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ドルト村編

第111話 模擬戦

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 カンカンと木刀と木の大剣が打ち合わさる音が響く室内は、ランツたちが私たちの動きを見ながら固唾を呑んでいた。
 自分で言うのもなんだけどさ……通常ではありえないほど、めっちゃ早い打ちあいをしているんだわ。
 最初はお互いに様子見で普通に打ち合ってたんだが、途中からヴィンフリートが本気というか楽しくなったみたいでね……。私の力量を試すように、いろんな角度から薙ぎ払ったり斬り下ろしたり、そして力加減を変えて打ち込んでくる。
 そのたびに避けて躱し、こっちも打ち込んでを繰り返す。

(重いかと思ったら軽いって……さすがSSSランク)

 まるで、剣道を習っていた時の師匠や師範代と打ち合っている感覚だった。
 しかも、木刀と大剣では剣の長さも間合いも違う。だからこそ、私も防御一辺倒だし、どうやって攻撃に転じるかと動きあぐねていた。
 ましてや性別の差もあるし種族の差もある。竜人は力が強いから、余計に手加減してくれているのがわかる。
 それが悔しいかと思えば、そうでもない。むしろ、私が胸を借りているような感覚なのだ。
 久しぶりの対人戦は楽しくて、本当に師匠や師範代とやり合っているようで、ついその時のことを思い出してニンマリしまう。もちろん、兄弟子たちも強かったが。
 さすがは現役警察官だと、悔しさよりも憧れがまさったものだ。
 彼らに比べたら私の技量など到底敵わない人たちばかりだったけれど、たった一度だけ師範代に勝ったことがある。まあ、その時の師範代は何人もの兄弟子を相手にしたあとだったから疲れていたということもあるんだろう。
 それでも、勝ちは勝ちだった。苦笑しながらも師範代は褒めてくれたんだよなあ。今となってはいい思い出だが。
 私がどうしようかと考えていることがわかるんだろう。ヴィンフリートが煽ってくる。ここでそれに乗っかっちゃうとさらに煽られるから、今は我慢の時だ。

「おいおい、本当にすげぇなあ、アリサは! 俺は楽しくてしょうがねえよ!」
「こっちはちっとも楽しくないわよ! さっさと狩りに行きたいんだから、いい加減打ち合いをやめてほしいわね!」
「はははっ! 確かにな!」

 時間も限られてるしな! と叫んだヴィンフリートが、大剣を振りかぶって打ち下ろしてくる。それを好機と捉え、木刀で受け止める――と見せかけ、ギリギリで横に避けた。
 すると、予想が外れたらしいヴィンフリートの体がぐらついた。

「なっ!?」
「ぶん投げるから、受け身を取ってよ、ねっ!」
「は? うおっ!?」

 避けたついでにぐらついた彼の腕とズボンのベルトを取ると、彼のスピードを利用し、足を引っ掛けたあとで腕とベルトを引っ張りながら蹴り上げ、そのまま自分の後ろに放り投げる。まさか、自分よりも軽くて小さい、しかも成人したばかりの女に「投げる」と言われるとは思わなかったんだろう。
 ヴィンフリートはギョッとした顔のまま宙を舞い、投げられた拍子に大剣を手放したまま床に投げ出された。投げたと同時に踵を返し、転がったヴィンフリートを追いかけてその首筋に木刀を突き付ける。
 結界に当たった大剣が跳ね返り、カラーンと硬い音を響かせる。

「そ、そこまで!」
「ガハハハハッ! ……参った!」

 ヴィンフリートの声に、「うおおおお!」という声がしてそっちを見ると、村中の人間たちが私たちの模擬戦を観戦していたのだ。い、いつの間に⁉

「いやはや、驚いた! 強えぇなあ、アリサは!」
「お褒めに預かり、光栄ですわ。たまたまよ」
「謙遜すんなって」

 おちゃらけた感じで答えると手を差し出す。しっかり握ったヴィンフリートに、そのまま引っ張って起こした。

「しかし、最後のあの投げ技はなんだ?」

 柔道の投げ技っぽいものだと言ったところで、通じるとは思えないしなあ。

「なんだと言われても……。いろんな武道が混ざったとしか」
「ああん?」
「いろいろやってるからね、私。今は剣だったけど、場所によっては槍も使うわ。町中の護身術程度なら体術も使うし」
「なるほどなあ」

 感心したように目を煌めかせるヴィンフリートに、頭を撫でられた。「小さいのに頑張ってんな」だと? 確かに竜人からしたら小さいが、種族的なもんもあるんだからしょうがないでしょ!
 ピオとエバに結界を消してもらい、興奮している村人たちを追い返す。その楽しそうな声に、娯楽か? さっきのは娯楽扱いか⁉ と少し呆れてしまった。
 ……まあ、娯楽が少ない世界だから、気持ちはわからなくもないが。国によっては闘技場があって、そこで戦ってる人がいるらしいしね。
 木の大剣を拾い、木刀と一緒にポーチに入れるふりをしてアイテムボックスにしまう。そして残っていたランツと双子、サンチョとウィルフレッドがいるところへ行く。
 冒険者の二人はぽかーんとしながらも、若干顔色が悪い。

「まさか、ヴィンを投げるとは……! 凄いですね、アリサは!」
「そうは言っても、ギルマスが体勢を崩したからできたことであって、そうでなければ私が負けていたわよ?」
「体術って言ってたもんなあ、アリサは。まだ成人したてなのに、たいしたもんだ! そりゃあ一ヶ月かからずにAランクになるのも納得だ」

 ヴィンフリートの言葉に、他の五人がギョッとした顔をする。確かに短期間でAランクになったとはいえ、そのほとんどが盗賊を無傷で、しかも死傷者なしで捕えたことと、スタンピード間近の魔物を間引きしただけだ。
 それだってギルマスの権限によってかなりのランクアップをしたんだから、私の功績だけじゃない。ってことを説明したけれど、ヴィンフリートとランツに「謙遜するな」と言われてしまった。

「これでわかっただろ? どうしてアリサだけが、ドルト村に残ることを許されたのか」
「「……」」

 あ~、なるほど。女の私が許されたのに、なんで俺たちはダメなんだ! 的なことを言ったと思われる。だから納得させるために私に何も言わず、手合わせした、と。

「サンチョは年齢的に、これ以上技量が上がらない可能性がある。そしてウィルフレッドはもう少し上にいけそうではあるが、今のままならAには届かない。AやSランクが跋扈しているこの森で、単独か二人で一体の魔物を倒せるのか?」
「「そ、それは……」」
「森の中なのに、飯時に気を抜いて結界を解くくらいだもんな、お前たちは。その無駄な自信はどこから来るんだ? 何度同じことを繰り返せば気が済む」

 嫌味を取り入れつつ釘を刺し、尚且つトドメまで刺しちゃってるよ、ヴィンフリートは。実力で這い上がった現役のSSSランク冒険者は、その矜持故かまったく容赦がなかった!

 二人がいなくなったあとで聞いた話なんだけれど、ヴィンフリートによると、この村に来た時と私に出会った時以外にも、何度かご飯時に結界を解くということをやらかしていたらしい。そのミスは、エスクラボ国の魔物事情も関係していた。
 エスクラボ国は山がなく、ほぼ草原と森だけだという。かと言って土壌が豊かってわけじゃないから、作物も育ちが悪いし収穫量も少ないという悪循環。国が腐っているから、税金が高いことも原因だ。
 だからこそ、そこに棲息している魔物は、一番強くてもCランク止まり。しかも、そのCランクはダンジョンにいて、地上は森の中にいる蜘蛛やサル、ベアやディアなどの種族ですらもEかDランク止まりなんだとか。
 あ~、そりゃあ結界がなくても安心するわな。草原ならば、一番弱いスライムや一角兎くらいしかいないし、それくらいならば結界を張らずとも軽い怪我ですむし、魔力が勿体ないからと考えるんだろう。
 国によって魔物の強さは様々だからこそ冒険者は世界中を旅することに憧れるし、一人前扱いされるCランクまで行くと、旅に出る冒険者も少なくないそうだ。もちろん、生まれ故郷に残る人もいるわけで、その中で他国に行く可能性のある商人の護衛依頼を請けつつ、ランクと技量を上げていくらしい。
 大抵は依頼をこなしながら先輩冒険者にノウハウを教わり、成長していくそうだが、エスクラボは国もギルドも、もちろん人も腐っていたからこそが来ることがないからノウハウを教えてもらえず、尚且つ簡単にランクを上げられるよう試験も簡単。
 しかも、貴族のお坊ちゃんは金でランクを買ったりすることもあるそうで、そのまま他国に行くと酷い目に遭い、国に戻ってきたりそのまま亡くなったりすることが多いんだとか。
 ……ダメダメじゃん。
 それはともかく。

「今後は村ではなく、帝都を拠点にしてランクアップなり技量を上げろと、本部からも言われている。それと、村長ヘラルドからも言われていると思うが、二度とこの地に来れないと思ってくれ」
「「……はい」」

 しょんぼりと肩を落としたサンチョとウィルフレッド。
 まあ、仕方ないよねぇ。ギルマス及びギルド本部とこの村の村長むらおさから突き付けられた最後通牒だもんな。いくら本人が村に残りたいと思っていたとしても、村長からも周りからも役立たずの烙印を押されている以上、留まることもできない。
 恐らく、私も試されていたはずだ。そして見張られていたばずだ。
 村の中はともかく、最初の村全体の採取と狩りは、確実に私の実力を確認していたと思う。その見極めが終わったから村人の証をくれたし、貴重な魔法を込めたものもくれたんだろう。
 だからこそ、「冒険者として働いてくれ」って言ったんじゃないかな、ヘラルドは。そんな気がする。
 元貴族様や元王族……なんておっかない存在なんだろう……。
 そのことに思い当たり、現役貴族じゃなくてよかったと、背中に冷や汗をかいたのは言うまでもない。

 その後、サンチョとウィルフレッドは新しい家に一回も住むことなくそこにあった自分の荷物を纏め、ヴィンフリートから渡された手紙を預かると、ディエゴと一緒に帝都に戻っていった。

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