オカマ上司の恋人【R18】

饕餮

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番外編・小話

ある日の穂積家 2~元刑事の思い出~ ★

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前嶋視点です。



*******


「おーい、前嶋! 課長が呼んでるぞ!」
「ありがとうございます」

 夕方四時過ぎ。陽はかなり傾き、あと少しで沈むという逢魔が刻のことだった。とある理由で最近配属されて来た、相棒である新人に入寮届の書き方を教えていると先輩刑事にそう呼ばれてしまい、仕方なく俺は矢島課長の前に立つ。

「なんでしょうか?」
「悪いんだが、新人と一緒に交通課の応援に行ってくれ」

 交通課という言葉に思わず眉を潜める。応援に出るのは構わない。だが、なぜ交通課なんだ? それを素直に課長にぶつけると

「ウチで追ってる事件ヤマの被疑者が事故ったそうだ」

 と言われてしまった。だが、その事件の担当者は別にいたはずだった。

「俺たちの担当じゃなかったはずですが」
「今からお前らの担当だ。かなりの数の怪我人が出てるらしい。今すぐ行って来い!」
「わかりました。場所は?」

 場所を聞くと、署から車で五分くらいの場所だった。

「聞き込みをしながら、事故を起こす前の奴の足取りも追ってくれ」
「わかりました。行ってきます」

 そう言って事故現場に向かい、あまりの惨状に思わず眉を潜める。
 店舗の柱に突っ込んだままの車のボンネットはひしゃげていて、店舗のガラスは粉々に砕け、あちこちに散らばっている。奥には足や手、腹から血を流して呻いている大人や、泣いている子供たちが見える。外にも飛んだのか、手足にガラスが刺さって血を流している子供たちや大人がいた。もちろん、その子たちも泣いている。
 救急隊員に近付くと身分証を見せ、被疑者の状態と搬送先を聞きながら周りを見る。ざっと見て、被疑者以外は軽傷者二十人ほどの事故だった。隣にいる新人は何を見たのか、目をまんまるに開いていた。

(数は多いが、軽傷者ばかりで助かったというべきか)

 あとはレッカー待ちかなと思ったところで

「圭! 圭は?!」

 と叫びながら、中学生くらいの男の子が飛んできた。その子の左腕にもガラスが刺さっている。

「こら! 入っちゃ駄目だ!」
「圭! 返事して!!」

 救急隊員に押さえられながらも「圭!」と叫ぶ男の子を不思議に思い、救急隊員に「俺が」と声をかけようとしてその新人が「自分が行きます」とその男の子に話しかけた。

「和哉! 危ないから入っちゃ駄目だ!」
「卓さん!」
「どうした? 何があった? 何で圭を探してる?」

 新人の高林 卓がそう聞くと、その子は話しかけて来たのが知り合いだったためか、事故に遭うまでの経緯を話し出したのだ。

「学を庇って……学は逃げちゃったんだけど、学を庇った圭はそのあとすぐに車に跳ねられて……!」
「「なんだって?!」」

 男の子の言葉に、慌てて卓や救急隊員と一緒に車に近付いて下を覗くと、車と柱の間近くの下に小さな子供がぐったりとしていた。折れ曲がった両手足。その手足も含めほぼ全身にガラスが刺さっており、身体の下には血溜まりができ始めていた。

「圭!!」
「まずい! おい、担架だ! 担架の用意! それと……」

 卓はその子供の名前を叫び、一人の救急隊員はそう叫ぶと救急車のほうへ行き、あれこれと指示を出し始める。

「くそっ!!」

(間に合ってくれ……っ!)

 ボンネットがひしゃげていて気づかなかった。救急隊員も、その子があまりにも小さく、ちょうどタイヤなどに隠れてしまった位置にいたために気づかなかったようだった。

「レッカーはまだか?!」
「来ました!!」

 その言葉に俺はすぐに反応し、野次馬たちを遠ざける。鑑識のカメラのフラッシュ音、「急げ!」と誰かが叫ぶ声。救急隊員に押さえられながらも、「圭!」と叫ぶ男の子の声。被疑者が乗っていた車はそのまま署に持って行くことになっている。
 車がどかされた途端にドサリと倒れた子供は、和哉と呼ばれた男の子と同級生とは……中学生とは思えないほど、小さな女の子だった。


 ***


「え……高林、って……」
「あとでわかったんだが、庇った子のお兄さんだそうだ」
「つまり、充さんの兄でもあるわけね。意外だわ……あの胡散臭い兄弟に刑事の兄がいたなんて。それに……お圭ちゃんてばそんなに小さかったの?」
「小学生かと思ったくらいだ」

 穂積本家の、社長の書斎の中。ここには俺と社長、その息子の泪がいる。話題の主、在沢 圭……いや、穂積 圭は具合が悪くなってしまった社長夫人に代わり、妊娠が発覚したばかりだというのに、台所で穂積家の料理を作っている。その合間に以前話すと言っていた事故の話を泪が持ち出し、「お圭ちゃんに内緒で」と泪に言われ、それに便乗した社長が「私の書斎で」と書斎に集まったのだ。彼女には「仕事の話をしてくる」と言ってあるらしい。俺の婚約者の瑠香は彼女を手伝いながら、夫人の看病をしている。

「圭の親は?」
「推測ですが……子供を……彼女のみを虐待していたようです」
「やはり……」

 社長は目を瞑って眉間に皺を寄せている。多分、何らかの形で彼女の話を聞いているのだろう。
 そして、泪の言葉に、あの時の言葉を思い出す。


 ***


 奴の足取りの聞き込みの傍らで、卓に彼女の家を案内してもらいながら彼女の家に向かい、彼女の事故を告げる。だが、その反応は俺が思うものではなかった。

「圭? 確かにうちの娘と同じ名前ですが、同姓同名の別の子供じゃないですか? 尤も、うちの子は葎だけですから」
「ちょっと、羽多野さん!」

 冷ややかにそう言うなり、父親とおぼしき男に扉を閉められてしまい、唖然とする。

「何すか、あれ! 自分の子供に対する言葉かよっ! ……やっぱり圭が小さいのも、笑わなくなったのも……」

 憤慨したあとで辛そうに話していた卓の背中をポンポンと叩いて宥め、その場を辞して再び事故を起こした犯人の足取りを追うことにした。その後、昼間から奴が飲んでいたという店を突き止め、奴の他の仲間を逮捕できたのはまた別の話だが。

 署に戻り、二人で書類を作成している時にふと、彼女のことが気になった。時計を見ると病院の面会終了までまだ少しだけ時間がある。

(様子を見に行ってみるか……)

 そう思い、途中だった書類仕事を終わらせて署を出ると卓がくっついて来た。どこに行くのか問う卓に「病院に行く」と告げる。それだけで察したのか「自分も行きます」と言ったので、一緒に病院に向かうと看護師たちが

「ほんの少しでも構いませんので、献血にご協力をお願いします!」

 と、事故被害者や他の入院患者のお見舞いに来ていた人々に呼び掛けていたので、看護師の一人を捕まえ、見舞い客を装って事情を聞く。

「どうしたんですか?」
「貴方もお見舞いの方ですか?」
「ええ、まあ。羽多野さんのですが。病室はわかりますか?」
「羽多野さん?! お身内の方ですか?」
「いえ、違いますが……彼女がどうかしたんですか?」

 そう聞くと彼女は未だに手術中で、あまりのガラスの破片の多さと思った以上の出血で、用意していた輸血が足りなくなったのだと言う。すぐに次の輸血パックを頼んだものの来るまでにまだ時間があり、それを待っていられるほどの余裕がない、とも言われた。
 彼女の血液型を聞くと俺と同じ血液型だったので「同じだから協力する」と言い、卓も「自分も同じです」と言ったので一緒にその看護師に献血する場所に案内してもらっている途中だった。その看護師は、慌てている他の看護師に呼ばれ、少し離れた場所で話していると

「心肺停止?!」
「馬鹿!」
「あ」

 そんな話が聞こえてしまった。

(え……っ?! 心肺停止?!)

 俺の内心を代弁するかのように、卓が叫ぶ。

「心肺停止、って!」
「……あ、いえ……今は持ち直したんですが……」

 卓の言葉に別の看護師はそう言葉を濁してまた慌ててどこかへ行き、一緒にいた看護師は「採血をお願いします」とばつの悪そうな顔をしてそう言ったので、黙って看護師についていった。
 二人して採血できるギリギリの量の血を採ってもらう。頑張って生きろという思いを俺の血に移るように、手術中の彼女に届くように願いながら……。

 採血後。しばらく休んだあとで自販機で飲み物を買い、手術室のほうへ向かう。卓は「確かめたいことがあるから帰ります」と自宅に帰ってしまった。
 しばらく彼女の親を待ってみたものの、親らしき人物は一向に現れない。時刻は既に深夜で、明日も仕事があるため今から帰って寝ないと明日の仕事に響く。
 尤も、二徹することもあるため、寝なくても構わないのだが。
 溜息をついて病院の出入口に行くと、荷物を持った卓と出会した。

「あ……まだ病院にいてくれてよかったです」
「その荷物……どうしたんだ?」
「家を出てきました。できれば、入寮許可が出るまで泊めてほしいんですが……」
「それは構わないが……何かあったのか?」
「……」

 顔を顰めたまま何も言わない卓に明記を付きつつも「まあいい」と言い、二人で自宅に戻る途中の車の中で、卓はポツリポツリと話してくれた。

「そのうちわかってくれるさ……」
「だといいんですが……」
「だったら、お前が見舞ってやれ。見てる人はきちんとみてくれる」
「はい。そうします」

 それきり卓は黙ったまま、何かを考え込んでいた。

 翌日は遅番だったので病院に寄ってから署に行くことにしたのだが、彼女はまだ手術中で、未だに献血を募っている状態だった。仕方なしに署に向かい、その日の仕事をこなすしかなかった。
 その日の仕事を終え、また病院に足を運び、彼女の状態を確かめに行くと手術が終わっていたため、彼女の病室を聞いてすぐに見舞いに行くと、ちょうど主治医らしき人物がいたのでこちらの事情を話してその人物から話を聞いた。「一時期は危なかったものの、何とか命をとりとめた」と疲れた顔をした医者に言われたが、一命をとりとめたものの、まだ予断を許さない状態だとも言われた。

「圭……ごめんな……学を庇ってくれてありがとな。あいつらはあてにならないから……俺が……」

 チューブに繋がれた彼女の手を握りながら、卓はずっと謝り続けていた。


 ***


「「……」」
「止めますか?」

 辛そうな顔をした二人にそう聞くと、良いのか悪いのか、絶妙のタイミングで当の本人が「コーヒーはいかがですか?」とコーヒーを持って書斎に来た。二人の顔を見たのか

「難しい話ですか? 眉間に皺が寄ってますよ」

 と言って自分自身の眉間を擦ると、「休憩してくださいね」と書斎から出た。

「続けてくれ」

 社長の言葉に、コーヒーを一口啜ってからわかりましたとまた話し始めた。


 ***


 それから一週間、彼女は目覚めなかった。俺は三日に一度くらいだったが、卓はほぼ毎日行っているようだった。最初のうちは誰かに何かを言われたのか辛そうな顔をしていたが、それも徐々に薄れつつあった。
 彼女が目覚めたと聞いた翌日、二人で病室に行くと、事故にあった子供たちとその親が来ていた。卓を見た瞬間、親たちの視線が冷ややかになった。だが、和哉という子が

「卓さんは違うよ! 圭を助けたのは卓さんだよ?! 俺、知ってるよ、卓さんが毎日圭のお見舞いに来てたこと。そんな卓さんに、なんで皆冷たい顔をすんのさ! 相手が違うだろ?!」

 そう言った途端、親たちはばつの悪そうな顔をしたあとで、卓に謝っていた。その、病院の帰り道。

「『見てる人はきちんと見てる』。そう言っただろ?」
「……はい」

 男泣きに泣いた卓は、翌日、どこか吹っ切った顔で仕事をこなすようになった。それでも、毎日彼女の見舞いに行く事を欠かさなかった。
 その一週間後。先に病院に行った卓を追いかけるように病室の前に行くと

「じゃあ、卓お兄ちゃんは泥棒を追いかける警部になるの?」
「あのおっさんにはなれないだろ? 俺の声、あんなにしゃがれてるか?」

 という声が聞こえた。

(泥棒を追いかける警部?)

 なんだ、それは? と思いつつ、ドアをノックして病室に入る。

「こんばんは」
「あ……」

 無表情の彼女が一瞬怯えた目をした。

(え? 俺、何かしたか?)

 わけがわからず眉を潜めると、ますます怯えた目をされた。

「こーら、圭? そんな顔しないの。この人は俺の先輩刑事で、前嶋さん。いつも話してるだろ?」
「あ……そうなんだ。ごめんなさい……」
「いや」

 身体中を包帯で巻かれながらも、素直に謝った彼女に感心する。

「それにしても、大分顔色がよくなったな」
「でしょう? さすが俺の血!」
「卓お兄ちゃんてば……」
「俺も協力したから、君の中には俺の血も入ってる」
「そうなの? じゃあ、もう一人の私のあしながおじさんだね」
「おじさんはひどいなぁ……。せめてお兄ちゃんと呼んでくれよ……」

 がっくりと項垂れた俺を見る彼女のその目には、もう怯えはない。なぜ怯えたのか理由はあとで卓に聞くことにし、彼女に事故のことを聞くことにした。

「辛かったら、話さなくてもいいから」
「ううん、大丈夫」

 そう言って話してくれた内容は、事故を目撃した人や被害者と同じ内容だった。「学のせいで……ごめんな」と言った卓に「学くんに、私みたいな傷ができなくてよかったね」と言った彼女を見て、何て強い子なんだろう……そう思った。

 病院からの帰り道。歩きながら、なぜ彼女は俺を見て怯えたのか、卓に聞いてみた。

「多分、父親に殴られたか何かされたんだと思います。だから圭は大人の男性を見ると怯えるんだと思います。本人から聞いたわけじゃないから憶測ですが……」
「その割には、お前は怯えられてなかったな」
「自分は圭を幼稚園児の時から知ってるんですよ? 和哉なんかと一緒に勉強を見てやったこともあるし、一緒に遊んだこともあります。一緒に空手も習っていて、優勝経験もありますからね。大人の男というより、兄貴認定なんじゃないですかね」
「なるほど……。で、もう一つ。泥棒を追っかける警部ってなんだ?」

 そう聞いた途端、卓の足がピタリと止まった。

「卓?」
「聞いてたんですね」
「聞いてたというより、聞こえた、が正解かな」
「そうですか……」

 そう言って息を吐き出した卓は、またすぐに一緒に歩き出した。

「俺、ICPOインターポールを受けようと思って」
「だからか。決めたのか?」
「はい。本部で直接の募集があったらしくて。今朝、課長に言われたんで、お願いしました」
「まあ、お前ならいずれそう言うと思ったけどな」

『もう会えないの?』
『いつかは会えるさ。ただ、いつかわかんないけど……』

 病室を出る時の、二人の会話が甦る。元々、そういう約束で彼をウチで預かっていただけだ。

「まあ、頑張ってこい。お前ほど頻繁には通えないが、できるだけ彼女の病室に顔を出すから」

 そう卓に約束し、彼を安心させた三日後、彼はフランスへと旅立った。


 ***


「あとは先日社長に話した通りですよ」
「アタシは聞いてないけど」
「あとで話してやる。今、彼はどうしてるんだ?」
「さあ……。時々エアメールが来るから、生きてるとは思いますが」
「で、お圭ちゃんはいつごろあの身長になったの?」
「やはり栄養不足だったのか、病院にいるころからちょっとずつ成長してましたからね……あとは在沢家に行ってからじゃないですか?」

 そう言って冷めたコーヒーを啜ると、然り気無くジャケットのポケットに手を入れる。ここにはヤツから圭に宛てた手紙が入っている。それを指で撫でていると、圭が顔を出した。

「ご飯できたけど……お仕事の話終わった?」
「もうそんな時間か……」
「道理でお腹が空くはずだわ……」

 穂積親子は席を立ち、書斎を出る。俺が出るのを待っているのか、圭は扉から動かなかったので彼女に近づき、ポケットに入っていた手紙を渡すとびっくりした顔をした。

「え? 私宛て? 誰から?」
「泥棒を追っかける警部から。……覚えてるか?」

 そう言うと、圭は一瞬きょとんとしたが、すぐに目を丸くして驚いた顔をした。

「嘘……卓お兄ちゃん?!」
「ああ」

 開けてみな、と言うと、圭はすぐに開けて手紙を読み始める。そして終わるとそれを持ったまま俺に抱き付いて来た。

「お、おい!」
「帰って来るって……」
「……は?」
「卓お兄ちゃん、帰って来るって!」

 その言葉に驚く。

「はぁっ?!」
「ちょっと!! お圭ちゃん、何で前嶋さんに抱き付いてんのよ!!」
「私と前嶋さんの秘密だから、教えない!」
「浮気?! 浮気なの?!」

 走って逃げる彼女に「走んじゃないわよ! 危ないでしょ?!」と泪に怒られている声を聞きながら、卓が本当に帰って来るまでは結婚したことも妊娠したことも黙っててやろう、と決めた。


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