出戻り巫女の日常

饕餮

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ボルダード編

この禍々しさは普通じゃない

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 ご飯を食べ終わったあと、皆を部屋へと案内した。「やはり、クレイオン様をお一人にするわけには行かない」と言ったヤグアスが真ん中の部屋に移ったもののそれ以外は何の問題もなく、よっぽど疲れていたのか皆布団に入った途端に眠ってしまった。
 アストとレーテには「まだやることがあるから」と、とりあえず毛布――と言っても、あくまでも毛布らしきもの――を持って下に行き、食器を片付けてからコーヒーを入れ、暖炉の前に寝そべっていたカムイの側に座ると毛布をかけた。

「桜、すまん。先にあの箱を出してくれぬか?」
「いいよ。ちょっと待って」

 暖炉の側に置いてあったリュックから巾着を出すと、そこから更にあの宝石箱を出してカムイの側に寄る。

「はい。蓋を開ける?」
「ああ」

 言われるがままに蓋を開けると、カムイは懐かしそうな、切なそうな感情を薄紫の瞳に浮かべ、前脚でちょこんとつついた。

「あの水晶を出してくれぬか?」
「いいけど、どうするの?」
「壊す。壊してから話す」
「壊すのはいいけど、浄化してからの方がいいよ?」
「なに……?」

 不思議そうな声を出したカムイに、幽霊が言った話をカムイにする。

「私もその方がいいと思う。この禍々しさは普通じゃないもの」
「……」
「それに、この水晶みたいな感じの禍々しさだけど、あの塔にまだあった気がするの。カムイはどうしてこれに気付いたの? というか、あの塔って何?」
「……あの塔は、元々罪を犯した者を幽閉するための塔だ」
「幽閉……? てか、なんでカムイがそんなこと知っているの?」
「それは……」
「カムイ?」

 カムイはパクパクと口を開くものの、言葉が出て来ないのか、イライラしたようにしっぽを床に打ち付けている。

「……どうやら、話したくてもこの水晶が邪魔をして話せぬ」
「そっか……。なら先に水晶の浄化をしないとね」
「それは明日でよい、桜」
「でも……」
「確かに、あの塔にまだ残っている感じはしていた。だが、この水晶が桜の側にあったから、これの気配だと思っていた。多分この水晶玉のみを浄化したとて、恐らくあまり変わらぬ。やるならいっぺんに浄化してほしい」
「うん、判った。じゃあ、またこの宝石箱に閉まっておくね」
「ああ。桜、我儘を言ってすまぬ」
「大丈夫だよ」

 カムイに寄りかかっていつあの塔に行くのか、何処で水晶玉を浄化するのかを話しているうちに、私はいつの間にか眠ってしまった。


 ***


 この地には、正直に言って来たくはなかった。狂った彼の者がいるこの地に、我の愛しい者達を奪った者のいるこの地に。

 我の話を、桜は信じてくれるだろうか。
 それとも、見捨てられてしまうのだろうか。

 それ故に、話すのを躊躇ったというのもある。
 それに、桜が言ったゆうれいとやらの姿も声も見えなかったし聞こえなかったが、その思いは思念となり、我にも聞こえた。レーテを救ってくれてありがとう、と。

『貴方と『   』に会えてよかった』

 姿が見えたあの一瞬、あの男は最後にそう思念を送って来た。……直に会わせてやりたかった。

(女神フローレン、我はどうしたらよい? 消せぬこの憎しみを、後悔を、どうしたらよい?)

 ぐるぐると回る思考に内心で溜息をつくと、眠った筈の桜が急に身体を起こして我を見た。その姿は桜ではあるが、声は女神フローレンのもの。

「……勝手に降臨してよかったのですか?」
『大丈夫です。但し【封印の指輪】がありますので、声だけになりますが。……貴方に謝罪をしに参りました。貴方にも、サクラにも、重い枷を嵌めてしまった……それがわたくしの罪。それから、彼の者は、謂わばイレギュラー。わたくしにはどうしようもありませんでした』
「イレギュラー? 彼の者が?」
『ええ。イレギュラーがいたから、貴方達も巫女達も、負わなくてよい苦労を負わせてしまった……。わたくしと言えど、全能ではないのです』
「フローレン様……」
『世界の理様も、その異常を察しています。大丈夫……貴方なら、その憎しみに囚われることなく消すことが出来るでしょう。それが出来るのは、サクラだけです』

 もう一度『大丈夫ですよ』と言った女神は桜から離れ、桜はまた我に寄り添うように眠る。

 今のは託宣だったのだろうか。だが、女神は謝罪と言った。

 思い返せば、確かに彼の者が表に出るようになってから、少しずつ何かが変わって行った。だが、桜がこちらに来たことで、綻びが出始めた気がする……本来あるべき道へと。
 桜が喚よばれたのは、女神の嘆きか、世界の理の叫びか……或いはその両方が奇跡を起こしたのか……それは判らない。

「桜……全てが終わったら、また旅をしよう」

 桜と二人で旅をした――短い時間ではあったが、桜と旅をしながら二人で話している間は、確かに憎しみは感じなかった。それに、大勢で旅をしたあの時も。

 眠っていて我の言葉は聞こえない筈の桜は、我の言葉に嬉しそうな顔をしてふにゃり、と笑った。
 それに相好を崩し、桜を守るように我も眠りについた。

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