出戻り巫女の日常

饕餮

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閑話 桜にくっついて来た人々のあれこれ

アストに何をしたの?

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 馬を置いてくる――借り物だったらしい――と言った二人に

「来ないと二度と会わないからね?」

 と脅し紛いの言葉をかけ、カムイと一緒に家の中に入る。正直言って、着なれないドレスは疲れる。
 水が欲しいと言ったカムイに水を与え、自室に戻ってドレスを脱ぐと、男物のシャツとズボンに着替えて階下へ降りた。ドレスは後でアストに渡してどうにかしてもらうことにし、とりあえずコーヒーの用意をする。
 西大陸には紅茶とコーヒーしかないらしく、時々無性に緑茶が飲みたくなるけど今は我慢。今度ウォーグかイプセンに聞いてみようと思いつつもコーヒーを飲みながら待っていると、神殿騎士の制服のままの二人が来たのでテーブルについてもらい、二人にコーヒーを出した。

「で、話とは?」

 リラックスした様子でコーヒーカップを手に取ったジェイドがそう問う。

「単刀直入に聞くわ。アストに何をしたの?」
「……どう言う意味だ」

 コーヒーを飲んでいた二人の手が一瞬止まる。一見否定しているようにも聞こえるけど、手を止めたら「何か知ってます!」と言ってるようなもんだよ、お二人さん。

『ほう……? 何か知っているようだぞ、桜』

 しかもカムイにもバレバレだし! てかカムイ、楽しそうに言わないの!

「『リーチェ』の記憶から言わせてもらうけど、最高位の巫女の時から……一緒に行動してるときからアストは口が固かった。他人の秘密は喋らなかった。ましてやシュタールの王妃もやってたんだよ? 機密事項があるだろう王妃がそう簡単に喋るなんてことはしないと思うし、『私から言うまで黙ってて』と言ったことをペラペラと喋るような人じゃないんだよ、アストは」

 そこで一旦区切ってコーヒーを飲む。

「ラーディ宛てに出した手紙の件なら、アストが気を使ってくれたらしいことは判るからちょっと怒っただけで気にはしてない。けど、家の場所も、レーテ救出のことも、アストには『私から言うから』ときっちり口止めしてた。なのに、口を滑らせてる。しかもポロッと喋っちゃったのはジェイドとマクシモスがいる時だけよ?」
「それは俺たちを疑っているということか?」
「二人がいる時限定なんだから、二人が何かしたと疑うのは当然でしょうが」
「……俺たちよりもアストリッド様を信用しているということか?」
「納得行かない部分はあるけど、二人だけじゃなくラーディ達も含めて信用はしてる。でも、信頼はしてないしアストの方が信頼出来る」

 左の小指にはまっている『封印の指輪』を見せながら信頼してないと言えば、二人は目を伏せた。
 『リーチェ』だったならば信頼すると言うだろうけど、私は『リーチェ』がアストやレーテと過ごした記憶を鮮明に思い出せても日々記憶が抜け落ちて行く関係上、彼らと過ごした記憶が酷く曖昧なのだ。
 酷いことを言っているのは判っている。けど。

「何度も言ってるけど、『リーチェ』の記憶があっても私は『リーチェ』じゃないし、最高位の巫女の仕事やアスト達と過ごした記憶ことは覚えていても、日々抜け落ちて行く記憶のせいかジェイドやマクシモス達と過ごした記憶ことはほとんど覚えてないの。それに、私は騎士みたいに強くはないけど『リーチェ』みたいに守ってもらうほど弱くもないし、フェンリルのカムイもいる。そんな状態なのに、信頼するとか頼るとか無理でしょ」
「……」
「で? アストに何をしたの?」

 私が引かないと見るや二人は顔を見合せて小さく溜息をつくと、「言葉にするのは難しいが」と前置きした上で話し出した。

「俺たちの出身国には特殊な技術と言うか、力がある。もちろん、外交手段的な意味で話しながら誘導することの方が多いが、ごく稀に力を使う場合がある」
「巫女が使う力に似てはいるが、系統が全く違う」
「系統が違うって事は、フローレン様ゆかりの力じゃないの?」
「ああ」

 こっくりと無言で頷いたのはマクシモスで、説明はジェイド(かろうじてマクシモス)がしている。疑問に思って色々と質問して聞き出すと、どうやら魔術とかそれらの類いの系統らしく、その国では所謂補助魔法的なものらしい。と言っても、犯罪者に催眠術みたいなのをかけて口を割らせたりするだけらしい。
 攻撃魔法らしき物もあるそうだけど、主に火、水、雷くらいで、せいぜい火を熾したり鍋に水を入れたり逃げようとした盗賊か何かの犯罪者を痺れさせるくらいの簡単なものしかなく、雷はともかく、火は魔導石を使った方が早いし、水は水不足の時や野宿で近くに川や湖がない時くらいしか使わないらしい。
 あれか、小説でよくみる生活魔法に近いものなのかも知れない。

 ……ファンタジー世界らしく、すわ、魔導師とか魔術師もいるのか?! と期待したけど、いないらしい。残念。

「てことは、アストにその口を割らせる魔術? みたいなのをこっそり使ったと?」
「……ああ」

 渋々頷いた二人に溜息しか出ない。

「……あのさ、私がこの家を買ったことを言わなかったのは、私自身が一人になりたかったことが一番の理由なの。向こうではたまに友人達と出かけはしても、色々あって一人で過ごすことの方が多かったしね。いくら『リーチェ』の記憶があると言っても性格は正反対だし、向こうで過ごしたニ十六年間の記憶や培って来た性格は変わらない」
「……」
「そういうのもあって一人になりたかったし、皆はユースレスを脱出して来たばかりってのもあって落ち着かないだろうし、妊婦のスニルがいるからここでの生活に慣れてからってのもあったんだよね」
「シェイラ……」
「もちろん、落ち着いたら話すつもりだったよ? 皆が泊まりに来ても大丈夫なように寝具も食器も人数分そろえたし。それなのに、あんたらと来たらアストに無理矢理聞き出す真似をした挙げ句、巻き込みたくなかったレーテ救出に顔を突っ込むし」
「……すまん」

 巻き込みたくなかったのは本当だ。まあ、クレイオンとヤグアスの様子から二人がいたのは非常に助かったことは事実だし、カムイと私だけだったらどうにもならなかったとは思ってるけど、それとこれとは別な話なわけで。

「鍵のこととか、王太子殿下とヤグアスの状況から二人がいてくれて有り難かった。それは感謝してる。でも、私がまだ話すべきことじゃないと判断したことを、無理矢理探るような真似すんな。ユースレスを出る時の状況とかならともかく話す時はちゃんと話すし、言葉が足りなかった私も悪かったし。但し、話したくないことや話せないことはそう言うから、それ以降は詮索しないで」
「ああ」
「判った」

 ホッとしたように頷いた二人に内心苦笑する。てかマクシモス、無口にも程があるでしょうが。最初に補足したのと「ああ」しか喋ってないってどうなのさ。確かマキアと結婚するとか言ってたよね? 意思の疎通は大丈夫なのか? 大丈夫だから結婚の約束したんだろうけどさ。
 それはともかく、確かに話さなかった私も悪かったし、彼らとほとんど話してないのもまずかった。とは言え、カムイとの関係とか今後も言うつもりはない。

「そう言えば。話は変わるけどスニルはどう? 体調崩したりとかしてない? お医者さんは?」
「体調は崩してはいないみたいだが……そう言えば、医者の話は聞いてないな」
「おぉぃ、そんなんで大丈夫なの? そろそろ臨月だよね? ウォーグさんにお医者さんを紹介してもらう?」
「……その方がいいかも知れん」
「だよねー。明日ギルドに行く用事があるから、ついでにギルドかウォーグさんに聞いてみるよ」

 頼むと言ったジェイドに頷き「明日の午後、そっちに行くから」と約束してお開きにした。
 明日はウォーグのところに納品する日だからそのついでに医者の事を聞いて、ダメだったらギルドで依頼をチェックしがてら医者のことを聞いて、三組のカップルにお祝いを用意したら行ってみようかと予定を立てる。


 そう言えば、フローレン様サイドの話ってどうなってたっけ? まだ聞いてないよなー、このままうやむやかなー、なんて考えてるうちに夜も更け、カムイと二人で話した後で布団に潜った。


 翌日予定通りに行動して彼らが住んでる場所に二泊して色々話したり、お互いに言葉が足りなかったと改めて認識した。料理を教えあったり、「胃薬の作り方を教えて欲しい」と言ったラーディに胃薬の作り方を伝授し、野菜の出来が悪いと悩んでいたハンナとスニルに、林の中にある腐葉土――説明が面倒だったから林に行って実物を見せた――を混ぜるように伝えてみたり、隣の貴族組を誘って湖で釣りをしてキャンプもどきというかバーベキューもどきをした三日後。

 お忍びでアストのところに遊びに来た王太子夫妻と国王夫妻と宰相様、ヤグアスや例のおじさんやお兄さんを含めた近衛騎士達が来た。お城はどうしたのさ……お偉いさんばかり来たけどお仕事しなくていいのかよ。
 そこにフローレン様が降臨し、私とカムイの顔が似てること――親子だと言う事実――を告げることなく、とある神様のせいでロシェルがああなってしまったことを話してくれたのはいいとして。


 ――そりゃあ、庶民が貴族のお嬢様の身体の中に入っちゃったら、言動は庶民レベルになるわなと、何だか妙に納得したのと妙に疲れた話の場だったのは言うまでもない。

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