自重をやめた転生者は、異世界を楽しむ

饕餮

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ドルト村の冬編

第132話 帝都・商業ギルド 後編

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 次に積み木をやってみせ、最後はジグソーパズル。ピースの種類がたくさんあるからね~。ここまであるとは思わなかったらしく、ランツもトマスも驚いていた。
 ジグソーパズルに関しては時間もないことから、一番簡単な30ピースのものをやった。幼児向けなので慣れている私からすればそれほど難しいものではなく、十分もかからずに出来上がる。
 もちろん、ピースを嵌めながら上級者や大人向けのピースは小さいことに加え、ピースが多い分時間もかかるとしっかり説明する。今はピースをバラバラにしていないので一枚の絵になっている状態だから、わかりやすいと思う。
 そう説明すると、ランツもトマスも納得したように頷いていた。

「なるほどのう。確かに片手間に遊ぶのであれば、これらで充分じゃの」
「あくまでも暇つぶしやちょっとした知育教材だもの。きちんとした教育のための教材をというのであれば、また違った方向になると思うわ」
「そうじゃの。そうなると高等な教育になるから、どうしても貴族だけのものになってしまうしのう」

 悩むように唸るトマス。日本であれば、問題集のようなものだとしても、子どもの年齢に合わせて教材を作ることができる。
 けれど、この世界だと庶民に教育を施すというのは稀で、帝国のようなしっかりとした国でしか政策として出すことはないのだ。その帝国ですら、ここ数年の政策だというんだから、日本と一緒にしたらダメなのだよ。
 だから、世界中に広めるとなると、遊び感覚で手先の器用さを養ったり、文字や数字を覚えたり、想像力を豊かにすることしかできないのだ。そうすることで商人や何かしらの店をやっている者、職人に興味を持ってもらえるし、もしかしたら農村で働く子どもたちや孤児たちに、適正な職業として能力を発揮することができるかもしれないから。
 だからこそ、商人のおっさんたちに渡した数字パズルはうけたし、商人と貴族を中心に爆発的に広がっていったのだから。レシピを引き下げた今ですら、作っている職人にはきちんとお金が入っているし、儲けにもなっているんだから、この世界にとってどれだけ画期的なものだったのかがわかるだろう。
 そして貴族は幼いころからマナーや勉強が課せられるから、年齢が上がるにつれて習熟されていく。けれど庶民は、自分が生まれた家を継ぐための教育しかさせないことがほとんどだから、いくら識字率を上げようとしても難しいのが現状。
 恐らく、ランツもトマスもそれを打開したいんだろうけれど……たぶん無理。できるのであれば、貴族と同等の教育がなされているはずだしね。そもそも、慈善事業として貴族がやらなければならないことを、一介の商人がやったところで限度もある。
 それを大々的にやっていないってことは、貴族の中にも庶民に教育を施すのは危険だと考える輩もいるんだろう――自分が能力的に取って代わられる可能性があるから。
 ほんと、いつの世にも、そして世界が変わっても、そういう輩がいなくならないことに、つい嘆息した。
 まあ、そんな貴族と庶民の教育事情はともかく。

「ジグソーパズルはともかく、他の玩具はまず庶民に広めるかの」
「そうですね。アリサ、このお手玉の中身はなんですか?」
「小豆を使っているわ。できるだけ小さな豆や石がいいけど、石だと怪我の恐れがあるから、小豆を使ってみた。私が知らないだけで、もしかしたらもっと適したものがあるかもね」

 私の言葉に、トマスもランツも考えるような仕草をする。

「そうじゃの。食材にならないもので、そういったものがあるかもしれんのう」
「アリサは何か知りませんか?」
「うーん……。同じ名前かどうか知らないけど、私の故郷には数珠玉という植物があったわ」
「数珠玉、じゃと?」
「トマス殿、知っているのですか?」
「同じものかどうかはわからぬが……ちいと待て」

 同じ名前のもので、心当たりがあるらしいトマス。一旦部屋から出ると、すぐに小さい麻袋を持ってきた。

「これなんじゃがの」

 麻袋から出したものは、先が少し尖った丸い植物。日本でも数珠玉と呼ばれてたものにそっくりだった。

「あら、私が知っている数珠玉と同じだわ」
「やはりか。帝国のみならず、この大陸の南側の川辺や湿地帯で採れるものなんじゃが、一応食べられる。殻を割る作業が大変での……人気がないんじゃ」
「あ~、なるほどね」

 数珠玉の改良品種であるハト麦であればお茶として飲むことができるけれど、食用となると大変かも。外側の殻は光沢があって硬いため、割って中身を出すのが一苦労なんだとか。
 食べる場合は米に混ぜてリゾットにするという。もちもち感があり、大豆の味に似ているらしい。おお、それは食べてみたい。あとで買って帰ろう。

「これね、中の芯を抜くと糸を通せるの。それを繋げて腕輪にすることもできるわよ?」
「なに? 本当か⁉」
「試しにやってみようか」
「頼む」

 わくわくした様子のトマスに苦笑しつつ、裁縫道具を出して準備。まずは数珠玉の中心にある芯を刺抜きで抜き、糸を通した針に次々と通していく。
 糸は伸縮性のある蜘蛛糸だ。

「これを手首の長さに合わせて通したあと、糸を結んで輪っかにするの」
「なるほど。そうすれば腕輪になるというわけか!」
「ええ。素朴なおしゃれのひとつね。殻に色をつけることができるのであれば、女性や子どもに人気が出るんじゃないかしら」
「なるほどのう」

 実験と称して錬金術で色をつけると、殻に色付けすることができた。実際の塗料を使っていないから色自体はそんなに種類はないけれど、それでもモノトーンカラーとして売り出すには充分な色合いだ。

「出来上がりを売るよりも、自分で作る楽しみもできるでしょ? だから、同系色のものやいろんな色が入った数珠玉と糸をセットにして売れば、庶民のおしゃれとしては充分じゃないかな」
「確かに。宝石を使うと、どうしても手にしにくいですしね、庶民ですと」
「ええ。大人になったら本物の腕輪を購入するという目標を立てられるけど、子どもはそうはいかないもの」

 大人には味気ないものだとしても、子どもにとっては素敵なおしゃれのひとつだと思う。そんな話をしているうちにトマスとランツも真剣みを帯びた目になった。
 のはいいんだが、つい脱線してしまったと話を元に戻す。

「お手玉の中身も小豆だと勿体ないなら数珠玉にして、お手玉二、三個分の数珠玉と、端切れをセットにして売ったらどうかしら」
「自分で作る楽しみができますね」
「それと、ものを大事にするじゃろうし、自分で作ったからと愛着も沸くじゃろうしのう」

 うんうんと頷くトマスとランツ。さすがはギルドマスターにまでなった商人たちだ。その意味合いをわかっているみたい。
 話は脱線したけれど、特にこれといった問題もないことから、契約を結ぶことに。レシピに関してもすでにランツに渡してあるので、その登録もした。もちろん、馬車の足回りも本契約となったので、いざ帰ろうとしたら。

「ところでの……けん玉と数字パズルを再登録する気はないかの?」
「ない。神が世界中に広まったと判断したからこそ、あの段階で引き下げることができたのよ? それを無視してまた登録しろと?」
「別に構わんじゃろ? 神罰が下るわけで、……っ、ぎゃああぁぁぁーー!」
「「あ~、やっぱり……」」

 神をも恐れぬ発言をしたトマスに、雷が落ちる。ピオとエバはこの場にいないので、二羽の仕業ではない。
 しかも、吐血しているうえに手足があらぬ方向に向いているってことは、神罰として内臓がやられているし骨折もしたってことでしょ?
 ランツですら反対していたというのに、このジジイ、おっと、ギルマスは……。
 ノンもいるけど治す気がないようで、触手を出してお手玉に夢中だし。つか、神罰を食らった怪我って治るものなの?
 ランツと二人で顔を見合わせたあと、一応ポーションを飲ませてみる。骨折自体はみるみるうちに治ったけれど、髪はアフロのままだ。内臓は見えないから、どうなったのかわからん。
 しかも、よーく見ると顔中に〝愚か者〟〝神罰を食らった者〟の文字が浮き上がって来て、その字がどんどん濃くなっていく。……なるほど、神罰を食らうとこうなるのか。
 確かにこれなら、神罰が下ったとわかるわな。

「トマス、神との契約をなんだと思っているのですか?」
「ぐ、うぅっ……」
「神罰が下るのは当然でしょうに。反対を押しのけてアリサに話したのですから、当然の報いですね」
「トマスがやったことは、やらかしたギルドと別の町のギルド職員と一緒なんだけど。おバカとしか言いようがないわね」
「……」

 しっかり反省してくださいと、凍える声と視線で言い放ったランツに、トマスはがっくりと項垂れるのだった。
 その後、玩具のみほんは必要ないと判断したらしいランツが片付けていいと言ったのでポーチにしまい、契約書を持って立ち上がる。そしてトマスを放置したまま私と従魔たちを促すと、部屋から出た。
 そのままギルドカウンターに契約書を提出したランツは、とてもイイ笑顔で「ギルマスが神罰を食らいましたので、あとで確認を」と伝えると、それが聞こえていたらしい職員がギョッとした顔をし、すぐにバタバタと動き出す。
 それを冷めた目で見送ったランツはレシピの登録と契約書の受理を促し、職員にさっさと作業をさせて確認すると、ひとつ頷いたあとで懐にしまっていた。契約書の写しはあとで私にくれるそうだ。
 騒がしい商業ギルドにもう用はないと、ランツがさっさと踵を返すので私もそれに倣い、ギルドをあとにした。

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