自重をやめた転生者は、異世界を楽しむ

饕餮

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ドルト村の春編

第164話 面倒なことは御免被る

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 一ヶ月なんてあっという間に過ぎるもので、とうとう雪解けの時期になった。日中の気温が徐々に上がり、少しづつ雪が融けてきたのだ。
 それに合わせて温室では春に蒔く野菜や種芋が埋められ、すぐに植え替えできるよう準備を始める。もちろん春野菜と夏野菜の一部、種芋、甜菜とビーツが中心だ。
 そのため、甜菜とビーツ用に畑を増やしたのは言うまでもない。
 他に陸稲おかぼと水稲もね。
 水稲に関しては、温室で実験したところ、箱状のものでもしっかり稲穂をつけているのが確認できた。なので、陸稲とは反対の場所に大きなものを作り、そこで田植えをするという。
 といっても、あくまでも実験なので、二十メートル四方の大きさにするらしい。もちろん陸稲も同じ規模だ。

「ということで、アリサ。水田を作ってくれ」
「いや、無理。錬金術でそこまで規模の大きいのは作れない。それに土魔法使えないから」
「あ」
「あ、じゃねーよ! 土魔法が使える人にお願いすればいいでしょうに!」
「そ、そうですね。そうします」

 まったく、ヘラルドは……。錬金術や緑の手でなんでもできるわけじゃないっての。できないわけじゃないが、もし私が旅に出たらどうするんだって話なわけで。
 頼ってくれるのは嬉しいけれど、それとこれとは別問題。自分たちでできることは自分たちでやれよってこと。
 土魔法が使える人たちが水田を作っている間に、手分けして陸稲と水稲の種籾を蒔く。先に準備だけはしてあったから、いつでも蒔ける状態だったのだ。
 パパっと蒔いて、畑担当者が世話をすると、すぐに可愛らしい芽を出した。あとは数日かけて大きくしたあと、田植えとなる。
 そんな説明を聞きながら、どんどん種を蒔き、水を撒く。あっという間に双葉が出た。
 すげえな、畑担当の兄ちゃん。これも長年畑で作業してきた結果なんだろう。

 そして数日後には、立派な苗になった。

「マジですげぇ……」
「だよねー」
「さっさと畑に植えなおそうぜ、アリサ、ヤミン」

 等間隔で植えられている苗の木箱を持ち上げ、私とヤミンをさそうヤナ。確かに茫然としている場合じゃないわな。
 従魔たちやイデアも手伝ってくれるから、本当に村の住人総出での田植えやら畑に苗を植えていく作業となった。休耕地は二面あり、ここには畑の医者とも呼ばれるカモミールと薬草、ヤミンがダンジョンで蕎麦の実を見つけていたので、それを蒔く。
 蕎麦の半面は小麦、カモミールと薬草の半面は大麦が植えられている。
 つうか、よくぞここまでの種類の野菜やら芋類やらが集まったよなあ。マジで感心するわ。
 まあ、備蓄を作るうえで必要なことだし、収穫できるようになるまでには自分たちの家や貯蔵庫にある野菜はかなり減るのは確実。なので、今度の冬が来るまでにいろいろと備蓄しておきたいんだろう。
 今まではそれが叶わず、ディエゴに売ったり捨てていたらしいしね。
 野菜の加工もできるようになったんだから、のんびりと育てていけばいいと思う。
 苗の植え替えや田植えが佳境になったころ、ヘラルドから山の散策を頼まれた。といっても、森がどういう状態か確かめ、もし魔物の数が多いと感じるのであれば、間引きをきてきてほしいという。
 冒険者の仕事だもんな、これ。なのでしっかりと頷いた。
 行くメンバーは私たちのチームプラス、ランツの息子二人。あとはヴィンもだ。
 春先の、しかもAランク以上の魔物がいる森だ。ヴィンも初めてだそうで、一度どんな状態なのか確かめたいという。
 それによっては帝都にかけあって、息子たちのクエストにするんだとさ。
 ちなみに、私たちはきちんと戦えているから、自由にしてていいだって(笑)

 二日かけて村周辺の森を散策し、湖まで足を延ばす。特に増え過ぎているということもなく、襲ってきた魔物だけを倒して村に帰った。
 のはいいんだが。

「は? なんで私たちも王城に?」
「甜菜とビーツの発見とその精製方法を教えてほしい、と陛下から連絡がありまして……」
「いやいや、そこは断ろうよ! ヘラルドたちは元王族だから知り合いだろうけど、私は平民よ? さすがに王城に行くのはダメでしょ」
「それが、しっかりと招待状がありまして……」
「ヘーラールードー!」

 ガクガクと肩をゆすったところで、ヘラルドは平気な顔をしている。これ、絶対に確信犯でしょ。

「そもそも、この招待状は夏ごろにピオが倒した、シーサーペントの件もあるのです」
「あ~、頭を送ったんだっけ?」
「ええ。なので、できれば従魔も連れてきてほしいと言われているのですが……」
「却下。というか無理。ノンとジルの見た目と種族がヤバイうえに、リコもピオもエバもレベルが上がっているから、本来の姿だと通常の同種よりも大きい。それを連れていけと? ノンはとっても珍しい黒にゃんすらだし、ジルも特異種だよ? よこせって言われたらどうしてくれる」
「うっ……」

 いくら教育としつけ、自制していたとしても、王侯貴族とは、総じて我儘である。特に王族は国民どころか貴族たちのトップ、親玉だ。平民にをして持ち物や生き物を取り上げるのなんざ、簡単だ。
 そんな奴らに、私の大切な家族でもある従魔を渡すわけがないし、相手をボコる未来しか見えない。
 そんな話をしたら、私の戦闘スタイルを思い出したんだろう。ヘラルドは顔を青ざめさせ、溜息をついた。

「まあ、いくら王族がほしい、よこせと言ったところで、従魔たちが従うとは思えないわね」
「そう、ですね。強要して、逆に従魔たちを怒らせる結果にしかならないでしょう」
「だったら、最初から連れて来いって言わなければいいじゃない」
「……」

 私の指摘にそっぽを向いたヘラルド。

「と、とりあえず、アリサだけでも来ていただけると助かります。できればヤミンとヤナも」
「うーん、二人の種族が特殊すぎるから、やめたほうがいいかもね。二人と出会った時のような状況になっても困るもの。そうなった場合、私は暴れるから覚悟しておいてね」
「――っ、わ、わかりました。アリサだけにしましょう」
「それが賢明ね」

 カンストしたレベル故なのか、ほんの少し威圧して睨んだら顔色を真っ白にさせたヘラルド。ちょっと脅しすぎな気がしなくもないけれど、ヤミンとヤナは魔族以上に数が少ない、保護されるべき種族なのだ。
 もし、あのダンジョンマスターのようなマッドサイエンティストな魔法使いとかいたらどうするの? そうなった場合、二人を気に入っている従魔たちも私と一緒に暴れるだろう。
 恐らく、よくて城が崩壊、悪いと帝都自体がなくなるんじゃなかろうか。
 さすがに従魔たちにそんなことはさせたくないし、まだ未成年のヤミンとヤナを危険な目に遭わせたくはない。
 そうヘラルドに伝えると、彼は頷いた。それと同時に、未成年は城に入れないことを思い出したらしく、それを私に伝えたあと、ガックリと肩を落とした。

「アリサが成人してくれていてよかったですよ……」
「未成年だったら、Aランクにすらなっていないものね」
「ええ。とにかく、申し訳ありませんが、私とレベッカ、ゲレオンと一緒に、帝都にある王城に行っていただきます。そこで砂糖の精製に関する説明をしていただきたい」
「わかった」

 面倒だけど、仕方がない。推測になるけれど、砂糖を精製している国からの情報は得られなかったんだろう。
 そういう情報は、ほとんどが国家機密だったりするからね。
 だからこそ、自国民が知っているのであれば、そこから情報が欲しいに違いない。
 とはいえ、厳密に言えば、私も帝国民ではないが。
 とりあえず、面倒なことはさっさと片付けて、村に帰ってこよう。

 まさか城で、劇的な出会いが待っているなど、この時の私は考えもしなかった。

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