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圭視点
Pink Panther
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例によって例の如く、今日もあの女性が仕事中に顔を出し、泪にくっついてひたすら話しかけていた。
今日座って作業している席は給湯室の近くで、泪の部屋の様子が見えないから、嫉妬でイライラしながら仕事をする必要がないのは幸運だ。
仕事の邪魔なのか時折泪に邪険にされては、怒った声が聞こえる。
事務所内にいるメンバーも師走で忙しいにも拘わらず、明らかに邪魔しているようにしか見えない彼女に眉間をよせ、苛立っていた。
いろいろな意味でハラハラしつつ、岡崎という経理担当の人と手分けして入力をしていると、岡崎が溜息をついた。どうやら我慢ができなくなったらしい。
「ったく……。ごめん、在沢さん、コーヒー淹れてくれないかな?」
小声で言って来たので「いいですよ」と答えて席を立ち、給湯室へ行くと準備を始める。全員分淹れたほうがいいかなと思いつつ、そういえば冷蔵庫にチョコレートがあったことを思い出したので、彼女が帰ったあとは皆必ず疲れているので、たまには糖分を取ってもらおうとそれを取り出した。
「ねえ、泪ってば! 少しくらい私の話を聞いてくれたっていいじゃない!」
怒った彼女の声が聞こえた。零れそうになる溜息を飲み込み、黙々と準備をしていると飯田が入って来た。
「お、コーヒーか? 俺にもくれ」
「全員分淹れるつもりだったので大丈夫ですよ」
「サンキュ。にしても、困っ……」
泪に何か言われたのか、飯田の言葉を遮るように「帰る!」と怒鳴るような声が聞こえた。それと同時にバタンとドアが開く音と共に、「忘れ物!」と穂積本社へ出かけたはずの太田というもう一人の営業担当の声がした。どうやら忘れ物をして戻って来たらしい。
「あれ? おかしいな……」
そう呟いた太田の声を聞きながらコーヒーメーカーのスイッチを入れようとしたら、飯田に「入れるな」と小声で遮られ、「何があっても声を出すなよ」と言われて首を傾げながらも頷く。
「ここにあった書類知らない?」
「知らないよー?」
太田の問いかけに、岡崎は苛立っているのか穏やかな彼には似つかない声でそう答える。
「アンタは知らない?」
彼女に話しかけたのだろう。何度も彼女に仕事を邪魔されている太田は、彼女を嫌っているから言葉だけ聞くとかなり冷たく聞こえる。
「知らないわよ、封筒なんて! ちょっと、離しなさいよ!」
「へえ……なんで書類が封筒に入ってるって知ってんだよ」
剣呑に響く太田の声。
「あ、あの秘書が持っていたからよ!」
「へえ……在沢が、ねえ」
ここから動くなよ、と飯田に凄まれ、コクコクと首を縦に振る。
(なに? なにが起きてるの?)
わけがわからないまま飯田の指示に従い、その場で息を詰める。飯田は用意していたカップを持ってお湯を入れ、スイッチを入れてと小声で言われてスイッチを入れると給湯室の入り口に立つ。
「それはおかしいな。俺はさっき買い物を頼んだが、アイツはサイフだけ持って出かけたぞ?」
「えっ?!」
自分がコーヒーを淹れてます的なタイミングで給湯室から出て行った飯田のセリフに驚いた彼女が声を上げる。そして私も驚く。
(私はここにいるんですけど……)
買い物なんか頼まれた覚えがないしと心の中で叫ぶ。何かが起こっているというのは今までの会話で何となくわかる。飯田の嘘から私が邪魔を……姿を見せてはいけないということも。
天気が崩れそうなのか足が痛み始めたので立ちっぱなしよりはいいかと思い、飯田の陰に隠れるように足音を立てないようそっと壁際に寄り、さらに給湯室の奥に入って座り込む。
動いたことを察したのか飯田が振り向き眉間に皺をよせたけれど、私が隅っこに座り込んでいるのを見るとふっと笑い、また事務所のほうへ向いた。
「しかも、アンタが来るようになってから、書類が無くなることが多いんだが?」
「し、知らないわよ!」
奥に入ってしまったうえに座り込んでいるから近くにいる飯田と甲高い彼女の怒鳴り声しか聞こえないのだけれど、時折泪や岡崎や太田の声が聞こえるということは、何かの理由で彼女を責めているのだろう。
「だから、知らないって言ってるじゃないの! あの秘書が持ち出してるかも知れないじゃない!」
「在沢が?」
「そうよ! 重要書類とか、レシピとか……あ!!」
「どうして里奈が無くなった書類の種類や中身を知ってるのかな?」
泪の、静かだが冷ややかな声が響く。
「あ、あの秘書に内容を聞いて……」
話したことなんか一度もないし! と彼女の言葉に内心怒りが沸く。
「元々嘘つきだったが、往生際も悪いとは。これでもそんなことがいえるかな?」
泪の声が冷ややかなものから怒気を含んだものに変わる。
「な……! 何で……いつの間に!?」
「おっと! 太田、コレよろしく。社長に届けて」
「ハイハーイ♪」
「ちょっと! それを渡しなさいよ!」
バタンと扉の締まる音がしたので、太田が事務所から出て行ったのだろう。そして彼女の怒鳴り声が聞こえて来た。
「泪、離して! 離しなさいよ……痛っ!」
「私は怒ってるんだよ。もちろんこの事務所の人間も。だから二度と近づきたくなくなるように、完膚なきまで潰してやるよ、お前を。岡崎、コレをコピーして」
「はい」
「嫌! 離して!」
「お前は今までさんざん好き勝手して来たんだ、私が好き勝手しても文句を言える立場じゃないだろう?」
「ひっ……」
泪の怒った低い声と彼女の怯えた声がする。声だけではわからないけれど、泪は一体どんな顔をしたのだろう。
「ああ、バッチリ映ってますね」
「だろう? これを……」
泪が何かしら言ったのだろう。彼女の慌てた声がする。
「嫌! それだけは止めて!」
「言っただろう? 潰すと。今頃は穂積の社長も次期社長も、これを見ているだろう」
「次期、社長……?」
あれ? 次期社長って泪さんじゃないの? と、話を聞いていた私も首を傾げる。小田桐にいたころは、次期社長は息子で切れ者の専務がなるだろうと噂されていたのに。
「お前が知る必要はない。尤も、お前の父親はビジネスマンとしてはお喋りすぎるから、いずれは知るとは思うが」
「泪さん、終わりました」
「ありがとう。では、それを全てのクライアントにメールで送って」
「止めて! それだけは止めて! お父様の会社が潰れちゃう!」
「潰すって言っただろうが。それに嘘は得意だろう? その嘘で丸め込んだらどうだ?」
「わ、私が悪かったから! お願い、それだけは止めて!」
泪さん、こわっ! っと思いつつ、チラリと飯田を見ると背中が小刻みに揺れている。どうやら笑いを堪えているようだ。
「では、取引をしよう。飯田さん、アレは?」
「その机の上のクリアファイルの中」
カサカサという音がし、「なん……!」という彼女の声が聞こえるけれど、結局はボソボソとしか聞こえない会話しか聞こえなかった。そのあとはピッ、ピッ、という電子音の後でガーッという音がしたあと、もう一度ピッ、ピッ、ガーッという音がした。コピーをしたのかも知れない。
「こんなことして……ただで済むとは思わないで!」
「お前……自分の立場と私の立場を忘れてないか? 私は『穂積エンタープライズの専務』だぞ? そしてお前は犯罪者だ」
「く……っ! この書類の内容、ま、守ってよね!」
「お前次第だな。この書類の通り金輪際近づかなければ私は守るが、他はどうかな?」
「「おー、こわっ!」」
全然恐くもなさそうな声で、飯田と岡崎が声を揃えて言うと、バタンという音と共にヒールの音が遠ざかり、遠くでエレベーターの音がした。
「飯田さん、塩撒いて、塩!」
「はいよ♪」
泪の声が聞こえたと同時に飯田が入って来て、塩が入っている容器を掴んだ飯田はニッと笑って給湯室を出ていく。入れ違いに泪が入って来て、座り込んでいる私を見て驚いた。
「ちょっ、お圭ちゃん、大丈夫?! 気分が悪いの?!」
「違います。お天気が崩れそうで足が痛いし、見つからないほうがいいのかと思って座り込んでいただけです」
私の言葉にホッとした顔の泪に笑顔で返すと、ひょいっ、と抱き上げられて額にキスを落とされた。
「泪さん! 仕事中!」
「固いこと言わないの! 不快な思いをさせちゃってごめんなさい。もう大丈夫だから」
「私は大丈夫ですから」
にこりと笑うと泪もにこりと笑ってくれた。じゃあ仕事の続きをしましょうと言ってそのまま動こうとしたのでストップをかける。
「コーヒーを持って行くので下ろしてください」
床に下ろしてもらい、コーヒーとチョコレートを添えて先に事務所にいる岡崎と飯田に持って行く。泪に聞きたいことがあったので最後に泪のところに持って行った。
「そう言えば泪さん。穂積の次期社長って……」
「ああ。……よ」
「ええーっ!!」
私が事務所の外にまで響く声を上げた以外は、先程の剣呑さが嘘のように穏やかな雰囲気に包まれながら仕事を再開したのだった。
***
「なんてこと! でも」
くすりと里奈は笑い、鞄に入っている「重要」と書かれた封筒を撫でる。
持った瞬間少し重かったのとカタカタという音がしたので、CD-ROMか何かが入っているのだろう。あんな場所に書類を置いておくほうが悪いのだ。
「忌々しいけど、あんなのを録られてたんじゃ仕方ないわね」
休日に行ったのはまずかったと軽く反省し、一旦父親の会社に赴き、このCD-ROMを見ようと里奈は思う。
そう思って会社に来たのに、受付嬢からも、普段は愛想を振り撒く男性社員も、途中ですれ違っても誰も何も言っては来ず、嫌そうに睨まれるだけだった。
首を傾げつつノックをして社長室に入ると電話が煩いくらいに鳴っており、それを取ることもなく父親はノートパソコンの画面を睨んでいた。
「お父様、ただい……」
「里奈……お前は何をしたんだ?」
「え?」
「穂積エンタープライズが年内で契約を打ち切ると言って来た」
父親の言葉に驚く。
「え?! どうして!」
「あの企画はお前が自分で考えたと言ったから信じたし、私には嘘はついていないと思っていたのに……全て嘘だったんだな」
「お父様?」
一瞬ひやりとしたが、とぼけてそう返すと父に睨まれ怒号が飛ぶ。
「まだしらばっくれるのか?!」
「何のこと?」
「これだ!!」
ノートパソコンを里奈のほうへと回す。そこに映っていたのは、穂積の事務所――泪がいる事務所の中を漁ったり、「重要」と書かれた書類を鞄に詰め込んでいる里奈の姿が映し出されていた。
「ど、どこでこれを!?」
「次期社長の秘書が持って来た」
「な、何で……だって……」
泪はと言いかけてハッとする。あの時彼は何て言った?
『今頃は穂積の社長も次期社長も、これを見ているだろう』
『この書類の通り金輪際近付かなければ私は守るが……他はどうかな?』
他は……? と考えたところでハッとし、先ほどの封筒の中からCD-ROMを取り出し、ノートパソコンに入れると、そこには……。
「あ、あ……っ」
先ほど突きつけられたものと同じ映像だった。中に入っていた書類もガサガサと取り出し、パラパラと捲るとそこにあったのは。
「次期社長の秘書は『穂積が認めた泪さんの婚約者を傷つけた報いです。貴方のお嬢様は眠れる獅子を起こしてしまわれたんですよ、それも二頭も。ですがこれは出回っておりませんのでご安心ください』と言って帰った」
「じゃあ、バレなければっ」
「そういう問題じゃない!」
ドン、と机を叩く父親にびくり、とする。
「バレなければだと?! たとえバレなくても、穂積から契約を切られたこととお前が犯罪を犯したことが問題なんだ! その結果がこの鳴り止まない電話だ! どうしてそのことがわからないんだ、お前は!」
「あ……」
へなへなとその場にへたりこむ里奈。泪は『潰す』と言った。てっきり自分自身だと思っていたのだ。
それに、父親は眠れる獅子を二頭起こしたと言った。
『お前は穂積が認めた、私の大事な婚約者を傷つけた。だから穂積も私もお前を許さない』
最後のページにはそう書かれていた。だから獅子の一頭は泪だろう。ではもう一頭は?
「お父様……穂積エンタープライズの次期社長って……」
「瑠香さんだ」
その答えを聞き、目を閉じる。もう一頭は獅子に化けた竜を起こしたのだ。
でも、なぜ次期社長――瑠香が怒るのだろう。そして、泪の大事な婚約者を傷つけたというのがわからない。
ふと、事務所にいた泪の秘書を思い出す。常に無表情な彼女が、今日は珍しく顔を綻ばせて他の人間と話していた。休み前にはなかった左手薬指に、シンプルだが上品なダイヤの指輪が嵌まっていた。
(ま、まさか……)
カタカタと体が震える。泪は、彼女にした仕打ち――自分にとっては単なる冗談――をどこかで見て知っていた……? だから泪はあれほど激怒していた?
『完膚なきまで潰してやるよ、お前を』
泪の言葉が甦り、ゾッとする。
(泪の話を聞いて懐かしくて会いに行っただけなのに、どうしてこうなったの?)
いくら考えても答えが出るはずもなく、いつまでも鳴り止まない電話を遠くに聞きながら、里奈は呆然と座り込んでいた。
今日座って作業している席は給湯室の近くで、泪の部屋の様子が見えないから、嫉妬でイライラしながら仕事をする必要がないのは幸運だ。
仕事の邪魔なのか時折泪に邪険にされては、怒った声が聞こえる。
事務所内にいるメンバーも師走で忙しいにも拘わらず、明らかに邪魔しているようにしか見えない彼女に眉間をよせ、苛立っていた。
いろいろな意味でハラハラしつつ、岡崎という経理担当の人と手分けして入力をしていると、岡崎が溜息をついた。どうやら我慢ができなくなったらしい。
「ったく……。ごめん、在沢さん、コーヒー淹れてくれないかな?」
小声で言って来たので「いいですよ」と答えて席を立ち、給湯室へ行くと準備を始める。全員分淹れたほうがいいかなと思いつつ、そういえば冷蔵庫にチョコレートがあったことを思い出したので、彼女が帰ったあとは皆必ず疲れているので、たまには糖分を取ってもらおうとそれを取り出した。
「ねえ、泪ってば! 少しくらい私の話を聞いてくれたっていいじゃない!」
怒った彼女の声が聞こえた。零れそうになる溜息を飲み込み、黙々と準備をしていると飯田が入って来た。
「お、コーヒーか? 俺にもくれ」
「全員分淹れるつもりだったので大丈夫ですよ」
「サンキュ。にしても、困っ……」
泪に何か言われたのか、飯田の言葉を遮るように「帰る!」と怒鳴るような声が聞こえた。それと同時にバタンとドアが開く音と共に、「忘れ物!」と穂積本社へ出かけたはずの太田というもう一人の営業担当の声がした。どうやら忘れ物をして戻って来たらしい。
「あれ? おかしいな……」
そう呟いた太田の声を聞きながらコーヒーメーカーのスイッチを入れようとしたら、飯田に「入れるな」と小声で遮られ、「何があっても声を出すなよ」と言われて首を傾げながらも頷く。
「ここにあった書類知らない?」
「知らないよー?」
太田の問いかけに、岡崎は苛立っているのか穏やかな彼には似つかない声でそう答える。
「アンタは知らない?」
彼女に話しかけたのだろう。何度も彼女に仕事を邪魔されている太田は、彼女を嫌っているから言葉だけ聞くとかなり冷たく聞こえる。
「知らないわよ、封筒なんて! ちょっと、離しなさいよ!」
「へえ……なんで書類が封筒に入ってるって知ってんだよ」
剣呑に響く太田の声。
「あ、あの秘書が持っていたからよ!」
「へえ……在沢が、ねえ」
ここから動くなよ、と飯田に凄まれ、コクコクと首を縦に振る。
(なに? なにが起きてるの?)
わけがわからないまま飯田の指示に従い、その場で息を詰める。飯田は用意していたカップを持ってお湯を入れ、スイッチを入れてと小声で言われてスイッチを入れると給湯室の入り口に立つ。
「それはおかしいな。俺はさっき買い物を頼んだが、アイツはサイフだけ持って出かけたぞ?」
「えっ?!」
自分がコーヒーを淹れてます的なタイミングで給湯室から出て行った飯田のセリフに驚いた彼女が声を上げる。そして私も驚く。
(私はここにいるんですけど……)
買い物なんか頼まれた覚えがないしと心の中で叫ぶ。何かが起こっているというのは今までの会話で何となくわかる。飯田の嘘から私が邪魔を……姿を見せてはいけないということも。
天気が崩れそうなのか足が痛み始めたので立ちっぱなしよりはいいかと思い、飯田の陰に隠れるように足音を立てないようそっと壁際に寄り、さらに給湯室の奥に入って座り込む。
動いたことを察したのか飯田が振り向き眉間に皺をよせたけれど、私が隅っこに座り込んでいるのを見るとふっと笑い、また事務所のほうへ向いた。
「しかも、アンタが来るようになってから、書類が無くなることが多いんだが?」
「し、知らないわよ!」
奥に入ってしまったうえに座り込んでいるから近くにいる飯田と甲高い彼女の怒鳴り声しか聞こえないのだけれど、時折泪や岡崎や太田の声が聞こえるということは、何かの理由で彼女を責めているのだろう。
「だから、知らないって言ってるじゃないの! あの秘書が持ち出してるかも知れないじゃない!」
「在沢が?」
「そうよ! 重要書類とか、レシピとか……あ!!」
「どうして里奈が無くなった書類の種類や中身を知ってるのかな?」
泪の、静かだが冷ややかな声が響く。
「あ、あの秘書に内容を聞いて……」
話したことなんか一度もないし! と彼女の言葉に内心怒りが沸く。
「元々嘘つきだったが、往生際も悪いとは。これでもそんなことがいえるかな?」
泪の声が冷ややかなものから怒気を含んだものに変わる。
「な……! 何で……いつの間に!?」
「おっと! 太田、コレよろしく。社長に届けて」
「ハイハーイ♪」
「ちょっと! それを渡しなさいよ!」
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「泪、離して! 離しなさいよ……痛っ!」
「私は怒ってるんだよ。もちろんこの事務所の人間も。だから二度と近づきたくなくなるように、完膚なきまで潰してやるよ、お前を。岡崎、コレをコピーして」
「はい」
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「だろう? これを……」
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泪さん、こわっ! っと思いつつ、チラリと飯田を見ると背中が小刻みに揺れている。どうやら笑いを堪えているようだ。
「では、取引をしよう。飯田さん、アレは?」
「その机の上のクリアファイルの中」
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「こんなことして……ただで済むとは思わないで!」
「お前……自分の立場と私の立場を忘れてないか? 私は『穂積エンタープライズの専務』だぞ? そしてお前は犯罪者だ」
「く……っ! この書類の内容、ま、守ってよね!」
「お前次第だな。この書類の通り金輪際近づかなければ私は守るが、他はどうかな?」
「「おー、こわっ!」」
全然恐くもなさそうな声で、飯田と岡崎が声を揃えて言うと、バタンという音と共にヒールの音が遠ざかり、遠くでエレベーターの音がした。
「飯田さん、塩撒いて、塩!」
「はいよ♪」
泪の声が聞こえたと同時に飯田が入って来て、塩が入っている容器を掴んだ飯田はニッと笑って給湯室を出ていく。入れ違いに泪が入って来て、座り込んでいる私を見て驚いた。
「ちょっ、お圭ちゃん、大丈夫?! 気分が悪いの?!」
「違います。お天気が崩れそうで足が痛いし、見つからないほうがいいのかと思って座り込んでいただけです」
私の言葉にホッとした顔の泪に笑顔で返すと、ひょいっ、と抱き上げられて額にキスを落とされた。
「泪さん! 仕事中!」
「固いこと言わないの! 不快な思いをさせちゃってごめんなさい。もう大丈夫だから」
「私は大丈夫ですから」
にこりと笑うと泪もにこりと笑ってくれた。じゃあ仕事の続きをしましょうと言ってそのまま動こうとしたのでストップをかける。
「コーヒーを持って行くので下ろしてください」
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「そう言えば泪さん。穂積の次期社長って……」
「ああ。……よ」
「ええーっ!!」
私が事務所の外にまで響く声を上げた以外は、先程の剣呑さが嘘のように穏やかな雰囲気に包まれながら仕事を再開したのだった。
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くすりと里奈は笑い、鞄に入っている「重要」と書かれた封筒を撫でる。
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「え?」
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「これだ!!」
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「ど、どこでこれを!?」
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『この書類の通り金輪際近付かなければ私は守るが……他はどうかな?』
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「あ、あ……っ」
先ほど突きつけられたものと同じ映像だった。中に入っていた書類もガサガサと取り出し、パラパラと捲るとそこにあったのは。
「次期社長の秘書は『穂積が認めた泪さんの婚約者を傷つけた報いです。貴方のお嬢様は眠れる獅子を起こしてしまわれたんですよ、それも二頭も。ですがこれは出回っておりませんのでご安心ください』と言って帰った」
「じゃあ、バレなければっ」
「そういう問題じゃない!」
ドン、と机を叩く父親にびくり、とする。
「バレなければだと?! たとえバレなくても、穂積から契約を切られたこととお前が犯罪を犯したことが問題なんだ! その結果がこの鳴り止まない電話だ! どうしてそのことがわからないんだ、お前は!」
「あ……」
へなへなとその場にへたりこむ里奈。泪は『潰す』と言った。てっきり自分自身だと思っていたのだ。
それに、父親は眠れる獅子を二頭起こしたと言った。
『お前は穂積が認めた、私の大事な婚約者を傷つけた。だから穂積も私もお前を許さない』
最後のページにはそう書かれていた。だから獅子の一頭は泪だろう。ではもう一頭は?
「お父様……穂積エンタープライズの次期社長って……」
「瑠香さんだ」
その答えを聞き、目を閉じる。もう一頭は獅子に化けた竜を起こしたのだ。
でも、なぜ次期社長――瑠香が怒るのだろう。そして、泪の大事な婚約者を傷つけたというのがわからない。
ふと、事務所にいた泪の秘書を思い出す。常に無表情な彼女が、今日は珍しく顔を綻ばせて他の人間と話していた。休み前にはなかった左手薬指に、シンプルだが上品なダイヤの指輪が嵌まっていた。
(ま、まさか……)
カタカタと体が震える。泪は、彼女にした仕打ち――自分にとっては単なる冗談――をどこかで見て知っていた……? だから泪はあれほど激怒していた?
『完膚なきまで潰してやるよ、お前を』
泪の言葉が甦り、ゾッとする。
(泪の話を聞いて懐かしくて会いに行っただけなのに、どうしてこうなったの?)
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素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
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