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ボルダード編
マジか……
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帰宅すると、彼らは話をしていた。そこに私も加わり、色々と話をしているのだが。
「そうか……。レーテ様はそれに気付かれたから、リーチェ様……いえ、シェイラ様を『リーチェ』と呼ばれたのですね」
「そうは言っても、こっちに来てから『リーチェ』の記憶って曖昧になってきてるからなぁ……。召喚された直後とかならまだしも、今は薬関係とか巫女関係のものしか覚えてないかな」
私の話に、ヤグアス――ヤグアス・ラスカリスは眉間に皺を寄せた。
ヤグアスは元々、レーテが神殿にいる時からの護衛騎士だったらしい。らしい、というのは私の記憶が曖昧だからだ。神殿関係の護衛騎士は、全て神官長と神殿騎士団長が話し合って決めていたそうだから、当然ヤグアスは神殿騎士団長だったジェイドを知っているし、同僚のマクシモスを知っている。その辺の話は、後日レーテやジェイド達に聞いた。
「いずれにしても、お風呂沸いたから順番に入っちゃって。皆疲れてるだろうし、自己紹介とか詳しい話は明日にしよう。服はコレね。んで、アスト達はどうする? 帰る?」
「デューカスがいるとは言え、流石にこの時間に帰るのは……」
「だよねぇ。ただ、部屋は何とかなるけどアストが着るような着替えはないよ?」
「それでしたら大丈夫ですわ。サクラが出掛けた後、ミュラに持って来て頂きましたから」
「……用意周到だね」
絶対に泊まる気満々だったでしょ、と内心突っ込みながらも今度はジェイド達に聞く。
「ジェイドとマクシモスはどうする? って言いたいけど、二人も疲れてるんだよね。着替えとかないけど、いい?」
「構わない。着た切り雀は慣れているしな」
「そうだな」
「了解。じゃあ、部屋割りしようか。アストとレーテは私の部屋。ヤグアスさん……」
「ヤグアスで構わない」
「なら、私もシェイラと呼び捨てで。ヤグアスとデューカスさんとジェイドとマクシモスは二階の奥。残った二人は真ん中、でどうかな?」
話を始めて既に二時間半。私を含めた全員にお風呂に入ってもらい、今はダイニングで私を入れて総勢九人と一匹はまったりお茶中である。隅っこにいた人は相変わらず隅っこにいるよ。その二時間半プラス私が帰って来るまでの間に、救出組はジェイドやマクシモス、アストから私の事情を聞いたらしい。
そんなやり取りの中部屋割りを告げると全員頷いたのだが、カムイも含めて何故か全員不思議そうな顔をしている。
「サクラ、残った二人、と仰いましたけれど、残ったのはお一人ではないかしら?」
「そうね。残ったのは、レイ……クレイオン様だけね」
「へ? だって、隅っこに……キッチンの近くに男性が一人いるよね?」
「……え?」
私の言葉に全員一斉にそっちを見たけど、怪訝そうに眉をしかめるだけだった。それに首を傾げてその人の特徴を話す。
「えっと……薄紫色の髪に、茶色の瞳、身長はヤグアスよりもちょっと高めで、シュタールの王様が着てたような服を着てる人だよ?」
彼の特徴を告げた途端、レーテやアスト、ヤグアスが目を瞠る。
「そ、その方は……」
「……ええ」
「……」
三人はそう言ったきり黙りこんでしまった。何? 何かあるの? と思っていたら、「リーチェ、その方は、亡くなられていますわ」と、レーテがポツリと呟いた。
「………………はい?」
「その方は、セレーノの王太子殿下の特徴と同じですの。先日、サクラにお話しいたしましたでしょう?」
「………………え?」
私が驚いていると隅っこにいた男性が微笑みを浮かべて私に話しかけて来た。
『巫女殿、レーテを助けて頂きありがとう。レーテに関係する人に私が見ている思念を送ったのだが、貴女にも届いてよかった』
「思念? ……まさか、あの夢……!」
「サクラ? 何を言っているの?」
『ああ。私の姿は誰にも見えないし、レーテに話しかけても気付いてはもらえなかった。だから、私にはレーテを慰めることも、助けることも出来なかった。近くにいて、見守ることしか出来なかった』
その男性が後悔を滲ませ、目を瞑る。そして、ついでだからとあることを聞く。
「塔の上の方で音を立てたのはあんた?」
『そうだ。……あやつらに悟られぬよう、貴女を安全に逃がすために』
「そうだったんだ……」
『それと、あの水晶は壊してはならぬ。壊すのであれば、必ず浄化してからにした方がいい』
「浄化してから壊すとどうなるの?」
『あの方が……そして、貴女の……』
どんどん男性の声が聞こえづらくなって来る。何を言っているのか、さっぱりわからない。
「何? 聞こえないよ?」
「桜、一体誰と話している?」
「え? だから、隅っこにいる人と……」
カムイに聞かれて誰と話しているのか正直に言うと、その人が笑ってお辞儀をした途端全員が唖然とした顔をした。
「レーテ、無事でよかった。クレイオン様、レーテをお願いします」
「パー、シヴァル、様……?」
「レーテ……幸せにおなり」
巫女殿、ありがとう、と言ったパーシヴァルと呼ばれた人は、いきなりその場からスッと消えた。
「…………え?」
「いきなり顕れて、いきなり消えましたわね……」
アストの言葉に呆然とする。
「………………マジか……」
「桜……今のは……?」
「……私の国では、幽霊、って言うんだけどね……」
「ゆうれい、ですか?」
「つまり、死んでる人の霊とか思念のこと。生まれてこの方、幽霊なんて一度も見たことなかったんだけどね…………ハハハ……」
時間も時間だからか誰も悲鳴をあげることなかった。ただ、私は幽霊を見ただけでなく幽霊とも話をしたことに少なからずショックを受け、その場に両手両膝をついてガックリと脱力した後、アストにレーテの夢を見せたのはあの人だと言ったら、アストも愕然とした顔をしながら疲れたようにテーブルに突っ伏した。
***
「シェイラ、何か食べるものはあるか?」
「突然どうしたの、マクシモス」
「……お腹が減った」
「そう言えば、わたしもお腹が……あっ」
私とは違ってお腹を可愛く鳴らせたレーテ。そう言えば救出組は全然ご飯を食べてないし、マクシモスやジェイドはご飯を食べた後動いたからと今更ながら思い出した。
「時間が時間だし、消化のいいものにするよ」
「すまない、シェイラ」
「気にしないで、マクシモス。皆もそれでいい?」
そう聞くと全員頷いたので、ジェイドとマクシモスにテーブルや椅子をを端に寄せてもらい、絨毯とラグが敷いてある場所に直接座ってもらう。本当はテーブルの方がいいんだけど、テーブルは八人がけみたいに大きいわけじゃない。話している間に椅子に腰かけていたのはレーテ、アスト、クレイオンと呼ばれた人だけで、騎士組四人と私は立って話をしていた。
先に果物を剥いて三ヶ所に置き、カムイの前にも置く。冷蔵庫を漁ってくず野菜を出し、まな板の上に置くと小さく刻んだ。
便宜上冷蔵庫と言っているけど日本みたいな感じの電化製品ではなく、サイズは独り暮らし用の冷蔵庫の冷凍室に氷を入れ、冷気が下に落ちて行くタイプの、所謂冷蔵箱と呼ばれている感じの冷蔵庫だ。最初これを見た時唖然としたし、ちょっと感動した。
氷には塩をふって、出来るだけ長持ちさせるようにしている。
それはともかく、ご飯はリゾットにした。って、またリゾット作ってるよ……。
材料を鍋に入れて火にかける。火加減を調節してから暖炉のそばにある薪を持ち上げると、ジェイドが立って手伝いを申し出てくれた。それに甘える事にして薪を持ってもらい、魔導石を持って付いてきてもらう。
「ジェイド達はこの部屋を使ってね。四人で寝るにはちょっと狭いけど」
「いや、充分広い」
「そう? ならよかった。あ、その薪はそこの暖炉に使うから」
「なら、俺が火を起こすから、魔導石をくれないか?」
「そう? ならお願い。あ、薪は全部使わないでね? あと二部屋あるから」
「わかった」
魔導石をジェイドに渡して布団を敷く。いやあ、お客さん用の布団を買っといてよかったよ……。ジェイド達にこの場所がバレたら、絶対に泊まるとかなんとか言いそうだったんだよね。……お金が減ったのは痛かったけどさ。
次に真ん中、最後は私の部屋に来ると、ジェイドは珍しそうにロフトを見ていた。
布団も敷き終わり、ジェイドに「ありがとう。下に行こう」と声をかけ、ドアに手をかけた時だった。背中から手が延びて来て、ギュッと抱き締められ、そのことに戸惑う。
「あの……ジェイド?」
「…………った」
「え?」
「無事で……よかった……」
私の肩に頭を乗せ、耳元で囁かれた。低くて心地よい、大好きな声。でも。
(く、くすぐったい……!)
耳元で話す度に、ジェイドの息が耳に当たってくすぐったいのだ。くすぐったいし、身体に震えが走る。
実は、私は耳が弱い。美容院で髪の毛を切ってもらっていても、美容師さんの手が偶然当たっただけで震えてしまう。それが嫌で髪を伸ばしていた。
ジェイドはそれに気付いたのか、ふっと笑って息を吹き掛けて……。
「ひゃあっ?! ちょっ、ちょっとジェイド! い、いい、今何を……!」
「ん?」
「ん? じゃな……あ……っ、ジェイド!」
「あはは!」
な、なんだ、この色気たっぷりの雰囲気は! こいつ、あろうことか私の耳を噛んで舐めたよ!
ズルズルとその場にへたりこむと、ジェイドは笑いながら「悪い」と言ってドアを開け、私を立たせてくれた。
うー、心臓に悪い。まだ胸がドキドキしている。
ジェイドと密着したことも。
ジェイドの声も。
それだけで私の鼓動が跳ねる。いくらマキアが妹だとわかったとは言え、ジェイドには好きな人が……『リーチェ』がいる。記憶を持っているとは言え、私と『リーチェ』では性格も、本質も違う。
(勘違いしちゃだめよ、私。ジェイドが好きなのは、私ではなく『リーチェ』なんだから)
こんなにも好きなのに……こんなにも近くにいるのに、手の届かない人。
それが辛くて、哀しくて……。溢れそうになるジェイドへの気持ちを抑えつけて蓋をした。
「そうか……。レーテ様はそれに気付かれたから、リーチェ様……いえ、シェイラ様を『リーチェ』と呼ばれたのですね」
「そうは言っても、こっちに来てから『リーチェ』の記憶って曖昧になってきてるからなぁ……。召喚された直後とかならまだしも、今は薬関係とか巫女関係のものしか覚えてないかな」
私の話に、ヤグアス――ヤグアス・ラスカリスは眉間に皺を寄せた。
ヤグアスは元々、レーテが神殿にいる時からの護衛騎士だったらしい。らしい、というのは私の記憶が曖昧だからだ。神殿関係の護衛騎士は、全て神官長と神殿騎士団長が話し合って決めていたそうだから、当然ヤグアスは神殿騎士団長だったジェイドを知っているし、同僚のマクシモスを知っている。その辺の話は、後日レーテやジェイド達に聞いた。
「いずれにしても、お風呂沸いたから順番に入っちゃって。皆疲れてるだろうし、自己紹介とか詳しい話は明日にしよう。服はコレね。んで、アスト達はどうする? 帰る?」
「デューカスがいるとは言え、流石にこの時間に帰るのは……」
「だよねぇ。ただ、部屋は何とかなるけどアストが着るような着替えはないよ?」
「それでしたら大丈夫ですわ。サクラが出掛けた後、ミュラに持って来て頂きましたから」
「……用意周到だね」
絶対に泊まる気満々だったでしょ、と内心突っ込みながらも今度はジェイド達に聞く。
「ジェイドとマクシモスはどうする? って言いたいけど、二人も疲れてるんだよね。着替えとかないけど、いい?」
「構わない。着た切り雀は慣れているしな」
「そうだな」
「了解。じゃあ、部屋割りしようか。アストとレーテは私の部屋。ヤグアスさん……」
「ヤグアスで構わない」
「なら、私もシェイラと呼び捨てで。ヤグアスとデューカスさんとジェイドとマクシモスは二階の奥。残った二人は真ん中、でどうかな?」
話を始めて既に二時間半。私を含めた全員にお風呂に入ってもらい、今はダイニングで私を入れて総勢九人と一匹はまったりお茶中である。隅っこにいた人は相変わらず隅っこにいるよ。その二時間半プラス私が帰って来るまでの間に、救出組はジェイドやマクシモス、アストから私の事情を聞いたらしい。
そんなやり取りの中部屋割りを告げると全員頷いたのだが、カムイも含めて何故か全員不思議そうな顔をしている。
「サクラ、残った二人、と仰いましたけれど、残ったのはお一人ではないかしら?」
「そうね。残ったのは、レイ……クレイオン様だけね」
「へ? だって、隅っこに……キッチンの近くに男性が一人いるよね?」
「……え?」
私の言葉に全員一斉にそっちを見たけど、怪訝そうに眉をしかめるだけだった。それに首を傾げてその人の特徴を話す。
「えっと……薄紫色の髪に、茶色の瞳、身長はヤグアスよりもちょっと高めで、シュタールの王様が着てたような服を着てる人だよ?」
彼の特徴を告げた途端、レーテやアスト、ヤグアスが目を瞠る。
「そ、その方は……」
「……ええ」
「……」
三人はそう言ったきり黙りこんでしまった。何? 何かあるの? と思っていたら、「リーチェ、その方は、亡くなられていますわ」と、レーテがポツリと呟いた。
「………………はい?」
「その方は、セレーノの王太子殿下の特徴と同じですの。先日、サクラにお話しいたしましたでしょう?」
「………………え?」
私が驚いていると隅っこにいた男性が微笑みを浮かべて私に話しかけて来た。
『巫女殿、レーテを助けて頂きありがとう。レーテに関係する人に私が見ている思念を送ったのだが、貴女にも届いてよかった』
「思念? ……まさか、あの夢……!」
「サクラ? 何を言っているの?」
『ああ。私の姿は誰にも見えないし、レーテに話しかけても気付いてはもらえなかった。だから、私にはレーテを慰めることも、助けることも出来なかった。近くにいて、見守ることしか出来なかった』
その男性が後悔を滲ませ、目を瞑る。そして、ついでだからとあることを聞く。
「塔の上の方で音を立てたのはあんた?」
『そうだ。……あやつらに悟られぬよう、貴女を安全に逃がすために』
「そうだったんだ……」
『それと、あの水晶は壊してはならぬ。壊すのであれば、必ず浄化してからにした方がいい』
「浄化してから壊すとどうなるの?」
『あの方が……そして、貴女の……』
どんどん男性の声が聞こえづらくなって来る。何を言っているのか、さっぱりわからない。
「何? 聞こえないよ?」
「桜、一体誰と話している?」
「え? だから、隅っこにいる人と……」
カムイに聞かれて誰と話しているのか正直に言うと、その人が笑ってお辞儀をした途端全員が唖然とした顔をした。
「レーテ、無事でよかった。クレイオン様、レーテをお願いします」
「パー、シヴァル、様……?」
「レーテ……幸せにおなり」
巫女殿、ありがとう、と言ったパーシヴァルと呼ばれた人は、いきなりその場からスッと消えた。
「…………え?」
「いきなり顕れて、いきなり消えましたわね……」
アストの言葉に呆然とする。
「………………マジか……」
「桜……今のは……?」
「……私の国では、幽霊、って言うんだけどね……」
「ゆうれい、ですか?」
「つまり、死んでる人の霊とか思念のこと。生まれてこの方、幽霊なんて一度も見たことなかったんだけどね…………ハハハ……」
時間も時間だからか誰も悲鳴をあげることなかった。ただ、私は幽霊を見ただけでなく幽霊とも話をしたことに少なからずショックを受け、その場に両手両膝をついてガックリと脱力した後、アストにレーテの夢を見せたのはあの人だと言ったら、アストも愕然とした顔をしながら疲れたようにテーブルに突っ伏した。
***
「シェイラ、何か食べるものはあるか?」
「突然どうしたの、マクシモス」
「……お腹が減った」
「そう言えば、わたしもお腹が……あっ」
私とは違ってお腹を可愛く鳴らせたレーテ。そう言えば救出組は全然ご飯を食べてないし、マクシモスやジェイドはご飯を食べた後動いたからと今更ながら思い出した。
「時間が時間だし、消化のいいものにするよ」
「すまない、シェイラ」
「気にしないで、マクシモス。皆もそれでいい?」
そう聞くと全員頷いたので、ジェイドとマクシモスにテーブルや椅子をを端に寄せてもらい、絨毯とラグが敷いてある場所に直接座ってもらう。本当はテーブルの方がいいんだけど、テーブルは八人がけみたいに大きいわけじゃない。話している間に椅子に腰かけていたのはレーテ、アスト、クレイオンと呼ばれた人だけで、騎士組四人と私は立って話をしていた。
先に果物を剥いて三ヶ所に置き、カムイの前にも置く。冷蔵庫を漁ってくず野菜を出し、まな板の上に置くと小さく刻んだ。
便宜上冷蔵庫と言っているけど日本みたいな感じの電化製品ではなく、サイズは独り暮らし用の冷蔵庫の冷凍室に氷を入れ、冷気が下に落ちて行くタイプの、所謂冷蔵箱と呼ばれている感じの冷蔵庫だ。最初これを見た時唖然としたし、ちょっと感動した。
氷には塩をふって、出来るだけ長持ちさせるようにしている。
それはともかく、ご飯はリゾットにした。って、またリゾット作ってるよ……。
材料を鍋に入れて火にかける。火加減を調節してから暖炉のそばにある薪を持ち上げると、ジェイドが立って手伝いを申し出てくれた。それに甘える事にして薪を持ってもらい、魔導石を持って付いてきてもらう。
「ジェイド達はこの部屋を使ってね。四人で寝るにはちょっと狭いけど」
「いや、充分広い」
「そう? ならよかった。あ、その薪はそこの暖炉に使うから」
「なら、俺が火を起こすから、魔導石をくれないか?」
「そう? ならお願い。あ、薪は全部使わないでね? あと二部屋あるから」
「わかった」
魔導石をジェイドに渡して布団を敷く。いやあ、お客さん用の布団を買っといてよかったよ……。ジェイド達にこの場所がバレたら、絶対に泊まるとかなんとか言いそうだったんだよね。……お金が減ったのは痛かったけどさ。
次に真ん中、最後は私の部屋に来ると、ジェイドは珍しそうにロフトを見ていた。
布団も敷き終わり、ジェイドに「ありがとう。下に行こう」と声をかけ、ドアに手をかけた時だった。背中から手が延びて来て、ギュッと抱き締められ、そのことに戸惑う。
「あの……ジェイド?」
「…………った」
「え?」
「無事で……よかった……」
私の肩に頭を乗せ、耳元で囁かれた。低くて心地よい、大好きな声。でも。
(く、くすぐったい……!)
耳元で話す度に、ジェイドの息が耳に当たってくすぐったいのだ。くすぐったいし、身体に震えが走る。
実は、私は耳が弱い。美容院で髪の毛を切ってもらっていても、美容師さんの手が偶然当たっただけで震えてしまう。それが嫌で髪を伸ばしていた。
ジェイドはそれに気付いたのか、ふっと笑って息を吹き掛けて……。
「ひゃあっ?! ちょっ、ちょっとジェイド! い、いい、今何を……!」
「ん?」
「ん? じゃな……あ……っ、ジェイド!」
「あはは!」
な、なんだ、この色気たっぷりの雰囲気は! こいつ、あろうことか私の耳を噛んで舐めたよ!
ズルズルとその場にへたりこむと、ジェイドは笑いながら「悪い」と言ってドアを開け、私を立たせてくれた。
うー、心臓に悪い。まだ胸がドキドキしている。
ジェイドと密着したことも。
ジェイドの声も。
それだけで私の鼓動が跳ねる。いくらマキアが妹だとわかったとは言え、ジェイドには好きな人が……『リーチェ』がいる。記憶を持っているとは言え、私と『リーチェ』では性格も、本質も違う。
(勘違いしちゃだめよ、私。ジェイドが好きなのは、私ではなく『リーチェ』なんだから)
こんなにも好きなのに……こんなにも近くにいるのに、手の届かない人。
それが辛くて、哀しくて……。溢れそうになるジェイドへの気持ちを抑えつけて蓋をした。
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