ダンドリオン

饕餮

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三話目

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「これで終わりか?」

 王女の首を易々と切り落としたグレンが、興味無さげにその首と身体を馬車に放り込む。サーゲイド、アッシュ、カイン、ユーグも同じように護衛騎士たちも念のためと謂わんばかりに心臓を一突きしたあとで馬車に放り込んでいた。

「まさか。この女の首をリナリア王に渡す仕事が残っている」
「あとは王太子の首もだ」

 そんなことを話しながら馬車周辺を片付ける。もちろん、血やその匂いもだ。当然のことながら、我らの服には血糊や匂いは着いていない――剣以外は。
 我らがしたことを花嫁であるステラに気付かせることはしない……それが花婿である我ら六人の暗黙の了解だった。

「んじゃ、さっさと片付けて、我ら四人もステラを愛でますか」
「でないと、神殿にも連れていけないしな」

 そんなことを話ながら、我ら六人は馬車ごとリナリアの城まで転移した。


 ***


(なぜこうなったのだ……?)

 室内の炎を見つめ、あちこちから上がる悲鳴を聞きながら、目の前に転がる末姫と王太子の首を見つめる。

(我が国は……終わるのか……?)

 遠くなりそうな意識を何とか保ちながら、先程までいたリオンドールの者たちのことを思い出す。


『忘れ物だ。躾がなってないな、リナリア王……我らのあとを付けさせるなど。まさか、本気で我らがその女を我が国に迎え入れるとでも思ったのか? たかが人間の、簒奪者の無能な女を』

 そう言われて何かを投げつけられ、自分にぶつかったモノを見て目を見開く。それは、末姫と王太子の首、だった。

『ど、うして……なぜ……! あとを付けさせるなど、儂は知らん! それに、我らが何をしたと……!』
『何をした、か? 簒奪者の息子がよく言う』
『貴様が王太子だったころ、二つの領地を掠め取るのに反対するどころか賛成したそうじゃないか。しかも、金を用意したのも貴様だったな。まさか……我らが知らなかったとでも?』
『それに、我らは『許す』とも『なかったことにする』とも言ってはおりませんよ?』
『我が国の王家直轄の領地を掠め取った挙げ句、その女と王太子は我らと花嫁を侮辱したのだ……当然だろう? もちろん、貴様もな』

 そう言われて、二人が、そして自分が何をしたのかを思い出す。我儘を言ったのは姫だ。そして、それを許しのは王太子だが、叱ることも追い出しもせずに謁見の間にいることを許したのは自分だ。
 万に一つの可能性として、末姫が見初められることを期待したのだ。

 姫が既に婚姻し、純潔ではないことを忘れて。

『さて……我らはこれで消えることにしよう』
『だが、この城にいる者たちは、この城から出られん。そう……たとえ何があろうとも』
『出られるのは他国が攻め入った時か、この城にいる者全員が死んだ時のみだ』

 頑張りたまえ、と言った使者たちは、その場からスッと消えた。そのことに驚くと同時に、リオンドールの創世神話をやっと思い出した。

『儂と父は、何という大それたことを……』

 ただ単に……隣国との外交を有利に進めるためだけに、食料増産のための領地がほしかった。隣接しているというだけで、あの領地がほしかった。
 だが、いざ領地が手に入っても二つの領地からは誰一人挨拶に来ず、作られている食糧も回って来ることはなかった。
 ただ一人、サーゲイドだけがこの城に来た。

 そして気付く。

 サーゲイドは、花嫁と一緒にリオンドールに行った。花嫁も、掠め取った領地の娘だった。
 末姫のためだからと言って末姫と花嫁の元婚約者を結婚させるよう進言したのもサーゲイドだった。

 そして、迎えに来た使者は護衛を含め五人。だが、先程この場にいたのは六人。

『まさか……サーゲイド、が?』
『正ー解ー! そんなリナリア王にご褒美をあげよう!』

 いきなり表れたサーゲイドは、笑みを称えながら自分にその剣を奮った。鈍い痛みが腹に広がると同時に、その場所が熱く感じる。

『かは……っ、サー、ゲイド……貴様……!』
『ずっと刺したかったんだよねぇ……ああ、スッキリした』
『な、ぜ……?』

 サーゲイドが剣を引き抜くと、その場所から血が飛び散った。

『当たり前だろう? 自分の領地を奪われて怒らない王はいないだろうが』
『ま、さか……サーゲイド、は、リオンドール、の……初めから……そのつもり、で』
『さあな。貴様が知ることはないし、二度と会わんがな』

 じゃあな、と言ったサーゲイドはその場から唐突に消えると同時に、室内に火の手が上がった。何とか私室の窓まで行けば、あちこちから火の手が上がっているのが見える。
 火の手に驚いて逃げ惑う人々は城の外へと向かうが、門を開けることはできても、外へと出ることはできないでいた。

『この城にいる者たちは、この城から一生出られん』

 その言葉を思い出し、その場に膝を着くと、身体が傾いだ。

(許されては、いなかった、のだ……)

 視線の先には、末姫と王太子の首。それに手を伸ばそうとして……自分の意識は闇に飲まれた。


 ***


「待たせたな。ステラのほうはどうだ?」

 少し遅れて戻って来たサーゲイドはかなり機嫌が良かった。『報復、それと城を灰塵にしてくる』と言っていたから、多分城に火を放ったうえでリナリア王に一矢報いて来たのだろう。

「今、四人で力を流してるよ。そろそろ終わるんじゃないかな?」
「そうか。なら、ハエも居なくなったことだし、ステラを起こさずに結界近くまで転移したあとでゆっくり越えればいいか」
「そうだね。越えられるかどうかも確かめなくてはならないし」
「時間も時間だし、越えたら最初の神殿に一気に飛ぶか?」
「その辺は四人が戻り次第決めよう。……おや、終わったようだね」

 サーゲイドと今後の予定を話していたら、四人が馬車から出て来た。その様子から、我ら六人の力が巧く混ざったようだと、一先ず安心する。

 ようやく見つけた我らの花嫁……竜王妃。
 今まで妃がいなかったわけではない。だが、減少したダンドリオンを元の状態に近付けるほどの力を持った妃はこれまでいなかった。
 そして、我ら六人分の力を受け止めるからだを持った者も。今までは、せいぜい二人が限度だった。

 ステラに語った、創世神話。あれは表向きの話であり、実際は違う。そう……今は六人分の身体に分けているだけで、我ら自身が『竜王』そのものなのだから。
 いずれステラには本当の話をするつもりではあるが、それは城に帰ってからの話だ。今は六ヶ所の神殿を周り、二度と他国に奪われぬよう、自国の加護を強化しなければならない。

「アッシュ、力の混ざり加減はどうだ?」
「六人分の力が綺麗に混ざった。あれなら結界を簡単に越えられるし、『竜王自身』を受け入れられるだろう」
「そうか。なら、結界を越えたあと、一気に神殿に飛べるな」
「飛べるなら、余裕を持ってステラを愛でることができるな」

 アッシュに続き、カイン、グレンもそう話す。

「なら、結界に入る直前にステラを起こし、説明してから結界を越えて神殿に飛ぶか」

 そう言ったサーゲイドに全員で頷くと、馬車に戻った。


 ***


「ステラ、起きて。お茶にしよう」

 そう声をかけられ、ぼんやりしながら目を開けると、リオン様をはじめとした六人全員が私の顔を除きこんでいた。それにびっくりしていたら、サーゲイド様が私の身体を起こし、別の方が私にお茶を差し出してくれたので、それを受け取ってお礼を言う。

「ステラ、それを飲みながら話を聞いてほしい」
「その前に、四人は名前を名乗らないと」

 そう言ったリオン様に、それぞれグレン様、カイン様、アッシュ様、ユーグ様と名乗った。

「まず、六人がステラの夫となった理由だけど、ステラはリオンドールでダンドリオンの花が何て言われているか知ってるかな?」
「いいえ」
「実は、ダンドリオンは『獅子の牙』と言われている。それ故に、その前で約束を交わせば、それを果たさなければならない」
「約束を反故にすれば、その牙の餌食になる、という言い伝えがあるくらいなのだ」

 それぞれが話してくれる内容に、歴史ある国はいろんな言い伝えがあるんだな、と思いながらお茶を飲む。私の夫が六人になった理由がその言い伝えにどう繋がるかわからずに首を傾げる。

「ステラは、我らに会ったことは覚えているんだよな?」
「はい、覚えています」
「そこで交わされた話を覚えているか?」
「話?」
「『ここにいる全員が君を花嫁にしたい』って言った話だ」
「それは覚えているか?」

 アッシュ様、ユーグ様、グレン様、カイン様にそう言われて暫く考え込む。


『ここにいる全員が君を花嫁にしたい、って言ったらどうする?』
『うーん……みんな素敵でカッコいいから、みんなの花嫁になりたい!』
『なら……我らの花嫁になってくれますか?』
『よろこんで!』


 誰が言い出したのかは覚えていないが、確かに私は、あの場にいた全員の花嫁になる、と言った……!

「あ……!」
「思い出したようだな」
「ダンドリオンの前、しかも王に求婚されての返事だからな」
「ステラはそれを受け入れなければならない」

 そう言って六人はそれぞれ動く。一人は私の背後に回って抱き締め、二人は私の両手をそれぞれとって口付けを落とし、一人は私のお腹に顔を埋め、二人は私の足元に来てドレスの裾を膝まで捲りあげ、足に口付けを落とす。
 すごく恥ずかしいのに、身体に何かが流れ込んで来る感覚と温かいような熱いような感じが身体中に広がり始めて動くことができない
 動きたくないと……この心地よい感覚に身を委ねていたいと思ってしまう。

「ん……あ、あの……」
「そういうわけだから、ステラは我ら六人の花嫁だ」
「それとこの馬車の内装だが」
「城に行くまでに六ヶ所の神殿を回る」
「何があるかわからないから宿に泊まるわけにはいかないため、寝泊まりは全員この馬車となる」
「だから七人が眠れるように大きな馬車を作った」

 ふわふわとした感覚の中、さっきの言い伝えも含めて歴史ある国はいろいろと大変なんだな、と六人の話を聞く。

「あとは、各神殿の移動に六日かかる」
「その間、毎日馬車の中は我らのうちの誰かが、外には他の五人が護衛となる」
「馬車の中では我らに愛でられることになる」
「もちろん食事も馬車の中だ」
「承知してくれるか?」

 愛でるって何をするんだろう、とぼんやり考えながらも夫となる人たちの話だからと「はい……」と素直に頷くと、六人は嬉しそうに微笑んだ。

「もうじき国境を越える」
「それまでにドレスを脱ぎ、我らが用意したものに着替えてくれるかい?」
「それか、馬車の中ではずっと……のままか」
「我らはそのほうがいいんだが」
「どうする?」

 ……今、何て言ったんだろう? 身体中が疼くような熱いような感覚がしてよく聞こえなかった。でも、ずっと馬車の中にいるならドレスは皺になってしまう。それに、リオンドールの女性がどんなドレスや夜着を着るのかわからない。
 夫になる人たちだし、悪いようにはしないだろう……そう思って

「旦那様たちにお任せいたします」

 そう言った。


 ――まさかそれを後悔する羽目になるとは、この時の私は知るよしもなかった。

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