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葎視点
Blood And Sand★
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「聞いて……たん、だ……」
圭が穂積エンタープライズに行ってしまった週の日曜日。プライベートの時間ができた僕は、圭にもらったUSBを読んでいた。
僕を嫌うように仕向けたのは僕自身。
そんなつもりは、これっぽっちもなかった。
ただ、圭を守りたかった……親の暴力から。そのためについた嘘を、圭に聞かれてたなんて思ってもみなかった。
両親が圭を虐待していたと聞かされた日、曾祖母は
『圭はある意味、先祖返りでな。葎は両方の親に似ていて、葎もわしに似てなくはないが、どちらかと言えば母親似だろ? だが圭は、わしの子供のころに本当にそっくりなんだよ』
そう言って、戦争で焼け落ちなかった数少ない写真を見せてくれた。その写真は本当に圭にそっくりで、母も小さいことは隔世遺伝で祖父母よりも曾祖母に似てる部分もあったと祖父母は言っていた(今はむしろ祖父に似ている)けど、圭は母のその遺伝をより強く引いたんじゃないかと祖父はそう言っていた。
『確かめれば、すぐにわかったはずなんだがな』
苦々しくそう言った曾祖母と祖父。
――本当に、僕はバカだ。祖父に殴られて当たり前だ。嘘をつくんじゃなくて、曾祖母や祖父母に言えばよかったんだ。……今更だけど。
『葎へ
貴方が私を嫌いなことは知っています。貴方が
あの人たちに言った言葉を聞いていたから。
『僕、圭が嫌い。お母さんたちを独り占めする
から。……だから、お母さん、お父さん、僕だけ
を見て?』
あの言葉はショックだった。葎だけは味方だと
思っていたから……。
あの二人だけでなく、葎にも嫌われているとは
思わなかったから、あの時は本当にショック
だった。
そんなに私が邪魔だった?
そんなにあの二人を独占したかった?
だったら、私にそう言えばよかったんだよ。
そうしたら私はおじいちゃんちに行ったのに。
……今更、だけどね。
『お前はいらない』
『生むんじゃなかった』
『子供は葎だけだ』
さんざんそう言われたよ。
ことあるごとに罵られ、叩かれた。
あの当時、服に隠れて見えないところに痣が
ない場所なんてなかった。
……葎があの言葉を言うまでは。
言ったあとも、たまに罵られたり叩かれたり
したけど。
『いらない子なんだ。』
何度そう思ったかな。だから笑えなくなった。
家にいても、楽しくなかったから。
葎だけが愛される。
そんな葎を見ても辛いだけだったから。
離れて行く友達。
それも辛かった。
日に日に減って行く食事。
ひいおばあちゃんに頼んで、おむすびを作って
もらったこともあったよ。
発育が悪いことを先生たちに心配されたけど、結局
何も言わなかった。
……言えなかった。あの二人が怖かったから。』
「そんな……け、い……っ……」
そこまでひどかったなんて思わなかった。圭に憎まれても仕方がない。泣きたいのを我慢して、続きを読んだ。
『葎が知りたいのは、どうして赤の他人なのか、
だよね?
葎が小田桐部長に告白していたのを聞いてから
何日かたったあと、かずくんたちと図書館に行った
帰りに、学くんを庇って事故に遭いました。
新聞に載るほどの事故だったそうだから、
葎も知ってるかも知れないけど……』
「事、故……? 何、それ……! 知らない!!」
そう言えば一度、夜に誰かが来たことがあったことを思い出した。会話はよく聞こえなかったけど、父がなぜか怒っていたことを思い出した。
新聞もそうだ。あのころは、新聞なんてせいぜい番組欄を見るくらいだった。
(まさか、両親は……知っていた……?)
圭が家からいなくなって一ヶ月近くたち、もうすぐ卒業式というころ、珍しく二人が喧嘩をしていた。
『何でもっと早く言わない?!』
『まさか本当にそうだなんて、あたしだって思わなかったのよ! 葎の同級生のお母さんに言われて初めて知ったんだから!』
『とにかく、一度……』
そのあとは何を言っていたのかわからなかったけど、珍しく喧嘩していたのを思い出した。
『 入院中に仲良くなった女の子と一緒に本を
読んでいる時にその子の両親が来ていて、一緒
に話をしていたの。そのすぐあとくらいに
一度も病院に来たことがなかった二人が来て
『何で庇ったんだ! お前にかける金は一銭も
ないんだぞ!』
と言われたよ。
それを聞いていた女の子のご両親や、本を
読んでいた大人たちが怒ってくれたの。
それでも何だかんだと言った二人に、女の子の
両親が『なら私たちが養女にもらう』と言って
くれたんだよ。
それが在沢室長だったの。
その時から私は羽多野 圭ではなく、在沢 圭
になった。
どっちみちあの二人には『中学卒業までは面倒
を見てやるが、それ以上は知らん』と言われて
いたし、奨学金で高校に行けることも、全寮制の
高校に行くことも決まっていたから、私には何の
未練もなかった。せいぜい、かずくんたちに会えなく
なるのが寂しかったくらい。
あの家から出られることが嬉しかった。
もう、ことあるごとに罵られることも、叩かれること
もなくなる。
それだけで嬉しかった。
だから私は、もう羽多野 葎の双子の姉、
羽多野 圭じゃない。
赤の他人の……他人の空似の在沢 圭だよ。』
最後はそう締めくくられていた。
「圭……っ……ごめん……ごめんなさい……っ」
後悔しても、もう遅い。
――僕は、なんてことをしたんだろう。
僕は圭のプライベートの携帯の番号もアドレスも知らない。穂積エンタープライズに行ってしまった圭に、直接謝ることもできない。
(室長なら知ってるよね……。教えてくれるかな……)
何かあったら電話を寄越せと言って渡された室長の携帯番号に、ダメ元で電話をかける。
『はい、在沢です』
「あの、羽多野、ですけど……」
『ああ、羽多野か。どうした?』
「圭の……在沢さんの、携帯番号が知りたくて……」
尻すぼみになりながらもそこまで伝えたけど、室長は無情だった。
『……それは、教えられない』
「どうして、ですか……! 僕は……俺は……!」
『まず、圭に許可をとってない。それに、混乱した状態で圭と喋ったってお互い混乱するだけだ。あいつはああ見えて頑固だ。知ってるだろ?』
……知ってる。違うと言っても、何がどう違うのか、圭が納得するまできちんと説明しないと、圭は折れないし納得しない。
「だったら……事故のことを教えてください……!」
『……どんな事故だったのかは聞いてはいるが、俺の口から言うよりも、ネットで過去の新聞記事を詳しく調べたほうがいい。そのほうが詳細がわかるから。……役に立たなくてすまんな』
「いえ、そんなことないです。ありがとうございます。今度……いろいろと、教えてください」
『ああ。それじゃ』
「はい。失礼します」
そう言って電話を切って圭が事故にあった過去の新聞記事を探すと、それはすぐに出てきた。
「――……っ!!」
手足を折っただけだと思っていた僕は、その記事の内容に言葉が出なかった。
死にかけていたなんて思わなかった。
輸血が足りないなんて思わなかった。
全身にガラスが刺さっていたなんて思わなかった。
常にゆっくり歩く圭。
雨が降っていると、足を引きずるように歩いて、手足を擦っていた圭。
足を引きずっていたのも、擦っていたのも――痛かった、から。
「じいちゃん!!」
新聞記事の画面を開いたまま、祖父たちにその記事を見せ、そのあとでUSBの中身も見せた。
「……こんなっ! ああ、圭……っ」
「……嘉雄、あのバカ孫の二人を呼べ」
「わかった」
新聞を取っていない祖父たちは、圭の事故を知らないみたいだった。……僕が引っ越して来てから、取ってもらうようにしたけど。
泣き出した祖母を労りながら、曾祖母は怒り、祖父も怒りをたたえた声で両親に電話をかけたのを聞いていた。
――いつか、圭に謝ることができるかな……。
後悔ばかりが頭を巡り、心の中でただひたすら圭に謝り続けた。
圭が穂積エンタープライズに行ってしまった週の日曜日。プライベートの時間ができた僕は、圭にもらったUSBを読んでいた。
僕を嫌うように仕向けたのは僕自身。
そんなつもりは、これっぽっちもなかった。
ただ、圭を守りたかった……親の暴力から。そのためについた嘘を、圭に聞かれてたなんて思ってもみなかった。
両親が圭を虐待していたと聞かされた日、曾祖母は
『圭はある意味、先祖返りでな。葎は両方の親に似ていて、葎もわしに似てなくはないが、どちらかと言えば母親似だろ? だが圭は、わしの子供のころに本当にそっくりなんだよ』
そう言って、戦争で焼け落ちなかった数少ない写真を見せてくれた。その写真は本当に圭にそっくりで、母も小さいことは隔世遺伝で祖父母よりも曾祖母に似てる部分もあったと祖父母は言っていた(今はむしろ祖父に似ている)けど、圭は母のその遺伝をより強く引いたんじゃないかと祖父はそう言っていた。
『確かめれば、すぐにわかったはずなんだがな』
苦々しくそう言った曾祖母と祖父。
――本当に、僕はバカだ。祖父に殴られて当たり前だ。嘘をつくんじゃなくて、曾祖母や祖父母に言えばよかったんだ。……今更だけど。
『葎へ
貴方が私を嫌いなことは知っています。貴方が
あの人たちに言った言葉を聞いていたから。
『僕、圭が嫌い。お母さんたちを独り占めする
から。……だから、お母さん、お父さん、僕だけ
を見て?』
あの言葉はショックだった。葎だけは味方だと
思っていたから……。
あの二人だけでなく、葎にも嫌われているとは
思わなかったから、あの時は本当にショック
だった。
そんなに私が邪魔だった?
そんなにあの二人を独占したかった?
だったら、私にそう言えばよかったんだよ。
そうしたら私はおじいちゃんちに行ったのに。
……今更、だけどね。
『お前はいらない』
『生むんじゃなかった』
『子供は葎だけだ』
さんざんそう言われたよ。
ことあるごとに罵られ、叩かれた。
あの当時、服に隠れて見えないところに痣が
ない場所なんてなかった。
……葎があの言葉を言うまでは。
言ったあとも、たまに罵られたり叩かれたり
したけど。
『いらない子なんだ。』
何度そう思ったかな。だから笑えなくなった。
家にいても、楽しくなかったから。
葎だけが愛される。
そんな葎を見ても辛いだけだったから。
離れて行く友達。
それも辛かった。
日に日に減って行く食事。
ひいおばあちゃんに頼んで、おむすびを作って
もらったこともあったよ。
発育が悪いことを先生たちに心配されたけど、結局
何も言わなかった。
……言えなかった。あの二人が怖かったから。』
「そんな……け、い……っ……」
そこまでひどかったなんて思わなかった。圭に憎まれても仕方がない。泣きたいのを我慢して、続きを読んだ。
『葎が知りたいのは、どうして赤の他人なのか、
だよね?
葎が小田桐部長に告白していたのを聞いてから
何日かたったあと、かずくんたちと図書館に行った
帰りに、学くんを庇って事故に遭いました。
新聞に載るほどの事故だったそうだから、
葎も知ってるかも知れないけど……』
「事、故……? 何、それ……! 知らない!!」
そう言えば一度、夜に誰かが来たことがあったことを思い出した。会話はよく聞こえなかったけど、父がなぜか怒っていたことを思い出した。
新聞もそうだ。あのころは、新聞なんてせいぜい番組欄を見るくらいだった。
(まさか、両親は……知っていた……?)
圭が家からいなくなって一ヶ月近くたち、もうすぐ卒業式というころ、珍しく二人が喧嘩をしていた。
『何でもっと早く言わない?!』
『まさか本当にそうだなんて、あたしだって思わなかったのよ! 葎の同級生のお母さんに言われて初めて知ったんだから!』
『とにかく、一度……』
そのあとは何を言っていたのかわからなかったけど、珍しく喧嘩していたのを思い出した。
『 入院中に仲良くなった女の子と一緒に本を
読んでいる時にその子の両親が来ていて、一緒
に話をしていたの。そのすぐあとくらいに
一度も病院に来たことがなかった二人が来て
『何で庇ったんだ! お前にかける金は一銭も
ないんだぞ!』
と言われたよ。
それを聞いていた女の子のご両親や、本を
読んでいた大人たちが怒ってくれたの。
それでも何だかんだと言った二人に、女の子の
両親が『なら私たちが養女にもらう』と言って
くれたんだよ。
それが在沢室長だったの。
その時から私は羽多野 圭ではなく、在沢 圭
になった。
どっちみちあの二人には『中学卒業までは面倒
を見てやるが、それ以上は知らん』と言われて
いたし、奨学金で高校に行けることも、全寮制の
高校に行くことも決まっていたから、私には何の
未練もなかった。せいぜい、かずくんたちに会えなく
なるのが寂しかったくらい。
あの家から出られることが嬉しかった。
もう、ことあるごとに罵られることも、叩かれること
もなくなる。
それだけで嬉しかった。
だから私は、もう羽多野 葎の双子の姉、
羽多野 圭じゃない。
赤の他人の……他人の空似の在沢 圭だよ。』
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「圭……っ……ごめん……ごめんなさい……っ」
後悔しても、もう遅い。
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僕は圭のプライベートの携帯の番号もアドレスも知らない。穂積エンタープライズに行ってしまった圭に、直接謝ることもできない。
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『はい、在沢です』
「あの、羽多野、ですけど……」
『ああ、羽多野か。どうした?』
「圭の……在沢さんの、携帯番号が知りたくて……」
尻すぼみになりながらもそこまで伝えたけど、室長は無情だった。
『……それは、教えられない』
「どうして、ですか……! 僕は……俺は……!」
『まず、圭に許可をとってない。それに、混乱した状態で圭と喋ったってお互い混乱するだけだ。あいつはああ見えて頑固だ。知ってるだろ?』
……知ってる。違うと言っても、何がどう違うのか、圭が納得するまできちんと説明しないと、圭は折れないし納得しない。
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『……どんな事故だったのかは聞いてはいるが、俺の口から言うよりも、ネットで過去の新聞記事を詳しく調べたほうがいい。そのほうが詳細がわかるから。……役に立たなくてすまんな』
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「はい。失礼します」
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「――……っ!!」
手足を折っただけだと思っていた僕は、その記事の内容に言葉が出なかった。
死にかけていたなんて思わなかった。
輸血が足りないなんて思わなかった。
全身にガラスが刺さっていたなんて思わなかった。
常にゆっくり歩く圭。
雨が降っていると、足を引きずるように歩いて、手足を擦っていた圭。
足を引きずっていたのも、擦っていたのも――痛かった、から。
「じいちゃん!!」
新聞記事の画面を開いたまま、祖父たちにその記事を見せ、そのあとでUSBの中身も見せた。
「……こんなっ! ああ、圭……っ」
「……嘉雄、あのバカ孫の二人を呼べ」
「わかった」
新聞を取っていない祖父たちは、圭の事故を知らないみたいだった。……僕が引っ越して来てから、取ってもらうようにしたけど。
泣き出した祖母を労りながら、曾祖母は怒り、祖父も怒りをたたえた声で両親に電話をかけたのを聞いていた。
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