出戻り巫女の日常

饕餮

文字の大きさ
上 下
47 / 76
ボルダード編

失礼を承知で申し上げますが

しおりを挟む
 王様と王妃様の話の内容は王太子殿下が語ったものとほとんど一緒だった。違う点はと言えば、王太子殿下達を襲ったのは操られたような顔をした騎士で、その騎士は赤毛の女性の護衛騎士ということだった。
 それも不意討ちで襲って王太子殿下とヤグアスに怪我をさせ、恐怖で動けないレーテに叫ばれないように猿轡さるぐるわを嵌めた上、怪我をした二人は何の手当てもせずに三人をあの塔に幽閉したらしい。

 それが二週間くらい前のこと。よく死なずに保ったよね、殿下とヤグアス。

 その時は既に王様も王妃様も操られ、自身では助けたいと思ってはいても、それとは裏腹に身体を動かすこともできなければ口から出る言葉も真逆のものであったらしい。

 そんなままならない歯痒い状況の中、文官を通してアストがレーテに会いに来たことを王様が聞いた直後に、それまで重苦しかった、操られたような感じがなくなったという。アストが何かしたのかと思ってこれまでのことを相談しようと慌ててアストに会いに来たら、瀕死で幽閉された筈の王太子と護衛騎士が元気な姿を見せ、側にレーテを見つけた、ということだった。

「アストリッド殿がこの状況を打破したのだな?」
「いいえ、陛下。わたくし達最高位の巫女で致しました」
「ふむ……。ということは、レーテも一緒に、ということだな。どんな方法で、と聞いてもよいか?」
「最高位の巫女のみに伝わる巫女舞いで、としか申し上げようがありませんわ」

 苦笑したアストに、王様はこれ以上聞いてはいけないと思ったのか、「そうか」と言ったきりそれ以上は何も言わなかった。そして私に視線を向けたのか、頭を下げている私の頭にビシバシ視線が飛んでくるのが判る。

「して、彼は? 何処かで見たことがあるような……」
「今は詳しくは言えませんけれど、ちょっとした知り合いですの」

 まーた余計なことを言ってるよ、アスト。あんまり余計なことを言ってほしくないんだけどな、なんて考えていたら、王様に「面をあげよ」と言われてしまった。この段階ではバレたくないんだけどなー、なんて内心で溜息をついて頭を上げると、王様と王妃様、二人にくっついて来た宰相らしき初老の男性が、私を見て一瞬考えた後で息を呑んだ。

「ヴォールクリフ、殿……?!」
「そんな、まさか……」
「……そのヴォールクリフって方は存知あげませんが、私はそんなにその方に似てるのでしょうか?」

 発言を躊躇っていたら王様が頷いたのでそんなことを話す。まあ、嘘だけど。ガッツリ知ってるけど! そしてちょっと低いとはいえ女性の声だったからか、息を呑んだ三人は目を見開いて驚いたあと、何処かがっかりしたように溜息をついた。
 お父さんに似てると言われるのは嬉しいけど、何で溜息をつく。もしかして、本人だったら赦しを乞おうと思ってたとか? それこそふざけんなだよ。とか思っていたら。

「ヴォールクリフ殿は帝国の皇帝、レウティグリス殿の同腹の弟でな。そなたはその方に驚く程似ておるよ。だが、よくよく考えればあれから二十年は過ぎておる。当時と同じ姿ではない筈なのに、な……」
「そうですか」
「そもそも、側妃が暴走をせねば、こんなことには……」

 そんな王様の言葉にカチンと来る。赦しを乞おうと思っていたらしい思惑が透けて見えたからだ。

「失礼を承知で申し上げますが、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「陛下のお話を聞く限り、側妃様が暴走をしたと仰いますが、それは陛下なり王妃様の管理なり、監視が甘かったからそうなったのではないんですか? 最初の段階で……側妃様が自国の人物にあれこれ声をかけた時点でなにかしらの策を高じていれば、他国の王族を殺めることも、自国の王太子を傷つけられることもなかったのではないんですか? それを怠ったのは陛下であり、王妃様であり、この国の怠慢だと思いますが」
「それは……」

 冷ややかな私の声に、事情を知っている人たちの肩が僅かに跳ねる。

「他国の王族の妻を殺したあげく、皇帝の弟とその子供も未だに行方不明なんですよね? この国ではたかが一貴族である伯爵令嬢ごときが、他国の王族よりも身分が高いと仰るんですか? 王族の妻を殺めた時点で不敬罪、或いは反逆罪となり、その身分差から首を跳ねられたり一族郎党が処分、または処刑されていてもおかしくない筈です。そういった法律が厳しい他国ならば、下手をすると側妃をはじめとして一族郎党がとっくに処分されているでしょう。実際、とある国で起こった事件に於いて、不敬罪や反逆罪で処刑された話を知っていますし。それなのに側妃だけを幽閉? その一族郎党の土地が帝国に渡ったから安心できる? 随分と甘いことを仰るんですね」
「……っ」
「側妃様とその一族郎党の首を差し出した上で、平身低頭して謝罪していたならば、それこそある程度は赦され、他国とすら取引出来ないような状況になっていなかったのでは?」

 冷たい声で問えば、両陛下も、案内して来た文官らしき人も、近衛騎士らしき人達も黙りこむ。
 こんなことを今更言ったところで過去は変わらないけど、口から出た言葉は止まらなかった。私の側にいたカムイから怒りが伝わって来てたから。
 ただ、私の話に黙っていられなかった人が一人いた。

「貴女は我らが何もしなかったと仰るか!」
「これは私の憶測になりますが、帝国側から側妃様の首、または身柄を渡せと通達され、それを断った。或いは無視をした。もしくはそれ以外のことで対応したけれど対応が杜撰だった。だからこそ帝国から戦争を仕掛けられ、帝国をはじめとした周辺諸国から未だに赦されることなく、現在の状況に至っているのではないんですか?」
「……っ!」

 宰相らしき人が怒りの声をあげたけど、私の言葉に身に覚えがあるのか、その人は言葉を詰まらせて俯き、手をギュッと握った。

 この国の人にしてみれば、側妃が勝手にやったことだと思っているのかも知れないけど、その側妃を野放しにしたのはこの国の上層部だ。この国の極刑が幽閉なのは判るけど、他国から――特に帝国側からすれば、同腹の弟の妻が理不尽にも殺され、弟とその子供が行方不明のままなんだから、幽閉だけで済ませたこの国の上層部に怒っていたとしても不思議ではない。
 交渉はお互いに何度もしたとは思う。でもその対応が甘かった、或いは杜撰だった。だから帝国側は戦争に持ち込んだ。そしてこの国は側妃の行動を軽く考えた結果が未だに続く、この状況なんじゃないのか。

 それに、帝国に渡ったという側妃の実家はこの国に知られることなく、帝国側はとっくに処刑してるんじゃないのかな、って気がする。実際はどうなのか判らないが。

 そんなことを考えていたら、王様は小さく溜息をついた後で、訪問者全員に聞こえるように話し始めた。

「確かに我らの判断は甘かったのであろうな……今更言ったところで言い訳にもならぬが。して、アストリッド殿はレーテに会いに来られたと言うが、レーテはアストリッド殿の側におる。どうされるつもりだ?」
「どうするも何も、王太子殿下からそのあたりは聞き及んでおりますから、陛下がお許し下さるならば、偽の王太子殿下を追及させて頂きたいですわ。もちろん、側妃様のことも。それでよろしいかしら、カムイ様」

 打ち合わせの通りアストが私に向かって話しかけたので頷くと、王様達は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「カムイ? 男性のような名前ではあるが、その方は女性なのではないのか?」
「確かに女性ではありますけれど、こちらにも明かせぬ事情はありますの。事が終わればカムイ様自身から説明があるはずですわ。……そうですわよね?」
「そうですね。今話したところで混乱するだけでしょうし」

 また小さく溜息をついた王様は、「そうだな」と言ってアストと打ち合わせを始める。ふと足下を見れば、カムイとの打ち合わせ通り、カムイが私の足に乗せて何やら呪文みたいなのを呟いていた。それが終わった瞬間、誰にも気付かれることなく、私はカムイの躯へ、カムイは私の身体へと入れ替わる。いつもと違う低い視線がなんだか新鮮で、キョロキョロしないようにするのが大変だった。
 アストと王様の打ち合わせも終わり、王様達は来た時同様にこそこそと部屋から出て行くと、呼ばれるまでまたそこで待った。暫くたってから私達も呼ばれたので、呼びに来た人の後にくっついてその部屋を出る。少し歩いたところで、夢に見た赤毛の女性が視界の隅に入り、そのことをカムイに伝えることにする。

 カムイと身体を入れ替える話をした時、何かあった場合どうやってカムイに伝えればいいか念話のやり方を聞いていた。カムイ曰く、伝えたい相手を思い浮かべて話せばその相手に伝わるのが念話だそうで、それを実行した。

『カムイ、あの曲がり角の隅にあの女性がいるよ?』
「女性が? ……確認した」

 私の声を真似て(どうやったのか、私の声にそっくりだった)小さく呟いたカムイの声が聞こえたのか、背中を向けて歩き出した女性に向けて、全員が立ち止まって冷ややかな視線を投げかけるも、すぐにまた歩き始める。

 私とカムイの正体を知ったら、皆どんな反応をするんだろうね。そのままでいるのか、或いは離れて行くのか。
 離れて行くなら仕方ないと思ってるし、そういう意味では住むところを別々にしたのは正解だったと、今ならそう思う。

『桜、今回のことが終わったら、一緒に帝国に行かないか?』
『どうして?』
『私が桜が生まれた話をしたら、兄上が桜に会いたがっていたからだ』
『へぇ……そうなんだ。帝国に行くのは、お父さんと二人で旅をしながら?』
『そうだ』
『そうね……時々、フェンリルじゃないお父さんと一緒に歩いてくれたり、私が赤子だった時の話をしてくれるならいいよ』

 そんな話をしたのは昨日の夜のこと。カムイがそう言ってくれたことが嬉しかった。

 それを思い出していたら、いつの間にか謁見の間みたいな場所に来ていて、アストと私とカムイの姿を見た中にいた人達から、小さなざわめきがおこる。

(アストもカムイも、どんな決着を見せるんだろう)

 フェンリルの中にいるから、人間の身体にいた時よりもアストやカムイから怒りが伝わって来る。そして、その場にいた偽王太子からは怯えが、赤毛の女性からは怯えと恋する気持ちと――


 ――レーテに直接ではないにしろ危害を加えたからなのか、赤毛の女性とその護衛騎士らしき人物には本物の『滅びの繭』がくっついていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

自重をやめた転生者は、異世界を楽しむ

饕餮
ファンタジー
書籍発売中! 詳しくは近況ノートをご覧ください。 桐渕 有里沙ことアリサは16歳。天使のせいで異世界に転生した元日本人。 お詫びにとたくさんのスキルと、とても珍しい黒いにゃんこスライムをもらい、にゃんすらを相棒にしてその世界を旅することに。 途中で魔馬と魔鳥を助けて懐かれ、従魔契約をし、旅を続ける。 自重しないでものを作ったり、テンプレに出会ったり……。 旅を続けるうちにとある村にたどり着き、スキルを使って村の一番奥に家を建てた。 訳アリの住人たちが住む村と、そこでの暮らしはアリサに合っていたようで、人間嫌いのアリサは徐々に心を開いていく。 リュミエール世界をのんびりと冒険したり旅をしたりダンジョンに潜ったりする、スローライフ。かもしれないお話。 ★最初は旅しかしていませんが、その道中でもいろいろ作ります。 ★本人は自重しません。 ★たまに残酷表現がありますので、苦手な方はご注意ください。 表紙は巴月のんさんに依頼し、有償で作っていただきました。 黒い猫耳の丸いものは作中に出てくる神獣・にゃんすらことにゃんこスライムです。 ★カクヨムでも連載しています。カクヨム先行。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

あ、出ていって差し上げましょうか?許可してくださるなら喜んで出ていきますわ!

リーゼロッタ
ファンタジー
生まれてすぐ、国からの命令で神殿へ取られ十二年間。 聖女として真面目に働いてきたけれど、ある日婚約者でありこの国の王子は爆弾発言をする。 「お前は本当の聖女ではなかった!笑わないお前など、聖女足り得ない!本来の聖女は、このマルセリナだ。」 裏方の聖女としてそこから三年間働いたけれど、また王子はこう言う。 「この度の大火、それから天変地異は、お前がマルセリナの祈りを邪魔したせいだ!出ていけ!二度と帰ってくるな!」 あ、そうですか?許可が降りましたわ!やった! 、、、ただし責任は取っていただきますわよ? ◆◇◆◇◆◇ 誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。 100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。 更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。 また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。 更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。

My HERO

饕餮
恋愛
脱線事故をきっかけに恋が始まる……かも知れない。 ハイパーレスキューとの恋を改稿し、纏めたものです。 ★この物語はフィクションです。実在の人物及び団体とは一切関係ありません。

魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで

ひーにゃん
ファンタジー
 誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。  運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……  与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。  だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。  これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。  冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。  よろしくお願いします。  この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...