出戻り巫女の日常

饕餮

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ボルダード編

この水晶……どうなってるの?

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 前回と同じように、カムイは塔の裏側へ回ると姿隠しと消音の魔法――みたいなものだとカムイは言った――を使い、一旦塔の門へと回る。だが、塔の門番はいなかった。それに首を傾げつつ、中へと入る。

「誰もいないね……」
「人の気配すらない」
「そうなの?」
「ああ。多分、塔の住人がいなくなったから引き上げたのだろう」

 カムイと話しながら兵士の詰所らしきところだった場所をこっそり覗く。中を見れば確かに誰もおらず、奥にあった食料すらもないことから、全てを持ち出して引き上げたのだろう。
 塔へと上がる入口でカムイは魔法を解除し、開け放たれていた入口から塔の最上階へと上がるとあの部屋と入る。明るい室内を改めて見ればあの夢と同じだった。夢の中のことを思い出しつつ、残り二つの水晶を探す。
 まずはタンスの下。床に頬をつけて覗くと、陽の光に当たってキラキラと光る水晶を見つけた。届くかなと思いつつもタンスの隙間に手を入れて指先を何とか伸ばすと、それを指に挟んで引き寄せた。
 見るとやっぱり禍々しいほど真っ黒に染まった水晶だった。
 それに溜息を付きつつ、今度はベッドの下を覗く。壁際に近い場所に見つけたのはいいけど、身体を入れようにも狭すぎて入らないし手も届かない。

「何であんなとこにあるかな……」

 そうぼやきながらも何とか頑張ってベッドを引っ張り、腕が入るスペースを作るとベッドの上に上がって水晶を取る。
 あの夢に出て来た水晶は五つ。一つは神殿で浄化されていたから、残りは四つだ。

 リュックからあの宝石箱を出して水晶を取り出す。何の気なしに三つの水晶を合わせると、割れたと思われる面がピタリと填まり、綺麗にくっついたではないか!

「うわ、何、この水晶……どうなってるの?」
「元々一つの水晶だったものは、割れても元に戻ろうとする働きがある。だが、この水晶は、欠片が二つ足りぬ」
「二つ? 一つじゃなくて?」
「ああ、二つだ」

 あの夢で見たのは、浄化されたのや宝石箱の中のも含めて五つだった。ならあと一個は?
 あの赤毛の女性が持っていないことを祈りつつも、這いつくばるようにしてあちこち探す。

「桜……? 何をしている?」
「あと一個を探してるの」
「二つではなく?」

 不思議そうに私に聞くカムイの話を誤魔化しつつも、何とか最後の一個をドレッサーの下から見つけた。

「あったー!!」

 手を伸ばしてそれを取って水晶に近付けると同じようにくっついた。途端に流れて来る、誰かの記憶。


 赤毛の女性が立ち上がった時に蹴飛ばしたのか、水晶がドレッサーの下に転がっていった。暫くしてから現れた赤子を抱えた黒髪の男性が、赤子を抱えたまま女性を抱き起こしてから抱き締める。ドレスから転がり出た水晶を拾い、女性からイヤリングとネックレスを外して血糊を丁寧に拭くと、ドレッサーの引き出しを開けて宝石箱を取り出し、その中にしまうとまたドレッサーにしまった。
 そこでカムイに呼ばれて我に返る。

「……ら、桜っ!」
「あ……カムイ、大丈夫。じゃあ、浄化しようか」
「だが、最後の一つが……」
「それは大丈夫。『リーチェ』を預けた神殿の最高位の巫女が浄化した上で、フローレン様が回収してるから」

 そう伝えた途端、カムイが目を丸くして私をまじまじと見た。その反応で、やっぱりカムイは黒髪の男性なんだと気付いてしまった。

「桜……?」
「……今朝、見た夢のことだけど、さ。さっき、王太子殿下の話を聞いていて確信したことがあるの」

 カムイと話しながら指輪を外すと、フローレン様が降臨してくる気配がした。完全に降臨した段階でその力を借りながら浄化をしていくと、黒かった水晶があっと言う間に浄化され、更にフローレン様がふるった力が水晶を浄化してキラキラと輝きながら消滅して行く。
 それが全部終わると、フローレン様は水晶とともに私の身体を離れて行った。

「本当は話せたのにも関わらず、カムイはあの水晶を浄化してから、話したかったんだよね?」
「……そうだ」
「それは、私と『リーチェ』が、カムイの……ううん、フェンリルに変化したヴォールクリフとアイリーンの娘、だから?」
「!!」

 そう聞くと、カムイが目を見開いて絶句した。
 夢自体はあまり覚えていないけど、今ならフローレン様が言った両親の名前が判る。そして、私の母に言われた父の本当の名前も。その外国風の名前から、外国の企業の御曹司だと勝手に思ったのだ。

「ヴォールクリフ・レネフェリアス……お母さんは、本当のお父さんの名前をそう言ってたの。だから、私が知らないだけで、ずっと外国の大企業の御曹司だと思ってた」
「……そうしろと、我が桜の母……愛莉にそう伝えたからだ。我は帝国の、レウティグリス・レネフェリアス現皇帝の、弟だ」

 覚悟を決めたかのようにそう言った途端、カムイは何かを呟いて人になった。その姿は夢で見た通り、背中まである黒髪に薄紫色の瞳の男性だった。服装は、丸眼鏡をかけた主人公がいる某ファンタジーに出てくる、魔術師学校の校長のような裾が長いローブ姿に、額には瞳と同じ色のティアドロップ型の宝石が付いたサークレットをしている。

 顔の形とか、大人になった私に、とてもよく、似ていた。

 思わずかけよって、カムイに抱きつく。

「桜……?」
「……うっ、ふえっ」
「桜……」

 言葉が出なくて、年甲斐もなく嗚咽が漏れる。ギュッとしがみつくと、カムイも私を抱き締めた。

 話したいことも、聞きたいこともいっぱいある。でも今は、『リーチェ』の記憶とも相まってカムイにしがみついて泣くことしか出来なかった。

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