フォーチュンリング

饕餮

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われてもすゑに 前篇

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 明くる朝。
 「殿が呼んでおります」と明石さんに起こされ、ぼーっとしながらも着替え、このお城のお殿様――奈都姫さんの父親に会いに行く。問題が解決したとはいえ、今はまだ私がいるから仕方がないことだけど。

「おはようございます、父上。お呼びと伺いましたが」

 そう言って顔を下げてから顔を上げると、お殿様は何やら目が潤んでいる。

「ひ、姫が挨拶を……!」

 え? 朝の挨拶って普通だよね?

(はぁ?)

 意味がわからなくて首を傾げる。

「長かった……長かったぞ! これなら、あちらも……のう、明石……!」
「はい!」

 嬉しいと謂わんばかりに、二人してよよよ、と泣いている。え? なんで?!

「あの~……?」

 本当に意味がわからなくて、とりあえず声をかけたら、お殿様と明石さんは二人してうんうんと頷き、その内容を切り出した。

「姫の輿入れが決まったぞ!」
「……はい?」
「隣の藩の嫡子でのう、とても気持ちのよいおのこじゃ」
「はあ……」
「そして急で悪いが、輿入れは半月後じゃ!」
「はあ…って、えええええ~!? ちょ、父上! 妾は嫁にはまだ!」

 輿入れ……って結婚のことだっけ? ふうん、いい人なんだ~、なんて暢気に聞いていたら、衝撃的なことを言われて愕然とする。
 え、えっと、この場合なら、奈都姫さんだと拒否一択だよね!
 そんなことを考えながら一応、拒否したんだけど、そこはお殿様をやっている(?)だけあって、通用しなかった。

「もう決まったことじゃ! 煩い……あ、いや、可愛いお前が嫁ぐのは寂しいが、仕方ないしのう……」
「父上! 人の話を……っ」
「ああ、そうじゃった。儂が言うまで、他言無用じゃ! 儂は忙しい。ではっ!」

 えええっ?! マジですか?!
 う~……この娘にして、この親あり……。テンションは奈都姫さんと全く一緒でなんか疲れてしまい、私は脱力しながらフラフラと自室に戻った。
 そして剣を握ることもせずに、ぼーっと一日を過ごした。


 ――そしてその翌日。


 縁側で昨日お殿様に言われたことを考えながら、ぼーっと庭を見ていたら、宗重さんが来た。それから宗重さんから「話がある」と、怖いくらい真剣な目で奈都姫わたしに告げた。
 どんな話をされるかわからなくて不安になったけど、「わかりました」と一緒に部屋に入る。
 そして周囲を見回すと、声をかけた。

「どこかに奈都姫もおるのだろう?」
「おお、さすが宗重じゃ。じゃが、ちいとばかし力が足りのうて、実体化できん」

 二人が何を言っているのかわからないけど、奈都姫さんにも関係あることなんだと居住いを正す。

「……ところで奈都姫様、確認はできたのでござるか?」
「確認?」

 何のことを言っているのかわからなくて首を傾げて聞いたけど、二人とも教えてくれない。なので、おとなしく待つことにした。

「宗重と、話をしての。そなたに確認したいことがある、と」
「取れた、ということでござるか?」
「そうじゃ。確認は取れた。が……ちょっと火乃香と内緒話をしたいからの。宗重、とお数えたら、アレをいえ」
「御意」

 ああ、こないだ起こされたときの話かなあ? でも、なんかとても嫌な感じがするし、アレって、なに?
 そう思う暇もなく、言うが早いか、奈都姫さんが身体の中に入って来る。

 ――ひー。

「実は、一昨日の晩、そなたに会う前に、宗重と会っておったのじゃ」

 ――ふー。

「え……」

 その言葉に衝撃を受ける。

 ――みー。

「そなたと勝負じゃ! と言うたがの」

 ――よー。

「実は、勝負は既に決まっておった」

 ――いつ。

「……どういう意味ですか」

 外では宗重さんの数える声がするけど、それが遠く感じるほど、とても嫌な予感がする。

 ――むー。

「そなたではなく、わらわを好きじゃ、と言いおった」

 ――なな。

「嘘っ! だって、私が好きだ、って言ったんです! 火乃香が好きだって、キスしてくれて……っ!」

 ――やー。

「わらわだと思っておったそうじゃ。だから口づけた、と。勘違いしていなければよいが、とも言っておったな」

 そんな……そんなこと……っ!

 ――こー。

「嘘っ! 嘘です! だって……だって……!」

 ――とお。

「その証拠に、ほれ」

 奈都姫さんがついた嘘だって、思いたかった。だけど。

「姫を……拙者の姫を帰せ!」

 その言葉に、ズキンッ、と胸が鳴った。とても痛い。
 それと同時に、何かに引っ張られる感覚がして、なんとなく、気付く。

(私、帰るんだ……)

 傷ついた目で、宗重さんを見る。やっぱり私じゃなかった、って思った。
 私の勘違いだったなんて……。
 でも、そうだよね……宗重さんは、いつだってを見てたわけじゃないもの……。

 いつも、私じゃない女性ひとを見てた――。

 見てたのは、奈都姫さんだもの。失恋したんだ――そう思ったら目が滲んで来て、慌てて瞼を閉じると涙が一滴こぼれ落ちた。

(さよなら、宗重さん……本当に、好きだったんだよ? あの一瞬、心が繋がった気がしていたのに……。もう二度と会えないけど……)

 輿入れが決まっている以上、どのみちこの恋は叶わなかった。私が輿入れすることになるわけじゃないし、こんな気持ちを抱えたまま輿入れして相手の人を傷つけなくてよかったのかも知れない。
 そういう意味では奈都姫さんも同じ条件だけど、奈都姫さんは輿入れすることを知ってるのかな……。

 でも、もう、何も話したくないし、人に助けを求めておきながらお礼を言われたわけでもないし、こんな仕打ちをする人だとわかってよかった。
 それに、助けてもらっておきながらこんな仕打ちをするような人に輿入れの話を教えるほど、私はお人好しじゃない。

 宗重さんに二度と会えないのはとても哀しいけど、私は。

 ア・ナ・タ・ヲ・ワ・ス・レ・ナ・イ……。

 ずっと、貴方を忘れないから。

 そして「キーーーーーンッ!」という甲高い、耳をつんざくような音がしたあと、私の魂は本来の身体に引き戻されるように、奈都姫さんの身体から離れた。

 バシュ!

 そんな音をどこか遠くに聞きながら、奈都姫さんの身体がその場に倒れたのが見えた、気がした。


 ***


 奈都姫様の傷ついた目がこちらを見ている。目を閉じると、涙がこぼれ落ちた。

(そんなに拙者を好いていたのか。だが、拙者は……)

 姫に心を預けたわけではないのだから。
 そして、いきなり奈都姫の身体がかしいで、倒れた。それと同時に、今まで見えていた火乃香の本体が見えなくなって焦る。

(――何やら胸騒ぎがする……なんでござるか?! 何故なにゆえこんな嫌な気分なのでござるか?!)

 すごく胸騒ぎがする。

「姫! 奈都姫様!」

 その衝動のまま声をかける。誰が聞いているかわからないので、奈都姫と呼ぶと慌てて駆け寄って抱き起こす。

(火乃香……目を開けてくれ!)

 そう心の中で叫ぶも、言葉は奈都姫様と言葉をかける。

「奈都姫様!」
「う……」
「姫!」

 どうか、火乃香でありますように……そう願って何度も声をかける。

(火乃香…!)

 そしてギュッ、と掻き抱いて顔を覗き込むと瞼が振るえ、目を開けた。

「宗重……? ここは……?」

 その言葉にビクリと身体を震わせる。姫の身体を寝かせるとスッと離れ、奈都姫を凝視する。
 その目に宿るのは、火乃香が見せていた寂しげな目ではなく、長年見て来た奈都姫の表情だった。

(……まさか……まさかっ!)

 嫌な予感が急激に膨れ上がってくる。

「やっと自分の身体に戻れたぞ!」

 奈都姫様のその言葉で、確信してしまった。彼女は奈都姫様であって火乃香ではない、と。
 また悪戯をしかけられたのだ、と。

たばかりましたな…っ!」
「謀るなどと人聞きの悪い。自分の身体を取り戻すためじゃ」

 悪びれるでもなく、しれっとそんなことを言う奈都姫様に怒りが涌く。そして怒りに顔を赤黒く染めながらも、何も言わずにスッと立ち上がる。

「これ、宗重! どこへゆくのじゃ!」
「話は終わり申したでござる。拙者はもう、姫様に話すことはござらん」
「どこへゆくと聞いておるのじゃ!」
「明石殿の所へ」

 そして襖を開け、姫の部屋から出ようとするも、縋るように言い募る姫に、苛立ちだけが募っていく。

「何をしに!」
「薬湯を取りにでござる。そろそろ薬湯の時間ですからな……昨日も飲んだでござろう?」
「薬湯なぞ飲みとうない!」
「まるで幼子のようでござるな、奈都姫様は。火乃香とは大違いでござよ」
「う……っ、煩いのじゃ!」
「先だって怪我をされてまだ傷が治っておりませぬ故。それでは失礼いたす」
「薬湯なぞ、って……宗重? 宗重!」

 もう会いたくもない、拙者は怒っているとばかりに、思いっきり襖を閉める。タンっ! と怒ったような襖の音がしたが、お構いなしに部屋から出て行った。

「何をあんなに怒っておるのじゃ? まぁ、よいわ」

 そんな言葉のあとでフンフンと機嫌よく鼻歌を歌い出す姫の声が背後に聞こえる。以前なら苦笑だけで終わった話だが、今は後悔しか浮かばず、姫の顔すら見たくなかった。



 ――火乃香と父親の話を聞いていなかったがために、奈都姫は輿入れそれを阻止できるはずもなく。


 五日後。『奈都姫の輿入れが決まったと』城と城下におふれを出されるとも知らずに、奈都姫はずっと機嫌よく過ごすことになる。

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