出戻り巫女の日常

饕餮

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帝国編

絶対、殴ってやる……!

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 目を覚ましたら、目の前に人間の姿のままのカムイのドアップがあった。どうやら私を抱っこしたまま、私の部屋で一緒に寝たようだ。窓の方に視線を向けるとカーテンの外が少し明るいから、夜が明けたばかりなんだと思う。自分の手を見るとまだ小さいから、三歳児のままらしいことに気付いて溜息をつく。

 昨日は突然のことでかなり混乱していたけど、冷静になった今なら判る。
 初対面でなにしてくれちゃてんの、レウティグリス達。カムイのためにって気持ちは判らなくもないけど、そこは私に一言断ってからやるべきじゃね?
 これはカムイを含めたおっさん四人をぶん殴っていい案件だよね?

 ふつふつと沸く怒りを抑えつつ、カムイを起こさないように腕の中から抜け出すと、自分の下着やら服やらを持って布団を入れている場所に入り、昨日着せられたものを全て脱いだ。その途端に自分の身体が元に戻ってホッとする。時間経過でなのか着ていたもの全てを脱いだからなのかは判らないけど、元に戻ってよかったよ。
 中は狭かったけど、隙間から漏れる灯りを頼りに着替えを済ませ、子供用の服を持ってそこから出ると、足を忍ばせて部屋から出て階下にいった。
 お風呂場を覗くと使ったあとがあった。私が眠ってから入ったんだろうなと思いつつも残り湯を盥に入れて粉石鹸を溶かし、持っていた服を軽く洗ってつける。ちゃんと洗って干すのはご飯を作ってからにしようと決め、それから湯船の栓を抜くと、ダイニングキッチンへと行った。
 因みに、粉石鹸は自作である。自宅裏の林の中に地球だとソープナッツと呼ばれているムクロジに似た木があって、試しにそれを持って来て乾燥させ、中の種を抜いてから水につけてみたら泡立ったんだよね。こりゃ便利だとそれを大量に拾って来ては乾燥させ、粉状にして洗濯や食器洗いに使ってる。

 それはともかく、食後に出した紅茶のカップは片付けられてないんだろうなと溜息をついて覗くと、テーブルの上はきちんと片付けられていてカップも洗って伏せてあった。
 誰が片付けたんだろうか。やるとすればカムイかな? まあ、やってくれたとしても許さないけどね! そんなことを考えながら冷蔵庫を開けると、食材があまりない。私とカムイだけなら足りる量だけど、男が他に三人もいるとなると全然足りない。
 市場に今から行けば新鮮なものを買えるだろうと踏んで、新たに作ったエコバッグ代わりの斜めがけの大きな鞄をかけると、念のためにテーブルの上に伝言を残し、鍵を閉めて家を出た。当然のことながら門扉の鍵も忘れない。

 市場に行くまでの間、これからどうするかを考える。昨日のあの四人の感じからすると、多分帝国に行かなきゃならなくなる。その辺はカムイの提案もあったから心の準備はできてるけど、問題は家と、ウォーグやギルドに納品している薬類に魔導石だ。

 アスト達貴族組は一緒に旅をしたいと言っていたけど、元がつくとはいえ王妃や宰相をしていた人間を帝国に連れて行くのは無理だ。ましてや赤子が二人もいるんだから余計だ。行きたいと言っても魔導石のことがあるから、特にアストは連れていけない。つか、揉められても困るから貴族組を連れて行くつもりはない。
 ラーディ達もやっとユースレスを抜け出して落ち着き始めたしハンナとスニルが畑や薬草の栽培を始めたから、行きたいと言わないだろうと思ってる。でなきゃ、ラーディが「胃薬の作り方を教えてくれ」なんて言わないだろうし、上級巫女だったラーディが作る薬なら、ウォーグもギルドも喜んで受け入れると思う。
 キアロとスニルにしても子供が生まれたばかりだし、二人とも家でできる仕事を探しているのを知ってる。傷薬なら二人とも作れるし、スニルは技術的に厳しいだろうけど、解毒薬と日焼け止めの塗り薬を、キアロに魔導石の作り方をアストから習って定期的に納品すれば、かなりの額のお金を入手できるはずだ。特に魔導石は常に足りなくて実入りがいいし、アストも「誰かに教えてなくては……」とぼやいていたから、教えてくれるはずだ。
 日焼け止めの塗り薬なんかも今はウォーグから報酬をもらっているから、胃薬や解毒薬、ウォーグに納品分の傷薬はラーディに(胃薬は上級巫女しか作れない)、依頼の納品分の傷薬と他はキアロとスニルが作ればいいんじゃなかろうか。
 まあ、この辺は四人に相談だな。

 ただ、問題はジェイドとマクシモスとマキアだ。あの三人は、当初から私についてくる気満々だった。しかもラーディ達も含めて全員が冒険者として登録しているし、三人でギルドの依頼の魔獣狩りや凶暴な獣狩りをしてお金を貯めていると聞いている。
 ただ、三人がいなくなってしまうと、もし何かあった時にキアロしかいなくなってしまう。隣にデューカスがいるとは言え、少し心もとない。

 とは言え、ぶっちゃけた話、決めるのは彼らであって私じゃないんだから、今考えても仕方がないんだよね。

 とりあえず食材を買ってから、ついでにギルドに寄って依頼がないか見てからにしよう。依頼があったらアストに渡すついでに四人に聞いてみようと思う。このまま行きたいのはやまやまだけどまだ寝てる時間だし、家に帰ってやる事もあるしね。

「絶対、殴ってやる……!」

 まずはここからだよねと決め、市場に着いたのであちこち覗きながら買い物を済ませ、ギルドに寄って傷薬と魔導石の依頼を引き受けると、家に帰った。そしてもしもの時のために、勿体無いとは思ったがバスタオルを裂いて猿轡と紐代わりになるよう八本分作ると、近くに置いておく。そしてつけておいた服を洗うと、外に干した。

 O・HA・NA・SHI・は朝食の前。何となくだけど、昨日のことに味をしめたレウティグリス……もう面倒だ、おっさんがまたやりそうな気がする。あとはカムイもやりそう。母がいたら「父親を叩くなんて!」と怒りそうだけど、この辺りはきっちり話しておかないと、誰かがいる時にやられても困るのだ。
 あとは護衛二人だけど……雰囲気はSP並みでも警察官の兄弟子達よりも弱そうだから、不意をついてピンポイントで攻撃すればなんとかなりそうだ。……実力を隠しているだけかも知れないけど。
 で、朝食は昨日の残りのパンを温め直して、それとサラダ、チーズオムレツに野菜コンソメスープ(クラムチャウダーは残らなかった)、市場に腸詰め肉があったのでそれをボイルする。パンとスープ以外をワンプレートに乗せ終えたころ、まずはおっさんが起きてきた。しかもあからさまにがっかりしていることから、絶対に同じことをするだろうと思っていたら案の定ぶつぶつ言い出したので、すぐに裂いたバスタオルを二つ掴んで詰め寄ると、鳩尾に一発くらわした。

「ぐぅ……っ! 桜、な……っ、いだっ!」

 何も言わせないうちに襟と腕を掴み、足払いをかけてそのまま床に叩きつけると悲鳴をあげた。チャンスとばかりに猿轡をはめて縛り、そのままひっくり返して両腕を掴むと、手首にもバスタオルを巻き付けて縛った。もう一度ひっくり返してそのまま床に座らせると、おっさんの顔を眺める。ずっとフガフガ言ってたけど、私の顔がよっぽど怖かったんだろう……黙りこんで顔を青ざめさせていく。

「さて、帝国の皇帝陛下殿? なんでこんなことされたのか判ってる?」

 「帝国の皇帝陛下殿」のところで目を丸くしたものの、私の質問に頭を左右にふるおっさん。まあ、判らなくても昨日の仕打ちは許さないけどね?

「判んないわけ? あんた、昨日、私に、何をしたのかな? 伯父さんとはいえ昨日が初対面で、初対面である以上、私にとっちゃあんたも護衛二人も赤の他人と同じなんだよね。で、そんな奴らに変な呪文をかけられて小さくされた挙げ句、裸を見られて膝の上で「あーん」されたわけなんだけど……。私、向こうでは成人してて二十六だったんだけどさー、そんな女になにしてくれちゃってんのかな? し・か・も・私に無許可! ……なーに考えてんだよ、あんた。いるか判んないけど、成人してる自分の子供にも無許可で同じことやってんのか?!」

 掌で頬をピタピタ叩きながら話し、最後は拳で顔を殴ると、おっさんは派手な音をたてて倒れた。彼が帝国の皇帝? 不敬罪? 知ったこっちゃねーよ、そんなの。

「あの呪文を覚えて、あんたの知らない人間がいる中で同じことをしてやろうか?! そうすりゃ私の気持ちが判んだろ!」

 強い口調でそこまで言えば、漸くおっさんも判ったんだろう。眉間に皺をよせながら目を瞑ると溜息をつき、私に頭を下げた。どうやら謝罪してるらしい。

「またあの呪文を使ったら、今度は本気で殴るからそのつもりでいてね!」

 私の言葉にだらだらと額に汗を浮かべながら必死に頷いたおっさん。「判ったならいいよ」と言いながら腕のバスタオルを外そうとしたら、カムイがきた。

「兄上?! 桜、これは……いだっ!」
「お父さんでも同罪! 昨日のことはお母さんがいたら絶対に怒ることだからね? おとなしく私に殴られろ!」

 カムイにもおっさんと同じことをして、同じ話をした。そしてそこにザヴィドとロドリクもきた。おお、グッドタイミング!

「陛下?! ぐおっ?!」
「ヴォールクリフ様?! ぐぅっ!」

 こっちは騎士だから、暴れないよう確実に沈めるために、鳩尾を強く殴って背負い投げをする。彼らよりも小さな女の私に投げられるとは思ってなかったのか二人は床に転がったまま呆然とし、おっさんとカムイは更に顔を青ざめさせて額にだらだらと汗をかいていた。わざと「こっちのやり方で投げた方がよかった?」と聞けば、兄弟そろって頭を左右に激しく振った。
 鳩尾って、大の男でもかなりの痛みが生じて、下手すると気絶するらしいんだよね。金的じゃないだけ有難いと思え!
 そしておっさんとカムイ同様に呆然としたままの二人に猿轡をはめて手を縛ると、彼らにも同じ話をしたあとでこっちはお説教をプラスデス。

「あんたらも護衛なら皇帝を止めろよ! 何のためにくっついてきたわけ? 忠臣を自負してんなら、初対面の人間に何をやってんだくらい言え! つか、諫言を言ってこそ忠臣だろうが! 一緒になってやるとは何事か! そもそも、あんたらは……!」

 四人そろって左側の唇の端から血を流し、頬を腫らせ、顔を青ざめさせながら話を聞く四人にくどくどとO・HA・NA・SHI・してやりましたとも。傷? 治すわけないでしょ?

 お話のあとは全員のバスタオルを外して「やるなよ!」と念を押したあと、冷めてしまったスープとパン、オムレツと腸詰め肉を温め直して四人に出す。不機嫌な顔のまま

「アストんちに行ってくる。庭は帰ってきたら案内するから、絶対に外にでないでね」

 と言って家を出ると、色々と相談するために湖の方向へ向かった。

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