出戻り巫女の日常

饕餮

文字の大きさ
上 下
32 / 76
ボルダード編

日本と逆なんだね……

しおりを挟む
 シュタールを出発して二週間たった。今日やっとボルダードに着いて、今はウォーグの店に荷物を降ろしているところ。

 旅をしている間はずっと夜営だった。何せ旅してる人数が人数だけに、小さな村や町とかだと泊まれる宿はほとんどなかったのだ。なので、村や町に近い場所の外での夜営である。
 夜営に慣れていないアストや元アルブレク家の三人、ルガトさん一家だけでも宿に泊まればと言ったのだが、「貴重な体験」と謂わんばかりに地面とかに寝ていた。……さすがに、私以外の女性陣には幌馬車の中に眠ってもらったよ。

 腐りやすい果物や水は村や町で調達したり、沢があればそこで水を汲んで浄化して飲んだり、途中に村や町がなくて足りなくなった食料なんかは森や川から木の実や果物、動物や魚等を調達したりした。動物から剥いだ毛皮や加工出来る骨は、当然途中にある村や町に売ったりした。肉は美味しく頂きましたよ、うん。

 ウォーグによると、シュタールやユースレス周辺の国々にはファンタジーに出てくるようなモンスターとか魔獣はいないそうなので夜営出来るが、ボルダードの更に南側とか、更に東の地にある帝国と呼ばれている辺りに行くと、モンスターとまではいかなくても、かなり狂暴な動物や何かがいるそうだ。……当然、何処の国にも野盗や盗賊はいるらしい。
 それに、ボルダードにもギルドがあるそうだ。ただ、ユースレスやシュタールみたいに傷薬や薬草を買ってくれるだけでなく、それ以外にも依頼があるらしい。どんなことをするのか、どんな依頼があるのかウォーグに聞いてみたけど、「行ってのお楽しみだ」と言って教えてもらえなかった。

 そういえば旅に出る直前、デューカスに金貨を沢山貰った。そんなものを貰う理由が思い付かなかったから「貰えない」と言うと、デューカスは

「例の賞金首の男を捕まえた報酬です。死んでいた男も賞金首だったから、その分もあるんですよ」

 と言われて、そういえばあのオヤジが賞金首とかなんとかそんなことを言っていたし、たまたまとはいえそんなことしたっけ、と今更ながら思い出した。
 ただ、こんなに沢山はいらないと突っぱねると、死体を片付けたりあの煩い賞金首のオヤジを運んだりしてくれた兵士や騎士達にもそれなりに配ったと言っていたし、最初に捕まえたのは私だからという理由で、四分の三の金貨を私に寄越したそうだ。
 金貨一枚の価値はファンタジーのお約束に漏れず、日本円にして大体一万円から国によっては十万円(ワオ!)くらいの価値。罪人二人合わせた賞金首の値段が約二百枚で、私の手元に来たのが約百五十枚くらい。
 貴族のデューカスや宰相だったルガトやアスト達にとってははした金かも知れないけど、一般市民の私やジェイド達にとってはかなりの大金。そんな訳で、今の私はちょっとした小金持ち。おかげで色んな意味でリュックがかなり重い。

 ……どんだけ悪いことしてたんだよ、あのオヤジと死んでたヤツ。

 いつまでもリュックにお金を入れておくわけにはいかないし、とりあえずの拠点は欲しいから、カムイと一緒に住めそうな家を探して借りるつもりで荷物を降ろしながらウォーグにこの辺の相場を聞いたら、借りるよりも買った方が安いと言われた。
 日本と逆なんだね……。
 そんな話をしていたら、その話を聞いていたのかウォーグの奥さん――かなりの美人さんだった――が

「あたしが持ってる土地があって、今は使っていない屋敷があるんだけど、どうかしら」

 と聞いて来た。

「は? 土地に屋敷、ですか?」
「そうなの。ここから歩いて三十分程の距離に森があるんだけど……ほら、あそこよ。見える?」
「あ、はい。見えます」
「あそこの東側に小さな湖があって、そこの湖畔に別荘にしてた屋敷が三つくらいあるの。そこで良かったら、貴女に……えっと」
「セレシェイラです。シェイラでもいいですよ」
「わかったわ。シェイラにそのうちの一つを格安で売ってあげるわ。他の皆さんも。どう?」

 どう、って言われても、正直いって困る。そもそも、道具屋の女将さんである人が何故そんな広大な土地やら屋敷やらを持っているのかが判らない。そんな疑問をぶつけてみると、女将さんの実家の何代か前が没落貴族の私有地を、借金返済が出来ないのを理由に取り上げたらしい。

「……貴族も借金なんてするんですね」
「あら、普通はしないわよ。おじいちゃん曰く、おじいちゃんのおじいちゃんがその貴族にお金を貸してたんですって。借りる時の担保が屋敷を含んだその土地だったそうよ。元々その貴族は領地経営をきちんとやってたんだけど、代替わりした時に迎えた奥さんが浪費家だったらしくてね。その貴族自身も浪費家で入って来る以上のお金を使ったもんだから、あっと言う間に傾いてしまったらしいの。立て直すつもりで借金した筈なのに、そのお金も浪費してしまったらしくてね。立て直す事も出来ず、借金も返せず、色々あって担保にしてた土地ごと前領主の許可をもらって私有地全部取り上げたらしいわ。その内の一角があの森の側の屋敷や土地で、あたしがウォーグに嫁ぐときおじいちゃんに「餞別だ」と言われて貰った土地なの。だから、あたしの土地であり、ウォーグの土地でもあるのよ」
「うわあ……」
「管理や維持費が大変だし、貴族とかの別荘地とか避暑地として売りに出してたんだけど、売れそうで売れなくてね」
「どうしてですか?」
「何て言うか……目の前は湖、裏は鬱蒼と繁った森でしょ? 石造りだから夏でも夜は寒いし不気味だしで買い手がいないのよね」
「……避暑地って普通、そう言う場所のことをいうと思うんですけど」
「そうなんだけど、最近の貴族様はそうじゃないみたいなのよね。調度品も何もないから、余計なのかも知れないわね」

 ウォーグの奥さんは右手を頬にあてながら溜息をつく。
 寒いなら暖かくする方法なんていくらでもあるし、調度品がないなら自分の好みのものを入れられる。

「ねえ、女将さん」
「なあに?」
「その屋敷、日当たりは?」

 私がそう聞いた途端、女将さんは私の目をまじまじと見たあと、にっこりと笑った。しかも、商人を彷彿とさせる笑み。いや、商人の奥さんなんだから、商人なんだけどさ。

「窓は全部南向きよ」
「庭は?」
「表にも裏にもあるわね」
「部屋数は? 各部屋に暖炉はあります?」
「似たり寄ったりだけど、三つのうち二つは十くらいあったかしら。もちろん、全室暖炉付き。ついでに言えば、お風呂も台所も厩舎もあるわ。もう一つは五部屋くらい。但し、五部屋と言っても一部屋一部屋はやたらと広いし、舞踏会室ボールルームと温室があるわね。元々その屋敷はそう言ったものに使ってたみたいでその両隣にあるのが二つの屋敷で、住居と招待した客の宿、と言った趣になるみたい。もちろんその屋敷にも、お風呂も台所もあるわよ」

 むむ。舞踏会室ボールルームがあるならそこを薬草とかを作る作業場に出来るし、温室があるなら別の薬に出来るような花とか植物も植えられるし、カムイと私だけなら自分が食べるくらいの簡単な野菜も育てられそうだ。
 人数を考えると、ユースレスにいたメンバーとシュタールにいたメンバーが両サイド、私とカムイがその舞踏会室ボールルーム付きの屋敷がいいと思うし。
 薪は森から拾ってくればいいし、土が悪ければ森には天然の腐葉土もあるから入れ替えてもいい。日当たりがいいなら、乾物も作れるんじゃない? って、買う気満々でいるよ、私。持ってる金貨で足りるかなぁ。そんなことを考えていたら。

「ウォーグに聞いたけど、シェイラは巫女なのよね? 傷薬と解毒薬をあと五十人分作ってくれるなら、舞踏会室ボールルーム付きの屋敷を金貨八十枚の格安で売ってあげるわよ? 他のがいいなら、屋敷が大きいぶん値が張るけど金貨百五十枚ってとこかしら」
「五十人分……確か……」

 リュックを肩から降ろして袋の口を開け、巾着を四つ取り出すと女将さんにそれを手渡す。

「赤い糸が縫い付けてあるのが傷薬で、茶色い糸が縫い付けてあるのが解毒薬です。で、黄色い糸が縫い付けてあるのが胃薬で、なにもついてないのが日焼け止め効果のある塗り薬です。日焼け止めは十人分で、それ以外はだいたい三十から五十人分くらい。胃薬と日焼け止めの塗り薬をおまけにつけるので、舞踏会室ボールルーム付きの屋敷を金貨七十枚に負けてくれませんか?」
「え、胃薬や日焼け止めの塗り薬まで作れるの?!」
「日焼け止めは液体のもありますよ?」

 しれっとそう言うと、女将さんは絶句した後で突然笑い出した。

「あはははは! シェイラって凄いわね! まさかそんなのまで作れるとは思わなかったわ! いいわ、六十五枚に負けてあげる。但し、日焼け止めの塗り薬十人分を十日に一回か月に二回のどちらか納品してくれたら、だけど」
「いいですよ。買います!」

 日焼け止めの塗り薬は、薬草とかがあればわりと簡単に出来るから問題ない。即答した私はその場で女将さんに金貨を払い、ジェイド達やアスト達が唖然としている中さっさと道具屋に荷物を運び込み、女将さんにその屋敷に案内してもらうのだった。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

饕餮的短編集

饕餮
恋愛
短編を改稿し、纏めたものです。こちらはR15相当のもので恋愛が主体。 現代、ファンタジーなどごちゃまぜのオムニバス。SSもあり。 ★短編『軍人な彼』『とある彼女の災難な1日』をお読みになる前に注意。 この二作品はコラボ作品です。前半部分に、鏡野 ゆう様の作品『 boy meets girl 』『 boy meets girl 2 - 粉モン彼氏 - 』の主人公二人の父親と、『 boy meets girl 2 - 粉モン彼氏 -』主人公本人が出て来ます。もちろん、鏡野ゆう様には了承を得ています。 『 boy meets girl 2 - 粉モン彼氏 - 』で、作者の『軍人な彼』の夫婦を含めた人達が何故日本の基地に行く事になったのか、その裏事情が前半部分でわかります(笑) 会話 《 》→ 戦闘機からの通信 『 』→ 日本語 「 」→ 英語 となっていますが、あくまでもフィクションです。

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

処理中です...