自重をやめた転生者は、異世界を楽しむ

饕餮

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ファウルハーバー領編

第194話 西の寒村

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 野宿をしたものの、一日半で西の寒村に着いた。途中でスライムや一角兎と出くわしたけれど、私の従魔たちとの戦闘訓練のおかげなのか、ヤミンとヤナの従魔となったバトルホースとサンダーバードたちは、怯えることもなく難なく倒せていたのが凄い。
 一角兎の肉は人間たちと従魔たちで綺麗に食べきったと言っておこう。
 で、村に着いたはいいが、やはり北と同じような光景が広がっていた。こっちは一応魔物除けと思われる柵はあるものの、機能していないか隙間が大きいせいで、スライムと一角兎が入り込んでいるのが見える。
 そういう意味では、北の寒村よりも酷いかもしれない。

「先に魔物を全部討伐、その後魔物除けを作らないとだねえ」
「そう、だな。話には聞いていたが、ここまで酷いとは……」
「聞いてたんかいっ! ルードルフがさっさと騎士たちに指示すればよかったんじゃないの?」
「面目ない。言い訳になるが、陛下に呼び出されていたしな……」
「片道一ヶ月近くかかるんだっけか。それにしたってねぇ……」

 指示は出していたんだがなと呟いたルードルフと騎士の側近の横顔は、怒りで目を据わらせている。上司の指示を無視した形だしね、これ。そりゃあ怒りもするだろう。
 無視した奴らはあとで処罰されるんだろうなあ……なんて他人事のように考えつつも、ルードルフを村の中へ入れ、残りの人間と従魔たちでスライムと一角兎を討伐することに。
 村の周囲に散った私たちと従魔たちの存在に気づいて魔物たちは一目散に逃げようとしたが、畑を荒らす魔物ものたちを逃がすような私たちと従魔たちじゃないわけで。
 レベルの低いヤミンとヤナの従魔を中心に戦闘し、一匹残らず討伐。スライムゼリーは畑に、一角兎の肉は村人たちに食べてもらうことにした。
 私たちと従魔たちがそんなことをしている間にルードルフが村の中へと入り、村長に甜菜の栽培などの説明。村人を呼んでもう一度村でやる仕事を説明していた。
 その段階で私たちが到着し、一角兎の肉や骨、皮や魔石を渡すと感謝された。肉は村全体に配り、残りは商店に売ろうとしていたが、その店では全てを買い取れるほどのお金がないという。
 それならばとルードルフが買い取ることを決め、先に支払う。
 まずは魔物除けの柵を作ろうと土魔法が使える人を集めて作成する。その間に、土魔法が使えない私や従魔たちは、村の周囲を回って他にもスライムや一角兎がいないか確認。
 できた柵の外側にヤミンとヤナ、村人数人が魔物除けの薬草を植え、他の村人たちは柵に魔物除けの液体を塗っていた。私はといえばルードルフたちと一緒に村を回り、家や畑の確認をしたが、畑以外は特に問題なし。
 この村は一時間ほど離れた場所に川があるそうだが、途中にはスライムと一角兎が出るため、なかなか魚を食べられないとのこと。それを聞いて、ルードルフと側近の顔に青筋が浮かんだ。
 ……そうかい、それも無視されたんかい。
 領都に帰りつつ討伐するというので頷くも、まずは村での作業が先だ。
 作業を手伝えないヤミンとヤナの従魔たちと、ピオとエバに周囲の見回りをお願いして一通りスライムと一角兎の駆除をお願いしたあと、作業開始。
 まずは北の寒村と同じように野菜を作って各家庭に配り、それとは別に乾燥野菜が作れるよう、同じく作業用に野菜を作って配布。
 その後はまずはジャガイモを育ててもらってから食料と種芋とに分け、倍々に増やしていく。ある程度増えたところで食料となるものは貯蔵庫に入れ、残りは肥料を撒いてから種芋を植える。
 これが終わったところでお昼となったので、従魔たちが駆除した一角兎の肉や、ピオが川で捕って来た魚を焼いて昼ご飯。小麦粉がギリギリだったので、あとで収穫せんとなあ……と遠い目をしつつ、フライパンでパンを焼いた。
 その時に、発酵させないパンの存在を知らなかったらしく、村の女性たちは興味津々で見ていた。この世界で売っている酵母はそれなりに高いから、興味を持たれるのも納得だ。
 お昼のあとは肥料や枯れたジャガイモの葉、スライムゼリーを水に溶かして畑に撒いたあと魔法で攪拌し、甜菜を植える。ここでも早送りのように成長させてどんなふうに育つのか確認してもらったあと、一回掘り起こす。
 そして実物を見てもらってから砂糖を出そうとしたんだが……。おやぁ? ルードルフが首を横に振ったぞ? スパイでもいるのか? いるならあとでノンに捕まえてもらおう。
 じゃなくて。

「領主様、これは食べられるものですか?」
「食べられるが、えぐみが強いから、食べることはやめたほうがいいですね。食べるのであれば最初に作ったジャガイモがいいでしょう」
「そうですか……」
「ああ、それと。貴方とそこにいる二人は、どなたです?」
「「「え?」」」
「この村の人間でもなければ、村長でもないですね」

 ルードルフがそう言った途端、騎士たちが動いて指差した三人を捕まえ、簀巻きにする。それから腰に着けていたマジックバッグから腕輪を三つ出し、三人にはめた。
 すると三人の姿が変わり、ブクブクに太ったおっさんと中肉中背のおっさん二人に変わった。

「「「な、なんで魔法が解けたんだ!」」」
「というか、どうしてわかったんだ!」
「魔法が解けたのは腕輪のせい、わかったのは知らないだったからです。まあ、それだけではありませんが」
「「「えっ」」」
「ふふ。さあ、どこから来たのか吐いてもらおうか?」

 ひっくーい声で脅し、側近と騎士を一人伴い、おっさん三人を連れて村の外へと移動し始めるルードルフ。かと思いきやルードルフだけ戻ってきて、村人たちに安心させるような笑みを浮かべた。

「気づくのが遅くなってしまい、申し訳ありません。人質がいるのでしょう?」
「……はい」
「どこにいるのですか?」
「村長の家の地下です」
「そうですか。他に彼らの仲間は?」
「いません」
「なら、あとは私に任せ、すぐに助け出してください」
「はい!」

 私とヤミンとヤナがぽかーんとしている間に事態が進み、あっという間に村人たちが動き出す。
 腕輪だの知らない魔力だのいろいろと突っ込みたいことはたくさんあるが、今はだんまりを決め込む。閉じ込められていた村人たち数人が助け出されたあと、残りの騎士たちが村人全員から話を聞いている間に、私とヤミンで小麦を成長させ、収穫。
 ヤナと従魔たちが脱穀と風魔法で粉ひきをするという、器用なことをしていた。それを二回ほど繰り返したあとでカモミールを蒔いて成長させ、花びらと種を収穫したあと、リコとジル、ヤナとヤミンがスライムゼリーと一緒に枯らせたカモミールを混ぜ込んだ。
 それが終わったころにルードルフが戻ってきて、本物の村長や囚われていた人たちに謝罪したあと、甜菜とジャガイモの説明をした。そこでいろいろと話を聞いた結果、どうもあの三人は他国で追放処分になった貴族らしいとわかった。

「そうですか。では、私のほうから陛下へ連絡します。陛下を通じて、その国にはしっかりと責任を取っていただきましょう」
「あ、ありがとうございます! 儂らももっと早くお知らせできればよかったのですが……。騎士様が来なくて……」
「その件も必ず調査します。それまではしっかりと甜菜とジャガイモの栽培をお願いしますね」
「はい!」
「「「…………」」」

 ルードルフと村長が話している間、私とヤミンとヤナは終始無言。
 関係ないことに巻き込むんじゃねえ!
 と、声を大にして言いたい!
 わざとらしく三人で溜息をつくと、ルードルフの顔が引きつった。

「あ、アリサ、これは、そのっ」
「……魔物の駆除も含め、報酬の上乗せを要求する」
「わ、わかった」

 悪かった! と言ったルードルフにもう一度溜息をつくと、粉にした小麦粉をルードルフに渡す。大きな麻袋が三十袋あるから、当面の間は大丈夫だろう。
 喜ぶ村人たちに目を細めているルードルフに、おずおずとヤミンが声をかけた。

「あの、ルードルフさん」
「なにかな」
「たぶんだけど……スライムゼリーを肥料にすれば、他の野菜が育つかも」
「え……?」
「ボクは種族的にそういうのがわかるから……」

 ヤミンいわく、確かに北の村もこの村も野菜が育ちにくいが、それは土の栄養が圧倒的に足りていないからで、いくら腐葉土や肥料を撒いても足りないらしい。
 だが、スライムゼリーはそれを凌駕するほどの栄養が詰まっているらしく、ゼリーを撒いた土は栄養が格段に増え、土がとてもいい状態になってきているという。

「あと三回くらいゼリーを撒いて攪拌すれば、他の野菜も作れます。あとは年に二回撒けば、肥料はいらないかも」
「そうか! 教えてくれてありがとう!」

 ヤミンの手を取ってブンブンと上下に振るルードルフ。今は人型になっているが、ルードルフはヤミンの本来の姿を知っているしね。
 だからこそ、話を信じることができたんだろう。
 領都に帰ったら全部の村や町に伝令を出そうと、ウキウキしながら話すルードルフに、側近と護衛の騎士は苦笑したのだった。

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