自重をやめた転生者は、異世界を楽しむ

饕餮

文字の大きさ
上 下
172 / 190
ファウルハーバー領編

第188話 領地に到着

しおりを挟む
 馬車を改造して、なんだかんだと二週間。予定よりも十日早くファウルハーバー領に着いた。
 とはいえ、まだ領内に入っただけで、領都までもう少しかかるらしい。

 いや~、それにしても道中は早かった! なにせ、馬車が軽くなったからなのか、馬たちがはしゃいじゃってな……。通常の倍近い速さで走ったからか、途中で寄るはずだった町や村をいくつも通過した。
 それでもできるだけ町に寄って食事や買い物をしたし、宿泊もした。それに、移動距離が長いおかげで、休憩所で夜を明かすこともしばしばだったのだ。
 カンストしている結界を三重にしたうえで、同じくカンストしているピオとエバの雷を這わせているんだから、危険は全くない。それもあって騎士たちや私たちが見張りをする必要もなく、ぐっすり眠れていたんだからいいことづくめだったらしい。
 もちろん、馬たちも結界の中に入れている。しかも、馬たちよりもはるかに強い従魔と、神獣であるノンがいるのだ。
 それもあり、馬たちは安心してしっかりぐっすり眠れたようで、前日の疲れもなく、朝になると元気いっぱいだった。
 その繰り返しで、予定よりも早く着いてしまったのだ。
 ルードルフたちにしてみれば、嬉しい誤算だろう。……ま、まあ、若干、顔が引きつっていたが。
 それはともかく。
 今通っている道の周囲に広がっているのは水田だ。ファウルハーバー領は米も作っているそうだ。
 気候や気温が九州に近いらしく、二期作できるんだと。もちろん、ルードルフが領主になってからは、連作せずに水田を変えて稲作をしているそうだが。
 だからなのか、ところどころ水のない場所が見受けられる。
 しかも、台風などの水害もない、内陸だ。害虫と魔物の被害、連作障害にさえ気をつけていれば、あとはどうにでもなるというんだから凄い。
 害虫駆除も、薬草を使った無農薬な殺虫剤だというんだから、異世界って凄いと思ったよ。
 それはともかく、水田の他には畑が広がっていて、何の野菜かわからないが、畝から芽が出ているのが見える。

「公爵様ー! おかえりなさーい!」

 領地に入ってから、通常よりもさらにスピードを落としたルードルフ。どうしてなんだろうと思ったら、こういうことか。
 馬車に描かれている紋章や騎士たちの服装を見ているのか、畑にいたおっさんたちやおばちゃんたち。手伝っているらしい兄さんや姉さんと子どもが、声をかけて手を振っている。その声に応えて、ルードルフとロジーネも手を振っているのだ。
 元王子の公爵が、めっちゃ気さくなんだが!
 いや、元王子だからなのか?
 さり気なく騎士に話を聞くと、今通っている場所に限らず、領内全部を回って土の状態を確かめ、農民たちと一緒になって畑を耕したらしい。しかも、一緒になって実践したことで畑の状態がよくなっていることがわかるものだから、最初は警戒していた農民たちも徐々に心を開き、今ではすっかり心酔している状態だそうだ。
 さすがは元王族。そのカリスマたるや、尋常じゃねえな、おい。
 まあ、普通はお貴族様が農民や平民に交じって畑仕事なんてしないもんなあ。そういう意味でも、人気があるんだろう。
 中身、百オーバーの爺様と婆様なんだが、いいのか?
 知っているだけに、ちょっと唖然とした。
 街道を走っていると、そのたびに歓声が上がる。中には「去年よりもいい芽が出ましたよー!」と叫び、公爵一行を喜ばせている人もいる。
 なんだろう……リアル里山の農村? 某アイドルがやっているテレビ番組を思い出したよ……。
 そうこうするうちに、比較的大きな町に着く。ここでお昼ご飯を食べたあと、買い物をして出発だ。
 このペースだと、領都に着くには明日の昼ごろになるという。

「そういえば。ルードルフ、工場はどこに建てるつもりなの?」
「今のところ、領都だけだな。一気に作っても、ノウハウが確立していないと教えられないし」
「それもそうね。畑は?」
「畑も徐々に増やしていく。とはいえ、まずは貧しい農村地帯が先になるだろう」

 なるほど。貧しいということは、適した野菜が作れないところもあるわけで。芋とは違うけれど、甜菜もビーツも種芋として植えるのだ。
 嫌な言い方だが、これから忙しくなることを考えると、そういった貧しい農村に割り振ったほうがいいんだろう。貧しいってことは作れる作物がなく、暇だってことだから。
 まずはその村で実験代わりに作ってもらう。どのみち砂糖にしてしまうから、よくても悪くても全て買い上げれば、村にお金が入ることになるのだ。
 そのお金も、税金を引いた額を渡せば、その年の税金を払う必要がなくなる可能性もあるだろうし。
 この世界の税金や税率がどうなっているのかわからないが、これだけ領民に慕われているルードルフならば、悪いようにしないだろうという確信が持てた。今だってご飯を食べている最中なのに、食堂にいる人たちから、彼らがいなかった間の話を聞いているくらいだしね。
 恐らく、視察も兼ねていると思われる。だからこそ、恋愛話や色目を使うような女以外の話を、しっかりと聞いているし。
 つうか、奥さんが隣に座ってるのに色目を使うってバカじゃね? 一夫多妻が許されているのは皇帝と皇太子だけであって、王子といえど側室は持てないって聞いたんだが。
 そういう事情を知らないか、あわよくば貴族の妾になって贅沢しようと考えてるんだろうなあ。ルードルフには通用しないし、きちんと領地を治めている領主にも通用しないだろう。
 結局他の客たちから白い目で見られていることに気づいた女は、すごすごと食堂から出て行った。

「あいつも早く落ち着けばいいのによ」
「無理無理! あの子、男をとっかえひっかえだもの」
「すでに二十五を超えているのに、自分は未だにモテると思ってるのよ?」
「あんな阿婆擦れ、誰が嫁にもらうんだよ」
「浮気されて、誰の子かわかんねえのを身籠っても困るし」
「だから、見合いは全部失敗してるし、最近は恋人もいねえって聞いたぜ」
「納得!」

 などなど、客たちは男女関係なく辛辣だった。ご愁傷様!
 そんな噂話以外は特にこれといった問題はないようで、公爵一行は満足そうに頷いていた。
 ご飯が終わると、会計をして出る。馬車に戻りつつ商店や露店、屋台を見るルードルフ。これも見慣れた光景になった。
 気に入ったものがあれば買うし、見たことがないものがあれば質問し、場合によっては購入している。そのほとんどが野菜や果物と、その種や苗なのが笑える。
 それが終われば馬車に乗り、また移動を開始。夜は領都手前にある、比較的大きな町に泊まると言っていたから、本当に明日には着くんだろう。
 長閑な田園風景に、つい祖父母と一緒に暮らしていた家や町を思い出す。駅の周辺は発展していたけれど、ちょっと離れると、畑や水田が広がっているような場所だった。
 車で三十分から一時間も走れば、山や海に出られる場所に住んでいたから、今見ている風景に懐かしさを感じる。まあ、見える範囲では山も海も見当たらないが。

「早く、ドルト村に帰りたいなあ……」
<早く終わらせて帰ろうなのー>
<そうだぜ、アリサ。帰りは転移してさっさと帰ろう>
「そうね。ありがとう、ノン、リコ」

 御者席に座り、リコの頭の上にいるノン。その二匹が揃って賛同してくれる。
 それがとても嬉しい。
 村に定住してまだ半年くらいだけれど、既に愛着が湧いているし、故郷だと思えるようにもなった。
 
「まずは、ルードルフからの依頼を、しっかり・きっちりこなさないとね!」
<<うん!>>

 仕事がある以上、まずは目先のことに集中しよう。
 そう思いつつ、ルードルフたちが乗る馬車のうしろを走らせた。

しおりを挟む
・「転移先は薬師が少ない世界でした」1~6巻、文庫版1~2巻発売中。こちらは本編完結。

・「転移先は薬師が少ない世界でした」コミカライズ 1巻発売中。毎月第三木曜日更新

・「転生したら幼女でした⁉ ―神様~、聞いてないよ~!」

を連載中です。よろしくお願いします!
感想 2,849

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。