ダンドリオン

饕餮

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一話目

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『うわぁ……お兄ちゃん、ダンドリオンみたい』
『……ダンドリオン?』
『うん! 金色の髪と緑色の瞳が、このお花みたいだから!』
『ほう……なるほど。確かに』
『でしょう? お花は可愛いけど、お兄ちゃんは……んと、んと……素敵でカッコいいわ!』
『ははは! 素敵でカッコいいか!』
『うん! だって、物語みたいな王子様だもん!』
『そうか、王子様か。あのね、ここにいる全員が君を花嫁にしたい、って言ったらどうする?』
『うーん……みんな素敵でカッコいいから、みんなの花嫁になりたい!』
『なら……我らの花嫁になってくれますか?』
『よろこんで!』


 そこで目が覚めた。
 ……懐かしい夢を見た。小さいころの夢。

 小さいころ、領地で見つけた場所。黄色くて細長い花びらがたくさんついた、獅子のたてがみのような花と、ギザギザの葉っぱがついたダンドリオンが一面に咲き、黄色い絨毯と化していた場所で出会った不思議なお兄さん……青年たち。
 ダンドリオンより色素は薄かったけれど、金色の髪と緑色の瞳と整った顔立ちは、物語に出てくるような王子様のようだった。
 服装から貴族なのはわかったが、どこの誰なのかはわからない。わかっているのは、彼の容姿と彼が名乗った『リオン』という名前だけだった。
 その時の私は七歳で、彼は既に父と同じくらいの年齢に見えた。あれから十五年。今はもう四十代前半か後半くらいだろう。

 今ならわかる。の人との出逢いは、私にとって初恋だったのだと。たった数日だけだったけど、今でも色褪せない思い出なのだから。


 ***


(ああ……面倒……。つーか、仕事しろや、バカ上司)

 淑女にあるまじき暴言を胸の内で呟きながら、息抜きの為に三階の窓から外を覗けば、頭痛の元凶が下にいた。

 視線の先には、たくさんの人に囲まれたカップルがいる。男性は元上司であり元婚約者、女性は自分の我儘を通したこの国の末姫だ。おかげであちこちが迷惑を被り、末姫に甘い陛下に白い目を向けている。
 ふう、と溜息を吐くと、微かに紅茶の香りがする。振り向けば、侍女がテーブルにカップを置いて紅茶を入れているところだった。

「ステラ様、お茶が入りましたわ」
「ありがとう」

 微笑んでお礼を言い、侍女……ライアに促されるままに座り、紅茶を飲んでホッと息をつく。周りを見渡せば、その場にいる人たちも一息いれるようだった。


 この国は、能力さえあれば、貴族だろうと平民だろうと、女性でもやりたい仕事に就くことができる。当然のことながら女性騎士や女性兵士もいるし、女性文官もいる。
 私、ステラ・バーグマンはバーグマン侯爵家の次女であり、宰相補佐次官である。いや、正確には次官だった。……のだが、現在上司である宰相補佐官が仕事をサボっているため、仕事は停滞気味だ。そろそろ宰相殿や各省庁の長がキレそうではあるが。

 このままだと降格になる可能性があることに気付け、元婚約者殿。
 尤も、彼がどうなろうと、もうじき他国に嫁ぐ私には何の関係もない。

 そんなことを考えていたら、やはり窓の外から怒鳴り声が聞こえる。声からして、怒らせると怖いと噂の省庁の長と思われる。
 政略とは言え、あんな馬鹿と結婚しなくてよかった、とつくづく思ったものの、どこぞの我儘姫のおかげで私が我儘姫の代わりに嫁ぐことになってしまったわけだが。
 もちろん先方には理由を話し、きちんと了承済という話である。でなければ、「嘘をつかれた」と言われて国際問題になりかねない。

 とりあえず、私がしなければならない仕事や引き継ぎは、ギリギリではあったが先程全て終わった。あとは迎えに来るという他国の者を待つだけだ。
 お茶を飲みながら元部下や元同僚にに質問されながらゆっくりしていると、ドアを蹴破る勢いで先程まで外にいた男が飛び込んで来た。その途端、室内にいた者全てが飛び込んで来た男に冷やかな視線を投げ掛ける。

「ステラ、すま……」
「三時間の遅刻と、五日分の仕事が貯まっています。お姫様と結婚したばかりで浮かれているのはわかりますが、仕事くらいはきちんとしてください。貴方が仕事を停滞させると、宰相様や各省庁の長に迷惑がかかります。それと、もう婚約者ではないのですから、名前をで呼び捨てないでください」
「……すまない」

 冷たく刺せば、一瞬その表情に怒りをあらわすものの、自身の机の上や周りを見て表情を無くした。それはそうだろう……机の上も、その周りも、書類の山がたくさんあるのだから。
 しかも見ている側から人が出入りして次々に書類が運びこまれ、その山がどんどん高く積まれ、そして増えている。

「ステラ嬢、手が空いてるなら手伝ってくれないか」
「どうして私が? 自分の仕事は既に済ませていますし、もう引き継ぎも終わっています。最早私の仕事ではありませんし、それは貴方の仕事です、宰相補佐官殿」
「そうだな。それは貴様の仕事だ、ハリス」

 割って入った第三者の声に振り向けば、最近無理矢理宰相に返り咲きさせられたサーゲイド様が無表情で立っていた。尤も、そのサーゲイド様も既に宰相の引き継ぎを終えているらしいが。

「サ、サーゲイド様」
「そんなことで宰相が勤まるのか? ステラ嬢にさんざん迷惑をかけておきながら」
「そうですね。どなたかの花嫁のせいで領地ごと左遷とか、どなたかの花嫁の代わりに嫁ぐとか。ええ、どなたかの花嫁のせいで、我が家とサーゲイド様の領地全体が迷惑を被ったとか……本当に、あり得ませんよ。サーゲイド様にも迷惑をかけておりますし」
「そうだな。できれば、早々に領地に帰りたいものだ」
「あら、もうじき迎えが来るのですから、それまでの辛抱ですわ、サーゲイド様」
「それもそうだな。私も一緒に出立する手筈になっているし」
「…………」

 サーゲイド様と二人でチクチクと刺せば、さすがにハリスは黙った。
 領地ごと左遷、というのは冗談だけど。
 尤も、末姫の代わりの者が嫁ぐ罰の代わりに、その国に隣接していた我が家とサーゲイド様の領地がその国の領地になった、というだけの話、らしい。当然のことながら、バーグマン一族の者たちとサーゲイド様の一族の者たちは、この国――リナリア国からとっくに引き上げている。残っているのは、私とサーゲイド様だけだ。

 どんなやり取りをしたのかはわからない――そのうち教えるから、と言われて教えてもらえなかった――が、そんなことを提案するその国も、それを受け入れたこの国も、何を考えているのか、とは思うが。

「私もステラ嬢も、この国にいるのはあと少しだ。わからないことがあるなら、今のうちに聞きたまえ。それとステラ嬢、陛下が呼んでいる。迎えが来たそうだ」
「畏まりました。今すぐ参ります」
「いや、私も一緒に行く。ハリスも来い」

 サーゲイド様がそう言った途端、ハリスの顔がますます青ざめた。浮かれて仕事をしなかったのは、本人の自業自得。せいぜい頑張りたまえと思いながら、三人で連れだって部屋をあとにした。


 ***


 サーゲイド様に連れて行かれたのは謁見の間。迎えが来るとわかっていたのでドレスを着ていたが、何故、人妻となった末姫が私以上に着飾ってこの場にいるのかね? あんたは人妻だろう!

 と内心文句を言いつつもそれに首を傾げながら王にきちんと礼をする。どうせ我儘を言った末姫に対し、末姫に甘い王太子あたりがその我儘を許したと思われる。
 王も末姫には甘いが、末姫には関係のないこういった場所に立ち入ることは許さない。実際に、王の側近たちや宰相、サーゲイド様、妻に甘いハリスですら眉をしかめているし、王妃や側室たちはいるものの、他の独身の姫はこの場にはいないのだから。
 次代がアレでは苦労する、第二王子のほうがよっぽど王太子らしい、との噂を思い出しつつ「面をあげよ」と言う王に従って顔を上げると、迎えに来たらしき人が私を見ていた。迎えに来ると言っていた人は私の旦那様になる人本人が来ると言っていたから、彼がそうなのだろう。
 その側には、彼の護衛騎士らしき人四人がいる。

 金色の髪と緑色の瞳、整った顔立ち。

 迎えに来た人を含む全員が、色の濃さの違いはあれど初恋の人と同じような容姿に、あの人の息子か血縁者なのだろうか、或いはお国柄なのだろうかとぼんやり考えると同時に「ダンドリオンみたい……」と思わず小さく呟いていた。
 護衛騎士含む全員にはそれが聞こえたのか、目を見張ったあとで嬉しそうな笑みを浮かべていた。そしてなぜか、サーゲイド様まで。

(全員、どうしてそんな顔を……?)

 それに首を傾げながら、「ステラ・バーグマンと申します」と言えば、ますます笑みを深めた。

 全くもってその笑みの意味がわからない。

 そのことに更に首を捻りながらチラリと我儘姫を見れば、彼の笑顔に頬を染め、じっと見つめていた。

 いや、あんた既に人妻だから。てか、この結婚を嫌がったのはあんたでしょーが!

 我儘姫の周囲を見れば、王太子以外の王族や側近の皆様、果ては近衛騎士まで全員がそんな目をしていた。

 あれか? 旦那よりも顔がいいから、今さら「私が嫁ぎます! 私が妻です!」アピールか?
 てか、もう遅いから! 人の婚約者奪った挙げ句にさっさと結婚しやがったのはあんただから!

 そんな思いで冷やかに我儘姫を見れば、それに気付いた我儘姫がなぜか勝ち誇った笑みを浮かべた。
 ……あのー、我儘姫? あんたの頭、おかしいのかね? 自分が人妻だと忘れてないかい?
 それに私は既に名乗ったし、迎えに来た人たちも、私があの国に嫁ぐ人物だと認識してるはず。今さらあんたの出番はないよ?

 ――と、周囲の人たちの目がそう言ってるんですがね……?

 それに気付くことなく、我儘姫は迎えに来た人を見つめ、王はそんな娘の態度に呆れながらも彼と話をしている。王太子と我儘姫に至っては、彼に時々話しかけては王に嗜められている。
 ……んだけど、とうとう王が二人の様子にキレたらしい。

「いい加減にせよ! 王太子であるそなたも納得したうえでのことであろう! それなのに、勝手に姫をこの場に連れて来るなど! 姫も我儘を言うのも大概にいたせ! 既に夫がある身なのを忘れたのか?! そなたのせいで迷惑を被った家と領地がたくさんあるのだぞ?!」
「あ……」
「ですが、おとう……」
「姫、そなたに発言を許した覚えはないと何度言えばわかるのだ! 姫をこの場から連れ出せ!」
「はっ!」

 嫌だと暴れる我儘姫を引き摺るように連れ出す近衛騎士たち。助けを求めるように迎えに来た彼のほうに行こうとして、中心にいた護衛騎士たちに剣を向けられ、固まる我儘姫。
 バカだなぁ……断った挙げ句にさっさと結婚しておきながら、今さら自分が選ばれると思ってるなんて。彼も護衛騎士たちもずっと冷やかに見つめていたじゃないか。

 その視線にようやく気付いたのか、今度はハリスに手を伸ばそうとして同じように固まる。ハリスも冷やかな目をしながら嫌悪の表情を浮かべていたのだから。
 王太子も、ようやく自分が仕出かしたことに気付いて青ざめてるし。

 今後二人がどうなるかはわからないが、ただでは済まないだろう。王も、王妃も、側室も、側近の皆様も必死に頭を下げて謝っているのだから。
 呆然とした我儘姫を引き摺り、近衛騎士は謁見の間を出て行った。謁見の間を出る時、我儘姫は私を睨み付けていたが。
 それを冷やかに見守っていた彼と剣を収めた護衛騎士たちは、私に向き直って我儘姫とは違う優しい笑みを浮かべた。

「改めて……。私はリオンと申します、我が花嫁」
「え……リオン、様?」
「ええ。いろいろと話をしたいのですが、それは道中の馬車でお話し致しましょう。それでは王、私はこれで」
「此度のこと、そして我が父が……前王がしたこと、姫がしたこと……大変申し訳なく思う」

 そう言った王に、リオン様は冷やかな目を向けるだけで何も言わなかった。王もわかっているのか、それ以上は何も言わなかった。

 リオン様はもう一度王族や側近の皆様に挨拶をした後で、私とサーゲイド様を連れ立って謁見の間をあとにした。

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