出戻り巫女の日常

饕餮

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帝国編

随分豪華な杖だな、おい

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 涼しい顔をしているカムイ、ニヤニヤ笑うおっさん、諦め顔で溜息をつくザヴィドとロドリク。そこで溜息をつくからいかんのだよ、護衛二人。まあ、カムイかおっさんが話し始めるまで何も言うつもりがない私も私だけどね。というか、おっさんから話す許可が出てないから話せないともいう。礼儀は大事です……おっさんやカムイから馬車の中で、帝国用のを習ったばかりの付け焼刃だけどね。

「レウティグリス、ヴォールクリフ。知っているのならば説明せよ」

 眉間に皺を寄せてそう言ったのは、泣いていた女性の隣に座っていた男性だった。

「その前に、自己紹介をしたらどうです? 先に名乗ったほうがいいのでは?」

 ニヤニヤ笑いをやめてそんなことを言ったおっさんに、男性が溜息をつく。「そうだな」と呟き、その男性から自己紹介を始めた。

 男性は前皇帝で、その隣の女性が前王妃。つまりカムイとおっさんの両親で、私からすれば祖父母にあたる。名乗られたけど、覚えれられなかったのでまた後でカムイに聞こうと思う。前皇帝が生きていることに驚いたけど、本人曰く身体を壊して引退宣言をし、おっさんに王位を譲ったんだそうだ。その割にはすっごく元気そうに見えるのは気のせいか?
 そして六十代の男性は侯爵家の前宰相で、カムイ達兄弟と同年代の男性がその息子で現宰相なんだとか。おっさんに指示されて一緒に連れてきたそうだ。
 護衛や女官は空気と化していたし、誰からも紹介がなかったので知らん。
 その辺りで全員に紅茶が配られ、おっさんが手を振るとザヴィドとロドリクを含めた騎士と女官が部屋から出た。私の話をするために人払いしたんだろう。カムイとおっさんが頷いたので、簡単に自己紹介をする。名前だけでいいと言われているので、伝えるのは名前だけだ。

「桜と申します。呼びにくかったらセレシェイラとお呼びください」
「父上、母上。彼女は私の娘で、理様の娘でもあります」
「……なんだと?!」

 立ち上がって名前を告げてからお辞儀をし、また座ったのはいいけど……なんか今、不穏なことを言わなかったか? フローレン様の娘じゃなく、理様の娘だと?! 初めて聞いたんだけど?!
 カムイの爆弾発言に、全員が一斉に私を見る。……杖を出せってことか?

「桜、杖を」
「はいはい」

 やっぱりかと思いつつカムイに促され、軽く腕を振って杖を出すと全員が息を呑んでその杖を凝視した。私も驚いたよ……まさか杖の形状が変化しているとは思わなかったから。

 今まではクローバーの形で真ん中は何もなかったのが、外周はその形のまま中央が突き抜けて二つに分かれたような形になり、錫丈らしく環っかが左右に三つずつあった。更に左右の丸みを帯びた分部に三日月型の飾りが外側に向いたような格好で付き、下の先端部分に星を模した飾りが二つずつぶら下がっている。そしてクローバーの先端部分にあった丸いものが炎を模した形になり、持ち手部分の柄は蔦が這っているような装飾が彫られていた。しかも、全体的に鮮やかな色彩付きで。

 ……随分豪華な杖だな、おい。フローレン様のシンプルな杖はどこいった?! 神様、説明プリーズ!

 そんなことを願ったところで神様は答えてくれる筈もなく……。真っ先に反応したのは、祖父だった。

「そ、その杖は……! 本当に理様の……!」

 そう叫ぶと私の前に来て跪いた。その行動に全員が驚き、固まっている。

「あの、止めてください! 前皇帝陛下がそんなことしてはなりません!」
「だが……」
「私は、理様の娘が帝国でどういう扱いになっているのか知りません。それに、陛下がまだ公言していない状態で、そのようなことをなさらないでください」
「……」
、私は平民でしかありません。現皇帝陛下や宰相様がいらっしゃる中で平民に跪くなど、あってはならないことなのでしょう?」
「その通りだ。父上、桜の言う通りです。それにまだ説明が終わっておりません」

 祖父は言外に「席につけ」と言ったおっさんに頷くと、立って私の手を引いて歩き、祖母との間に座るように言った。カムイやおっさんを見て助けを求めるものの、苦笑するばかりで何も言ってくれない。
 仕方ないので内心で溜息をつき、言われた通りに座ると祖父に手を握られた。それを見た祖母が羨ましそうに手を見たので、杖を消して手を差し出すと嬉しそうに微笑んで私の手を握った。おおぅ……逃げられない!
 そんなことをしている間に、カムイとおっさんが私のことを説明していく。リーチェの生まれ変わりだと伝えると両サイドから手をぎゅっと握られて兄弟以外からは息を呑まれ、今も昔も最高位の巫女だと話すと思いっきりガン見された。そして、アイリーンの生まれ変わりである母と異世界で三年前に生した子供が私であるとカムイが言った瞬間、祖母は顔を歪ませて私に抱きつき、祖父を含めた男性三人は絶句した。

「この子が……桜、で合っているかしら? ……ありがとう。桜がクリフに似ていたのは、そういうこと、なのですね……」

 祖母に問いかけられたので頷くと、カムイが続きを話す。

「桜がいた世界とこの世界は時間の流れ方が違うようで……出会った時はこの姿でした」
「確認はしたのか?」
「しました。あの言葉も桜に教え、本人も使えました」
「ええ。あの後、自分でやって父に甘えました。言っておきますが、ここではやらないでくださいね?」
「約束したのだから、やるわけがないだろう?」

 祖父の言葉におっさんが頷き、それに答えた。話を聞いているのかいないのか判らないが、なにやらコソコソ話している侯爵家の面々はシカトです! そして有耶無耶になる前に王都のことを聞くことにした。

「私も質問があるのですが」
「ああ……王都のことか?」
「そうです。父から『病が流行っている』と聞きましたが、どうしてほっといているんです?」
「放っていたわけではない。色々と手を尽くしてはいるが、死者が増えるばかりだ。それに帝国は月姫様を主神にしているが、月姫神殿の巫女は薬が作れないんだ」
「なるほど……。だから私を帝国ここに呼んだと? 確かに私はあらゆる薬を作れますし、巫女の力で傷を癒すことも毒を抜くこともできます。ですが、巫女の力では病は治せません。せいぜい、薬を作って飲ませることしかできませんよ?」
「確かにそれを当てにする気はあるが、大半の理由は違う」

 おっさんの言葉に驚く。カムイから「病が流行っている」と聞いた時から、私を利用する気満々だと思ってたんだけど……違うの?

「違うと?」
「確かに薬はほしいし、フローレン様からその作り方も聞いている。だが、それは一過性のものでしかない。桜……俺はな、両親に桜の姿を見せたかった。そして長い間クリフと暮らせなかったぶん、帝国でゆっくり過ごしてもらいたかった……それが大半の理由だ」
「……」

 そんなことを考えてたんかい、おっさんは。たださぁ……薬を作ったあと、他に教えろとか言いださないか? 特に、さっきからずーっとコソコソ話してる侯爵家の二人とか。そんなフラグはいらんぞ?

「そうですか……。父と暮らせるのは有り難いお話です。薬を作れというのならば、フローレン様の娘である二人の巫女と、その神殿の神官長と上級巫女達に『癒し姫』と言わしめた『リーチェ』の名にかけて、その薬を作ることに対して協力を惜しみません。ですがその後、『他者に薬の作り方を教えてほしい』『怪我した騎士や貴族を癒してほしい』と、言いださないと言えますか?」

 一旦口を閉じ、紅茶を飲みながらちらりと侯爵家の二人を見ると、話を止めてピクリと肩を震わせた。

「そんなことは言わせないと馬車の中で言ったはずだ」
「陛下がそのようなことをなさるとは思っていませんが……先ほどからずっとコソコソと内緒話をしている侯爵家のお二人はどうでしょう? 念のために言いますが、私は身内のためだけに巫女の力を使いますし、一時的なものや自身の生活のために薬を作ることはありますが、それ以外のことで動くつもりはありませんから」
「……どういう意味ですかな?」

 元宰相が目を眇めて私を見る。その程度の眼力なんか、武道の師匠たちや剣道の兄弟子たちに比べたら怖くなんてないやい。身内が王族だから仕方ないにしても、他の貴族や王族と関わるのはお腹いっぱいだっての。

「はっきり言いましょうか? 見ず知らずの赤の他人のために、私の力を使うつもりも、技術を教えるつもりもないと言っているんです。ああ、私を取り込むために言葉巧みに操り、婚約や婚姻の約束をさせるつもりかも知れませんが、それすらもあり得ませんから」

 敵対する意味も込め、殺気を込めながら侯爵家の二人を睨みつけると、図星を指されたのかさっと顔色を変え、身体を震わせた。こちとら酸いも甘いも知ってる社会人だったんだよ、世間知らずの貴族のお嬢様と一緒にすんなよ? つーか、一緒だと思ってんなら大間違いだ。

「な……!」
「当然でしょう? 何故、知り合いでも友人でもない他人のために、黙って利用されなければならないんです? お二人は国民でも領民でも身内でもない、全くの赤の他人にも平然と利用されることを厭わないと言うおつもりで?」
「……っ! 不敬であろう!」
「不敬だろうとも、報酬を提示されたとしても、これっぽっちも従うつもりはありません。私にそれを強要するというのであれば、今すぐここを出ていきますから」
「桜!」

 両サイドの祖父母をやんわりと引き剥がし、立ち上がる。おっさんが慌ててるけど、知らねーよ。

「一人であの街に帰るから。『利用させないために俺が来た』『俺の後ろ盾があると知らしめるためだ』って言ってたのは嘘なわけ? 自分ができもしないことを強要し、図星を指されて『不敬』とか宣う輩なんか連れてくんな」
「嘘じゃない! こいつらを呼んだ俺が悪かったから! 病で倒れている国民のためにも……!」
「知ったこっちゃねーよ、そんなもん。王族なんでしょ? 貴族なんでしょ? 戦争できるほどの金があるんだから、その有り余る金を使ってでもあんたらでなんとかしろや!」

 部屋を出ようと動きかけた時、カムイの怒っているような、静かな声が響く。……私に対してお怒りですか?

「桜、座りなさい」
「やだ」
「両親や兄上、そこの二人が桜を勝手に利用することを、私が許すとでも?」

 私に優しい目を向けて座れと言い、侯爵家の二人には冷たい視線を投げかけながら辛辣な言葉を投げかけるカムイ。……怒っていたのは侯爵家の二人に対してでしたか。

「桜が不敬? 忘れているようだけど、桜は私の娘だよ? どちらが不敬だというんだい? たかが侯爵家の人間が、王家の許可なく、王族の姫を勝手に利用できるとでも思っているのかな?」
「貴様らがそんなことを考えていたとはな……ガッカリした。いっそのこと、クリフと桜に対する不敬罪……いや、王家に対する反逆罪で潰すか?」

 カムイとおっさんにそこまで言われ、漸く私がカムイの血を引いていることを思い出したんだろう。二人は顔を青ざめさせ、慌てて頭を下げた。つか、さっき説明したばっかじゃねーか。まさか聞いてなかったとか言うなよ?

「……!! も、うしわけ、ありません……っ」
「次はないと思え」
「は、い」

 王族兄弟に殺気に近いものを向けられ、震える声で返事をした元宰相。息子に至っては顔面蒼白で、今にも倒れそうだ。……お嬢様かよっ!
 それよりもさ。

「……お前が言うな」
「桜、何か言ったか?」
「いいえ、何も」

 おっさんに対してすっごく小さな声で突っ込みを入れたんだけど、聞こえていたのか聞き返してきたので、知らん顔をした。
 そしてもう一度カムイに「座りなさい」と言われたし祖父母の間は気まずいので移動しようとしたら、「ここにいらっしゃい」と祖母に言われてしまったので、恐縮しながら二人の間に座ると何故か二人から頭を撫でられた。

 非常に居たたまれないんだが……!

 そんなことをされているうちに外に出していた護衛と女官を呼ぶためなのかおっさんがベルを振ったので、漸く頭撫で撫で攻撃は終わりを告げるのだった。

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