなぁ……)
絆創膏なんて持ってないし痛む膝と足首を我慢するものの、膝も足首もズキズキと痛みを主張してきて、どんどん痛くなっていく。
「どうしよう……」
救護ってあったよね? みさちゃんが来たら付き添ってもうらおうかな、なんて思いながらそんなことを呟いてベンチに凭れ掛かって俯き、溜息をついて少しした時だった。
「どうした? 具合でも悪い?」
そう声をかけられたので顔を上げると、そこにはブルーのツナギを着て同色の帽子を被った男性と、モスグリーンのツナギを着て同色の帽子を被った男性の二人組がいた。二人とも髪を短く切り揃えていて、私よりも少しだけ年上に見えた。この基地の関係者だろうか?
「あ、いえ。飲み物を買いに行ったみさちゃん……友人を待っているんですけど、混んでいるのかなかなか来なくて……」
「みさちゃん? もしかして狭山 美沙枝?」
「え……、はい、そうです」
わざわざ屈んでくれて心配そうな顔で私を覗きこみ、声をかけてきたブルーのツナギを着た男性に笑ってそう誤魔化したものの彼には通じなかったようで、顔を顰めていた。そして隣にいたモスグリーンのツナギを着た男性は美沙枝の名前に反応しているし。知ってるのかな?
「それよりも、きみの具合が悪そうだから救護のところに連れて行ってあげるよ」
「あ、いえ。大丈夫ですから!」
「あれ? ジッタ、彼女、膝から血を流してる」
「え? ああ、ホントだ。それに足首も腫れてないか?」
「あ、ホントだ」
「あ……」
もう一人の人に膝を見られてしまった。それを聞いた声をかけてきた男性が、私の膝と目ざとく足首も見てしまったようで、「やっぱり救護のところに行こう」と言われてしまった。
「でも、友人が……」
「大丈夫、コイツに伝言を頼んでおくから」
「ああ。俺が伝言しといてあげるよ」
遠慮しても二人して頷いているし立ち去る様子もないし、周囲には何故か人が集まって来てしまったから、男性の言葉に甘えることにした。
「すみません、お願いしてもいいですか?」
「いいよ」
「じゃあ行こうか。立てる?」
「あ、はい」
そう言われて立ったものの足首が思った以上に痛くて、ふらついてしまった。それを見た男性が顔を顰める。
「目立つことはしたくないけど、足首捻っちゃってるもんな……仕方ない。……ごめんね」
男性がそんなことを呟いて屈むと、私を軽々と持ち上げてしまった。しかも所謂お姫様抱っこで!
「あ、あの! 私、かなり重いですし! そんなに痛くないし自分で歩けますから!」
そう言っても「嘘つけ」という言葉と視線を投げかけるだけで、一向に下ろしてくれない。確かに痛いから助かるけど、男性に抱き上げられたことなんてないからすごく恥ずかしかった。
そして歩くこと十分ほどで救護室に連れていかれてしまった。歩いている間も、腕や足取りが重そうに揺らぐことがなかったのは凄い。
その男性に抱き上げられて移動している間あちこちから視線を向けられていたし、理由はわからないけど睨まれたりもした……特に女性から。なんでだろう? 確かにカッコいい人だし声も素敵な人だ。
「失礼します。ドクター・ジョー、急患」
「おや、藤田一尉がここに女性を連れてくるなんて珍しいね」
「まあね。たまたま見つけてさ……具合悪そうだったし。ついでに俺を匿ってくださいよ」
「ははは、いいよ。さて……キミ、大丈夫? とりあえずここに座ってくれる?」
「……はい」
私を椅子に下ろしてくれた男性と白衣を着た男性が、よくわからない会話をしている。日本人なのに、なんでジョー?
そんなことを考えている間に白衣の人が私を診察してくれた。どうやら捻挫したみたいで、ベッドに移動すると足首に湿布と包帯、膝は消毒と大きな絆創膏を貼ってくれた。
「痛み止めを渡すから飲んでね。あと、念のために夜間診療か明日、病院に行ってね」
「はい。お手数をおかけしてしまって、すみません」
「いいよ、気にしないで」
にっこり笑って手渡してくれたのは今すぐ飲む薬とお水、「おまけだよ」と渡された夜飲む分の痛み止めと飴だった。空きっ腹はダメだと言われたので、お医者さんに断ってからおにぎりを二口ほど食べ、お薬を飲んだあと飴を口に放り込みながら連れて来てくれた人に視線を向けたら目があった。そう言えばお礼も謝罪もしてない。
「あの、すみませんでした」
「ん?」
「どこかに行く途中だったんですよね? それなのに私をここに連れ来てくれて……。ありがとうございました」
立つのもしんどかったので、申し訳ないと思いつつベッドに座ったまま彼に頭を下げたら、驚いた顔をしたあとで笑顔を浮かべた。笑うともっとカッコいい人だ。
「いや、構わないさ。具合悪そうにしてるのに、ほっとくわけにはいかなかったし」
「でも、その……そろそろ友人がくると思ってたし……」
「あんなに人がいたのにそんなわけないだろ? あと、キミが待ってた友達なんだけど、そろそろ俺と一緒にいたやつと一緒にくると思うから――っと。ほら、来た」
本当に伝言を頼んでくれたのかな……と思ったところでノックの音がし、彼と一緒にいた人が、伝言だけじゃなく美沙枝本人も連れて来てくれたようだった。
「失礼します。ジッタ、連れて来た」
「サンキュ、ガック」
「ひばり! 足を怪我してたってこの人から聞いて……っ、だ、大丈夫?」
「うん。心配かけてごめんね」
焦ったように駆け寄ってきた美沙枝に笑顔を向けると、ホッとしたように笑顔を返してくれた。
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「おっと、ファンに見つかっちまった! ガック、ここを……」
「ドルフィンライダー? みさちゃん、ドルフィンライダーってなあに? 水族館にいるイルカの調教師のこと? だから二人はブルーとモスグリーンのツナギを着ているのね。ここに水族館があるの? あるならイルカを見たい!」
美沙枝の叫び声で彼が慌てだして移動しようとしてたみたいなんだけど、私には何を言ってるのかわからなくて……。なにそれ? と首を傾げてそんなことを聞いた時だった。
「ぶふっ……!」
「イルカの調教師……っ!」
「くくっ……!」
「ある意味間違っちゃいないが……そ、そんなこと言われたの、初めてだ……っ! ぶ……っ、しかも、基地に水族館……っ!」
「確かにイルカはいるが……っ!」
「イルカ違い……っ!」
『あははははっ!!』
動きを止めた彼を含めた男性三人がいきなりそんなことを言い出して、思いっきり笑い出した。
「え? えぇ? なに? 私、変なこと言った?」
「ちょっ、まっ、ひ、ひばり……! そうだった……ひばりはブルーインパルスのこと、何も知らないんだった……!! それで航空祭に連れて来たのに、なんで忘れてた、私ーーー!!」
そして親友の美沙枝は、私の言葉にそんなことを言って頭を抱えたのだ。
「くくっ……、はあ、笑ったし、キミが気に入った! 名前聞いてもいいかな?」
「ちょっ、ジッタ?!」
「おや。入間にまで聞こえてくるエロ属性発揮かい?」
「は?」
私を連れて来た人がそんなことを言って一緒にいた人を焦らせているし、お医者さんに至っては意味不明なことを言っているし。
「だからさ……キミの名前教えてって言ってるの。ついでに電話やメールの連絡先の交換と、写真も一緒に撮ろうよ」
「ひゃっ!」
耳元で囁かれた声は妙に色気があって……しかもこの人、私の耳に息を吹きかけたあと、耳たぶにキスしたよ?! だから耳を押さえて後ずさろうとしたんだけど、ベッドの上だからこれ以上動けない!
「ねえ……教えてくれるかな? あ、俺は藤田ね。藤田 章吾。キミは?」
じーっと私を見つめながら、色気のある流し目をしてくる彼――藤田さんに、思わず鼓動が跳ねる。いや、だってね、色気のある声と雰囲気でじーっと私を見るんだもん。それに今にもベッドに押し倒されそうだったし……。だから私は――。
「え、えっと……江島 ひばり、です」
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