思いの行方

饕餮

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本編

いざ、お見合い

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 お見合いの場所は、所謂一見さんお断りの老舗のお店だった。朱里はホテルのラウンジでお見合いをしたと聞いているから、いかに相手が大物なのかが伺われる。 
 ちなみに、私のお見合いに一緒に来たのは父のみだ。

 私の母は、私が小さい頃に病気で亡くなっているし、後妻の真智子さんは私に関する一切を父から遠ざけられているから、あまり口出しをすることはない。たとえ朱里経由で何かを言って来ても、「無視していい」と父から言われているのでその通りにしている。
 尤も、何か事を起こすと私が報告するから結局それが父にバレて、朱里共々ますます遠ざけられる結果になるんだけれど、本人はそれがわかっていないようだった。

 今日は朝から忙しかった。父に一旦帰って来るように言われて帰りたくもない実家に帰ると、母が生きていたころからいるベテランの使用人さんたちに寄ってたかって囲まれ、母の形見の着物を着せられた。

『まあ……。紫お嬢様は、だんだん詩織様に似て来ましたね』
『そうねぇ。若い頃の詩織様を見ているようです』

 私の装いに、最古参のハルさんが懐かしそうに目を細めてそう言った。母に似ているといわれるのは恥ずかしい反面、とても嬉しい。

『ただ……紫お嬢様は、もう少し太られた方がよろしいですね』
『……最近は食べるように努力してるんですけど……』
『それでも、こんなに痩せた身体を見てしまったら、心配いたしますよ』

 そんなことを言われて黙り込んだ。確かに着物を着る時、『細すぎる』と言われてタオルを何枚も巻かれてしまったからね。
 苦しいなぁと思いつつも我慢しているうちに慣れて来て、迎えに来た父にも『詩織に似て来たな……』としみじみ言われてしまった。

 そんな父と一緒に車で連れて来られたのが、この老舗のお店だった。
 奥の座敷に通されて席に着くと、相手はまだ来ていなかった。開け放たれた障子と光が差し込む窓の外は、見事な日本庭園が広がっていた。

「まさにテンプレ……」

 お見合いに日本庭園は付き物なのかな、なんて思いながら座ると、タイミングを計っていたかのように相手の到着が告げられた。最初に入って来たのは神崎財閥の総帥で、笑顔を浮かべてはいるもののどこか鋭い眼光を私に向け、何かを探るように私を見ている。
 そのすぐ後ろから入って来たのは奥様で、凛とした佇まいの中に上品さと気品があり、私を見てなぜか驚いたように目を見開いている。
 そして最後に入って来たのは……。

 まるで悪戯が成功したかのようにニッコリ笑ってスーツを着こなしている、私の恋人の彬、その人だった。そのことに驚きつつも、何とか表情に出さないようにする。

(どうして……彬さんが?)

 他人の空似にしては似すぎているし、誰かの代理なんかできるわけがないだろうし。……なんて思っているうちに食事や飲み物が運ばれて来て、配膳が終わるとお互いの親から紹介される。
 やっぱりと思いつつも、どうして彬がという思いのほうが強かった。

 食事をしながら型通りのやり取りが始まる。
 何が好きなのかとか、趣味や仕事についてとか。ある程度話題が出尽くしたところで、やっぱりというか何というか、「あとは若い二人で」と言われて庭園に追い出されてしまった。

 庭園をゆっくりと歩きながら、彬を見上げる。どのタイミングで話しかけたらいいのかわからなくて戸惑っていたら、真面目な顔をしていた彬が突然「ぶくく……!」と笑い始めた。

「あの……」
「ご、ごめんね、紫。部屋に入った時の紫の顔を思い出したらつい……!」
「つい、じゃないでしょう?!」
「いや、本当にごめんね」

 謝ってはいるものの、彬はまだクスクスと笑っている。そのことに思わず顔を顰めると、彬は笑いを引っ込めて私を抱き寄せた。

「彬、さん……?」
「……最初に言ったかも知れないけど、紫はさ……僕が結婚してもいいと思った初めての女なんだよね」
「は?」
「知っての通り、僕は両刀だけど男にしか興味なかったし、抱いた女も後腐れがない、その場限りの女ばかりだった。もちろんスキンを装着して抱いたし、ナマで抱いて中出しすることもなかったんだ」
「……え?」
「つまり紫は、僕が結婚してもいいかなって思った初めての女ってこと。だから父に頼んで、このお見合いをセッティングしてもらった」
「じゃあ、彬さんは、本当に神崎財閥の次男なの……? 同姓同名の他人とか、誰かに頼まれたとかじゃなく……?」

 私の質問に「そうだよ」と返した彬は、またしてもクスクスと笑っていた。

「どうして……? 高梨家うちには、神崎財閥のメリットになるような商品や物なんて何一つないよ?」
「あれ? そっちの方向に話が行っちゃった?」
「行っちゃったと言うか、父と二人で話していたのはそういった方向の話だったの。『神崎財閥にとって何のメリットもないのに、どうしてうちなんだろう』って」
「ああ……高梨家からするとそうなっちゃうのか……。確かに神崎うちからすれば、メリットなんてほとんどないよ。精々、僕たちが知らない輸入雑貨を、経営している系列のホテルに導入するくらいかな」
「彬さんは簡単にそう言うけど、うちからすればそれだってすごいことなんだよ……」

 日本国内だけではなく、海外にも一流のホテルを持っている神崎財閥。ホテル以外にも会社をいくつも持っているから、はっきり言ってうちと神崎家では家格が全く違うし、売上も雲泥の差だ。
 東城のところもホテル経営をしてはいるが国内のみで、神崎財閥ほどの数を持っているわけではない。そのぶん、各ホテルにはアロママッサージなどの美容関係が充実していて、女性に人気のホテルばかりなのだけれど、それだってうちからすればすごいことなのだ。

「僕にしてみれば、家じゃなくて紫が僕の妻になることのみが条件なんだよね。だから婿養子に行ってもいい、って言ったんだし」
「は……?」
「それに、紫の事情を知ってる僕なら、紫も怖くないでしょ? 悪いとは思ったけど、うちからすると必要なことだから、紫の家の事は全部調べたけど、紫自身に何があったのかは誰にも言ってないからね? 父にも口止めしたし」
「彬さん……」
「だからさ……僕と結婚してくれる? 返事は急がないけれど、結局は恋人同士だから、お見合いを断ってもどのみち一緒だと思うけどね」

 そんなことを言いながら、唇に軽くキスを落とした彬。

 確かに私の事情を考えたら、このまま彬と結婚するのがいいんだろう。でも、本当に私でいいんだろうか。

「先に言っておくけど、僕は紫以上に欲しい女なんていないからね? 紫のお姉さんに靡くことも絶対にないよ? あの手の女は、僕の一番嫌いな女だからね」
「あ、きら、さ……? んう……、ん……、んん……っ、はぁ……っ」

 唇を割って入って来た舌に自分の舌を絡めとられ、そのまま着物の上からお尻や胸を撫で始める彬に、身体中にゾクリとした快感が走る。

「んっ、んっ、んぁっ、彬、さ……ダメ……」
「ん……。着物姿の紫が色っぽいからつい。……明日の予定は? 何かある?」
「ないわ……っ、あ……ん……」
「じゃあ、紫も僕の手に感じてくれていることだし、この前の約束も中途半端で終わっちゃったから、帰ったらたっぷり抱かせてね? お風呂も一緒に入ろうか。……いい?」
「……うん」

 約束だよとキスを落とした彬は、その手の動きを止めると、私と手を繋いで部屋に戻り始める。
 部屋に戻りながら、どっちに転んでも彬から離れられないのなら、戻ったらすぐに返事をしようと決める。そして戻ってすぐに「お受けします」と伝えたら、どっちの親にも驚かれた。

「紫……理由を聞いてもいいかい?」
「ここでは話せないから、帰りの車の中で話します。……神崎様、本当に私でよろしいのであればお受けします。それに……」
「それに、紫は僕の恋人でもあるから、どっちみち結婚することになると思うよ?」

 そんな爆弾を落とした彬は、笑いながら私にウインクして来た。

(今話す内容じゃないでしょ?!)

 そう思ったものの、お互いの親は揃って「はあっ?!」と叫んで軽く混乱していて。


 ――クスクス笑っている彬を見てこっそり溜息をついた。

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