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泪視点
Hunter
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お正月休みも終わり、圭が俺の妻となって三日が過ぎた。
役所から帰って来たあとでそれぞれの親に電話をし、籍を入れたこと、式はまだ考えてないことを伝えると、式をできるだけ早く挙げることと在沢家との食事会を開いてほしいと言われ、尚且つこの日程なら大丈夫と日程まで提示されてしまった。圭のほうでも同じことを言われたと言ったので、圭がお風呂に入っている間に在沢家に打診をすると『それで構わない』と言われたので、その日程で詰めることにした。
休み明け早々に「お圭ちゃんと籍入れたから」と事務所にいたメンバーにそう告げると、皆に「おめでとう」と言われたのだが、ただ一人、太田だけが呆然とした顔をしていた。
一人で悲壮な顔をしていた太田に追い討ちをかけるように、飯田に「泪さんがあれだけ在沢にべったりしてたのに、気付かなかったのか?」と言われた挙げ句、岡崎にも「書類の盗難にあったぐらいで、泪さんがあそこまで怒るはずがないでしょ?」と言われ、他の事務所の人間にも「気付かなかったのはお前だけ」とまで言われていたのは笑えたが。
***
圭を伴って商談に出かけたその帰り。直帰してもいいことにはなっていたが、珍しく時間ができたので「たまにはデートしましょうか」と圭を誘うと嬉しそうな顔をした。どこに行くか相談するために喫茶店に入り、とりあえずコーヒーを頼むとすぐに携帯が震えた。画面を見ると前嶋からだったので、姉の瑠香に何かあったのかと思い、圭に「電話来ちゃった」と席を立って外に出てから電話に出ると『後ろです』と言われ、電話を切られた。訝しげに思って後ろを見ると、前嶋が路地から顔を出して手招きしていたのでそのまま路地に滑り込む。
「どうしたの? 姉さんに何かあった?」
「いえ、違います。ブレスレットの確認と、あと……泪さんにこれを見てもらおうと思って」
「なに?」
「在沢さんが……圭が事故にあった時の、当時の新聞記事です」
「え…」
渡された紙を見て、絶句する。
本当にひどい事故だったとわかる写真が載っていた。
「足だけでなく、手も……」
「何回かお見舞いに行きましたが、全身包帯だらけでしたよ……まるでミイラみたいに」
「……」
食い入るように新聞のコピーを見る。
報告書の写真も凄かったが、この写真はこの事故がどれだけひどかったかを物語るものだった。
……わかっているつもりだった。佐藤の話や報告書を読んでわかっているつもりになっていた。だが、正直、ここまでひどいとは、思ってもみなかったのだ。圭が死んでいてもおかしくないほどの事故に心臓が鷲掴みされた気分になるが、「じゃあ、俺はこのへんで」と言った前嶋の言葉に、ハッと我に返る。
「うん、ありがとう。今はお圭ちゃんを待たせてるから聞かないけど、今度、事故のことを詳しく教えてくれる?」
「いいですよ。それじゃ」
そう言って別れ、喫茶店に戻ると圭の前に高林が座っており、テーブルの横には以前会った圭の幼なじみで穂積の営業課長をしている佐藤が圭を庇うように立ち、充に対して怒っていた。腕捲りをしている佐藤の左腕には、圭と同じような傷痕がある。
(そう言えば、同じ事故の被害者って言ってたわね……)
漏れ聞こえる話の内容から、どうやら事故のことと高林の弟の話をしているようだったので、そのまま圭がいるテーブルに近づく。
「今でもこっちの手の動きは鈍いが、俺はこれだけですんだ。そして他の連中も似たり寄ったりの傷だ。学は膝小僧を擦りむいたことに逆ギレして、こっちを見もせずに走って逃げた。当然、学は痕に残るような傷なんてないよな。だが、学を庇った圭は……っ!」
「全身に傷がある……女の子なのにな……。そして死にかけた」
佐藤の言葉を引き継ぐようにそう言うと、三人がこちらを見たので、圭や佐藤を庇うようにして高林に冷やかな視線を向ける。
「泪さん……?」
「輸血が間に合わなくて、病院が献血を募るほどだった」
高林の目の前に、新聞のコピーを投げつけるようにバサリと置くと、高林の目が食い入るようにそれを見て、何かを見つけたのか目を見開く。
「――っ!」
「これは当時の新聞のコピーだ。前嶋さんが持って来た。あとでみたらどうだ?」
微かに震えている高林に冷たくいい放つと、「で……でっち上げ……」と弱々しい声が反って来た。
「新聞の日付を見てからものを言えよ、充さん」
視線をチラリと外に向け、いきなり激昂した佐藤に遮られる。
「でっち上げじゃない! それにっ、それにあれはなんだよ?! 学は今でも車椅子に乗ってるんじゃなかったのか?!」
そう言って外を指差した佐藤の指先を追うと、高林を若くしたような男と、その男と腕を組んだカップルが目に入る。それを見た高林は突然立ち上がり
「学?! なんでっ!」
と呆然と呟き、体を震わせていた。
(なるほど……佐藤の話や報告書に載ってた、嘘つきな弟ね……)
胡散臭いがそれなりに常識がある高林に対して、その弟はいかにも軽薄そうで、周りに甘やかされて育ったような感じに見えた。
「まったく……嘘つきはどっちだよっ! 女の子に怪我させといて……命を助けてもらっておきながら見舞いにも行かず、身内の嘘も見抜けない最低野郎はどっちだよ!」
「く……っ!」
佐藤にそう言われた高林はコピーを掴み、圭に謝りもせずに顔面を蒼白にして出ていき、女性と腕を組んで歩いていた男めがけて走って行き、その腕を掴んで何か言い合いを始めた。
(ったく……謝罪くらいしなさいよ! 常識があると思ったのは間違いだったわ!)
この非常識人が! と内心毒づいていると、佐藤も同じことを思っていたのか
「最低野郎が! 謝りもしねえで……胸糞わりい!」
と呟いたので肩の力を抜き、圭を庇ってくれてありがとうとお礼を言うと、佐藤は怒りを鎮めるかのように息を吐き出した。
「いや。ちょうど専務たちが入って来たから声をかけるタイミングを見計らっていたら、充さんが言いがかりをつけ始めたから。それに俺も当事者だし」
何でここにいるのか聞こうとした矢先に佐藤がそう言ったので思わず納得したのだが、圭がどうして泪さんが専務って知ってるのかと食い付いて来たのでそれぞれ説明をすると、なぜか圭は悔しそうな顔をした。
(全くもう……何でそんな顔をするんだか……)
内心で溜息をつきながら二人のやり取りを聞き、会話が切れたところで佐藤にお礼を言うと、佐藤も頭に来てたからちょうどよかったと言ったので気を抜いてしまい、思わず地が出てしまった。
「アタシもあの胡散臭い男が嫌いだったから、胸がスカッとしたわ」
「え……?」
あっと思っても後の祭りで、佐藤は驚愕に目を見開いている。
「あら。つい地がでちゃったわ」
「うわぁ……専務のあの噂ってホントだったんだ……」
がくりと項垂れた佐藤にどんな噂よ! と内心突っ込みを入れつつも、ナイショよ、と唇に人差し指を当て、黙らせる。
「誰にも言いませんよ……てか、言えません……」
項垂れたままの佐藤にお礼を言い、そう言えば圭を口説こうとしてたなということを思い出したため、牽制の意味で圭と結婚したからと言って圭と自分の左手を見せると、佐藤は「……はぁ?!」とすっとんきょうな声を上げた。
「社長は知ってるから。でも、社長から発表があるまでは、他の連中にはナイショね」
「……言えるわけないでしょうが……」
頭を抱えてブツブツと呟いた佐藤は徐に顔を上げ、笑顔で「おめでとう」と言うと「俺も勇気出してアイツにプロポーズすっかな……」と呟いた。
(あら……恋人がいたのね……)
ならば、あの時の会話は冗談だったのだと今更ながらホッとし、圭とまた同郷の会話を始めたので黙って二人の話を聞く。
(そう言えば、佐藤は語学が堪能って噂があったわね……)
営業一課にいてもおかしくないのに、営業二課から動いていない佐藤。そう言えば、二課の部長は無能だったわねと思い出し、もしかしたら佐藤は飼い殺し状態なのかも……と見当をつける。
(飯田さんが『通訳がもう一人ほしい』って言ってたし)
飯田が担当している北米は、英語の他にスペイン語、フランス語を公用語にしている国もあるためにこの三ヵ国語は必須なのだが、飯田は英語しか話せないのでいつも苦戦していたのだ。
もしも佐藤の噂が本当で三ヵ国語を話せるのなら、事務所に引っ張ってこれるかも知れない。
(帰ったら父さんに打診して、佐藤や二課の業務成績を調べて、成績や面積次第ではうちに引っ張ってこようかしら)
そんなことを考えながら外を見ると、弟との話が終わったのか、スマホを片手に持った高林がこちらを見たので冷やかな視線を返すと、目を反らして足早にその場を立ち去って行った。
役所から帰って来たあとでそれぞれの親に電話をし、籍を入れたこと、式はまだ考えてないことを伝えると、式をできるだけ早く挙げることと在沢家との食事会を開いてほしいと言われ、尚且つこの日程なら大丈夫と日程まで提示されてしまった。圭のほうでも同じことを言われたと言ったので、圭がお風呂に入っている間に在沢家に打診をすると『それで構わない』と言われたので、その日程で詰めることにした。
休み明け早々に「お圭ちゃんと籍入れたから」と事務所にいたメンバーにそう告げると、皆に「おめでとう」と言われたのだが、ただ一人、太田だけが呆然とした顔をしていた。
一人で悲壮な顔をしていた太田に追い討ちをかけるように、飯田に「泪さんがあれだけ在沢にべったりしてたのに、気付かなかったのか?」と言われた挙げ句、岡崎にも「書類の盗難にあったぐらいで、泪さんがあそこまで怒るはずがないでしょ?」と言われ、他の事務所の人間にも「気付かなかったのはお前だけ」とまで言われていたのは笑えたが。
***
圭を伴って商談に出かけたその帰り。直帰してもいいことにはなっていたが、珍しく時間ができたので「たまにはデートしましょうか」と圭を誘うと嬉しそうな顔をした。どこに行くか相談するために喫茶店に入り、とりあえずコーヒーを頼むとすぐに携帯が震えた。画面を見ると前嶋からだったので、姉の瑠香に何かあったのかと思い、圭に「電話来ちゃった」と席を立って外に出てから電話に出ると『後ろです』と言われ、電話を切られた。訝しげに思って後ろを見ると、前嶋が路地から顔を出して手招きしていたのでそのまま路地に滑り込む。
「どうしたの? 姉さんに何かあった?」
「いえ、違います。ブレスレットの確認と、あと……泪さんにこれを見てもらおうと思って」
「なに?」
「在沢さんが……圭が事故にあった時の、当時の新聞記事です」
「え…」
渡された紙を見て、絶句する。
本当にひどい事故だったとわかる写真が載っていた。
「足だけでなく、手も……」
「何回かお見舞いに行きましたが、全身包帯だらけでしたよ……まるでミイラみたいに」
「……」
食い入るように新聞のコピーを見る。
報告書の写真も凄かったが、この写真はこの事故がどれだけひどかったかを物語るものだった。
……わかっているつもりだった。佐藤の話や報告書を読んでわかっているつもりになっていた。だが、正直、ここまでひどいとは、思ってもみなかったのだ。圭が死んでいてもおかしくないほどの事故に心臓が鷲掴みされた気分になるが、「じゃあ、俺はこのへんで」と言った前嶋の言葉に、ハッと我に返る。
「うん、ありがとう。今はお圭ちゃんを待たせてるから聞かないけど、今度、事故のことを詳しく教えてくれる?」
「いいですよ。それじゃ」
そう言って別れ、喫茶店に戻ると圭の前に高林が座っており、テーブルの横には以前会った圭の幼なじみで穂積の営業課長をしている佐藤が圭を庇うように立ち、充に対して怒っていた。腕捲りをしている佐藤の左腕には、圭と同じような傷痕がある。
(そう言えば、同じ事故の被害者って言ってたわね……)
漏れ聞こえる話の内容から、どうやら事故のことと高林の弟の話をしているようだったので、そのまま圭がいるテーブルに近づく。
「今でもこっちの手の動きは鈍いが、俺はこれだけですんだ。そして他の連中も似たり寄ったりの傷だ。学は膝小僧を擦りむいたことに逆ギレして、こっちを見もせずに走って逃げた。当然、学は痕に残るような傷なんてないよな。だが、学を庇った圭は……っ!」
「全身に傷がある……女の子なのにな……。そして死にかけた」
佐藤の言葉を引き継ぐようにそう言うと、三人がこちらを見たので、圭や佐藤を庇うようにして高林に冷やかな視線を向ける。
「泪さん……?」
「輸血が間に合わなくて、病院が献血を募るほどだった」
高林の目の前に、新聞のコピーを投げつけるようにバサリと置くと、高林の目が食い入るようにそれを見て、何かを見つけたのか目を見開く。
「――っ!」
「これは当時の新聞のコピーだ。前嶋さんが持って来た。あとでみたらどうだ?」
微かに震えている高林に冷たくいい放つと、「で……でっち上げ……」と弱々しい声が反って来た。
「新聞の日付を見てからものを言えよ、充さん」
視線をチラリと外に向け、いきなり激昂した佐藤に遮られる。
「でっち上げじゃない! それにっ、それにあれはなんだよ?! 学は今でも車椅子に乗ってるんじゃなかったのか?!」
そう言って外を指差した佐藤の指先を追うと、高林を若くしたような男と、その男と腕を組んだカップルが目に入る。それを見た高林は突然立ち上がり
「学?! なんでっ!」
と呆然と呟き、体を震わせていた。
(なるほど……佐藤の話や報告書に載ってた、嘘つきな弟ね……)
胡散臭いがそれなりに常識がある高林に対して、その弟はいかにも軽薄そうで、周りに甘やかされて育ったような感じに見えた。
「まったく……嘘つきはどっちだよっ! 女の子に怪我させといて……命を助けてもらっておきながら見舞いにも行かず、身内の嘘も見抜けない最低野郎はどっちだよ!」
「く……っ!」
佐藤にそう言われた高林はコピーを掴み、圭に謝りもせずに顔面を蒼白にして出ていき、女性と腕を組んで歩いていた男めがけて走って行き、その腕を掴んで何か言い合いを始めた。
(ったく……謝罪くらいしなさいよ! 常識があると思ったのは間違いだったわ!)
この非常識人が! と内心毒づいていると、佐藤も同じことを思っていたのか
「最低野郎が! 謝りもしねえで……胸糞わりい!」
と呟いたので肩の力を抜き、圭を庇ってくれてありがとうとお礼を言うと、佐藤は怒りを鎮めるかのように息を吐き出した。
「いや。ちょうど専務たちが入って来たから声をかけるタイミングを見計らっていたら、充さんが言いがかりをつけ始めたから。それに俺も当事者だし」
何でここにいるのか聞こうとした矢先に佐藤がそう言ったので思わず納得したのだが、圭がどうして泪さんが専務って知ってるのかと食い付いて来たのでそれぞれ説明をすると、なぜか圭は悔しそうな顔をした。
(全くもう……何でそんな顔をするんだか……)
内心で溜息をつきながら二人のやり取りを聞き、会話が切れたところで佐藤にお礼を言うと、佐藤も頭に来てたからちょうどよかったと言ったので気を抜いてしまい、思わず地が出てしまった。
「アタシもあの胡散臭い男が嫌いだったから、胸がスカッとしたわ」
「え……?」
あっと思っても後の祭りで、佐藤は驚愕に目を見開いている。
「あら。つい地がでちゃったわ」
「うわぁ……専務のあの噂ってホントだったんだ……」
がくりと項垂れた佐藤にどんな噂よ! と内心突っ込みを入れつつも、ナイショよ、と唇に人差し指を当て、黙らせる。
「誰にも言いませんよ……てか、言えません……」
項垂れたままの佐藤にお礼を言い、そう言えば圭を口説こうとしてたなということを思い出したため、牽制の意味で圭と結婚したからと言って圭と自分の左手を見せると、佐藤は「……はぁ?!」とすっとんきょうな声を上げた。
「社長は知ってるから。でも、社長から発表があるまでは、他の連中にはナイショね」
「……言えるわけないでしょうが……」
頭を抱えてブツブツと呟いた佐藤は徐に顔を上げ、笑顔で「おめでとう」と言うと「俺も勇気出してアイツにプロポーズすっかな……」と呟いた。
(あら……恋人がいたのね……)
ならば、あの時の会話は冗談だったのだと今更ながらホッとし、圭とまた同郷の会話を始めたので黙って二人の話を聞く。
(そう言えば、佐藤は語学が堪能って噂があったわね……)
営業一課にいてもおかしくないのに、営業二課から動いていない佐藤。そう言えば、二課の部長は無能だったわねと思い出し、もしかしたら佐藤は飼い殺し状態なのかも……と見当をつける。
(飯田さんが『通訳がもう一人ほしい』って言ってたし)
飯田が担当している北米は、英語の他にスペイン語、フランス語を公用語にしている国もあるためにこの三ヵ国語は必須なのだが、飯田は英語しか話せないのでいつも苦戦していたのだ。
もしも佐藤の噂が本当で三ヵ国語を話せるのなら、事務所に引っ張ってこれるかも知れない。
(帰ったら父さんに打診して、佐藤や二課の業務成績を調べて、成績や面積次第ではうちに引っ張ってこようかしら)
そんなことを考えながら外を見ると、弟との話が終わったのか、スマホを片手に持った高林がこちらを見たので冷やかな視線を返すと、目を反らして足早にその場を立ち去って行った。
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