出戻り巫女の日常

饕餮

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帝国編

そんな顔しないでくれる?

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「桜……口を閉じなさい」

 カムイが何か言ってるがそれすらも耳に入らず、カムイとおっさんに口をあんぐりと開けたアホ面を晒している自覚はあるけど、その城を食い入るように見つめる。見えてきた城はドイツ三大名城の一つに数えられ、天空の城とも呼ばれているホーエンツォレルン城に非常によく似たものが帝国の王城だった。
 城の周囲には湖があり、背後には山脈が連なっている。山側に近い場所にその城は建っていた。風がないのか湖面が凪いでいて、そのおかげで水鏡になっている。湖面に映る空の色が綺麗で、天空に浮かんでいるように見える……日本にいた時に写真で見た、雲海に浮かぶホーエンツォレルン城のように。

「天空の城……ホーエンツォレルン城みたい……」
「そのホーなんちゃらは判らないが、天空の城か……」
「へぇ……空の色が湖に映っているから、空中に浮かんでいるように見えるのですね」
「なるほど。いいことを言うじゃないか、桜、クリフ。我が城も帝都もフェリアという名前なんだ。……うん、いいねぇ。『天空の城とその都・フェリア』に変えようか」
「……」

 おっさんの台詞に溜息をつく。せっかく日本にいた頃を思い出していい気分で浸っていたのに、二人のせいで台無しだよ。

「で、桜。ホーなんちゃらとはなんだ?」
「ホーエンツォレルン城だよ、伯父様。私がいた世界の別の国にある城の名前で、建設された時代に生きた騎士達が考えて造った城って言われてるの」
「「へえ……」」
「山の上に建っている城でね、山合に雲が出るとその城が雲海に浮かんで見えることから、天空の城って言われていたんだよ。写真――こっちだと風景画かな? それでしか見たことないけど、目の前の城はホーエンツォレルン城に似てるから、そう言っただけ。……行きたかったなぁ、ドイツ。見たい城が沢山あったのに」
「「桜……」」

 困ったように眉を下げる二人に、余計なことを言ったと後悔する。

「この城……フェリア、だっけ? フェリア城が見れたからいいよ。本当に天空に浮かんでいるように見えるしね」

 明るい声でそう言えば、二人は顔を哀しげに歪ませたあと、目を閉じた。

「向こうのことを言った私も悪かったけど……そんな顔しないでくれる? 会えないと思ってた本当のお父さんや伯父様に会えて嬉しいし、この世界で生きて行こうと決めたんだからさ」
「……すまん」
「すまない、桜」
「二人は悪くないよ、私が悪い。ごめんなさい」

 三人で謝ったあと、話を変えるためにフェリア城について聞いてみた。中央には政治的なものが集中していて、それらの部屋があるという。おっさんの執務室を含めた宰相、各部署の大部屋と大臣など長の部屋や会議室、客室に庭園があるそうだ。
 山側にある左翼には王族のプライベートな部屋やサロンと後宮、カムイの宮殿(離れのような感じらしい)や庭園があり、湖側の右翼には近衛を含めた騎士達の詰め所や訓練所、城勤めをしている騎士と侍従や侍女の宿舎があるそうだ。もちろん避暑に使う離宮もあって、こっちは王領でもある海に面した場所にあるらしい。行くのに三日かかるそうだけど、カムイかおっさんに招待されたら行ってみたい。
 そして、おっさんにも女官と侍女の違いを聞いてみた。「帝国の場合だが」と前置きした上で教えてくれたのは、基本的に全員お茶を出したりなどやることは変わらないが、戦えるか戦えないかで分けているそうだ。なので、戦える侍女を女官と呼び、王宮や客室勤めが基本。他にも宰相や各部署の大臣や長の護衛も兼ねて就いており、侍女はそれ以外なんだそうだ。
 やっと納得の行く答えが聞けてホッとする。戦える女官メイド……バトルメイドってか? 「我が国は軍事寄りだからな」とは、おっさんの弁である。


 そんな話をしている間に城門に着く。「顔を見せるなよ」と言ったおっさんの言葉に従い、フードを被っておとなしくしていた。
 そして馬車はとある入口に横付けされ、おっさん、外套のフードを目深に被ったカムイ、私がおっさんのエスコートの順で馬車から降りる。馬から降りて周囲を警戒していた四人のうち、ザヴィドとロドリクが残りの二人に馬を預けると、彼らは馬や馬車と共にその場を離れた。それを見送ったザヴィドが扉の前にいた騎士に頷いて扉を開けさせ、私達もそれに続く。エントランスホールのような場所を暫く歩き、左に曲がると赤い絨毯が敷かれている煌びやかな廊下に出た。
 おっさん曰く、この建物は左翼にある王族のプライベート空間で、ここには限られた人員――精鋭しかいないとのことだった。女性騎士がいないわけじゃないけど数が少なく、基本的におっさんの後宮や王妃の護衛に就いているんだそうだ。だから騎士ほどではないものの、いざという時のために護衛として戦える女官を入れているらしい。もちろんそれは騎士が来るまでの間、ってことみたい。

(おお、すごい……)

 ザヴィドの後ろにおっさん、そのあとにカムイと私、その後ろにロドリクが続く。おっさんの説明を聞きながら周囲を見回す。両脇には歴代の王と王妃のツーショット及び家族の肖像画、この城や王都が描かれた風景画が飾られている。あとは季節の花や華美な壺など、見栄えよく配置されていた。歴代の王のみ描かれている肖像画は中央の建物に飾られているんだとか。家族の肖像画の中には『リーチェ』が描かれているヴォールクリフ一家のものもあるそうで、あとで見せてくるという。
 それらを鑑賞していたのだが、突然おっさんがさっき別れたフードを被っていた騎士三人の話を始めた。彼らは馬車の片付けや報告があるそうなので、この場にいない。私の護衛になるらしいので、後で紹介してくれるそうだ。
 おおぅ……いらんがな、そんなもん。三人に私の正体や異世界から来たことを教えるつもりはないしカムイやおっさん、私達の前後にいる二人が喋るとは思わないけど、何かの拍子に話して彼らや他の人間の耳に入り、そこから色々バレたらどうする!

「……私は武道を嗜んでいますので、護衛は必要ありません」
「さ……そなたがどれくらい強いか判らんが、今はよくてものちのち必要になる。そなた一人で対処できないようなことがあったらどうする? そなたの身の安全のためにも我々の心の安寧のためにも必要なのだから、そこは諦めてくれ」
「……さようでございますか。陛下がそう仰るのであれば、不本意ではありますがそうさせていただきます。ただ、基本的な訓練はしておりますが、暫く旅をしておりましたので身体が鈍っている可能性があります。それを確認したいので、のちほど身体を動かせる場所か訓練場の隅などを貸していただけると有り難いのですが……」
「許可しよう。ただ、私も見学したいのだが……よいか?」
「構いません」

 女官や侍従、近衛がいるので畏まった話し方をしてるんだけど……疲れる。まあ、普段の話し方をしているのを聞きとがめられ、不敬罪を問われても困るから仕方ないし、馬車の中でも注意されていたしね。しかも、奴らはおっさんに頭を下げながら、窺うようにこっちをチラ見してるのが鬱陶しい。

 うぜぇぇぇっ!! って叫びたいけど、今は我慢! とおっさんの後について行くと、ほどなくしてとある扉の前に着いた。そこには紺色の騎士服を着た二人が立っていて、どっかの国を思い起こさせる。
 誰だ……誰がいるんだ? 宰相なら辛うじてセーフ、前皇帝が生きている可能性は低いけど、おっさんやカムイの両親、二人の兄弟がいたらアウト、といったところか。そんなことを考えている間に扉が開かれ、中に通される。
 そして中にいたのは、五十代後半くらいの男女と六十代前半の男性、おっさんやカムイと同年代の男性がいた。五十代後半の男女は明らかにカムイ達に似ていることから両親か叔父や叔母、他の二人は宰相か兄弟、といったところか。……完全にアウトじゃねーか! めんどくせー、と思いつつ頭を下げようとしたら「そのままでいい」とおっさんに言われたので、邪魔にならないように扉の近くにいることにした。だって、おっさんが私をどんな扱いにするのか聞いていないし。
 室内を見回さないように気をつけながら、室内にいた人たちの様子を見る。おっさんが頷くとカムイはフードを取り払い、その顔を晒すと。

「な……っ!」
「……っ! ヴォールクリフ……っ!」

 男性陣が絶句して固まり、いち早く我に返った女性が席を立ち、泣きながらカムイを抱きしめた。室内は女性のすすり泣く声だけが響く。

「落ちつきましたか?」
「……ええ」

 そして女性が泣き止むまで背中をずっと撫でていたカムイが話しかけると、ハンカチで涙を拭きながら笑顔を浮かべて頷いた女性。密かにおっさんに会いに来ていたとはいえ、他の家族(多分)とは会っていないんだろう……そりゃあ心配されるわな。つーか、ちゃんと「生きてます」報告くらいしとけや。そしておっさんも言えや。

 そういえば……向こうにいる家族は元気だろうか。

 今更そんなことを考えたって仕方ないと内心どんよりしていたら、いつの間にか女性とカムイとおっさんは席についていて、カムイが私を呼ぶ声がした。

「桜。こっちに来て私の隣に座って、ここにいる人達に顔を見せなさい……大丈夫だから」
「……はい」

 大丈夫と言われたところで、私は全然大丈夫じゃない。面倒だなぁ、カムイ以上に驚かれるよなぁ、と思いつつも言われた通りにフードを取る。

「ヴォール、クリフ……?!」

 ――案の定、馬車で来た面々以外のこの場にいる全員(護衛騎士と女官含む)に、カムイ以上に驚かれたのだった。

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