オカマ上司の恋人【R18】

饕餮

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番外編・小話

ある日の穂積家

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泪パパ視点です。

『梅花』で、泪が父の書斎を出たあとの話です。少々残酷表現がありますので、苦手な方はご注意下さい。



*******


「なに? どうしたの? 何か問題でもあった?」

 ノックの音のあとで扉が開き、そう言って娘……長女の瑠香が自分の書斎に入って来た。

「泪から在沢さんの事故のことを聞いたんだが……」
「つまり、報告書が見たい、と?」
「ああ」

 娘の顔が哀しげに歪むが、それも一瞬のことだった。

「……構わないけど、どうせならお圭ちゃんがいるんだし、直接本人から聞いたら?」
「それができんから、お前に聞いてる。それに、泪にも『お前に聞け』と言われたしな」

 娘はしばらく黙っていたが溜息をつき、わかったわと言ったあとで、ちょうど泪がコーヒーを持って来たので、礼を言って受け取る。

「USBはアタシが持ってるから今持って来るけど、詳しい話は前嶋から聞いたほうがいいわ」
「前嶋? なぜだ?」
「前嶋が泪に頼まれたからよ」
「どこにいる?」
「もうじき顔を出すんじゃないかしら? って、噂をすれば影ね」

 瑠香が話している途中でノックの音がしたかと思うと、前嶋が顔を出した。

「社長、今年もお世話になりました」
「ああ、挨拶はいいから。ちょっと聞きたいことがあるんだ。瑠香、頼む」
「わかったわ」

 そう言って娘は部屋を出て行ったので、前嶋に単刀直入に聞くことにした。

「泪に聞いたんだが……在沢さんの……圭の事故のことを聞きたい」
「在沢さんの、ですか……」

 瑠香と同じように前嶋の顔も歪むが、瑠香以上に辛そうな顔だった。

「何だ? 何かあるのか?」
「いえ……。ただ、あまりにも、その……」
「構わん。私は知らずに圭を傷つけてしまった。いずれは本人から聞きたいとは思うが、できれば今すぐ知りたい」

 瑠香がUSBと前嶋のぶんのコーヒーを持って戻って来たので、USBを受け取り、パソコンに刺す。

「この事故は、酒気帯びによる居眠り運転が原因でした」
「よく知ってるな」
「自分が担当した案件でしたから」
「あ?」
「聞いてないわよ?!」
「今初めて言いましたから」

 前嶋がそう言った直後、画面に一枚の写真が写し出された。

「これは……っ!」

 その惨状に息を呑む。

 店舗に突っ込んだのかガラスは粉々に割れ、柱がひしゃげている。その奥のほうで腕や足を押さえている子どもや大人が数人と、手前にはガラスが大量に刺さった子供が一人写っており、手足は折れているのかあらぬ方向に曲がっていた。
 警察官に押さえられながらもその子に声をかけているのか、泣いている子が二人写っているが、その二人の手や足にもガラスが何枚か刺さっており、血だらけだった

「もう十年くらい前になりますか……」

 今でもよく覚えています、と言って前嶋が話した内容は、あまりにもひどく、眉を潜める話だった。

「ひどい親子でしたよ。自分や息子の命が助かったにも拘わらず、彼女の見舞いにも行かず、そればかりか『あの女のせいで息子は歩けなくなった』と息子の嘘を鵜呑みにしていました。ご近所の方は嘘だと知っていたようですが」
「……」
「あまりにも彼女の状態がひどかったから気になって、署を出たあとで彼女が搬送された病院に行ったんですが、『血が足りない』『追加の輸血を頼んだが間に合わない』と言って献血を募っていました。同じ血液型だったので、当然自分も献血しましたが」

 嘘をついた親子に怒りを覚え、拳を握る。

「手術は成功し、一命をとりとめたものの、しばらくは余談を許さない状態でしたが、彼女の親が見舞いに来ることは一度もありませんでした。その後、彼女は何とか回復し、リハビリのあとは読書スペースでよく本を読んでいました。そこで仲良くなった少女がいたんですが、その少女が在沢 保の娘でした」
「ちょっと待て。圭は在沢の娘じゃないのか?」
娘ですよ。尤も、養女ですが。そうなった経緯も知っています」
「……」
「その日はたまたま非番で、別の案件に取り掛かっていてしばらくお見舞いに行けない状態で、やっとお見舞いに行った日のことでした」

 本好きな彼女のために本を持ってお見舞いに行ったところ、在沢夫妻が自分の娘のお見舞いに来ており、そこに圭の両親が来て開口一番

『何で庇ったんだ! お前にかける金は一銭もないんだぞ!』

 と怒鳴ったというのだ。
 あまりの言い種に眉を潜める。血を分けた娘ではないのか。

(それとも、虐待されていたのか……?)

 昨日の駐車場でのことを思い出す。泪が『ネガティブ体質』と言った意味も、彼女が無表情なのも……どこか怯えた様子でいたことにも、それならば納得が行く。

「それを聞いていた在沢夫妻も、その場にいた大人たちも怒りました。もちろん自分も。ですが、態度を改めるどころか、何だかんだと言う二人に在沢夫妻がキレたようで、『なら私たちが養女にもらう』とその場にいた大人たちで一旦二人を追い出したあとで、在沢夫妻は彼女にいろいろ聞きながら何かを書かせ、二人を伴ってどこかへ出かけました。今にして思えば、あれは養子縁組の承諾書みたいなものを書かせていたんでしょう」

 そろそろ帰ろうとした時に在沢夫妻が戻って来て、彼女に『今から警察や保険会社に電話して、自分たちが親だから、と言うから』と言うので、自分が事故の担当警官だということを伝えたのだと、前嶋は言った。

「『泪の彼女の引越しを手伝う』と言った瑠香さんについていった先に彼女がいた時は、正直、驚きました。再会できたことも、元気そうだったことも、……笑顔が見れたことも」

 入院中、一度も笑顔を見せませんでしたからと前嶋は嬉しそうに話したあとで、自分を覚えていないようなのは残念ですが、と苦笑していた。

「あら、話してみたら、案外覚えているかもよ?」
「そうですね。ですが、自分から話すつもりはありませんから。……他に用事がなければ、おいとまさせていただきます」
「ゆっくりしていかんのか?」
「これから妹夫婦を迎えに行かなければなりませんので」
「そうか……なら仕方がないな。来年も頼む」
「わかりました。それでは、よいお年を」

 そう言って前嶋は踵を返し、部屋を出る時に爆弾を落として帰って行った。

「なんだと……?! 瑠香、本当か?!」
「本当よ? 離婚の決め手はそれだもの。嘘つきな弟がいるんだもの、その兄も嘘つきじゃないとは言い切れないでしょ? 政略結婚とは言うものの、元旦那あの人の言い分がどこまで本当かなんてわかったもんじゃないわ」

 お母さんとお圭ちゃんの様子を見てくるわ、と瑠香は部屋から出て行った。

(瑠香の結婚話を持って来たのは、親戚筋の一人だったから信用したのだがな……)

 結婚から離婚まで、たったの三年。短かったのか長かったのか……。明日は恐らく瑠香の離婚を聞きつけ、その親戚筋は慌ててすっ飛んで来るだろう。下手すると今度は泪や瑠璃の縁談を持って来るかも知れない。

(瑠璃にちょっとを頼んでみるか)

 やっと自分たち夫婦の夢を叶えてくれる娘が現れたのだ、圭を手離すつもりはさらさらない。

(いつか一緒に住んでくれないだろうか……)

 ふと、彼女の笑顔を思い出す。事故の話を聞いてもなお、圭を手離したくないと思う自分がいる。遠い未来、もしも一緒に住むことがあるのならば。

 ――在沢夫妻のように、自分の子供たちのように彼女を慈しみ、愛してあげよう。

 未来予想図を描いてふふふと笑い、瑠璃に頼み事をするために、空いたコーヒーカップを持って書斎から出た。


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