オカマ上司の恋人【R18】

饕餮

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葎視点

桜ミルク

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『貴方が好きなんだ』

 彼にそう言ったのは、圭が家からいなくなる少し前くらいだったと思う。
 元々彼はあの町の人ではなく、僕が中学に入学する頃に母親の病気療養か何かであの町に来た、と彼から聞いた。

 頭脳明晰、容姿端麗、掃き溜めに鶴。

 そんな言葉がぴったりの人だった。彼の周りには男女関係なく、常に人がいた。
 そのころ、圭の周りには既に和哉に加奈、明や信之しかいなかった。裏で圭に悪意ある言葉を吐いていた人間を徐々に排除して行った結果、彼等しか残らなかっただけだ。時々学も混じってはいたけど、常に一緒にいるわけではなかった。

 中学一年のある日の放課後、図書室で読者感想文を書くための本を読んでいると、圭も本を探しに来たのか、圭が『葎、あの高いところにある本を取って』と、加奈と一緒に僕のところに来た。ちょうど面白い場面に差し掛かっていた時で、もう少し読んでからにしたかった僕は『あとでもいい? それに、足踏み台、あったよね?』と言ってしまった。

 ――この時の僕は本に夢中になっていて忘れてたんだ……圭が小さいことを。家ではあまりご飯を食べない圭と、圭の倍は食べる僕との身長差がかなりあったことを。

 それを聞いた圭は抑揚のない声で『わかった。いい。もう頼まない』と言ってその場を離れてしまった。その直後、『葎くん、最低!』と加奈に言われてしまい、なぜそんなことを言われなければならないのかわからず思わず顔を顰めて加奈を見たけど、加奈は既に僕に背を向けたあとだった。
 その直後、バサバサと本が落ちる音がし、なんだろうと思って音がしたほうを見ると、一人の男子生徒が溜息をついた。顔を見ると人気者の小田桐 政行で、彼は顔を顰めながらも本を拾っていた。それを圭は手伝い、彼に本を渡したあとで加奈の側に戻って行った。
 加奈が何か言ったのか圭はにこりと笑い、彼はその笑顔に見惚れていた。それを見た瞬間、僕の中の何かがざわついた。彼を見たからなのか、圭の笑顔を久しぶりに見たからなのかはわからない。でも、何かがざわついた。

 本を読むのも忘れてしばらく彼や圭を見ていると、しばらく圭を見ていた彼は圭を見るのを止めて本を棚に戻し始め、本を片付け終わった彼はそのまま本を借りて図書室を出て行ってしまった。それと入れ替わるように図書室入って来た和哉は加奈に何か言われたのか、睨むように僕をを見たあとで、一番高い場所にあった本を取って圭に渡していた。それを見た瞬間……和哉と圭の身長差を見た瞬間、僕はさっき圭に言った言葉を思い出し、どうして和哉が僕を睨んだのか、どうして加奈に最低と言われたのかわかってしまった。
 笑顔で和哉に何か言った圭は、僕を見ることもなくさっさと本を借りて、加奈や和哉と一緒に図書室から出ていってしまった。

 最低と言われても仕方がなかった。もしあの時本を読むのを止めて僕が本を取ってあげていたら、圭は僕に笑顔でお礼を言ってくれたかも知れないのに。後悔した僕は結局本を読むことに集中できず、本を借りて図書室をあとにした。


 ***


「葎、小田桐うちの会社にこないか?」
「……なに、突然」

 別れてから、一度も連絡を寄越さなかった政行から珍しく連絡が来た。就職活動に忙しかった僕は気は進まなかったものの、結局喫茶店で待ち合わせて政行と会うことにしたのだ。

「就職活動中だろ?」
「そうだけど、何で政行の会社?」
「来ればわかる。ただ、小田桐うちの会社はコネが利かないから、自力で頑張ってもらうしかないが」

 そう言って書類一式を置いて行ったのは、四月の始めだった。
 政行は現役で大学に合格したあと、一度別の会社に入社したものの結局は自分の父がいる会社を受け直し、僕は一度は就職してそのまま仕事をしていてもいいかと思ったものの、親に泣きつかれる形で一年勉強したあとで大学を受験し、何とか大学に入った。このころ、僕は圭のことで親と喧嘩するようになっていた。

 久しぶりに会った政行は、あのころと同じキラキラと……いや、あのころ以上にギラギラとした目をしていた。……圭に恋をし、圭に話しかけようとしていたころの政行の目と同じだったから。
 あのころの僕は政行のその目が何となく嫌だった。周りの女子が政行を見る目と同じだったから。圭も似たような目をしていたけど、圭は周りとは違うと何となく感じていた。恋というよりは、憧れに近いものだったと思う。テレビで大好きなアイドル歌手を見ている時と同じ目をしていたから。
 だから僕は二人の邪魔をした。圭が政行に話しかけないように。政行が圭に話しかけないように。尤も、政行のほうには常に人がいて、圭に話しかける余裕などなかったみたいだったけど。邪魔しているうちに圭は諦めたのか、いつの間にか政行を見ることもしなくなった。
 圭の代わりに僕が政行と話すようになり、政行は逆に圭ではなく僕を見るようになった。圭を見るような目で僕を見るようになった。けれど、話すうちに政行が勘違いしていることに気づいた。勘違いしているならそのほうがいい。そのぶん、圭を政行から遠ざけることができるから。でも、男に恋されるなんて……と、逆に僕が悩む羽目になった。

 あのころ、あまり僕と話さなくなった圭が、たまに心配して『葎、眉間に皺がよってるよ?』と僕の眉間の皺を擦り

『何を悩んでいるのかわからないけど、そんな顔をしてると、あの人たちが心配するよ?』

 と言っては僕の頬をピタピタと優しく叩いた。

 僕はその仕草が好きだった。時々、無自覚に無神経な言葉を吐いていたのに、まるで僕を慰めてくれているみたいで嬉しかったから。……この瞬間だけは、無表情の圭の感情が読めたから。

 けれど、圭が自分の両親を『あの人たち』と赤の他人みたく呼ぶことが悲しかった。

 ――ちゃんと僕に教えてくれていたのに、このころの僕は気づかなかった。両親に甘やかされていた僕には気づくことすらできなかった。甘やかされていることにも、既に僕と圭の食事に差があったことにも気づかなかった。そして、あの時、僕が両親に告げた小さな嘘を、圭が聞いていたことにも……。

 そして僕は……圭に慰められた僕は、圭を守るために政行に告白した。政行の勘違いを利用して。

 まあ、結局すぐにバレて別れたけれど。

 告白している最中、政行の背中越しに身を翻した圭のリボンが見えた。以前、『そのリボンどうしたの?』と聞いた僕に、『髪が長いままだと邪魔でしょ? って言って、加奈たちがくれたの。お気に入り』と話してくれたリボンだった。

 そのすぐあとくらいから、圭が家から居なくなった。両親に聞いても『おじいちゃんとこじゃないの?』と冷たく言い放つだけだった。確かに圭は時々祖父母のところに行っては、長い間帰って来ないこともあった。長すぎると、父が圭を無理矢理連れて帰って来ていたこともあった。僕は圭が祖父に習い事を習っていたのを知っていたから、この時は何の疑問にも思わず、『おじいちゃんとこにいるんだ』くらいにしか思わなかった。


 ――まさか、あんなことになってるなってるなんて思いもしなかった。
 誰も、何も教えてくれなかったから、僕や親が『圭を虐待している』という噂になっていることも、それを知っていた祖父母が『家で預かる』と言っても、両親が『世間体が悪い』と言って圭を預けようとしなかったことも、両親が親戚中から冷たい目で見られていたことも、この時の僕は知らなかった。……知ろうとすらしなかった。


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