上 下
58 / 87
北の国・スティーリア篇

こっきょうでしゅ

しおりを挟む
 肌触りのいい黒虎のぬいぐるみをもふもふしつつ、国境に向かって歩いているわけですが。

 いやあ、町の門を抜けるまで、すんごい注目を浴びたよ! 今も歩きながら、国境から来た冒険者や商人たちに、二度見されるくらいには注目を浴びている。
 ほとんどが冒険者スタイルの大人たちに対してだが、それに交じって私が抱きついている黒虎にも注目が集まっているわけで。フードを被って顔が見えないはずなのに、私の身長よりも大きなぬいぐるみを持っているからって、どうしてここまで注目されるんすかね?
 大きさが問題なのかな。だけど、気持ちいいのよ、このぬいぐるみ。バトラーさんを触っているようで、ずっと抱きしめていたくなる。
 とはいえ、あまりにも注目されるので、とうとう小さいほうにしなさいと、バトラーさんからお叱りを受けてしまった。嫌だったので思いっきり抵抗してみた!

「いやでしゅ! これがいいでしゅ!」

 小さい声で抗議してみた結果。

「ふふふ……ステラちゃん? 大人の言うことは聞きましょうね」
「……っ! ぁ、ぁぃ……」

 真っ黒い笑みを浮かべたセレスさんに微笑まれ、背筋が凍る。こ、この笑みはヤバい……! 逆らったらあかんやーつ!
 てなわけで、ガクブルしていたら、バトラーさんに小さな黒虎と交換されてしまったのだった。
 これはこれで同じ触り心地ではあるんだが、なんというか、こう……抱きしめ具合が違うんだよ。大きさの違いと言ってしまえばそれまでだけれど、それでも違和感があるのだ。
 だけど、セレスさんをこれ以上怒らせてはいけないと、私の本能が囁いている。なので、我慢してぬいぐるみバトラーさん(小)を抱きしめるしかなかった。
 とほほ……。
 ま、まあ、小さくなった途端に視線が減ったってことは、それだけ目立ってたってことだもんね。
 あかん、マジで精神が肉体年齢に引っ張られているがな。それならそれで、あまり我儘を言わない幼児に徹するか……?
 とはいえ、本気の我儘ではない限り私の行動を制限することはないので、そこはしっかり見極めてから我儘を言おうと思う。私の我儘なんて、たいしたものじゃないしね。……たぶん。
 そんなやりとりはあったものの他は特に問題もなく、国境に着く。石造りの壁と門があり、そこには兵士だか騎士だかわからないが手前に三人、少しずれた感じで奥のほうにも三人いた。
 人の流れとしては、六車線の高速道路をイメージしてもらうとわかりやすいかな? ふたつが徒歩や馬での移動や小さな荷車を持つ人たち、もうひとつは馬車が通れるよう、かなり幅広くとられている。
 もちろん護衛なども馬車と一緒に通っている。
 向こうの国から来た場合、あっちで確認されたあとこっちに来て、出る時に身分証だけ見せて出ているみたい。
 それなりに出入りがあるようでこっちもあっちも並んでいるけれど、三人で分担しているからなのか、動きは比較的スムーズだ。五分も並ぶとすぐに順番が来る。

「身分証の提示と、水晶球の判別をお願いします」

 そう声をかけたのは四十代くらいのおっちゃんで、私を見て優し気に微笑んでいる。

「身分証はあるかい?」
「……」
「はい、ありがとう。次はこれに触ってくれるかな」
「……」

 無言で頷き、手を挙げて応える私。ついで水晶球に触ると、青く光った。なんとも不思議な球だよなあ。
 声を出したいんだけどさ、セバスさんから許可が出てないんだよー。ごめんよ、おっちゃん。

「もしかして、声が……?」
「ああ。俺たちが拾った時にはもう、この状態だった」
「そうですか……。いつか話せるようになるといいな」

 バトラーさんと話しつつ、そんなことを言いながらフードの上から私の頭を撫でるおっちゃんに、つい、後ろめたさで胸が痛くなる。何度も言うけど、セバスさんから許可がおりてないせいだからね! 恨むならセバスさんを恨んでね!
 などと明後日の方向に文句を言いつつ、問題がなかったようなのでバイバイと手を振って通り抜ける。五メートルも歩くとすぐに隣国の出口側に到着し、そこでも身分証を呈示してアーチをくぐった。
 視界の先にあったのは、代わり映えしない景色。比較的真っ直ぐに伸びた土の街道と、積もっている雪だけだ。
 街道にはわだちや蹄跡、そして靴跡があるだけでこれといったものはなく、街道の周囲は狭い範囲の原っぱと、その奥には森が広がっている。雪原には動物の足跡があったりして、見ていて楽しい。
 いくら街道を整備しているとはいえ、町の中や周囲以外は日本のようにアスファルトじゃないので、溶けた雪の水溜まりができていたり、場所によっては泥状になっていたりしている。なので、未だに私はバトラーさんに抱っこされたままだった。
 歩いてみたい気もするけれど、長靴のような防水仕様の靴じゃないから仕方がない。キャシーさんはそういった靴も作れるそうなので、そのうち頼んでみよう。
 そうこうするうちに街道の横に柵で囲まれた、広い場所がいくつも見えてくる。なんだろうと思い、小さな声でバトラーさんに質問してみた。

「バトラーしゃん、あのしゃくでかこまりぇたばちょはなんでしゅか?」
「あれは休憩所だ。柵は魔物除けを兼ねている」
「夜になると魔物が出るからね。だから、ああやって柵で囲い、魔物が寄ってこないようにしてるんだよ」
「ほえ~」

 もっと詳しく休憩所のことを聞くと、街道には一定の距離で休憩所が設けられているという。町や村との距離が長く、徒歩や馬車では一日で辿り着けないこともあるんだとか。
 なので、そういった場合のために馬車や馬、護衛と一緒にテントを張り、一泊できるようになっているそうだ。休憩はもちろんのこと、食事や水分補給、トイレ事情なども解消できるようになっているんだと。
 で、一泊するってことは、そこで夜を明かさないといけないんだけれど、夜は魔物が活発になるだけじゃなく、国によっては昼間でも野盗や夜盗が現れる。それらを警戒するために、交代で見張りをして一晩過ごすという。
 まあ、野盗や夜盗は昼間は人気ひとけのない、木々に覆われた場所にある街道などに潜んで襲うことがほとんどなので、国自体が荒れていなければ休憩所を襲ってまで食料などを得ようと思わないそうだ。
 つまり、一時期滞在していた森の近くで聞いた騒ぎは、滅多に起こらないらしい。
 そんな休憩所事情を聞いている間に、休憩所に着く。比較的人が少ない場所へ行って結界を張ったあと、休憩と水分補給。
 寒いから火を熾し、温まりつつお湯を沸かして紅茶を淹れたセバスさんは、パパっと作業してミルクティーを淹れている。さすがセバスさんや~。……冒険者スタイルだから、違和感が凄いけど。

「ステラ、次の休憩所でお昼を摂る。昼寝から起きたら話してもいいぞ」
「あい!」

 やっと許可が出ましたー!
 まあ、私がお昼寝している間に、すんごい距離を稼いでそうだもんな。起きたら町や村をふたつみっつ越えてても驚かん。
 休憩を終えたら火の始末をして結界を解き、街道に戻る。今度はテトさんに抱っこされたのでぬいぐるみテトさん(小)を抱きかかえたら、満面の笑みを浮かべたテトさんが、ハートをたくさん飛ばしている幻影が見えた。
 新しい国に入ったことだし、町の様子も気になる。
 楽しみだなあと思いつつ、テトさんにしがみついたまま、周囲の景色を楽しんだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

幼女に転生したらイケメン冒険者パーティーに保護&溺愛されています

ひなた
ファンタジー
死んだと思ったら 目の前に神様がいて、 剣と魔法のファンタジー異世界に転生することに! 魔法のチート能力をもらったものの、 いざ転生したら10歳の幼女だし、草原にぼっちだし、いきなり魔物でるし、 魔力はあって魔法適正もあるのに肝心の使い方はわからないし で転生早々大ピンチ! そんなピンチを救ってくれたのは イケメン冒険者3人組。 その3人に保護されつつパーティーメンバーとして冒険者登録することに! 日々の疲労の癒しとしてイケメン3人に可愛いがられる毎日が、始まりました。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

転移先は薬師が少ない世界でした

饕餮
ファンタジー
★この作品は書籍化及びコミカライズしています。 神様のせいでこの世界に落ちてきてしまった私は、いろいろと話し合ったりしてこの世界に馴染むような格好と知識を授かり、危ないからと神様が目的地の手前まで送ってくれた。 職業は【薬師】。私がハーブなどの知識が多少あったことと、その世界と地球の名前が一緒だったこと、もともと数が少ないことから、職業は【薬師】にしてくれたらしい。 神様にもらったものを握り締め、ドキドキしながらも国境を無事に越え、街でひと悶着あったから買い物だけしてその街を出た。 街道を歩いている途中で、魔神族が治める国の王都に帰るという魔神族の騎士と出会い、それが縁で、王都に住むようになる。 薬を作ったり、ダンジョンに潜ったり、トラブルに巻き込まれたり、冒険者と仲良くなったりしながら、秘密があってそれを話せないヒロインと、ヒロインに一目惚れした騎士の恋愛話がたまーに入る、転移(転生)したヒロインのお話。

自重をやめた転生者は、異世界を楽しむ

饕餮
ファンタジー
書籍発売中! 詳しくは近況ノートをご覧ください。 桐渕 有里沙ことアリサは16歳。天使のせいで異世界に転生した元日本人。 お詫びにとたくさんのスキルと、とても珍しい黒いにゃんこスライムをもらい、にゃんすらを相棒にしてその世界を旅することに。 途中で魔馬と魔鳥を助けて懐かれ、従魔契約をし、旅を続ける。 自重しないでものを作ったり、テンプレに出会ったり……。 旅を続けるうちにとある村にたどり着き、スキルを使って村の一番奥に家を建てた。 訳アリの住人たちが住む村と、そこでの暮らしはアリサに合っていたようで、人間嫌いのアリサは徐々に心を開いていく。 リュミエール世界をのんびりと冒険したり旅をしたりダンジョンに潜ったりする、スローライフ。かもしれないお話。 ★最初は旅しかしていませんが、その道中でもいろいろ作ります。 ★本人は自重しません。 ★たまに残酷表現がありますので、苦手な方はご注意ください。 表紙は巴月のんさんに依頼し、有償で作っていただきました。 黒い猫耳の丸いものは作中に出てくる神獣・にゃんすらことにゃんこスライムです。 ★カクヨムでも連載しています。カクヨム先行。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。