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番外編・小話
ある日の在沢家 2
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圭が在沢家の養女になってから、初めて笑った時のエピソードです。
*******
「なかなか笑ってくれないな……」
「あんなことがあったんだもの、仕方ないわよ」
彼女……圭が娘になって、初めて長期間帰宅する夏休み。もう一人姉ができたことがよくわかっていない翼はともかく、『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と、週末に帰って来るたびにまとわりついていた真琴は嬉しくて仕方がないようで、到着早々圭にまとわりついていた。
真琴は先に退院したものの、圭は主治医の許可がなかなかおりず、退院まで時間がかかってしまった。やっと連れて帰ってこれた時も、退院時に主治医から『多感な年頃ですし、彼女が気にするだろうから』と言われ、途中で眼鏡やらカラーコンタクトを買って圭に持たせ、ベッドや布団も圭が退院する前に買い、届けてもらって部屋に設置した。もちろん、机や椅子も。
あの時一緒に住むつもりで全て用意してそう話したら、『全寮制の学校だから』とあっさり言われてしまった。
『ここから通えばいいじゃないか』
『えっと、ここからだと片道一時間半はかかるし、私の足で一時間半かけて通うのは無理です。それに、寮に入るのはもう決まってるから……』
少し困った口調でそう言った圭は、真琴が呼びに来て真琴と一緒に遊んでいたが。
『もしかしたらあの子、遠慮してるのかしら……』
『多分、な。下手すりゃ、この家に来ないつもりでいるかもしれないが』
『それは困るわ!』
『何でお前が困るんだ?』
『だって、真琴や翼同様、愛情をいっぱい注いであげたいもの!』
それは俺も同じだが、如何せん圭が遠慮してしまっていては……まして、寮に入ってしまっては充分には注いでやれない。
『まあ……毎週末は無理でも、せめて月イチとか長い休みには帰って来るように説得するか』
そう説得して、週末や長期間の休みには必ず帰ることを約束させて、今に至る。
「夕飯、どうしようかしら」
「なんで?」
「圭が何を好きで、何を嫌いかがわからないのよ。どうせなら、好きなものを食べてほしいでしょ?」
「まあな……。だったら、一緒に買い物に行くか? 圭が食べたいものを選んでもらったらどうだ?」
そう言って買い物に連れ出したのに、結局わかったのは好き嫌いがないことだった。残念に思いつつオモチャが見たいと駄々をこねた翼に苦笑し、オモチャが置いてある場所に行くと圭が食い入るようにじっとぬいぐるみを見ていた。それは、ディズニーの、蜂蜜の壺を持ち、赤いベストを着た黄色い熊だった。
「この黄色い熊が好きなのか?」
「あ、お父……さん……。うん」
「買ってやろうか?」
「ううん、いらない。そのぶん、真琴ちゃ……真琴や翼に買ってあげて? 足が痛いから、あそこで座って待ってるね」
そう言って、名残惜しそうにベンチで荷物を見ていた妻の場所に行って交代していた。
最近、やっと「お父さん、お母さん」と呼んでくれるようになった。最初は素っ気なく、嫌われてるんじゃないかとも思ったのだが、『親に構われたことがない』と聞いてからは、ただ単にどんな態度を取っていいかわからなかったんだなと思うようになり、ますます構ってやった。
(突破口を見つけた、かな?)
側に寄って来た妻に今の話をすると、二つ返事で「いいわよ」と言ってくれたので、真琴や翼のとは別に、二十センチ位のサイズのやつと、レジ近くにあった限定品を買った。もちろん、圭には内緒で。
家に帰ってから、それぞれにおもちゃの紙袋を渡す。特に圭はもらえるとは思っていなかったのか、本当にびっくりした顔をしていた。
「……いいの?」
「もちろん」
「中身はなに?」
「ふふーん。開けてみな?」
そう言って圭に開けさせると。
「これ……! どうして……?」
「圭が好きだ、って言ったからな」
「でも、あの時いらない、って……」
「だが、本当はほしかったんだろ?」
そう優しく聞くと、黄色い熊を二つとも抱き締めたままこくん、と頷く。
「埃がつくと汚れちゃうから、このビニール袋に入れたまま飾っておいたら?」
そう言って妻から差し出された袋に黄色い熊を入れて、リボンで縛った圭は、またそれをギュッと抱き締めたあとで
「お父さん、お母さん、ありがとう」
そう言って、初めて満面の笑みを浮かべて笑った。
***
「あれは、本当に可愛かったわよね」
「え、そうなの?! アタシも見たかったわ!」
オネエ言葉全開の義理息子の泪は、悔しそうな顔をしながらも、嬉しそうに話を聞いている。孫を連れて週末に遊びに来た娘夫婦。圭は今、もう一人の娘の真琴やその友人たちに料理を教えていて、この場所にはいなかった。
「今度アタシも買ってあげようかしら」
「いいんじゃないか? 特に、『限定品』には弱いぞ」
「お義父さん、ホント?! じゃあ、今度ディズニーリゾートに皆で行く?」
「マジ?! 泪さん、連れてってくれんの?!」
興奮した様子で口を挟んだのは、長男の翼だ。彼もディズニーのキャラクターが好きだ。
「もちろん! 泊まり掛けでどうかしら?」
「行く! 学校サボってでも行く!」
「翼……? アタシが学校をサボることを許すと思ってんの?」
「う……思いません……」
しどろもどろになった翼に、泪は少しお説教をしたあとで、二人でいつ行くのか相談を始めた。
「あの時はどうなるかとハラハラしたけど……。圭が幸せそうで、本当によかったわ」
そう呟いた妻に「そうだな」と返し、義息子と長男のやりとりを聞きながら、お茶を啜った。
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「なかなか笑ってくれないな……」
「あんなことがあったんだもの、仕方ないわよ」
彼女……圭が娘になって、初めて長期間帰宅する夏休み。もう一人姉ができたことがよくわかっていない翼はともかく、『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と、週末に帰って来るたびにまとわりついていた真琴は嬉しくて仕方がないようで、到着早々圭にまとわりついていた。
真琴は先に退院したものの、圭は主治医の許可がなかなかおりず、退院まで時間がかかってしまった。やっと連れて帰ってこれた時も、退院時に主治医から『多感な年頃ですし、彼女が気にするだろうから』と言われ、途中で眼鏡やらカラーコンタクトを買って圭に持たせ、ベッドや布団も圭が退院する前に買い、届けてもらって部屋に設置した。もちろん、机や椅子も。
あの時一緒に住むつもりで全て用意してそう話したら、『全寮制の学校だから』とあっさり言われてしまった。
『ここから通えばいいじゃないか』
『えっと、ここからだと片道一時間半はかかるし、私の足で一時間半かけて通うのは無理です。それに、寮に入るのはもう決まってるから……』
少し困った口調でそう言った圭は、真琴が呼びに来て真琴と一緒に遊んでいたが。
『もしかしたらあの子、遠慮してるのかしら……』
『多分、な。下手すりゃ、この家に来ないつもりでいるかもしれないが』
『それは困るわ!』
『何でお前が困るんだ?』
『だって、真琴や翼同様、愛情をいっぱい注いであげたいもの!』
それは俺も同じだが、如何せん圭が遠慮してしまっていては……まして、寮に入ってしまっては充分には注いでやれない。
『まあ……毎週末は無理でも、せめて月イチとか長い休みには帰って来るように説得するか』
そう説得して、週末や長期間の休みには必ず帰ることを約束させて、今に至る。
「夕飯、どうしようかしら」
「なんで?」
「圭が何を好きで、何を嫌いかがわからないのよ。どうせなら、好きなものを食べてほしいでしょ?」
「まあな……。だったら、一緒に買い物に行くか? 圭が食べたいものを選んでもらったらどうだ?」
そう言って買い物に連れ出したのに、結局わかったのは好き嫌いがないことだった。残念に思いつつオモチャが見たいと駄々をこねた翼に苦笑し、オモチャが置いてある場所に行くと圭が食い入るようにじっとぬいぐるみを見ていた。それは、ディズニーの、蜂蜜の壺を持ち、赤いベストを着た黄色い熊だった。
「この黄色い熊が好きなのか?」
「あ、お父……さん……。うん」
「買ってやろうか?」
「ううん、いらない。そのぶん、真琴ちゃ……真琴や翼に買ってあげて? 足が痛いから、あそこで座って待ってるね」
そう言って、名残惜しそうにベンチで荷物を見ていた妻の場所に行って交代していた。
最近、やっと「お父さん、お母さん」と呼んでくれるようになった。最初は素っ気なく、嫌われてるんじゃないかとも思ったのだが、『親に構われたことがない』と聞いてからは、ただ単にどんな態度を取っていいかわからなかったんだなと思うようになり、ますます構ってやった。
(突破口を見つけた、かな?)
側に寄って来た妻に今の話をすると、二つ返事で「いいわよ」と言ってくれたので、真琴や翼のとは別に、二十センチ位のサイズのやつと、レジ近くにあった限定品を買った。もちろん、圭には内緒で。
家に帰ってから、それぞれにおもちゃの紙袋を渡す。特に圭はもらえるとは思っていなかったのか、本当にびっくりした顔をしていた。
「……いいの?」
「もちろん」
「中身はなに?」
「ふふーん。開けてみな?」
そう言って圭に開けさせると。
「これ……! どうして……?」
「圭が好きだ、って言ったからな」
「でも、あの時いらない、って……」
「だが、本当はほしかったんだろ?」
そう優しく聞くと、黄色い熊を二つとも抱き締めたままこくん、と頷く。
「埃がつくと汚れちゃうから、このビニール袋に入れたまま飾っておいたら?」
そう言って妻から差し出された袋に黄色い熊を入れて、リボンで縛った圭は、またそれをギュッと抱き締めたあとで
「お父さん、お母さん、ありがとう」
そう言って、初めて満面の笑みを浮かべて笑った。
***
「あれは、本当に可愛かったわよね」
「え、そうなの?! アタシも見たかったわ!」
オネエ言葉全開の義理息子の泪は、悔しそうな顔をしながらも、嬉しそうに話を聞いている。孫を連れて週末に遊びに来た娘夫婦。圭は今、もう一人の娘の真琴やその友人たちに料理を教えていて、この場所にはいなかった。
「今度アタシも買ってあげようかしら」
「いいんじゃないか? 特に、『限定品』には弱いぞ」
「お義父さん、ホント?! じゃあ、今度ディズニーリゾートに皆で行く?」
「マジ?! 泪さん、連れてってくれんの?!」
興奮した様子で口を挟んだのは、長男の翼だ。彼もディズニーのキャラクターが好きだ。
「もちろん! 泊まり掛けでどうかしら?」
「行く! 学校サボってでも行く!」
「翼……? アタシが学校をサボることを許すと思ってんの?」
「う……思いません……」
しどろもどろになった翼に、泪は少しお説教をしたあとで、二人でいつ行くのか相談を始めた。
「あの時はどうなるかとハラハラしたけど……。圭が幸せそうで、本当によかったわ」
そう呟いた妻に「そうだな」と返し、義息子と長男のやりとりを聞きながら、お茶を啜った。
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