出戻り巫女の日常

饕餮

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ボルダード編

貴方はどなたですの?

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「アストリッド殿、よくぞ参られた。急に来られるとはいかがしたかな?」
「ありがとうございます、陛下。最近レーテ様にお手紙を出してもお返事が来られませんし、何かあったのではないかと少々心配になりましたので、同じ最高位の巫女であり友人でもあるレーテ様とその夫である王太子殿下に会いに来ましたの。わたくしが準備をしている間に我が夫である陛下にお願いして手紙を先に出して頂いたのですけれど、来ておりませんか?」

 そんなやりとりから始まった王様とアストの会話。ある程度の打ち合わせをしているとは言え、アストもそういった部分は話していないからか、流石に王様も王妃様もびっくりしていた。
 そりゃアストも言わないわな、ある意味肝の部分だし、素で赤毛の女性のスパイとかいたら困るし。

 チラリと偽王太子と赤毛の女性を見れば、微妙にそわそわしている。女性はカムイに話しかけたくて、偽王太子はこの場から逃げたくて。逃げたい気持ちは判る。何せ、謁見の間にいる人達は偽王太子と女性を睨むような、冷ややかな目で見てたからだ。
 そりゃそうだよね……いくら面立ちが似てるっていっても、本物と比べたら滲み出る自信や気品が圧倒的に足りないし、目の色も、体型も全く違うし。
 本物はある程度鍛えているのかスラリとしている――多分、細マッチョ――し、偽物は丸々と肥えてる。操られてる時はそんなことは気にしなかったんだろうけど、正気を取り戻した以上誰も彼を王太子とは認めないだろう。
 他国なら、偽証罪(しかも、王太子を騙った)で首が飛んでる案件だしね、これ。

 ふと王様の後ろを見れば、あの塔にいたおじさんと料理をしていたお兄さんが立っていた。あのおじさん達は王様の護衛騎士だったのか。てことは、近衛か何かかな? そう思ったら、重症だった王太子殿下とヤグアスが生き延びたのは、あの人達のおかげのような気がしてきた。塔にいた時はピンクの『滅びの繭』もどきなんてくっついてなかったし。


 ――もしかして、王宮を離れたから正気に戻った……?


 あの時、おじさんは

『……本来なら、この場所を知った人間は殺さなければならん』

 と言った。憶測でしかないけど、その命令を下したのは操られた王様だったんじゃなかろうか。そして、おじさん達も操られてた可能性があるから、それを受け、赤毛の女性の護衛騎士と一緒にあの塔へと赴いた。もしかしたら、お兄さんの方は王太子殿下の護衛騎士なのかも知れない。
 塔にいたのは全部で七人。その七人全員に『滅びの繭』はくっついていなかったから、王宮を出たおじさん達は何らかの形で赤毛の女性の護衛騎士を排除し、自分が懇意にしている、或いは知っている一般騎士や信頼できる部下を連れてあの塔へ行き、街で傷薬を買って食事に混ぜてた、とか。

 そう考えると、王太子殿下とヤグアスが生き延びたことに納得出来る。その辺は後で聞いてみよう、なんてとりとめもないことを考えている間にも王様とアストの会話は進んで行く。

 シュタール王からの手紙が遅れたことのお詫びの話とか、レーテがこの場にいない話とか。偽王太子は青ざめながらも「体調が優れない」というあり得ない言い訳をしてた。それに突っ込みを入れたのは、やっぱりアストだった。

「体調が優れない、ですか? レーテ様が? それはおかしいですわね。レーテ様は最高位の巫女ですのよ? 女神の加護を受けているレーテ様が体調を崩すなど余程のことがない限りあり得ませんし、そのことは王太子殿下にお話してあるとレーテ様より聞き及んでおりますのよ?」
「そ、それは……」
「それに、今わたくしと話している、王太子殿下が立つべき場所にいらっしゃる貴方はどなたですの?」

 アストが首を傾げて聞いた途端、偽王太子がサッと青ざめた。そしてそれを取り繕うように声を張り上げる。

「何を言っている? 僕はこの国の王太子だ!」
「まあ! 『僕』? いつからそのような呼び方をなさるようになったのですか? 殿下はわたくしやレーテ様とお話なさる時は、ご自分のことを『私』とお呼びでしたのに」
「う……っ」

 もちろん、他の方とお話される時も、と告げたアストに、偽王太子は言葉を詰まらせる。
 もしもーし、偽王太子よ、何でそんなに自信たっぷりなんだ? バレバレなんだから素直になんなさいって。
 まさか、あのピンクの『滅びの繭』は、王宮に入った人間を操る効果でもあるのか? それを知ってるから、自信たっぷりでいられたとか。

 そんなことを考えていたら、女性の口から「何で操られてないの」という小さな呟きが聞こえた。周りは全く反応していないことから、本当に小さな呟きだったんだろう。それを拾ってしまうカムイの躯は……というか、動物の耳は凄いなあと改めて思った。
 そうか、やっぱりあのピンクの『滅びの繭』は王宮に入った人間を操る効果があるのか。あまりの気持ち悪さに、私達にくっつく前にさっさと浄化しちゃったから無事だったけど、浄化せずにいたと思うとゾッとする。

「それに、殿下とは瞳の色も違いますし、お身体も違いましてよ?」

 朗らかに話しつつも、アストの声はかなり冷ややかだ。そんなアストに素早く反応したのは、偽王太子ではなく王様だった。

「……確かにこやつは王太子のクレイオンではなく、第三王子のシャルフだ。シャルフ、この場には呼ばれもしないそなたが何故ここにいる?」

 冷ややかな目と口調で問いかけた王様に、偽王太子――シャルフは、驚いた顔をした後で王様を仰ぎ見たものの、そのシャルフは顔面蒼白な上に身体が震えていた。何故ならば、王様も、そして王妃様も厳しい目付きでシャルフを見ていたからだ。
 そして震えたまま周囲を見回したシャルフは更に顔を青ざめさせていく。周囲のひそひそ声から、王様達以上に厳しい顔をしていることが窺われた。

「何で……どうして……! 大丈夫って言ったじゃないか、ロシェル様!」
「そんな……確かに皆、神様に……」

 シャルフの最後の言葉は、女性に向き直って放った言葉だった。そして女性――ロシェルが呆然と呟いた言葉にチラリとカムイを見上げると、カムイは笑顔を張り付けたまま、今にもロシェルを射殺さんばかりの目を向けて睨み付けていた。

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