出戻り巫女の日常

饕餮

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ボルダード編

……全然嬉しくない

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 ガタガタと揺れる――といっても音だけで、ほとんど揺れはない――馬車の中には、私とアスト、レーテと王太子殿下、カムイが乗っている。護衛にはジェイド、マクシモス、デューカス、ヤグアス。侍女としてミュラと、何故かハンナまでいた。まあ、他国の王妃が訪ねるのだから侍女が一人だけってことはない、ということらしい。
 護衛騎士達の服装は、デューカス以外は神殿騎士の装いで、ヤグアスに至っては鬘を被って印象を変えた上で、額から目を通った頬にかけて傷までつけている。もちろんその傷は本物ではなく傷っぽく描いただけのもので、顔をタオルなどで拭ったりすると落ちてしまうから種明かしの時まで絶対に顔を触るな、と厳命してある。

 デューカスは元々貴族で近衛騎士、アストが嫁いだ時には神殿騎士は就かなかったと言っていたし、レーテの時にはヤグアスが就いたと聞いた。『リーチェ』の時はどうだったのかな……? 覚えてないから別にいいんだけどね。

 因みに今回は以前来た時より既に二年は過ぎてるから、「あれから人員を増やしましたの」と言えば誤魔化せると、アストは意味不明のことを言っていたんだけど……もしかして前回は、護衛はデューカス、侍女は亡くなったミリアしかいなかったんじゃなかろうか。そう思ったけど、結局聞くことはしなかった。

 それにしても。

「……あのさ、じっくり見られるとかなり恥ずかしいんだけど」
「まあ、何故ですの? 男装が似合ってますのに」
「そうよね。サクラが女性と知ってるわたし達でさえ男性に見えますし、素敵だと思うんだもの。知らない人が見たら絶対に頬を染めると思うわよ?」
「……全然嬉しくない」

 アストとレーテにそう言われてがっくりと項垂れる。
 現在の私の格好は裾の長いローブに、額には薄紫色のティアドロップ型の宝石が着いたサークレットをし、髪は首の後ろで括って飾り紐で結っている。つまり、カムイの本来の姿を模したものだ。
 確かに『お父さん』の格好をしようと思ったよ? お母さんにも『桜はお父さん似ね』とか『最近の桜はお父さんそっくり』って言われてたよ? だけど鏡を見てびっくりしたよ……同じ格好をしたら、人間になったカムイに本当にそっくりだったんだから! ハンナやミュラまでポカンと口を開けたまま頬を染めていたんだから、尚更切ない。

 複雑そうに見る殿下に苦笑しつつカムイを見ると、知らん顔をしながらも楽しそうに尻尾を振っている。でも、それを見て、昨日の夜カムイと語った話を思い出す。


『桜……もしあの側室がいるようならば、桜の身体を借りて我が話をしても構わぬか?』
『そんなこと出来るの?』
『親子、もしくは兄弟であれば、な。この術は皇家にのみ伝わるもので、血の繋がりのある者としか出来ぬのだよ』
『どうやってやるの?』
『それはだな……』


「サクラ、着きましたわ」

 アストにそう声をかけられ、フッと意識を戻す。チラリとカムイを見れば微かに頷いた。

(なるようにしかならないし、レーテ達の為だし)

 そんなことを考えながら先に馬車を降り、アストが馬車から降りるのに手を貸した。


 ***


「シュタール王妃が、レーテを訪ねて来た、ですって……?」

 慌てて駆け込んで来た、王太子クレイオンに似ている王子が自分にそう告げ、内心焦る。

(シュタール王妃とレーテが仲良しだなんて知らない……聞いてない!)

 レーテの替え玉すら用意出来ない上、下手をすれば王太子のフリをしている王子ですら偽物と指摘されかねない。

(どうしよう……)

 神だという声の主の言葉に従って色々やったし、神に王達や王子を操ってもらって、やっと幽閉状態から抜け出せたのに。とりあえず、王子にはいつものように王太子のフリをしてもらうことにしてこっそり様子を見に行って驚いた。

「……同じ、顔……」

 それを見てドクン、と鼓動が跳ねる。

 昔……二十年近く前に見た人と同じ格好、同じ顔をした人が、隣にいる貴婦人と談笑しながら案内人のあとを歩いている。彼らの後ろには、護衛なのか異なる騎士服を着た人が四人と侍女が二人、フードを被っている人が二人いた。それを見て慌てて踵を返し、自室へと戻るとソファーに倒れ込むように座る。

「同じ人……? それとも……」

 別人だろうか……?
 どちらにしても身体が震える。

 忘れた筈の恋心が甦って。……そして、彼の人の妻を殺してしまったことを思い出した恐怖に。

 ただ、ソファー座って震えることしか出来なかった。


 ――だからこそ彼女は気付かなかった。


 今までずっと聞こえていた神と名乗る声が、いつしか全く聞こえなくなっていたことも。

 あの場にいた、案内人を含めた全員が彼女を冷ややかに見ていたことも。

 案内人と彼らの間に大きなフェンリルがいたことも。


 彼女は何一つ、気付かなかった――。

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