16 / 155
圭視点
Pink Lady
しおりを挟む
十月の終わり。
早くもクリスマスを通り越して正月商戦の打ち合わせがちらほらとではじめ、巷ではインフルエンザがちらほらと流行り始めたころ。
在沢室長の再教育のお陰か、企画室に返り咲いた三島と一緒に午前中から企画室内で来月の打ち合わせをし、周、智、真葵のスケジュールを残したところでお昼になってしまった。いつもなら誰かしら残る企画室だけれど今日はどうしてか皆出払ってしまい、私を含めたいつもの四人以外は誰もいなかった。
企画室を空にするわけにはいかないので出入口近くにある机でお昼を食べていると、在沢室長がお弁当を持ってすっとんで来た。
「圭、いるか?!」
「はい、なんでしょうか」
「明日から出張に行ってくれ」
「それはまた急ですね……どなたかの随行ですか?」
「小田桐部長のなんだが……」
お弁当を持って来たということは話が長引くということなので、とりあえず座ってもらい全員分のお茶を出したところで小田桐の名前が上がり、一瞬首を傾げる。
「小田桐部長の担当は羽多野君のはずですよね? 羽多野君ができない時は、別の者が随行する手筈になっているはずなんですが、何かあったんですか?」
「実は、圭がこの三日ほど企画室に来ている間に、秘書課でインフルが流行り始めてな……」
「どうしてインフルが? 十月初旬に『今年は酷そうだから、全員予防接種を受けろ』と通達がありましたよね?」
「そうなんだが……毎年いるだろう? 自信過剰なやつが」
「なるほど……。そして今年も、発端は山下さんですか?」
そう問うと在沢室長は苦い顔をしながら「そうだ」と言って、お茶を啜った。
件の人物は、どういうわけか毎年インフルエンザにかかる稀有な人物で、毎年インフルエンザにかかっているにも関わらず予防接種をしない問題児だった。
「先月あれだけ言ったんだがなあ……。出張続きで行けなくて、来週予防接種に行くはずだった羽多野、八木澤、西田が山下のせいでやられちまって。まぁ、そんなわけで、羽多野のぶんを頼む。八木澤、西田のぶんは俺と日比野が受け持つから」
「畏まりました」
「細かな説明はあとでする。石川、すまんが打ち合わせが終わったら圭を戻してくれ」
「在沢室長、すぐに連れてっても問題ないですよ。ここにいる三人以外は既に来月の予定の打ち合わせを終えてますので、あとは三島さえいれば大丈夫ですから」
「本当か?! すまん、恩に着る! 圭、昼休みが終わったら秘書課に戻って来てくれるか?」
「わかりました」
お茶ご馳走さん、と言って来た道をまた慌ただしく戻る在沢室長の姿に溜息をつく。
真葵たちと話をしていたのだけれどお昼休みが終わったので、「申し訳ありませんが戻ります」と荷物を持ち、秘書課に戻って小田桐部長、在沢室長、私の三人で打ち合わせをし、出張に出たのが三日前だった。
全ての行程を終了し、クライアントとの契約も無事に終えたので、クライアントに「明日帰る」と伝えると『面白いバーがあるんだ』と言って連れて来てくれたのは所謂オカマバーで、そこの入口で座り込んでいる人を見つけた。俯いていたから具合が悪いのかと思い、声をかけたのだ。
「大丈夫ですか?」
前にもこんなことあったなあと思いつつそう聞くと、その人がパッと勢いよく顔を上げてまじまじと私の顔を見て、「嘘っ!」と叫んだ。
私もその顔をみてあれ? と思いつつ、もう一度「大丈夫ですか?」と聞いたのだけれど、「マジ?」とか「夢じゃないわよね?」とか「夢なら覚めないで!」とかなにやらずっとブツブツと呟いている。……大丈夫だろうか。というか、私の話を聞いているのだろうか、この人は。
「あの……?」
「あ……ごめんなさい! 大丈夫だから」
「どうかしたんですか?」
「アタシ、この店の――この店にいるんだけどね。お客様に『カクテル作ってください』って頼まれたんだけど……そのカクテルレシピをアタシどころか他のコの誰も知らないのよ」
「……どのようなカクテルを頼まれたのですか?」
そう聞いたところで、小田桐が呼びに来たので返事をする。
「あら! お客様だったのね、ごめんなさい! さあさあお店に入って! あ、そうだ! アタシは泪っていうの。貴女は?」
「在沢です」
「いやねぇ! 名前よ、下の名前!」
「圭、です」
「そう! そうねえ……圭に『お』と『ちゃん』をつけて、お圭ちゃんと呼ぶわ!」
「……そんな歳ではないのでやめてください」
「イ・ヤ・よ・♪ お圭ちゃん」
よくわからないけれど、楽しそうにそう言って一緒にお店に入って行くと小田桐たちに「お客様、申し訳ありません。このコをお借りしますね」と許可をもらい、「STAFF ONLY」と書かれた扉近くの、奥まったテーブルに連れて行かれてしまった。
早くもクリスマスを通り越して正月商戦の打ち合わせがちらほらとではじめ、巷ではインフルエンザがちらほらと流行り始めたころ。
在沢室長の再教育のお陰か、企画室に返り咲いた三島と一緒に午前中から企画室内で来月の打ち合わせをし、周、智、真葵のスケジュールを残したところでお昼になってしまった。いつもなら誰かしら残る企画室だけれど今日はどうしてか皆出払ってしまい、私を含めたいつもの四人以外は誰もいなかった。
企画室を空にするわけにはいかないので出入口近くにある机でお昼を食べていると、在沢室長がお弁当を持ってすっとんで来た。
「圭、いるか?!」
「はい、なんでしょうか」
「明日から出張に行ってくれ」
「それはまた急ですね……どなたかの随行ですか?」
「小田桐部長のなんだが……」
お弁当を持って来たということは話が長引くということなので、とりあえず座ってもらい全員分のお茶を出したところで小田桐の名前が上がり、一瞬首を傾げる。
「小田桐部長の担当は羽多野君のはずですよね? 羽多野君ができない時は、別の者が随行する手筈になっているはずなんですが、何かあったんですか?」
「実は、圭がこの三日ほど企画室に来ている間に、秘書課でインフルが流行り始めてな……」
「どうしてインフルが? 十月初旬に『今年は酷そうだから、全員予防接種を受けろ』と通達がありましたよね?」
「そうなんだが……毎年いるだろう? 自信過剰なやつが」
「なるほど……。そして今年も、発端は山下さんですか?」
そう問うと在沢室長は苦い顔をしながら「そうだ」と言って、お茶を啜った。
件の人物は、どういうわけか毎年インフルエンザにかかる稀有な人物で、毎年インフルエンザにかかっているにも関わらず予防接種をしない問題児だった。
「先月あれだけ言ったんだがなあ……。出張続きで行けなくて、来週予防接種に行くはずだった羽多野、八木澤、西田が山下のせいでやられちまって。まぁ、そんなわけで、羽多野のぶんを頼む。八木澤、西田のぶんは俺と日比野が受け持つから」
「畏まりました」
「細かな説明はあとでする。石川、すまんが打ち合わせが終わったら圭を戻してくれ」
「在沢室長、すぐに連れてっても問題ないですよ。ここにいる三人以外は既に来月の予定の打ち合わせを終えてますので、あとは三島さえいれば大丈夫ですから」
「本当か?! すまん、恩に着る! 圭、昼休みが終わったら秘書課に戻って来てくれるか?」
「わかりました」
お茶ご馳走さん、と言って来た道をまた慌ただしく戻る在沢室長の姿に溜息をつく。
真葵たちと話をしていたのだけれどお昼休みが終わったので、「申し訳ありませんが戻ります」と荷物を持ち、秘書課に戻って小田桐部長、在沢室長、私の三人で打ち合わせをし、出張に出たのが三日前だった。
全ての行程を終了し、クライアントとの契約も無事に終えたので、クライアントに「明日帰る」と伝えると『面白いバーがあるんだ』と言って連れて来てくれたのは所謂オカマバーで、そこの入口で座り込んでいる人を見つけた。俯いていたから具合が悪いのかと思い、声をかけたのだ。
「大丈夫ですか?」
前にもこんなことあったなあと思いつつそう聞くと、その人がパッと勢いよく顔を上げてまじまじと私の顔を見て、「嘘っ!」と叫んだ。
私もその顔をみてあれ? と思いつつ、もう一度「大丈夫ですか?」と聞いたのだけれど、「マジ?」とか「夢じゃないわよね?」とか「夢なら覚めないで!」とかなにやらずっとブツブツと呟いている。……大丈夫だろうか。というか、私の話を聞いているのだろうか、この人は。
「あの……?」
「あ……ごめんなさい! 大丈夫だから」
「どうかしたんですか?」
「アタシ、この店の――この店にいるんだけどね。お客様に『カクテル作ってください』って頼まれたんだけど……そのカクテルレシピをアタシどころか他のコの誰も知らないのよ」
「……どのようなカクテルを頼まれたのですか?」
そう聞いたところで、小田桐が呼びに来たので返事をする。
「あら! お客様だったのね、ごめんなさい! さあさあお店に入って! あ、そうだ! アタシは泪っていうの。貴女は?」
「在沢です」
「いやねぇ! 名前よ、下の名前!」
「圭、です」
「そう! そうねえ……圭に『お』と『ちゃん』をつけて、お圭ちゃんと呼ぶわ!」
「……そんな歳ではないのでやめてください」
「イ・ヤ・よ・♪ お圭ちゃん」
よくわからないけれど、楽しそうにそう言って一緒にお店に入って行くと小田桐たちに「お客様、申し訳ありません。このコをお借りしますね」と許可をもらい、「STAFF ONLY」と書かれた扉近くの、奥まったテーブルに連れて行かれてしまった。
22
お気に入りに追加
2,342
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる