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本編
八話目
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翌日、ユリウス様がサイラング家にいらっしゃいました。しばらく父と何か話をしておりましたが、話し合いが終わったのか途中で父に呼ばれたのです。応接室に行けばユリウス様と、父だけではなく母もいたことに驚きます。
「ここに座りなさい」
父に呼ばれて座った場所は両親の間でした。何があったのか、何が起こるのかわからなくて両親とユリウス様の顔を順番に見ますと、母が私の手をそっと握ってくださいました。
「アイリス、アーヴィング家を通してユリウス殿から婚姻の申し込みがあった。ユリウス殿と番う気はあるかい?」
「お父様……? 番うも何も、わたくしはもうサイラング家の娘では……」
「アイリスは元だと思っているようだが、実際はいまだにサイラング家の娘だよ」
「どうして……」
今もサイラング家の娘だと父に言われた私は、そのことに戸惑います。
「それはあとで説明するよ。……アイリス、ユリウス殿と番う気はあるかい?」
「……わたくしでいいのでしょうか。確かにわたくし自身も、ユリウス様が番だと感じていますわ。けれど、貴族の令嬢として過ごした時間よりも、市井で暮らした時間のほうが長いのです。そんなわたくしが、ユリウス様と番になってもいいのでしょうか」
「マナーなどはまた学べばいいだけの話だよ、アイリス。ユリウス殿を番と感じているならば、この婚姻を進めてもいいかい?」
婚姻の申し込みをして来たのは、我が家よりも格上のアーヴィング公爵家です。サイラング侯爵家の当主として命令することもできるのに、父は私に確認をしてくださいます。
「アイリス嬢、どうか私と婚姻し、番となっていただけますか?」
本当に私でいいのでしょうかと悩んでいるうちに、立ち上がって私の傍に来たユリウス様は、跪いて私の手を取ると左中指の指先に口付けを落としました。それは、番に対する竜人の求愛です。
昨日、私はユリウス様と口付けを交わしました。それを拒むこともできたのに、私は受け入れたのです。
思い出を抱いて逝くはずだった私の人生……。ですが、ユリウス様と番うことができると言うのならば――
――私の答えは決まっています。
「……はい、ユリウス様」
滲んで来た涙を指先で拭ってくださったユリウス様は、「ありがとう」と嬉しそうに微笑んでくださいました。そのあといつ婚姻するのか話し合い、アーヴィング家の用意や私のマナーなどの再教育のこともあり、三月後に決まりました。
王族でもない限り、竜人は式を挙げたりいたしません。婚姻の誓約書に二人の名前を書いて王宮に提出し、貴族は両陛下に謁見して番になったことを報告すれば終わりなのです。
我が家で昼食を食べ、サロンでお茶を飲んで私や父と談笑したユリウス様は、「時々会いに来ます」と仰ってくださったあと、帰って行かれました。それを寂しく感じたのは内緒です。
そのあと、私が今までどういう扱いになっていたのかを、父に聞かされました。
竜人は元々子供が生まれにくいのです。だからヒト族になろうとも、ヒト族のように切り捨てたりはしない、この屋敷で暮らしていなくとも私が死ぬまではサイラング家の娘だと仰ってくださいました。
市井で暮らしている間は、婚約式前に高熱で倒れたことを理由に、そのまま病気療養に専念していると社交界には伝わっているそうです。もし呪われていることも知らずヒトのまま死んだならば、病気で亡くなったことにする予定だったと仰いました。確かにそうしないと辻褄が合わなくなります。
私の他にも呪われた方たちがいて、その方たちの番にナナイ様のお話を伝えたところ、私と同じように全員が元に戻ったそうです。だから父も兄も大丈夫だと仰ったのだと。そして誰がそんなことをしたのか聞いたのですけれど、わからないのだとか。
もしかしたら、本当はわかっているのかも知れません。けれど、父も兄も何も仰らないということは、私が知る必要がないか、知らないほうがいいことなのだと思いましたのでそれ以上聞くことはしませんでした。
マナーやダンスは身体が覚えていたのか、母に多少叱られる程度で済みましたが、勉強はうっすらと覚えている程度でしたのできちんとできるようになるまで苦労しましたけれど、ユリウス様とお会いしたりしながらいろいろと頑張りました。ユリウス様は宰相のお仕事の合間をぬって私に会いに来てくださいましたが、外交だけではなく他にも問題が起こったとかで、ユリウス様だけではなく王宮に勤めている二人の兄や父まで忙しそうにしておりました。
市井にいる時に住んでいた私の家は、私からすれば姉弟子にあたる方で彼女のお弟子さんが住んでくれることになったそうです。私と同じような薬を作って売り、お菓子も私と同じものと違うものを売るのだと聞きました。
私の扱いはというと出かけた先で倒れ、私に会いに来た親戚にそのまま引き取られたことにしたそうです。その話は無理があるような気もしますが、年相応の竜人に戻ってしまった私が顔を出すわけにもいかないだろうと、父や兄に言われてしまいました。お世話になった方々に直接お礼を言いたかったのですけれど、そのお礼は屋敷の使用人が親戚を装って近所の方々に伝えるよう手配すると言われてしまい、仕方がないと諦めて頷きました。
そして三月後。私とユリウス様は四十年の時を経て婚姻し、番となったのです。
王宮に誓約書を提出し、両陛下の御前でユリウス様と一緒に番となったことを報告しました。その時になぜか両陛下から謝罪されて首を傾げましたが、ユリウス様は「アイリスはそのまま謝罪を受け入れればいいですから」と仰ったのですが……意味がわかりません。
夜会や王宮で、『国庫を傾けるほどに予算を使い過ぎた』とか『番がいるのにその方に言い寄っていた』とかで第二王女のリリアーナ様が幽閉されたと噂になっていましたが、本当のところはわからないそうです。
まあ、私が成人する前からあまりいい噂を聞かなかった方ですし、私が市井にいる間に何か仕出かしたのだろうくらいにしか思いませんでした。もともと商人たちの間ではリリアーナ様の評判はよくなかったですし、噂すらも聞きたくないという方が多かったですしね。
王宮を辞してユリウス様とアーヴィング家へと向かいました。今日から私は、ユリウス様と一緒に暮らすことになっています。義父母はユリウス様の婚姻を機に家督をユリウス様に譲ることにし、お二人は領地でのんびりと暮らしたいそうなのですが、私がアーヴィング家に慣れるまで……公爵夫人としてある程度のことができるようになるまで、私の手伝いという名の教育をしてくださるそうです。
侯爵家と公爵家では役割も重責も違います。サイラング家は筆頭侯爵ではありますが、所詮は侯爵家で内政向きの家系なのです。筆頭に近いうえに外交を担っているアーヴィング公爵家とは役割が違うのですから、覚えることがたくさんあって大変そうです。物覚えの悪い私に全て覚えられるかどうか心配ですが、ユリウス様に恥をかかせないように頑張りたいと思います。
義父母と挨拶を交わし、アーヴィング家の執事や私付きの侍女や使用人たちを紹介していただいたり、義父母やユリウス様と夕食を取り、湯浴みやマッサージをいろいろされて夜着を着せられ連れて行かれた場所には、ユリウス様がいらっしゃいました。今日からここが私とユリウス様のお部屋なるそうです。そして先にお部屋にいらっしゃったユリウス様ですが、いつも纏めている艶やかな黒髪は、今は纏められることなくユリウス様の肩や背中を覆っています。
ソファーに座って本を読んでいたユリウス様は、私に気づくと本を閉じてテーブルの上に乗せ、立ち上がると私の近くへ来て手を引くと歩き出しました。繋がれた手が熱くて、普段見れないユリウス様を見ることができて、胸が高鳴ります。
視線の先にあるのは一つの扉で、そこを開けた先にはベッドがありました。つまりは寝室で……。
「今日からここが二人の寝室ですよ」
ユリウス様が仰られた意味に気づいて、思わず固まります。婚約期間中も、この三月の間も、アーヴィング家に何度か泊まったことがあります。けれどそれはいつも別の部屋だったからと油断していました。番になった以上、そんなことあるはずがありませんのに。
背中を押されて促され、一歩、二歩と入れば背後でパタンと扉の閉まる音がします。そのままベッドへと歩き出すのかと思えば、ユリウス様は私をギュッと強く抱き締めて来ました。
「……ようやく、貴女と番うことができました」
「ユリウス様……?」
「……侯爵家とセガルからは貴女が死んだと聞かされてはいても、社交界では病気療養中だと噂が流れて。……あの時の私は、婚約を破棄されたことに動揺して『竜人として死んだ』という意味に意識が向いていませんでしたし、侯爵家と噂、どちらを信じていいのかわかりませんでした」
「……」
抱き締めるその腕が微かに震えているのが伝わります。
「貴女と出会い、貴女が成人するまで十三年待ち、ようやく貴女が成人してその婚約と同時に婚姻を結んで番になるはずだったのにその全てが崩れたのですから、信じられなかったのは当然でしょう? けれど、四十年たってようやく貴女をこの腕の中に閉じ込めることができた……番うことができた」
「ユリウス様……」
「もし、もっと早く呪われていたとわかっていればと思うこともありましたが、それはもう終わったことです。過去に戻ることもできませんし忙しかったこの四十年のことを思えば、きっと貴女に寂しい思いをさせていたと思うと、必要な時間だったのだと思います。……長期間の休みなど、取れなかったと思いますしね」
抱き締めていた腕を緩めたユリウス様がチュッと音を立てて私に口付けを落とすと、もう一度私を抱き締めました。
「休みはたっぷりあります。その間にこの家のこと、領地のこと、貴女が市井でどんなふうに過ごしていたのかをたくさん話しましょう。もちろん、私もたくさん貴女と話し、愛します。出会った時から数えると五十三年です……覚悟してくださいね」
どんな覚悟なのですかと聞く暇もなく、またユリウス様に口付けを落とされ、泉の中でされたように徐々に深い口付けになって行きます。それと同時に手が動いて私の身体を撫で、夜着の上からそっと胸を掴まれ、やわやわと揉まれて行きます。
「ふぁ、ん……っ」
徐々に全身に広がって行く痺れたような甘い疼きにユリウス様の夜着を掴めば、やわやわと胸を揉んでいた手が離され、口付けも解かれて夜着も下着も脱がされてしまい、私を抱き上げてベッドへと近付くと私を横たえ、私の身体を見下ろしました。その目は、愛情に溢れながらもどこか捕食者を思わせるものなのだと……男性の竜人が女性の竜人を本当の意味で自分の番にするための目だと本能的に悟り、私の心と身体が喜びに震えるのがわかります。
「……綺麗ですよ、アイリス……」
伸びて来たユリウス様の両手が私の全身を撫で上げ、最後に胸を掴んでやわやわとまた揉み始めました。その手が生み出す熱と痺れが、自然と私に声をあげさせます。
「あ……ん、はぅ……あぁ……」
「私の愛しき番……アイリス……今までの分も含め、たっぷりと貴女を愛撫し、愛してあげましょう。……たくさん啼いて、その可愛い声を聞かせてください」
私が満足するのはいつでしょうね、と仰ったユリウス様にほんの少し恐怖するものの、その手や唇はあっけなくその恐怖を払い、彼から与えられる熱に侵され、溺れて行きました。
「ここに座りなさい」
父に呼ばれて座った場所は両親の間でした。何があったのか、何が起こるのかわからなくて両親とユリウス様の顔を順番に見ますと、母が私の手をそっと握ってくださいました。
「アイリス、アーヴィング家を通してユリウス殿から婚姻の申し込みがあった。ユリウス殿と番う気はあるかい?」
「お父様……? 番うも何も、わたくしはもうサイラング家の娘では……」
「アイリスは元だと思っているようだが、実際はいまだにサイラング家の娘だよ」
「どうして……」
今もサイラング家の娘だと父に言われた私は、そのことに戸惑います。
「それはあとで説明するよ。……アイリス、ユリウス殿と番う気はあるかい?」
「……わたくしでいいのでしょうか。確かにわたくし自身も、ユリウス様が番だと感じていますわ。けれど、貴族の令嬢として過ごした時間よりも、市井で暮らした時間のほうが長いのです。そんなわたくしが、ユリウス様と番になってもいいのでしょうか」
「マナーなどはまた学べばいいだけの話だよ、アイリス。ユリウス殿を番と感じているならば、この婚姻を進めてもいいかい?」
婚姻の申し込みをして来たのは、我が家よりも格上のアーヴィング公爵家です。サイラング侯爵家の当主として命令することもできるのに、父は私に確認をしてくださいます。
「アイリス嬢、どうか私と婚姻し、番となっていただけますか?」
本当に私でいいのでしょうかと悩んでいるうちに、立ち上がって私の傍に来たユリウス様は、跪いて私の手を取ると左中指の指先に口付けを落としました。それは、番に対する竜人の求愛です。
昨日、私はユリウス様と口付けを交わしました。それを拒むこともできたのに、私は受け入れたのです。
思い出を抱いて逝くはずだった私の人生……。ですが、ユリウス様と番うことができると言うのならば――
――私の答えは決まっています。
「……はい、ユリウス様」
滲んで来た涙を指先で拭ってくださったユリウス様は、「ありがとう」と嬉しそうに微笑んでくださいました。そのあといつ婚姻するのか話し合い、アーヴィング家の用意や私のマナーなどの再教育のこともあり、三月後に決まりました。
王族でもない限り、竜人は式を挙げたりいたしません。婚姻の誓約書に二人の名前を書いて王宮に提出し、貴族は両陛下に謁見して番になったことを報告すれば終わりなのです。
我が家で昼食を食べ、サロンでお茶を飲んで私や父と談笑したユリウス様は、「時々会いに来ます」と仰ってくださったあと、帰って行かれました。それを寂しく感じたのは内緒です。
そのあと、私が今までどういう扱いになっていたのかを、父に聞かされました。
竜人は元々子供が生まれにくいのです。だからヒト族になろうとも、ヒト族のように切り捨てたりはしない、この屋敷で暮らしていなくとも私が死ぬまではサイラング家の娘だと仰ってくださいました。
市井で暮らしている間は、婚約式前に高熱で倒れたことを理由に、そのまま病気療養に専念していると社交界には伝わっているそうです。もし呪われていることも知らずヒトのまま死んだならば、病気で亡くなったことにする予定だったと仰いました。確かにそうしないと辻褄が合わなくなります。
私の他にも呪われた方たちがいて、その方たちの番にナナイ様のお話を伝えたところ、私と同じように全員が元に戻ったそうです。だから父も兄も大丈夫だと仰ったのだと。そして誰がそんなことをしたのか聞いたのですけれど、わからないのだとか。
もしかしたら、本当はわかっているのかも知れません。けれど、父も兄も何も仰らないということは、私が知る必要がないか、知らないほうがいいことなのだと思いましたのでそれ以上聞くことはしませんでした。
マナーやダンスは身体が覚えていたのか、母に多少叱られる程度で済みましたが、勉強はうっすらと覚えている程度でしたのできちんとできるようになるまで苦労しましたけれど、ユリウス様とお会いしたりしながらいろいろと頑張りました。ユリウス様は宰相のお仕事の合間をぬって私に会いに来てくださいましたが、外交だけではなく他にも問題が起こったとかで、ユリウス様だけではなく王宮に勤めている二人の兄や父まで忙しそうにしておりました。
市井にいる時に住んでいた私の家は、私からすれば姉弟子にあたる方で彼女のお弟子さんが住んでくれることになったそうです。私と同じような薬を作って売り、お菓子も私と同じものと違うものを売るのだと聞きました。
私の扱いはというと出かけた先で倒れ、私に会いに来た親戚にそのまま引き取られたことにしたそうです。その話は無理があるような気もしますが、年相応の竜人に戻ってしまった私が顔を出すわけにもいかないだろうと、父や兄に言われてしまいました。お世話になった方々に直接お礼を言いたかったのですけれど、そのお礼は屋敷の使用人が親戚を装って近所の方々に伝えるよう手配すると言われてしまい、仕方がないと諦めて頷きました。
そして三月後。私とユリウス様は四十年の時を経て婚姻し、番となったのです。
王宮に誓約書を提出し、両陛下の御前でユリウス様と一緒に番となったことを報告しました。その時になぜか両陛下から謝罪されて首を傾げましたが、ユリウス様は「アイリスはそのまま謝罪を受け入れればいいですから」と仰ったのですが……意味がわかりません。
夜会や王宮で、『国庫を傾けるほどに予算を使い過ぎた』とか『番がいるのにその方に言い寄っていた』とかで第二王女のリリアーナ様が幽閉されたと噂になっていましたが、本当のところはわからないそうです。
まあ、私が成人する前からあまりいい噂を聞かなかった方ですし、私が市井にいる間に何か仕出かしたのだろうくらいにしか思いませんでした。もともと商人たちの間ではリリアーナ様の評判はよくなかったですし、噂すらも聞きたくないという方が多かったですしね。
王宮を辞してユリウス様とアーヴィング家へと向かいました。今日から私は、ユリウス様と一緒に暮らすことになっています。義父母はユリウス様の婚姻を機に家督をユリウス様に譲ることにし、お二人は領地でのんびりと暮らしたいそうなのですが、私がアーヴィング家に慣れるまで……公爵夫人としてある程度のことができるようになるまで、私の手伝いという名の教育をしてくださるそうです。
侯爵家と公爵家では役割も重責も違います。サイラング家は筆頭侯爵ではありますが、所詮は侯爵家で内政向きの家系なのです。筆頭に近いうえに外交を担っているアーヴィング公爵家とは役割が違うのですから、覚えることがたくさんあって大変そうです。物覚えの悪い私に全て覚えられるかどうか心配ですが、ユリウス様に恥をかかせないように頑張りたいと思います。
義父母と挨拶を交わし、アーヴィング家の執事や私付きの侍女や使用人たちを紹介していただいたり、義父母やユリウス様と夕食を取り、湯浴みやマッサージをいろいろされて夜着を着せられ連れて行かれた場所には、ユリウス様がいらっしゃいました。今日からここが私とユリウス様のお部屋なるそうです。そして先にお部屋にいらっしゃったユリウス様ですが、いつも纏めている艶やかな黒髪は、今は纏められることなくユリウス様の肩や背中を覆っています。
ソファーに座って本を読んでいたユリウス様は、私に気づくと本を閉じてテーブルの上に乗せ、立ち上がると私の近くへ来て手を引くと歩き出しました。繋がれた手が熱くて、普段見れないユリウス様を見ることができて、胸が高鳴ります。
視線の先にあるのは一つの扉で、そこを開けた先にはベッドがありました。つまりは寝室で……。
「今日からここが二人の寝室ですよ」
ユリウス様が仰られた意味に気づいて、思わず固まります。婚約期間中も、この三月の間も、アーヴィング家に何度か泊まったことがあります。けれどそれはいつも別の部屋だったからと油断していました。番になった以上、そんなことあるはずがありませんのに。
背中を押されて促され、一歩、二歩と入れば背後でパタンと扉の閉まる音がします。そのままベッドへと歩き出すのかと思えば、ユリウス様は私をギュッと強く抱き締めて来ました。
「……ようやく、貴女と番うことができました」
「ユリウス様……?」
「……侯爵家とセガルからは貴女が死んだと聞かされてはいても、社交界では病気療養中だと噂が流れて。……あの時の私は、婚約を破棄されたことに動揺して『竜人として死んだ』という意味に意識が向いていませんでしたし、侯爵家と噂、どちらを信じていいのかわかりませんでした」
「……」
抱き締めるその腕が微かに震えているのが伝わります。
「貴女と出会い、貴女が成人するまで十三年待ち、ようやく貴女が成人してその婚約と同時に婚姻を結んで番になるはずだったのにその全てが崩れたのですから、信じられなかったのは当然でしょう? けれど、四十年たってようやく貴女をこの腕の中に閉じ込めることができた……番うことができた」
「ユリウス様……」
「もし、もっと早く呪われていたとわかっていればと思うこともありましたが、それはもう終わったことです。過去に戻ることもできませんし忙しかったこの四十年のことを思えば、きっと貴女に寂しい思いをさせていたと思うと、必要な時間だったのだと思います。……長期間の休みなど、取れなかったと思いますしね」
抱き締めていた腕を緩めたユリウス様がチュッと音を立てて私に口付けを落とすと、もう一度私を抱き締めました。
「休みはたっぷりあります。その間にこの家のこと、領地のこと、貴女が市井でどんなふうに過ごしていたのかをたくさん話しましょう。もちろん、私もたくさん貴女と話し、愛します。出会った時から数えると五十三年です……覚悟してくださいね」
どんな覚悟なのですかと聞く暇もなく、またユリウス様に口付けを落とされ、泉の中でされたように徐々に深い口付けになって行きます。それと同時に手が動いて私の身体を撫で、夜着の上からそっと胸を掴まれ、やわやわと揉まれて行きます。
「ふぁ、ん……っ」
徐々に全身に広がって行く痺れたような甘い疼きにユリウス様の夜着を掴めば、やわやわと胸を揉んでいた手が離され、口付けも解かれて夜着も下着も脱がされてしまい、私を抱き上げてベッドへと近付くと私を横たえ、私の身体を見下ろしました。その目は、愛情に溢れながらもどこか捕食者を思わせるものなのだと……男性の竜人が女性の竜人を本当の意味で自分の番にするための目だと本能的に悟り、私の心と身体が喜びに震えるのがわかります。
「……綺麗ですよ、アイリス……」
伸びて来たユリウス様の両手が私の全身を撫で上げ、最後に胸を掴んでやわやわとまた揉み始めました。その手が生み出す熱と痺れが、自然と私に声をあげさせます。
「あ……ん、はぅ……あぁ……」
「私の愛しき番……アイリス……今までの分も含め、たっぷりと貴女を愛撫し、愛してあげましょう。……たくさん啼いて、その可愛い声を聞かせてください」
私が満足するのはいつでしょうね、と仰ったユリウス様にほんの少し恐怖するものの、その手や唇はあっけなくその恐怖を払い、彼から与えられる熱に侵され、溺れて行きました。
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