オカマ上司の恋人【R18】

饕餮

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泪視点

Astronaut

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 圭を散々抱いた翌日。
 年賀状などの郵便物を確認に行くと、年賀状に混じって大きめの茶封筒が入っていた。裏を返すと、父の名前。

(あら、父さんからだわ。なにかしら……)

 エレベーターに揺られながら封筒を開けると、先日預けた婚姻届けが入っていた。両親の署名入りで。そう言えば、書類を送ったとメールをもらったことを思い出した。それを持ってリビングに戻ると、昨日無理をさせたせいか圭が気怠げに体を横たえ、ソファーで転た寝をしていた。気配に気づいたのか起き上がろうとしたので「そのままでいいわ」と言って隣に座り、膝枕をすると父から婚姻届が届いたと告げた。
 勢いよく俺を見上げた圭の顔は、本当にびっくりしたのか、目を丸くしてぽかんと口を開けていた。

「両家のお墨付きももらったし、あとはアタシたちの署名だけよ。どうする?」
「どうする、って……。泪さんは……?」
「アタシ? アタシは今すぐでもいいわよ?」

 どこか戸惑う圭に、少し悲しくなる。

「……アタシと結婚するのはイヤ?」
「嫌じゃない! 嫌じゃないけど……」

 嫌じゃない、と言った圭はどこか嬉しそうだが、それとは別の色を見つけ、ああ……と思う。

「不安?」
「……っ!」

 そう言うとびくりと身体が震え、苦し気に顔を歪ませた。

「全く……何度お圭ちゃんだけって言ったらわかるのかしらね、アンタは」

 溜息をついて圭を慈しむように頭を優しく撫でながら、圭をネガティブ体質にした元親と弟に悪態をつくと圭は泣きそうな顔をした。そんな親ばかりではないしそれはわかるでしょう? と聞くと、在沢夫妻を思い出しているのか、顔を綻ばせながら「うん」と言ったのでそれに安堵し、圭のお腹に手を伸ばす。

「それに、もしかしたら、できてるかも知れないでしょ?」
「何が?」
「赤ちゃん。全然避妊してないしねぇ」

 お腹を慈しむように触ると、圭の顔に朱が差した。……もうひと押し。

「赤、ちゃん……」
「できてたら嬉しいわね。まあ、書類を出すのはそれからでもいいけど。それにね、父さんが『いずれは一緒に住みたい。圭を甘やかしたい』って言ってるのよ」
「え……?」
「しかも、自分の後継者を差し置いて」

 溜息を吐き出すようにそう言うと、圭はびっくりした声を上げた。

「後継者……って、泪さんじゃないの?!」

 突っ込むとこはそこなの?! 父さんと一緒に住むってとこを突っ込んでよ! と思いつつも後継者に食い付いたということは…。

「違うわよ? あら……もしかして、それも不安だった?」
「…………」

 あんぐりと口を開けて俺を見上げる圭はなんとも可愛いが、さっさと言っとけば良かったと内心後悔し、「詳しくは今度話してあげる」と言って唇にキスを落とした。

「アタシは後継者じゃないわ。だから安心してお嫁に来て?」
「泪さん……」

 不安げに俺を見ていた圭の目が一旦閉じられる。最後の審判を待つ気分だ。

(断られたらどうしよう……)

 立ち直るのに時間が掛かるかも……と内心ドキドキしていると、圭が小さく……真っ赤な顔をしながらも嬉しそうに小さく頷いたので、嬉しさのあまり圭を抱き起こしてギュッと抱き締め、「絶対に幸せにするから」と耳元で囁いた。「私も……」と小さく呟き返した圭も抱き締め返してくれたので、しばらく幸せな気分でその余韻に浸り、そのまま抱き締め合った。そのあとは二人で婚姻届に名前を書き込み、一旦封筒にしまう。 

「善は急げって言うし、今から役所に行く?」
「え? でも開いてないんじゃ……」
「婚姻届は二十四時間、三六五日、受け付けてるわよ? 行く?」
「……行く」

 にっこり笑って手を差し出すと、その上から圭の手が重なった時だった。玄関からチャイムが鳴り響く。

「正月早々誰よ……」

 幸せ気分ぶち壊し! と不機嫌な声でインターホンに出ると、満面な笑みの瑠香と、苦笑気味な前嶋が映っていたので、慌てて玄関の鍵を外してドアを開けた。

「明けましておめでとう!」
「おめでとうございます」

 どこか嬉しそうな様子で二人で来たってことは、作戦が成功したのねとにっこり笑う。高林と結婚する前、瑠香は前嶋が好きだった。いや、今でも好きなんだと思う。だが、あの親戚筋腐れ外道が政略結婚を持ちかけ、穂積こちらが高林を見極める前に纏められてしまったため、瑠香は諦めてしまったのだ。だが、結婚式当日に何かあったのか瑠香は式が終わると実家に戻り、高林と暮らすことなくそのまま実家に居続けていたのだ。尤も、高林は瑠香の店を訪ねては瑠香を怒らせていたが。

 圭にコーヒーを用意してもらおうとして後ろを振り向くと、眉間に皺を寄せて何か考えている。

(何を考えてんのかしら……)

 そう思いつつも、とりあえず二人に「あがって」と言うと圭は慌ててキッチンへ行き、コーヒーの用意を始めた。今日はどうしたのかと瑠香に問うと

「お圭ちゃんにお礼を言いに来たの」

 と嬉しそうに圭に話しかけた。

「お礼……ですか?」
「そう、お礼」

 ちらりと圭を見ると、きょとんとした顔をしている。確かにきっかけは圭の事故の報告だし、まさか圭にそんなことを言うわけにはいかないから、黙っているのだが。瑠香もその辺はわかっているのか、訝しげな顔をした圭に

「わからなくてもいいの。とにかくお礼が言いたかっただけ。ありがとう」

 と瑠香はお礼を言い、圭はそれに返事を返していた。前嶋から「おめでとう」と言われ、嬉しかったので圭を見ると、圭も下を向きながらも嬉しそうに笑っていた。

「泪さんと結婚するんだろう?」
「はい」
「……うん、いい笑顔だ。幸せそうで良かった」
「え……?」

 まるで圭を知っているかのような口振りを訝しげに思って前嶋を見ると、俺が見たことのない、優しげな顔をした前嶋の笑顔があった。

(え……?)

 そんな前嶋にドキリとする。瑠香を見るとなぜか苦笑していて、圭はというと何かを探るように思い出すかのようにじっと前嶋を見ていたのだが、何かを思い出したのか、ふいに「あ……」と言って緩やかに驚きの顔に変わった。

「圭?」

 声をかけても返事はない。だが、だんだんと目が潤んで行く。

圭輔けいすけ……お兄ちゃん……?」 
「圭?」

 ポツリと呟いた圭の声は、どこか懐かしさを孕み、俺はなぜ圭が前嶋の名前を知っているのか戸惑いの声をあげたのだが、返ってきた答えは俺の望むものではなかった。だが。

「事故の怪我で入院してた時、『刑事の圭輔だから、俺を見たらするんだぞ』って冗談を言いながら敬礼してた警察官がいたの」
「……」

 圭のその言葉に前嶋は破顔し、俺は『刑事』という圭の言葉に驚いて前嶋を見た。

(あ……あの写真……まさか……!)

 元刑事なのは知っていた。知ってはいたが、証拠写真など、普通に考えたら入手などできるはずがない。

(もし、前嶋が圭の事故を担当した刑事だったら……?)

 あのUSBを持って来た時の前嶋の言葉を思い出す。あのとき前嶋は

『ひどい親もいたもんだ』

 と嫌悪感もあらわに、吐き捨てるように呟いたことがずっと不思議だった。俺は圭から、親が圭にひどい言葉をぶつけられたことを聞いていたから……知っていたから、あの時は頷いた。だが、よくよく思い返せば、報告書には親との会話など載っていなかったのだ。もし、在沢夫妻がいた場所に何かの拍子で前嶋もいたのだとしたら……?
 それならば、あの言葉も納得できる。そして、いつも以上に短時間で報告書が来たことにも。

「あの時笑いたかったけど、もう笑うことができなくなってて……っ」
 
 圭の辛そうな声に、胸が締め付けられる。慰めてあげようと立ち上がろうとするが、それよりも先に前嶋がソファーから立ち上がり、圭のほうへ歩いて行った。
 悔しいが、確かに今は俺が慰めるべき立場ではない。後ろの会話を気にしつつも、瑠香に小声で話しかける。

「姉さんは、知ってた?」
「……何が?」
「前嶋さんが……」
「担当刑事だったってこと? 知らなかったわ」
「いつ知ったの?」
「父さんに報告書を見せた時よ。前嶋さんが事故原因を詳しく言って、それを訝った父さんが聞いたら、『自分が担当した案件だったから』って言ったの」
「え……」
「事故原因は、運転手の酒気帯びと居眠りですって。そして、お圭ちゃんの血液提供者の一人だそうよ」

 だから、車がふらふらしてたのね……と、辛いのを耐えるようにぐっと手を握り、目を瞑る。

(絶対に幸せにする)

 そう考えながら、俺の後ろで「あの時はありがとう」と泣きながら呟く圭の声を聞いていた。


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