オカマ上司の恋人【R18】

饕餮

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葎視点

Alaska

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『この、バカもんが!』

 バシッ、バシッ、と、曾祖母、祖父、祖母の順番で両親の頭を叩いた。

『何をする?!』
『それはこっちのセリフだ!』

 そう怒鳴った父に、祖父はバンッとテーブルに曾祖母の写真と、圭の事故の新聞記事を叩きつける。

『え…………圭?』

 ムッとしながらも白黒の写真を手に取り、しげしげと眺めていた二人の顔が戸惑いに変わる。

『違う。わしだ』
『えっ?!』

 曾祖母の言葉に驚いた二人は、もう一度写真をまじまじと見ている。

『だって、どう見ても……』

 写真は白黒。それすらも目に入らないかのように、食い入るように見ている両親。

『圭は先祖返りと同じなんだよ』
『え……』
『それを親戚たちは知っておった。だから、血がどうの、自分たちに似てないからどうのと言ったお前たちに冷たかったんだよ』
『あ……』
『だから何度も言ったろうが! わしの話を聞けと! 聞かなかったのは、聞く耳を持たなかったのは誰だ?!』
『…………』

 怯えた顔をして俯いた母と、眉間に皺を寄せた父に、さらに曾祖母は追い討ちをかけるように話す。

『たがら、圭をうちに寄越せと言っただろが!』
『だ、だけど、それだと世間体や外聞が……』
『お前たちは馬鹿か?! 世間体?! 外聞?! 子供をきちんと育てられないばかりか、子供を虐待していたお前たちが、何を今更! 子供を虐待し、そのことが町中で噂になった時点で、お前達の世間体も外聞もとっくにないだろうが!!』
『――っ!!』

 眉間に皺を寄せたまま下を向いた父は、僕がプリントアウトした新聞記事を手に取る。

『これは、この町で起こった事故の……』

 戸惑ったような父の声に、曾祖母は冷たくいい放つ。

『圭の事故だ。お前たちが『何で庇ったんだ』と罵った、圭のな』
『そ、そんな! こんな……こんな……!』
『なんだ、知らなかったのか?』

 母が悲痛な声を上げると、曾祖母はさらに冷たい声で言い放った。

『警察が来たってこの人に聞いたから、どうしたのって聞いたら……』

 警察が来てたなんて初耳だった。でも、いつなのか何となくわかる。多分、夜に誰か来て、父が怒ってた時だ。

『警察?! 何でその時に詳しく聞かなかった!』
『だって……この人が『同姓同名の赤の他人だろう、うちの子は葎だけだからと言って追い返したから』って言ったのよ! それに、『どうせ、同姓同名のその子は手か足を折っただけだろう? 本当に圭かどうかわからないじゃないか。圭ならそのうち帰ってくるし、帰って来なければお義父さんとこだ。いつものことだろ? ヤバくなったらまた連れ戻せばいい。ほっとけ!』って言ったのよ! 今の今まで死にかけてたなんて、知らなかった! 葎の同級生に『お宅の圭ちゃん、高林さんとこの学ちゃんを庇って事故にあったんですってね。偉いわ』って言われるまで、あたしはそれを信じて疑わなかったわ!』
『おい!』

 何を今更と、両親を見る。人のことは言えないけど、母はいつも他人のせいにする。僕はそれが嫌いだった。

『ふん……さんざん虐待しておいて、今更心配、か?!』
『虐待してたけど……! でも……それでも! あたしが産んだ子だわ! 心配するに決まってる!』
『さんざん『いらない子』だの『生むんじゃなかった』だの言っといてか?! 養女に出しておいてか?! 遅すぎるわ!! 人命を救って誉めこそすれ、罵るとはな……! もし圭がこの事故で死んでいたら、【男の子を庇った女の子、重体】と言う見出しが、【男の子を庇った女の子、虐待を苦に自殺か?】という見出しに変わっていたかも知れないんだぞ?!』

 そう言った曾祖母の言葉に、二人はびくり、と体を震わせる。

『……良い子、だったのに……』

 突然ぽつり、と母が言葉をこぼす。

『葎はよく泣く子で、夜泣きもよくしてて、赤ちゃんの時は本当に手のかかる子だった。大きくなってからもそう。ボタン一つ留めるにも手のかかる子だった。でも圭は、自分のできることは自分でやってたし、葎の手伝いもよくしてたわ。それに、夜泣きもせず、よく笑う子だった。葎の相手をして疲れていると、いつも手を伸ばして来て笑うの。抱き上げると、あたしの頬っぺたをペタペタ叩いてたわ。……まるで、『お母さん大丈夫?』って、言われてるみたいだった。その仕草に癒されていたのに……』

 あの仕草は、そんな小さいころからやっていたのかと驚いた。僕もその仕草に癒されていたから。
 母は両手で顔を覆い、静かに泣き出した。それを労るように祖母が母の側に寄って、慰めるように背中を優しく撫でる。

『圭が大きくなるにつれ、どっちにも似てないことに気づいたわ。葎はあたしたちに似て来てるのに、圭だけが似てない。血液型も、パーツひとつさえも。この人に浮気を疑われて、何度違うと言っても信じてくれなかった。……自分が浮気してたから』
『……』

 父が浮気してるなんて知らなかった。……最低な父に言葉もでない。全員で睨み付けると、ばつが悪そうに父が横を向いた。

『圭が笑ってくれて、あたしを慰めてくれたことも忘れて、あたしを手伝うこともしない、子育ての話を聞いてもくれないこの人の代わりに、いつしかあたしは、何も言わない圭に八つ当たりを……っ! あんなこと、言っちゃいけなかったのに!』
『馬鹿者! 今更後悔しても遅いわ!』

 曾祖母は冷たく言い放ったあとで、溜息をついた。

『とりあえず、一旦帰れ。今後、圭をどうするのか、お前たちはどうしたいのか、二人で話し合え!』
『葎は……』
『帰らないよ』

 母にそう言われ、固い声で返すと二人は顔を歪めた。

『お前たちが、葎は帰らんよ』

 今度は溜め込まずにもっと早く言え、馬鹿者! と曾祖母と祖母に言われた母はこくりと頷き、祖父に呼び出された父は、祖父に殴られたのか唇から血を流し、顔を腫らせて母を伴って帰って行った。


 ――結局僕は、圭を守るどころか圭に守られていたんだと、自分の仕出かした愚かな行為を後悔することしかできなかった。


 ***


「羽多野、日比野、ちょっとこい」

 そう室長に呼ばれて会議室に行くと、それぞれ封筒を渡された。圭が穂積に行ってしまってから二週間がたっていて、その間に準一級の秘書検定を二人で受けて来ていた。

「とりあえず、座ってから中身を確認しろ」

 室長にそう言われて座り、封筒の中を確認すると、それは秘書検定の試験の結果だった。そこには、『合格』の文字。

(やった! あんまり自信はなかったけど、圭に言われた通りにできた!)

 圭に嬉しい報告をできないのは寂しいけど、でも、いつかきちんと報告したい。もっと秘書の仕事を頑張って、いつか他の先輩たちや室長や……圭みたいに一級を取りたい。秘書の仕事は大変だけど、そのぶん遣り甲斐もあるから。

(圭も、室長を見てそう思ったのかな……)

 室長は本当にすごいから……そう考えていると

「なんで、このあたしが不合格なの?!」

 という日比野の呟きが聞こえ、室長に食ってかかった。

「室長! なんで不合格なの!」
「俺が知るわけないだろ! ったく……。あのなあ、日比野。その自信は一体どこから来るんだ? きちんと勉強していれば難なく取れる資格だぞ?」
「……え?」
「それに、その態度と言葉遣い。一体いつになったら直すんだ?」

 室長の、低くて冷たい言葉が会議室に響く。

「秘書課の連中にも、他の部署の役職者たちにも言われたはずだ。『言葉遣いと態度に気を付けなさい』と」
「それは……」
「苦情も来てる。『あの子は仕事もせずに、男を漁りに来てるのか』とか『いつまで学生気分でいるんだ』とな」
「……っ」
「それに、重要な取引先のクライアントを怒らせたそうじゃないか。葛西専務が間に入ってことなきを得たと聞いたが?」
「そ、それは……っ」

 日比野は青ざめて俯く。そんなことがあったなんて初耳だった。日比野ほど大きな失敗はしてないと思うけど、多分、僕の報告も行ってるんだろうなあと思う。

「さらに言えば、穂積専務を怒らせたそうだな」
「穂積……専務?」
「呆れたヤツだな……。お前もあの場にいただろうが! 専務の自己紹介を聞いてなかったのか?」
「え……?」
「在沢さんを抱き抱えていた男性だよ」

 フォローするように僕がそう言うと室長は器用に片眉を上げ、日比野は青ざめた顔を僕に向けて目を見開いた。……圭が探してたと聞いた僕は、秘書課に戻った時に穂積専務が迎えに来て連れてったと先輩に聞いたから、とは言わないでおく。

「えっ、あのカッコいい人?!」
「それだから、お前は『男を漁りに来てる』と言われるんだ!」

 室長の怒号に僕まで怒られている気分になり、二人でびくりと身体を震わせる。

「どうせお前のことだ、圭の仕事ぶりを見もせず、『なんであたしより無表情の女を選んだの』くらいにしか思ってなかったんだろうが!」
「う……」

 日比野の態度に、え……そうなの?! てか、こいつ、馬鹿? と思ってしまう。
 図星を指されたのか、日比野は顔を少し赤らめて俯いた。
 圭は秘書の仕事をして五年もたってるし、圭の仕事ぶりを見てなかったのかと呆れてものも言えない。確かに圭は無表情。でも、その仕事ぶりは先輩たちが感心するほど、時には室長が頼るほど、きちんとこなしていたのに。

「ったく……。おい! 誰か俺の机から、圭のファイル持ってこい!」

 室長がそう怒鳴ると、山下先輩がびくびくしながらファイルを持って来た。

「すまん、山下。日比野、これを見ろ!」

 室長はとあるページを開いて、机の上にそれを乗せる。
 そこには、その見開きページぶんいっぱいに、資格の数々が載っていた。

「凄い……」

 思わず呟いた僕に、室長は「そうだろ?」と言って僕に優しい目を向けた。

「これ……全部……?!」
「圭が持ってる資格だ。尤も、仕事に必要なものしか載ってないがな。それだってほんの一部だ」
「嘘……っ! だって、いっつも秘書課にいて、暇そうにパソコンいじったりコーヒー入れたりしてて……!」
「馬鹿か、お前は。秘書の仕事を全っ然わかってないじゃないか!」

 呆れながらそう言った室長に、日比野はムッとした顔をした。

「羽多野、教えてやれ」
「はい。役職者につくことだけが秘書の仕事ではありません。秘書についた人や全体を見て、いろいろなタイミングを計るのも秘書の仕事だと、俺は思います」
「……」
「ああ。それから?」
「在沢さんがずっと秘書課にいたのは室長の手伝いもありましたけど、他の部署の役職者や、先輩秘書の知らない言語の文書の翻訳を頼まれ、それを翻訳していたからです」
「え……っ?!」

 驚いた日比野に、室長は眉を潜める。

「圭が毎日、どれだけ翻訳してたか知ってるか? 全部署を含めて、一日に七件から十件だぞ? 突発的なのや急ぎのを入れたらそれ以上だ。その合間に、秘書課の人間や秘書課に来た奴らにコーヒーを入れたりしてたんだぞ? お前は圭の……圭や他の先輩秘書の何を見てたんだ? 容姿か? 圭の語学力は半端じゃない。圭の先輩秘書たちや役職者が認めるほどだ。主要国の言語は全て資格を持ってる」
「俺が知ってるだけでも、英語や主要国はもちろんのこと、ラテン語、ギリシャ語、ノルウェー語と……あとはケチュア語、でしたっけ? それに、英語はスラングとクイーンズ両方できましたよね?」
「よく知ってるな、羽多野」
「仕事を教えてもらいながら在沢さんにお願いして英語力も鍛えていただきましたし、他にどんな言語が扱えるのか教えていただきましたから。確か、在沢さんのTOEICは900点越えでしたよね?」
「ほんと、よく知ってるな……」
「う、そ……」

 さらに青ざめた日比野の顔は、まさに蒼白といった感じだった。

「先輩たちが何をやっているのか知りもせず、秘書の仕事がなんたるかを全く理解していないお前に、準一級など夢のまた夢だ。漫画や小説のような展開があると思ってるなら、それこそお門違いだ。秘書の仕事はそんなに楽じゃない! お前に秘書は向いてない。恋愛したいならここより暇な総務にでも行け! 尤も、総務だって秘書課よりも暇なだけであって、ちっとも楽じゃないがな」
「……っ!」
「どうしても秘書課にいたいなら、言葉遣い、態度を今すぐ改めろ。それと、英語力の他に最低限あと二つの言語を扱えるようにしろ。秘書課にいて、TOEICの点数が500点以下なのはお前だけだ」
「え……? あたしだけ?! 羽多野くんもじゃないの?!」

 やっぱり日比野って馬鹿だし、人の話を聞いてない。今すぐ改めろと言われたのに、改めてないし。

「……お前、今まで何を聞いていた?! 羽多野の言葉遣いは直って来てるだろう! それに、羽多野は先日のTOEIは650を越えたんだだぞ?!」
「え……そうなんですか?!」
「ああ。圭に鍛えてもらったおかげだな」
「鍛えてもらったと言うか……。在沢さんには要点だけしか教えてもらってないですし、あとは独学で……」

 圭がいない時は先輩に聞いたりもした。聞けばちゃんと教えてくれた。

「羽多野くん、ずるい!」
「あのさあ……。先日もそう言ってたけど、ずるいって何? 意味がわからないよ。わからなければ聞くのは当たり前だと思うし、自分に向上心があれば、室長だろうと先輩だろうときちんと質問すれば教えてくれるよ? それをしなかったのは、日比野の怠慢」
「っ!」
「もう、俺たちは学生じゃない。それに、入社して既に半年たってるから、新入社員だけど新入社員じゃない。自分の向上心のために、仕事を覚えるために人に聞いたり教えてもらうことはずるいことなの? 仕事を他人に押し付けて甘えて、自分が楽するほうがよっぽどずるいと思うけど?」

 僕がそう言うと、日比野はキュッと唇を噛んだ。

「それに、先日も在沢さんに言われたでしょ? 俺と同じUSBをくださいって日比野が言った時、『貴女に何かを頼まれた覚えも、教えてほしいと言われた覚えもありませんが』って。俺は前もって教えてくださいとお願いしてあった。だから在沢さんはUSBを俺に渡して、勉強してくださいって言ったんだよ。忘れちゃった?」
「そ、それは」
「それに、俺たちは穂積専務にも言われたよね? 『甘えん坊は、良くはなっても良くなっただけです。何度言っても直りません』って。俺はそれが悔しかった。甘えん坊じゃない、って。でも、初対面の人にそう言われたってことは、そういう面があるってことでしょ? だから俺は直そうと思った。日比野は違うの?」
「……」

 日比野は押し黙ったまま、ムッとした顔をしていた。この顔を見る限り、日比野はそう思わなかったんだろう。僕に言われた、今でさえも。

「とりあえず、秘書課にいたいなら、日比野は今すぐそれを改めろ。いいな?」
「……」
「返事くらいしろ!」
「…………はい」
「……ったく。で、羽多野のできは?」
「あのできからすれば自信はなかったんですが、何とか合格しました」
「!!」

 僕がそう言うと、日比野はいきなり席を立ち、僕を睨んで室長に挨拶もせず勝手に会議室を出てしまった。

「……駄目だ、ありゃ。まあ、使えないヤツはいらんからいいけどな」

 溜息をついた室長は呆れたようにそう言った。

 会議室を出たあと、日比野はあることないこと僕や室長のことを先輩秘書に言ったらしい。でも、会議室での会話が筒抜けで、それを聞いていた先輩たちは日頃の日比野の言動も相まって、日比野の話を全く信じなかった。それに怒った日比野は勝手に帰った挙げ句、いつの間にか会社に来なくなった。
 日頃の言動、勝手に帰ったこと、無断欠勤を理由に日比野はクビになったらしい、と聞いた。


 ――後日、同じ部署の先輩と一緒に接待で連れて行かれた先のキャバクラで日比野が働いていたと同期に聞かされた。


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